ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2006-01-12(Thu)

[] 『ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム/Bob Dylan:No Direction Home』監督:マーティン・スコセッシ  『ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム/Bob Dylan:No Direction Home』監督:マーティン・スコセッシ - ワニ狩り連絡帳 を含むブックマーク

    ノー・ディレクション・ホーム:ザ・サウンドトラック 

 最初から脱線します。

 わたしが洋楽を聴くようになり、レコードを買い集め始めたのは、中学1年の冬の頃からの事で、ちょうどビートルズ旋風がその猛威を振っていた頃になる。とにかくレコードが欲しくって欲しくって、親から昼食代として毎週もらったお金、本来ならそのお金で、毎日学校に売りに来るパン屋から焼きそばパンとか買って食べてなくてはいけないんだけれども、つまりは、毎日昼食は抜きまして、そのお金で、週に1枚とかのシングル盤(ドーナッツ盤)を買っていた。ちょうど一週間分でシングル1枚買えたな*1。その他の小遣いの大半も「塩ビ」に化けた。
 結局、わたしが毎週のようにシングル盤を買い漁ったのは、わたしの中学時代の、二年とちょっとの間だけだった*2。その間に、おそらくは200枚ぐらいのシングル盤を買い集めていた。この間の欠食状態は、もちろんわたしの脳の発達、そしてわたしの足の長さの発達に深刻な影響を与えたわけだけれども、その頃に買って聴いたシングルの音の数々は、みんな今でも深くわたしの胸の中に残っていて、ちょっとしたきっかけがあれば、いつでも再生可能な状態でスタンバイしている。

 ボブ・ディランのシングル盤は、2枚持っていた*3。ひとつは『ライク・ア・ローリング・ストーン』("Like a Rolling Stone")だね。B面はなぜか『風に吹かれて』だった。シングル盤のくせに演奏時間が6分もあって、お得だった。もう一枚は、『窓からはい出せ』("Can You Please Crawl Out Your Window")というシングルだった。こいつはすごかったぜ。今でも、ディランの曲ではトップ3に好きだ(他の2曲はその時の気分で変わるけれど、この曲は動かない)。この曲は「パンク」だ*4。そして、この曲は「不遇」でもある。どのオリジナル・アルバムにも収録されていないし、どのベスト盤にも入っていない。ただいちど、『Biograph』という3枚組のセットに収録されたっきり。で、わたし自身も、この曲をもう30年ぐらい(!)ちゃんと聴いてはいない。でも、先に書いたように、この曲はいつでも再生可能な状態でスタンバイしている。崩れ落ちるようなバンドの音からなるイントロに続いて、印象的なハイハットの音が基調リズムを刻む。チューニングが狂ったようなギターとともに、ディランの声が響く。"He sits in your room‥‥"。メロディーは、見失われている。ただ聴くものを挑発するように、混乱したようなバンドの音とディランの声が3分間続き、終わるでもなく永遠に続くでもなくフェイドアウトして、シングル盤はその最後の溝にプレーヤーの針を送り込んでしまう。わたしにとってのディランがここにあった。

 だから、映画の事を書けって。

 うん、久しぶりに、この『窓からはい出せ』を思い出した。いや、映画の中でこの曲が演奏されるわけではないのだけれども、ココではじめてわたしが眼にする66年のディランのライヴ(イギリス・ツアーの映像)。これが、すごい。映画はいきなりに『ライク・ア・ローリング・ストーン』のライヴ。30年前の映像とは思えないぐらいに鮮明で、ステージで逆光のライトを浴びたディランのもじゃもじゃのあたまの映像は、彼のベスト盤のジャケットそのまま、というよりも、その一万倍も美しい。そう、ここでのディランはあまりに美しいのだ。そして、その『ライク・ア・ローリング・ストーン』の演奏が、わたしに『窓からはい出せ』を思い起こさせてくれた。その歌詞の中の、例えば「Didn't you」や「Kiddin' you」の部分を唄うディランは、「飛ばしている」。わたしは涙を流したよ。もう、もうもう、これだけで終わってもいい。いやもう、どうでもいいんだよ。スコセッシがどれだけ丁寧に編集して、60年代前半のアメリカの状況とディランを重ね合わせても、どうでもいいんだよ。不満なんかないよ。3時間30分はあっという間に終わってしまった。

 いや、不満はあるよ。その、66年のあまりに美しいイギリス・ツアーの映像。そんなものが残っていたのだったら、他の何もいらない。それだけを、何の編集も加えさせずに、ただただ見たかった。聴きたかった。この映画(?と呼んでいいのか?)を見て、わたしは、その『窓からはい出せ』の収録された『Biograph』を、探して手に入れることにした。そういう映画、だった。サンクス。

(おっと、書き忘れるところだったけれども、菅野ヘッケルによるこの映画の字幕は、対語訳ではなくって、ひとつのセンテンスをまとめて翻訳して字幕にしていて、中途半端に英語のわかる人間にとっては、実に困ったものだった。つまり、英語で語られているセリフの、続きの部分が先に日本語訳で出てしまう。ものすごく違和感があったことは書いておこう。それから、60年代のグリニッジ・ヴィレッジを紹介する写真の一枚の奥には、ティム・バックレイの姿が、確かに写ってましたね! タイニー・ティムも写真で出てきて、コメントされていたのだけれども、字幕には訳されていなかった。)

  

*1:後に、何かの雑誌で、RCのギタリストのチャボが、中学時代にまったく同じようにしてレコードを買い漁っていたことを知った。ちょっと感慨深いものがあったな。

*2:わたしが高校に進学した頃には、洋楽はすっかり「ロック」と呼ばれるようになり(というか、「ロック」が主流となり)、アルバム中心のリリースに移行してしまっていた。

*3:その後、アルバムは5〜6枚は買った記憶があるけれど。えっと、つまり、わたしは決してディランの熱烈なファンではない。

*4:ニック・ホーンビーという、コンサバなライターの本を2冊ほど読んだのだけれども、その『ソングブック』という本の中で、まさしく、この『窓からはい出せ』を「パンク」と規定していた。この部分と、リチャード・トンプソンへの敬愛ぶりという点においてのみ、わたしはニック・ホーンビーが好きだ。

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