ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2011-12-20(Tue)

 また夢をみて、夢のなかでわたしは電車に乗っていて、おそらくは下北沢に行こうとしているのだけれども、どこかでまちがえて、地下鉄の駅らしい見知らぬ雰囲気の駅で降りてしまう。ホームはかなりのひとごみで、わたしはなぜこんなにひとがいるんだろうと考えている。ホームの壁をみると「恵比寿」と書いてある。どこかで日比谷線に迷ってしまったんだな、などと思うけれど、駅の雰囲気は知っている恵比寿の駅とまるでちがう。わたしはいつのまにか外を歩いていていて、舗道には色づいた落ち葉がつもっていて晩秋の空気。いつしかいっしょに並んで歩いているFさんとなにか会話をかわす。おぼえている夢に空白があって、次にはわたしは文房具店で店員をやっているようだ。赤と黒の鉛筆の芯のようなものがパックされた商品をもった中年の背の低い男が、わたしに「この糊はどうやって使うのか」ときいてくる。「ちょっとまって下さい」と答えたわたしは、その商品の置かれた平台を見に行くのだけれども、そのコーナーはわたしの文具店とはちがう店の区域だった。おなじフロアにふたつの文具店が並んでいる。わたしはお客さんに「それは向かいの店のものですから」とか答えている。

 目覚めるときょうも寒くなりそう。セーターの下にもう一枚、薄いセーターを着込んでしごとへ行く。やはり寒いあさだったけれど、きのうのような冷たい思いは回避できた。それでも冷たくなった指先を、自動販売機で買ったホットの缶コーヒーで温める。ずっと缶コーヒーを両手でにぎりしめていて、飲むときにはすっかりぬるいコーヒーになってしまっていた。

 しごとを終えて帰宅して、室内のニェネントとベランダのベンナにネコメシを出してあげる。寒くなったせいか、このごろはニェネントも外へ出たがるようすを見せなくなった。ひるごろにベランダに小鉄が来ていたのを窓からのぞいて見る。あらためてきょうは小鉄のからだの大きさにおどろいてしまった。ニェネントよりもかくじつにひとまわり大きい。ついさいきんになって見かけるようになった野良だけれども、もうあれで成猫なんだろうか。あるていど大きくなっていた飼いネコが捨てられたものなのか、どこかで野良として成長したのが、テリトリーを移動してきたのか。

 注文してあったDVDが到着したのでパソコンで再生しようとしたら、パソコンがDVDを認識しなかった。しばらくパソコンのDVDプレーヤーは使っていなかったけれど、たしかにいぜんから調子が悪いところはあった。どうもDVDのトレイの位置が正常でないのか、それともプレーヤー内にニェネントの毛とかが入りこんで悪さをしているのか、そんなものだと思う。こういうメカ的なものなら分解すればなおせる場合もあるし、プレーヤー内部の掃除もしておこうかと、パソコンを分解する。内部の基板の上に、茶色くなったわたぼこりがぎっしりつもっている。筆で掃いてわたぼこりを取る。DVDプレーヤーが本体カヴァーの上側に固定されているのを外そうとしてみるけれど、プレーヤーはプレーヤーで一体化されていてブラックボックス状態のように見えるし、プレーヤーを取り外すにはまわりのコード配線も外さなければならないようで、手をつけるにはリスクが大きすぎるようなので、作業は中止した。どちらにせよ、もうこのパソコンもそろそろ買い替えどきだろうなあ。YouTube も見ること出来ないし、ちゃんと表示されないサイトの数は日ごとにふえている。

 じつはFacebook もTwitter も、いまはこのパソコンからはちゃんと閲覧できないのである。まだだいじょうぶだったころにFacebook にはID登録してあったのだけれども、そのまま放置した。ところが友だちリクエストがあれこれ来るようになって、放置しても悪いので、ケータイからFacebook にアクセスして、リクエストの承認だけはまめにやっている。友だちが友だちを呼んで、いまではそれなりの数の知己の方々がわたしをエントリーして下さっている。わたしはFacebook をなんにも活用していないけれど、ありがたいことであります。

 それでTwitter の方もID登録してあるはずなんだけど、こっちはいまでもほとんど使う気がない。かしこくない文章をアップするのはこのブログだけでじゅうぶんだし、字数が少ないと、じぶんはもっとバカっぽい文章しか書けないことは知っている。情報を得るのにもっと活用してもいいけれど、ケータイでしかアクセスできないし、やはりケータイではじゅうぶんに使いまわせない。

 

  

[] 「谷崎潤一郎伝 堂々たる人生」小谷野敦:著  「谷崎潤一郎伝 堂々たる人生」小谷野敦:著 - ワニ狩り連絡帳 を含むブックマーク

 その作品についてはほとんど触れられない評伝なので、谷崎が文学になにを求め、なにが評価されたのかというあたりはほとんどわからない。そういうのは谷崎の作品自体や、別の作家論で読みなさいということだろう。

 著者の小谷野敦氏の著作は一、二冊読んだことはあるようだけれども(このブログで「小谷野敦」で検索すると、いちおう二冊読んだことになっている)、読んだころはブログに読んだ感想を書く習慣もなかったので、どんな本だったかまるでおぼえていない。それでもじつはひそかに小谷野敦氏のブログは愛読していて、過去の文献からの文壇ゴシップめいたことがらへの解釈などを楽しませていただいている。この著書もまさに、そういう著者のブログの拡大版というもので、つまりこの本は過去の文献、書簡などから、いままで書かれなかった谷崎潤一郎の生涯の、そのゴシップめいたぶぶんに再解釈をくわえているということではないのだろうか。
 ところがわたしはちょこちょこと谷崎作品をかじってはいるのだけれども、彼の生涯に関してはそのあまりに有名な佐藤春夫への妻譲渡事件の、そのうわべのぶぶんを多少読み知っているぐらいのものである。そういう意味ではこの著作で「松子神話」への反ばく、などと書かれても、そもそもがその「松子神話」に関してまるで知ることがないわけである。ああ、あんまりいい読者ではないなあ。でもまあ、その「妻譲渡事件」にもまた、いわくいいがたい長い時の流れの上での、あの「妻譲渡」ということになるわけだ、などと了解いたしました。そう、この評伝を読んでいると、つまりはひとりの人物の生涯で、たとえば突出したスキャンダルめいた、つまりは醜聞が流布されることがあっても、そこにいたるには「いわくいいがたい長い長いいきさつ」があるのだ、というあたりを、この評伝で「堪能」させていただいた、という感覚である。

 ただ、膨大な数の人物の登場するこの評伝、いささか記憶力の減退して来ているらしいわたしには、読んでいて「この人っていったい誰だっけ?」という感じで、ページを前にくくってみることひんぱんではあった。時系列も一直線ではないところもあって、著者はまずはこの評伝を谷崎の「詳細な年表」をつくることから始まった、と書かれているけれど、やはりこの書物、あるていど書き込まれた谷崎潤一郎の年譜を手もとに置きながら、比較検証しながら読んだ方がよかったのではないかと、読み終わってから気づいたしだいである。
 いまわたしの手もとには、小学館の「昭和文学全集」の第1巻の巻末の「谷崎潤一郎 年譜」がある。たしかにこれと読み比べると、あれこれと興味深い箇所がみつかったりする。たとえば昭和十六年に谷崎が「日本芸術院会員になる」という、小谷野氏が「ありえない」とした記述が、この「昭和文学全集」版の年譜にも踏襲されている。こういうあたりに異議をとなえられ、調査して反ばくされるあたりが小谷野氏がブロクでもやられているところの、彼の真骨頂ともいえるところで、ある意味ではスリリングでもある。「台所太平記」と谷崎家の「女中」の変せんとを二段組で比較した章は、ちょっとばかし紙数が足りなくって細工してしまった印象もあって読む気が失せたけれど、これも「台所太平記」を読んでいれば、興味ぶかい章だったかもしれない。

 最良の読者ではなかったわたしだなあ、という読後感ではあるけれど、このところ不調だった読書体験では、ひさしぶりに堪能させられた読書だった、という感じではある。さあ、もっと谷崎を読みたいぜよ。



 

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