ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2018-12-11(Tue) このエントリーを含むブックマーク

 夜中に夢をみていて、なんだかフランク・ザッパみたいな人物が出て来ていたのだけれども、それ以上のことはもう憶えていない。それで(関係ないけれども)今日は<燃えないゴミ>の収集日で、いらなくなった掛時計をゴミの収集場所に出した。この時計には茨城時代から長いことお世話になったものだ。今日もまたまた寒い。先週のあの暖かさは、つかの間のまどろみだったのか。やはり寒いのは嫌いだ。また今日も、仕事を終えて帰路に着く頃には鼻水が流れ出る。

 こんなに寒いというのに、今日は夕方から我孫子の図書館へと歩いた。実は再来週に劇団「地点」の舞台で「グッド・バイ」を観る予定なのだが、この舞台がつまり、その標題の「グッド・バイ」をはじめ、太宰治の作品のテキストを、いかにも三浦基さん(「地点」の演出家)らしくもコラージュしてみせてくれるらしいので、「ど〜れ、それでは間に合うように太宰治の作品を読んでおこうか」と思った次第なのである。だから、読んでいるシュティルナーはしばらくお休み。

 そろそろ暗くなる時間に、凍えながら外に出て、テクテクと歩いて図書館へ。まずは太宰治の本を探すのだけれども、意外と「グッド・バイ」の収録されているのって、なかなかないのである。ちなみに、わたしは生まれてから今まで、まったく、これっぽっちも<太宰治>を読んだということがないので(普通、教科書に「走れ、メロス」とかが収録されていることも多いらしいのだけれども、わたしが使った教科書には載ってなかったのだ)、太宰の本ならば何でもいい、というところはあるのだけれども、やはり条件として「グッド・バイ」が収録されていること。そういう基準で探すと、これが筑摩の「太宰治全集」の「小説」の最終巻ぐらいしかないというか、この巻には「ヴィヨンの妻」とか「斜陽」とか、そして「桜桃」、「人間失格」と収録されているものだから、「これでいいや」と、この全集本を借りることにした。
 あと、今ぼちぼちと読んでいる「ナボコフの文学講義」に合わせて、その講義の中で取り上げられている作品も借りてみようかと思う。今読んでいるのはジェーン・オースティンの「マンスフィールド荘園(たいていの邦訳では「マンスフィールド・パーク」となっている)」なので、それを読みたいとも思うのだけれども、ちょっと長い。それで、その次に取り上げられているディケンズの「荒涼館」にしようか、ということで探してみたのだけれども、わたしはその「荒涼館」って、せいぜい200ページぐらいの中編だろうと勝手に想像していたわけで、じっさいに岩波文庫から出ているのを見つけてみると、あなた、厚みが2センチもありそうな分厚い文庫本で全4巻もある。わたしゃ「プルースト」を読もうと思ったわけではありません!と、即却下。それで、「これだったらぜったい薄いだろう」という、スティーヴィンスンの「ジキル博士とハイド氏」を借りたのだった(これは文庫本で150ページぐらいね)。

 帰り道、ショッピングセンターに寄り、そろそろ残りの少なくなってきた、ニェネントくんのとっても高価な、ヘルシーな固形食を買う。「わたしも何か買おうかな」とスーパーを一周してみるけれども、ピンと来ないので店を出て、いつものローソン100でバナナとか値引きされたもやしとかを買って帰る。今夜は冷凍してあった鶏レバーを解凍して、ちゃっちゃっと「レバ炒め」で夕食。ちゃっちゃっとつくった割りには美味だった。
 寝るときにはいつものようにニェネントがやって来て、いっしょに遊ぶ。この夜は何だか、いつもよりもニェネントと心が通い合うような気がして、楽しいひとときだった。それできっとニェネントにも楽しかったのか、しばらくしてからまたやって来て、「また遊んでよ〜!」とのリクエストで、それでわたしの胸の上でからだをなでてあげると、ニェネントは盛大にゴロゴロとのどをならすのだった。ニェネントもうれし、わたしもうれしい時間だった。

        

 

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