ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2017-03-01(Wed)

 部屋に引きこもっているよりも、外に出かけた方がいいと思う。ターミナル駅の映画館でやっている「この世界の片隅に」を観たいのだけれども、今の状態ではそういう「つらい」映画を観るのは無理かな。そういう映画を観るには、もうちょっと時間をおいた方がいいだろうか。
 明日から上野で、Aさんの参加する展覧会がはじまる。この展覧会には行こうと思い、Aさんにメールして日曜日の夕方に行くことにした。いい気分転換になるといいけれども。

 

 

[]「わたしの名は紅」オルハン・パムク:著 和久井路子:訳 「わたしの名は紅」オルハン・パムク:著 和久井路子:訳 - ワニ狩り連絡帳 を含むブックマーク

 今の状態ではなかなか読書感想もまとまらないのだけれども、とにかくはようやく読了。昨年読んだ同じオルハン・パムクの「雪」につづいて、実に面白い本だった。

 時代は十六世紀。中東の広大な地域を支配したオスマン朝トルコは、レパントの海戦で西のキリスト教勢力に初めて敗れ、以後衰退への道を進みはじめる。そんな時代の物語で、細密画家らはスルタンからイスラム暦千年を祝う「祝賀本」の作成の命を受けている。そんな中、ひとりの細密画家が殺害される。小説はまず「わたしは屍」の章からはじまり、十ページから二十ページのそれほど長くはない章それぞれで語り手を変えて行きながら、その殺人の背後にあった社会情勢、ヨーロッパ美術が紹介されはじめた当時の細密画家らの意識、そして「雪」を思い出させられるような展開の、男女の恋愛も同時に描かれて行く。

 「雪」においても、今日のイスラム教社会、その中でのイスラム原理主義の動きなどを描いてみせてくれた著者だけれども、ここでもやはり、描かれるイスラム社会の独自さに興味を惹かれる。何よりもやはりここでは「細密画」という表現をめぐる記述こそが面白く、つまりは冒頭の殺人事件もまた、その「細密画」のあり方をめぐっての衝突ゆえの事件であったことが、早くに示される。
 様式を持つことを許さず、作家がスタイルを持ったり、その作品に署名することの忌諱された表現。そこではあたかも神がご覧になられたように描くことが求められていた。ところが西から渡って来たヨーロッパの絵画は、近くのものは大きく、遠くのものは小さく、まるで描き手の眼を基準として描かれるような世界だった。そのようなヨーロッパ絵画の要素を細密画に取り入れようとする絵師と、そのような絵画を「神の否定」として強く細密画の伝統を守ろうとする絵師ら。このあたり、イスラム美術論としてとても興味深くも面白い問題で、今現在でも通用する芸術論として興味深く読んだ。

 作品は交替で語り手になる絵師のなかに殺人犯がいるのだという、ちょっとした推理小説仕立てにもなっていて、そのあたりであの「薔薇の名前」と比べられたりもするらしい。この小説でもその終盤に、犯人の細密画のクセから犯人を割り出そうと、普段立ち入ることの出来ないスルタンの書庫に、細密画の名人と、「祝賀本」を取りまとめようとしていた長(彼も中盤で殺害される)の息子(この物語の主人公的な位置づけでもある人物)とが三日三晩こもり、過去の宝物や細密画を見て驚嘆する姿が描かれるけれども、この場面はまさに「薔薇の名前」でウィリアムとアドソとが隠された書庫を見つける場面を彷彿とさせられる。
 ラストは、ぼけっと読んでいても消去法で犯人はわかるのだけれども、それぞれの細密画家の語る細密画観と、「人殺しとよぶだろう、俺のことを」の章で語られる犯人の独白とを読み比べれば、「ああ、多分この人物が犯人だな」とはわかるようになっている。

 面白かったのでもういちど読んでみたいほどだけれども、わたしにはそんな時間はないか。


 

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