ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2018-09-29(Sat)

[]KAAT×ウースターグループ「タウンホール事件」エリザベス・ルコンプト:演出 @横浜・KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ KAAT×ウースターグループ「タウンホール事件」エリザベス・ルコンプト:演出 @横浜・KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオを含むブックマーク

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 副題に「クリス・ヘジタスとD・A・ペネベイカーによる映画『タウン・ブラッディ・ホール』に基づく」とあり、第一部が「『レズビアン・ネーション』からの抜粋」、第二部が「劇」、第三部が「コーダ:『レズビアン・ネーション』からの抜粋」という構成だが、全体の上演時間は65分のもの。

 これはつまり「リエナクトメント」というヤツというか、その残されていた「タウン・ブラッディ・ホール」という映像を元に、そのときの討論を舞台に再構成する。同時にその「タウン・ブラッディ・ホール」自体の映像も流されて舞台の動きとシンクロさせられるし、これとは別に、この作品で重要な役を果たすノーマン・メイラー自身が監督した「メイドストーン」という映像も流され、ここでも舞台上の俳優との奇妙なシンクロをみせる。

 ‥‥実はわたしは、こう、もうちょっと晦渋な作品と対面することになるのかと思っていたのだけれども、これが意外と普通にドラマ性があったというのか、とにかくは面白くって楽しめたのだ。

 舞台に登場したヴィレッジ・ヴォイス誌の記者、ジル・ジョンストンを演じた役者(ケイト・ヴァルク)は、そのファッション、ヘアスタイルも、かつての<ウーマンリブ>の闘士だったジェーン・フォンダを思わせられるところがあり、それはわたしなど当時を知るものには、どこか70年代アメリカへのノスタルジーを感じさせられるところがある。そして彼女のレズビアンとしての過激な「主張」は、このディベートの司会進行約のノーマン・メイラーによって中断させられる。

 このディベートの他の参加者には、オーストラリアから来たジャーメイン・グリアと、ノーマン・メイラーの友人のライオネル・トリリングの妻であり批評家であったダイアナ・トリリングらがいた。ジャーメイン・グリアはフェミニストとして前年に出版した「去勢された女」という著作で評判を取っており、どうやらメイラーはこのジャーメイン・グリアとダイアナ・トリリングをメインに討議を進め、自分のペースに巻き込もうとしていたようである。そこに闖入したのがジル・ジョンストンで、彼女はこのタウンホールでの中断させられた討議をもとに、のちに「レズビアン・ネーション」という著作を書く。
 つまりこの舞台は、記録された「タウン・ブラッディ・ホール」の映像の再現にプラスして、そのジル・ジョンストンの書いた「レズビアン・ネーション」の内容を附加し、「あのときには起こらなかった『タウンホール』の討議」を、再構成したものである。
 ‥‥それはとても面白そうなのだけれども、やはりこの「65分」という尺は、短かすぎないだろうか。ひとつには、脇役(といっていいだろうか)のジャーメイン・グリアとダイアナ・トリリングとの描写が短かすぎ、当時のフェミニズムの論点として、ジル・ジョンストンの主張との対比が見えにくいところがあったと思う。

 そして、もうひとりの「主人公」ともいうべき、ノーマン・メイラーの描かれ方。悪玉ボスキャラ(?)のノーマン・メイラーを二人の役者に演じさせ、しかもその二人のノーマン・メイラー同士が、彼の撮った「メイドストーン」の映像をバックに、まさに映像にみられるようにレスリングをおっぱじめてしまうという面白さはあるのだけれども、ボスキャラとしてのノーマン・メイラーは単にマッチョマンと見えるところもあり、ここでも奥行きが欠けるような印象もあった。そもそもがこのノーマン・メイラーという人物について、わたしはまるで知らないわけでもないのだけれども、ちょっとここで書くと長くなってしまうので、別のときに書こうかと思う。ただここでいえるのは、「今ではほぼ忘れられてしまった、多少誇大妄想気味の作家」だった、ということだろうか。

 その「映像」と実際の舞台との絡め方とか、やはり興味深いところはあったのだけれども、明日もういちど観てみて、この日に捉えきれなかったところを確認してみたいと思う。

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