ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2019-01-04(Fri) このエントリーを含むブックマーク

 夢をみた。大正時代、もしくは昭和初期の浅草のようなオールドタイムな繁華街で、わたしは若尾文子にそっくりの女性と逢うのだ。何か彼女と短い会話をしたように思うけれども、もう覚えてはいない。この話からつづいているのかどうかわからないが、わたしは建物の中の「すべり台」のようなところをすべり降りようとしている。いってみれば重力を利用した、下り専門の動力不要のエスカレーターみたいな。わたしが入ろうとする空きスペースの前にBがいる。彼女はわたしがイヴェントをやっていた頃に出会った女性だったが、いってみれば「トップクラスの美人」だった。そんなBが、わたしを認めて話しかけてくる。どうやらこの建物全体は歓楽街の娯楽施設の集合した建物のようで、Bが「あなたはここに行くの?」と聞いた階は、どうやら階全体がパチンコ屋のようだ。このあたりでわたしは半分目が覚めて、つまり夢うつつにさまざまなパチンコ台のチューリップの構造を思い浮かべているのだった。
 ‥‥これは、新しい年に初めてみた夢だから、「初夢」といっていいのだろうか。調べてみるとWikipediaでは、せいぜい2日から3日への夜にみた夢までが「初夢」と認定されるみたいだ。しかし、年のさいしょにみた夢に若尾文子(もちろん全盛期の美しい若尾文子だ‥‥いや、彼女はいつの時代を通じても美しいのだが)と出会い、やはりわたしの中で「美女」と記憶されているBと出会ったというのは、とってもうれしいことではある。

 今日は5時半に目覚めた。もう、長年の早起きのクセ(というよりも、仕事の要請ではあるのだが)からはそう簡単には抜け出せず、これで6日目になる連休でもやはり、けっこう早くに起きてしまう。もちろんまだ外はまっ暗だけれども、部屋にすわって、窓の外が少しずつ明るくなっていくのを眺めるのもいい。ニェネントは、わたしが抜け出したベッドの毛布のあいだに丸くなり、寝ているのか休息しているのか、わたしのいるリヴィングにはやって来ない。わたしがベッドに近づいてのぞき込むと頭をもたげ、ちらっとわたしの方をみて、「Don't bother me!」と、ネコ語で言うのだった。

 この日は怠惰に過ごした。昼前に「本を読もう」と、ベッドにいるニェネントを押しのけてわたしがベッドに入り、柄谷行人の「日本近代文学の起源」を読むのだが、いつもと同じように、本を読んでいるうちに眠くなり、また長い午睡(って、午前中から眠っていたのだが)に入ってしまう。次に目覚めるともう午後3時で、しばらくはぼんやりとして、何をやる気にもならない。読んでいた「日本近代文学の起源」の、「風景の発見」とか「内面の発見」の章のことを思い出し、「明治以降の日本人とは‥‥」ということを漠然と思ったり、特に「風景の発見」では、柄谷行人が(あえて)書かなかった、近代日本美術での「風景」のことを考えたりもした。
 もちろん、西欧絵画からの影響で「風景」というものを全面に押し出した作品を描いたのは、黒田清輝からはじまるわけだろうと思っていたのだが、調べると意外にも、高橋由一にも「風景」を描いた作品は残されていた。もちろん、高橋由一の「風景画」というものは江戸時代の「浮世絵」の風景を継承したもので、その「浮世絵」的な構図がまずは心に残るのだが、今こうやって高橋由一の作品をみると、黒田清輝が風景を描いたものよりも、なぜか心に滲みてくる思いがする。ま、わたしはそもそも黒田清輝的な世界観が嫌いなので、そういう「好み」のもんだいもあるだろうけれども、いちどこういうことを追究した「日本近代美術」の本も読んでみたいものだ、などと思った。

 それで夕食。ようやくカレーを消費し終えたもので、ちょっとは「ごちそう」をやりたかったのだが、時間もなくめんどうで、インスタントの「お赤飯」に、昨日買った「かまぼこ」、それと年末に買った「酢ダコ」とをわさび醤油で食卓を整え、「いちおう正月料理といえるよね」とは思うけど、やはりあまりに侘しい食卓ではあった。明日もきっとこの献立だ。

 そのあとはようやっと「作業」に移行し、「ま、がんばれば明日中に終わらせられるだろうか?」というところはみえてきた。当初考えていたのとはまた別の興味も大きくなり、今後どうなるのかということも問題として浮かび上がってきたが、どっちもやってみたい気もちはある。


 

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