ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2018-12-17(Mon)

 今日もまだ、「グレの歌」をナマで聴ける!という興奮が醒めやらず、気分が何かウキウキしている。わたしの気分を反映して天候もおだやかで、仕事から帰宅しても昼間は暖房を入れずに過ごすことができた。ニェネントも陽の当たる窓際にやって来て、丸くなってひなたぼっこしている。のどかだ。

 先日、我孫子のスーパーでニェネントの「カリカリ」を買ったら、また「期間中に2500円以上のお買い物をすると500円の商品券をあげるよ」というのをやっていて、そういうのに弱いわたしはすっかり乗せられてしまい、「ニェネントのカリカリとかなら保存も効くし、この際まとめ買いしておこう」と、夕方から買い物に行くのだった。ニェネントにぴたりのカリカリは在庫がひとつしかなく、それではと、やはりニェネント用の猫砂とを買う。これで2500円突破。無事に500円の商品券をいただいて帰った。帰りはまたローソン100に立ち寄り、バナナとか買って帰る。このところ、もっぱら買い物はローソン100に頼り切っている。帰り道の空の、夕焼けに染まった雲がきれいだった。「今年もあと半月だな」とか思いながら歩き、「来年はこの国はもっと住みにくい国になるだろう。しっかりと防御策を進めておかないといけないな」と考えるが、その<防御策>はなかなか進展しない。

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 帰宅してニェネントにネコ缶を出してあげたのだけれども、あらら、ニェネントくんはほとんど食べようとしないのだ。どうしたことだろう。前にも一、二度こういうことはあったけれども、時間をおいてけっきょくは全部食べてくれた。ところが今日は夜暗くなってもまるで食べようとしない。どこか具合が悪いのかしらん、などと心配もするが、そのネコ缶は昨日缶を開けた残りで、冷蔵庫に入れておいたあいだに水分がとんでしまったというか、ぱさぱさになってしまっているわけで、そういうのが気にくわないというか、食べる気がしないのではないかと思った。ま、ひと晩このまま出しておいて、明日の朝までに食べてくれるかどうかだな。でも、これからは開けたあとのネコ缶の保存のことは考えた方がいいだろう(開けたてのネコ缶はしっかり食べてくれるから)。

        

 

[]「櫻桃」太宰治:著(太宰治全集10 小説9より) 「櫻桃」太宰治:著(太宰治全集10 小説9より)を含むブックマーク

 10ページに満たない短篇。この全集本で、そういう短いのはぜんぶすっ飛ばして読まないで来たのだけれども、太宰の命日は「桜桃忌」ともいわれているわけだし、ちょっと読んでみた。作者の名、「太宰」が実名で出てくるし、フィクションというよりもノンフィクションに近いのだろう。自分の家族、妻と三人の子どもたちのこと。その冒頭は「子供より親が大事、と思いたい」と始まる。家族全員揃っての食事のとき、妻は「お父さんは、お鼻に一ばん汗をおかきになるやうね」といい、太宰が「それぢや、お前はどこだ」と聞くと、「この、お乳とお乳のあひだに、‥‥涙の谷、‥‥」と答えるのだ。これはじっさいに太宰の妻がそのようなことばを発したのだろう。「涙の谷」という、どこか聖書的な言葉がこの短篇のキーワードになる。太宰は、「さう言はれて、夫は、ひがんだ」と書く。仕事にかこつけて家を出て、飲みに行く。そこで櫻桃が出されるのである。ウチの子どもは櫻桃など食べたことないだろうと思うのだが、ここんところはもうちょっとうまく書けばよかっただろうと思う。でも、「涙の谷」は、いい。


 

[]「人間失格」太宰治:著(太宰治全集10 小説9より) 「人間失格」太宰治:著(太宰治全集10 小説9より)を含むブックマーク

        

 これが、完成した作品としては太宰の最後の作品か。
 わたしは、二十歳ぐらいのときに「ドストエフスキーを全部読んでやる!」と意気込んで、その全集を読みはじめたのだけれども、「罪と罰」を読み終えたところで挫折した(きっと、そのあとの「未成年」かなんかで「や〜めた!」となったのだろうけれども、そのことは今はどうでもいい)。そんなことをなぜ書くかというと、この「人間失格」を読んで、そんなドストエフスキーの「地下生活者の手記」のかすかな思い出がよみがえったから。‥‥もう今では、その「地下生活者の手記」がどんな小説だったかすら思い出せないのだけれども、どこか、心の底で「これだよ!」と思い出させようとする声が聞える気がする。

 いいんだけれども、ただ、太宰治の欠点というか、わたしが読みあぐねてしまうのは、いつも彼が「オレって、モテるんだよね!」ということから離れられないことで、ま、じっさいにそうだったようだから、そこから離れた<生>のあり方は彼には考え及ぶことも出来なかったのだろうけれども、「非モテ」だった(でもないのか?)自分などから読むと、「そういう心理というか境遇には気もちが通わないんだよね!」という感覚になってしまう。


 

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