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■ 2012-08-13(Mon)

[]「ロンドンオリンピック閉会式」を、TVで観る。 「ロンドンオリンピック閉会式」を、TVで観る。 - ワニ狩り連絡帳 を含むブックマーク

 いちばんさいしょはスコットランド出身の歌手でEmeli Sande という人。よく知らない人だけれども、お父さんはザンビアの人だとかそういうことで、たしかにそういう、ソウルフルなところとスコティッシュとが融合されているといえるような。
 このあとは俳優のティモシー・スポールがチャーチルの演説をやったり、ご来賓が到着して「God Save The Queen」で国旗掲揚したり。まずナマで出演したさいしょのバンドが、ちょっと意外なところでMadness。「Our House」である。けっこう高速で走るトラックの荷台みたいなステージでの演奏。とにかくダンサーがいっぱいいて、これがなつかしい「ムカデ踊り」(これはわたしの勝手な命名)なんかをチラリとみせてくれて、なんだかうれしくなったりする。やっぱ「スカ」はこういう生演奏がいいし、Madness のプレイもまたすばらしい。こういう、あんまりメジャーでもないあたりから入ってくるイヴェント、先に期待がもてそうである(って、Madness に失礼か)。

 で、つぎは変な二台の二人乗り自転車で登場のPet Shop Boys。「West End Girls」、だった。みんな、スタジアムのあらゆるところの観客から見えるように、トラックを周回するわけね。あと、One Direction という、若い男の子のアイドルグループが登場。このあたりでなんか、きのう読んだ阿部和重の小説世界と、この閉会式のイヴェントとが、わたしのあたまのなかでシンクロしはじめる。あっちの小説に出てきたアイドルグループは、Extra Dimensions というグループ名だったか。このあとは、ストンプのパフォーマンス。みるのはむかしのコマーシャルいらいかな。まあステージがでっかいから迫力がある。

 既成音源の再生だけれども、Beatles の「A Day In The Life」の後半が流れはじめ、これはダンサーたちのパフォーマンスをみせるものだけれども、けっこうすごかった。冒頭の、直立したダンサーの、うえに伸ばした手のうえにシーツをひろげてベッドにみたて、そのうえで寝ているダンサーが起き上がって、ベッドからとびおりるとこなんか、ハッとする。アクロバット系のパフォーマンスなんだけれども、けっこう見入ってしまった。

 ここで、黒い車がスタジアム中央のステージに向かい、車から、なんとRay Davies が降りてくるのね。期待どおり、「Waterloo Sunset」をやる。Ray はギターは持たず、となりでギターをかかえた男が伴奏している(もちろんリズムセクションなどの伴奏もほかのところでやっているのだけれど)。このギタリストはきっと、ちょっとまえにみたTVのライヴでもRay といっしょにやっていた、Bill Shanley だと思う。Ray は観客に「シャララ〜」のコーラスをやらせたり、気もち良さそう。声もとってものびがある。しかしそうか、Beatles もいまはなく、Stones もおそらく出てきたりしないだろうから、こういうところに出てくる六十年代のビート・グループの生き残りというと、やはりKinks とか(まあKinks 自体はもう解散しているけれど)、Who とかになるんだろうか。Pink Floyd とか、出てこないかなあ。

 もういちど、進行役みたいなEmeli Sande がピアノをバックに唄い、そこに競技するアスリートたちの表情のクローズアップがはさまる。このあとに選手たちがようやく入場しはじめ、みんなが入場しおわるまでにけっこうじかんがかかる。日本のTV局は独自にカメラを持ち込んでいるようで、しきりに日本人選手のすがたを写している。

 いつしかパフォーマーたちが大きな白いキューブを運びはじめて、なんだかバックでかかっている曲が聴いたことあるよな、などと思っていると、これがKate Bush の「Running Up That Hill」、だった。この曲を聴くのもほんとにひさしぶりだけれども、やっぱりこころにズンとくるものがある。Kate Bush のナマの舞台も、みたかった(こわいものみたさ)。よくみられなかったけれど、ここのパフォーマンスもなんだか面白そう。四方にのびたステージ通路の真ん中に白いキューブを皆がつみかさねて、ピラミッドみたいな四角垂をつくりだしているようだった。このあとはさいごの競技、男子マラソンの表彰式があったり、などなど。

 Queen の「Bohemian Rhapsody」のイントロがちょっと流れて、ライヴ再開。これがJohn Lennon の「Imagine」で、まずはリヴァプールの少年少女の合唱隊が唄いはじめ、John の映像にひきつがれる。しかし、アスリートたちが国家ごとに仕分けされ、その国旗を揚げるためにやっているようなこの競技大会で、「国なんてないと想像してごらん」なんて歌をやる。アホじゃないかしらん。いぜん、下北沢にあったラーメン屋の壁に、この「Imagine」の歌詞が書かれていて、その「Imagine There's No Heaven」のところの「No」がはぶかれて「Imagine There's Heaven」にされていて、アホか!っと思ったことを思い出した。みんな、ちっともImagine(想像)できてない。もうそのラーメン屋もありません。オリンピックもいいかげんにやめてもいいのかもしれない。というわたしも、John Lennon のファンとかいうわけではない。どっちかというとイヤである。

 つぎはAnnie Lennox の出番で、すごい。まるで「パイレーツ・オブ・カリビアン」みたい。船のへ先にサモトラケのニケみたいにすっくと立ち、おそらくは「Little Bird」という曲を唄う。
 ‥‥このあたりから、流れている音楽、唄われている歌唱を無視して、それに思いきりかぶってTV曲のアナウンサーが勝手なトークしはじめる。あれ、副音声とかでアナウンスを消せるのかと思ったら、そういうことはまるでやっていない。つぎはその期待していたPink Floyd 、やはり出ました。っつうか、曲はPink Floyd の「Wish You Were Here」で、唄っているのはEd Sheeran という、わたしの知らない若いシンガーなんだけれども、バックがすごい! ドラムはNick Mason だし、ギターはMike Rutherford。ベースはよく知らないRichard Jones という人で、とにかくMike Rutherford とNick Mason との共演というのが聴きどころ。ところがアナウンサーの勝手なトークはここで最高潮で、ちゃんと音楽が聴けない。これでは、音楽めあてでみている人たちは、全員怒り狂うだろう。いや、これはアナウンサーの責任ではない。ディレクターの責任である。この閉会式がたんにオリンピックのおわりのセレモニーであることを越えて、大きな音楽イヴェントなのだということを理解していないから、こういうことになる。もちろんたんにセレモニーととらえるなら、こういうアナウンスで良しとする人も多いだろう。だからせっかく副音声とかつかえるのだから、前もって音楽のわかるゲストを呼んで、これを音楽イヴェントとしてとらえる解説、アナウンスをつけるべきなのだ。視聴者から視聴料を徴集しておきながら、視聴者にはこういう仕打ちである。おかげで、つぎのアーティストのことなんか、まるでわかんなくなってしまった。これが、つぎに再結成されたSpice Girls が登場すると、アナウンサーもだまってしまうから悲しい。ここはしゃべくりまわっていいところなのに。

 それで、つぎがまたビッグステージというか、Beady Eye のステージ。つまりはほとんどOasis というか、奏っているのもOasis 時代の「Wonderwall」である。わたしもこのBeady Eye の演奏というのははじめてみるし、はじめて聴く。まあOasis なんだけれども。アナウンサーは「2009年に結成されたバンドです」とだけ紹介。まあたしかにそうだけれども。

 この曲はなんだろう。Electric Light Orchestra なのか。「Mr Blue Sky」というらしき曲をバックに、パフォーマンスがはじまる。このあたりからカメラも日本選手を追いかけたショットばかり使いはじめ、いったいステージ上がどうなっているのかわかりにくくなってくる。さて、パフォーマンスは「人間大砲」である。出ました。Eric Idle。待ってました。しかも、スケートをはいた尼さんたちにかこまれたりしながら、「ライフ・オブ・ブライアン」のラストの、「Always Look on the Bright Side of Life」を唄うのである。至福のしゅんかん。‥‥これがステージは踊るインド人たちに占領され、Eric Idle さんはなすすべもなくなる。しかしもういちど唄いはじめ、ここで写されるノリノリの日本選手の映像は、グッドです。

 つぎに知らないバンドだけれども、MUSE というバンドの演奏になり、どうやらこのバンドはプログレ系のバンドらしく、演奏も熱がこもっているのだけれども、ここでまたアナウンサーが聴くもののじゃまをする。‥‥わかった! このアナウンサーたちは、プログレが嫌いなのだ。いや、カメラもまた日本選手の映像ばかりになり、つまり、このディレクターこそが、プログレを憎んでいるのだろう。だからプログレっぽい音が流れはじめると、アナウンサーのふたりに「なにかしゃべれ」のサインを出す。そうにきまっている。

 つぎはFreddie Mercury の映像から、Brian May が登場してギター・ソロやらかして、Roger Taylor も出てきて、女性ヴォーカルをいれて「We Will Rock You」を奏る。‥‥勝手に奏ってください。って、Led Zeppelin を出せ!

 このあとはセレモニーがあって、それから、次回オリンピック開催地ブラジルの演出でのパフォーマンス。もっともっと、サンバとかで暑さを吹き飛ばすような、陽気なパフォーマンスをみせてくれるのかと期待したけれど、ちょっとばかし、渋い構成だった。お祭りやってくれれば、それでいいんだけど。

 さて、長かった閉会式もそろそろおしまい。聖火もそろそろ消される準備に入って、もうおっさんになったTake That が唄ったりしている。‥‥いや、このあとからが圧巻というか、これ、英国ロイヤルバレエ団だろうけれど、書き下ろされた「聖火の精神」とかいう曲をバックに、フェニックス(不死鳥)を踊る。ソリストはDarcey Bussell(ダーシー・バッセル)という有名な人らしく、わたしはバレエのことはよく知らないのでこの方のこともまるで知らなかったのだけれども、2007年に引退されていたのがここでカムバックされたらしい。うーん、音楽のインパクトはいまいちのように思えたけれども、このバレエはなかなかに強烈。とにかく、ステージの広さが尋常ではないところで、これだけ見せるというのはすばらしい。しばしみとれてしまった。さいごにすばらしいものを観させていただきました。

 このあとのトリはThe Who。ドラムがZak Starkey なのかどうか、よくわからないけれど、やっぱ、Roger Daltrey にはもう「華」がない、といいたい。これだけハードな曲をいままだ奏るのなら、やっぱもうちょっとからだのキレをよくしてほしい。そういうのでは、けっして好きではないけれども、やっぱMick Jagger はすごいんだと思う。まだ先に登場したRay Davies の方が、ずっと色気がある。って、まあむかしっからあんまりThe Who って好きじゃないし、どうでもいいのね。

 って、これでおしまいなんだけれども、おかしいなあ、午前中みたのではGeorge Michael とかさんざん出てたし、David Bowie の「Fashion」をバックにして、スーパーモデルたちが登場するところもあったはず。この午後のBS版放映ではそういうの、カットしてしまったんだね。

 とにかくのところ、このイヴェントを「音楽イヴェント」として楽しみにしていた視聴者を裏切る放映であったことはたしかだと思う。あとでチェックすると、このアナウンサー二人をバッシングする声が多いようだけれども、アナウンサーがいけないのではない。ディレクターが、ひいてはTV局こそがいけないのだと思う。TV局は近いうちに、「音楽イヴェント」としてのこの閉会式を、ちゃんと放送し直してほしい。もちろんこんかいのアナウンスはすべてオフにして、ミュージシャンやパフォーマーの情報データなどはぜんぶ字幕でいい。音楽イヴェントなんだから、セレモニー的なぶぶんはすべて割愛していいだろう。こんかいの放送には非難の声も大きいようだし、ぜひ、そういうかたちで再放送すべし。

 しかし、「五十年のイギリス音楽」か、そういうことではわたしも思うところはたくさんあった。こういうイヴェントとかんけいなく、自分のなかでの「五十年のイギリス音楽」というのも呼びもどしてみたい気がする。そのうちに「わたしのイギリス音楽、この五十年」なんて書いてみようか。老人っぽいなあ。って、九十年代まではそれなりにいっぱい聴いたものだったけど、ゼロ年代のイギリス音楽なんてまるで聴いていない。これも老化現象なのか。


 

■ 2012-07-29(Sun)

[]「7.29脱原発国会大包囲」に参加した。 「7.29脱原発国会大包囲」に参加した。 - ワニ狩り連絡帳 を含むブックマーク

 集合地は日比谷公園で、どこか広いところでデモ出発まえの集会など開かれていたのかもしれないけれど、わたしにはわからなかった。だれか知人に会う可能性があるので、できるだけ見渡しのいいところにいたいと思っていたのだけれども、ちょうどデモ出発地点の近くにある建てものに、外から二階へあがる階段があって、その二階のおどり場が絶好の観覧席になっていた。しかも、だれかカメラマンが使っていたらしいキャタツが持ち主のいないまま置きっぱなしになっていて、そこに腰かけて下をながめることにした。もちろんわたしいがいにもこの場所から下をながめようという人は、カメラマンを含めておおぜいいるわけだけれども、そのなかでわたしがいちばんの特等席に陣取ってしまった。
 f:id:crosstalk:20120731210537j:image:rightちょうど目のまえで参加者が旗やプラカードをふりかざして、デモ行進への出発を待っている。ここでみていれば知人とかがいればわかるだろうし、わたしが気がつかなくてもむこうでわたしのことを見つけれくれるかもしれない。それで、かなりながいことその場所に陣取って、デモに出発する人たちをながめていた。皆が持っている旗やプラカードをながめているのも楽しい。「へ〜え、そういう団体が存在するのか」とか、「そういう人たちも参加しているのか」とか思ったり、プラカードに書かれていることで知らなかったことを知ったりもする。「むかしデモに出てました」というような年配の方や、血気にはやったような元気いっぱいの男性諸君(こういう書き方は失礼か)などだけではなく、小学生ぐらいの子どもを連れていらっしゃる方をふくめ、女性の方の参加者、ごくふつうの見かけの人たちの参加者がおおい。

f:id:crosstalk:20120731210659j:image:left デモの列が公園を出ていくペースが異常におそいので、どうなってるんだろうと、いいかげんのじかんになって公園から皆が出発するあたりを見に、おりていった。
 つまりは、いくらデモをやっているといっても、車道にはふつうにクルマが走っているわけで、いくら交通規制をしているといっても全面ストップにはしていないわけだから、交通誘導の警官たちが信号を守って出発させているわけである。この警察の行為を批判するような声がデモ参加者側から出されてもいたけれど、まあ信号無視してデモに出発してもすぐにクルマにひかれちゃったりしてもしょうがないし。
f:id:crosstalk:20120731210828j:image:right ぜんかい(きょねんの四月二十四日)「反原発」のデモに参加したときに、そういう交通誘導の警官でさえ、腰に手錠をぶら下げていたことが印象に残っているけれど、こんかいの警官たちの腰には、手錠のようなものは光っていなかった。

 いくらかずつでもデモの列は前進し、ようやくぜんたいのおわりの出発もみえてきたあたりで(五時半ぐらいだったかな?)、わたしもデモの列にまぜてもらって出発した。けっきょくいままでのところ、知人のすがたはみつからず。参加者人数はまえの「反原発」デモのときよりはずっとおおい。そのまえに参加した「イラン戦争反対」のデモのときよりは少ないだろうか。わたしの感覚では、これは二万人にとどかないだろうか、というくらい。ぜんたいの感覚では、いちじきわたしが感じていたようなデモへの違和感みたいなものを感じることもなかった。これはわたしが変わったのか、それともデモの方の雰囲気が変わったのか。おそらくはこんかい、「そういう違和感を感じたくはない」という、わたしの意識のはたらきが作用したのではないだろうか。

 出発してすぐに、某銀行の敷地あたりに陣取ったウヨクの方々の挑発がある。原発稼働に反対することは福島宮城の復興をじゃまする行為だといっている。デモの参加者は「ヒトゴロシ」だともいう。わたしには理解不能の論理である。
f:id:crosstalk:20120731210923j:image:left デモはそんなに長距離を練り歩くわけではなく、日比谷公園から新橋の方角に進んで東電本店、そして経済産業省のまえなどを通りながら、皆がシュプレヒコールをあげていくわけである。わたし個人としては、デモの列のなかでいっしょに歩いていれば意思表示は出来ていると思っているので、このシュプレヒコールに関してはとっても消極的参加者である。

 一時間弱でまた出発地の日比谷公園にもどってきて、ここからは各自バラバラに国会議事堂まえに移動する。首相官邸まえに移動するグループもあり、このあたりは各自の判断にまかされているようなアナウンスもある。このデモの主催者はげんざい、まいしゅう金曜の首相官邸まえの集会も主催しているところらしいから、そのあたりでれんぞくさせているのか、それとも参加者が多すぎて国会まえに収まりきれそうもないので首相官邸まえという選択肢も入れたのか、まあデモの予定というのはそんなにその場で変えられるものでもないだろうから、これはさいしょから決められていた選択肢なのだろう。わたしはもちろん、国会議事堂まえのコースを選ぶ。
 国会議事堂へは日比谷公園から西に、坂道をのぼって行ったところにあるらしい。そういうこともはじめて知る。もちろんたいていの参加者もこの議事堂コースを選んでいるようで、とくにわたしのうしろからはずいぶんおおぜいの人が坂道をのぼってきていて、歩道から車道にはみだして歩く人もいる。わたしもちょっと車道に出て歩いてみたけれど、誘導の警官にすぐに歩道にもどるようにうながされてしまった。女性警官が拡声器を使って、「参加者の一部の皆さんで、車道を歩かれている方はすぐに歩道にもどって下さい」といっている。わたしをふくめわたしの周囲で、「参加者の一部の皆さん」といういい方をからかう声があがる。ところが、このアナウンスからしばらくして、うしろからあがってくる連中のほとんどは歩道から車道へ出て歩き出したようで、もう警官もこれを阻止しようとはせず、車道の車線の一方はデモ参加者で埋まってしまった。なんだ、できるんだと、ちょっと意外な感じ。自分のなかにもなんか、そういう自己規制する気もちが出来ちゃってるんじゃないかと思ったりする。でもまさに、「赤信号みんなで渡ればこわくない」ということだろうか。それこそが、デモで出来ること、なのかもしれない。あるしゅのかく乱を起こすこと、そういうちからが試されているのだろうか。もちろん今はわたしも、それが暴力を生む混乱になることを望んだりはしていない。そうではなくって出来ることとはどんなことだろう。

   f:id:crosstalk:20120801201408j:image

 地図をあげておくけれども、国会議事堂の正門まえには、百メートルいじょうある広い直線道路がある。ゆるい坂道で、のぼりきったところに議事堂正門がある。この道路の歩道の部分が、きょうの「国会大包囲」の参加者の集結場所になる。ちっとも「大包囲」ではないような気がしないでもないけれど、集結場所はぎっしりの人であふれんばかり。車道ぎわに立っている人と、わきの高さ一メートルほどの石垣のうえに座っている人とのあいだを、落ち着く場所を探している人たちが行き来している。わたしはできるだけ国会に近いところまで坂をのぼり、あと十メートルぐらいのところで石垣に空きをみつけ、そこにすわり込むことにした。用意したキャンドルライトを出して、スイッチを入れてかかげる。低予算だけれども、夜の野外ではなかなかに映えるキャンドルだったような。

 わたしのあとからもずいぶんと人々が坂をのぼってきて、けっきょく国会近くはもう人でいっぱいで落ち着ける場所もないようで、また坂の下にぎゃくもどりする人たちが多い。歩道の真ん中では、そうやってぎゃくもどりする人たちと、まだ下からのぼってくる人たちとがぶっつかて、かなり混雑している感じ。もうわたしも石垣の上に立ち上がっている。きょうの集会もこんなところでおしまいになるのかなと、わたしは写メールしたり、友人にメールをうったりしていた。ところがそんなメールをうっているとき、人々が歩道から次々に車道内にあふれだしていくのがみえた。前の方の人たちは走り出している。歩道にいた人たちもどんどんつづいて車道に移動している。もちろんわたしも車道にくり出た。

f:id:crosstalk:20120801201519j:image:left 地図でみればわかるように、この部分の道路は車両通行止めにして解放してしまってもほとんど何の影響もない。ましてや日曜のよるで国会にはあかりもついていなくて、人影はない。車でこの道路を使って国会に行こうとする人などいるはずもない。だったらさいしょっから集会のために解放してもよさそうなものだけれども、このあたりのことはこの集結場所にくるときに起きたことのリピートっぽい。もしかしたら警備側でさいしょは規制しておいて、あとになって解放してやることで、いっしゅの「ガス抜き」効果を狙っているのかもしれない。

 しかしちょっとまえまできゅうくつな思いをさせられて、それで急に広い場所に出るときの開放感というものは大きい。さまざまな音を出す人たちもおおぜいいるし、皆も浮かれ気分でシュプレヒコールをどなっている。わたしはひとりで身軽ということもあって、かなり前の方まで移動することができた。もう最前列まで二メートルもない。ガードを立ててこちらを向いて警備する警官の顔もまぢかにみえる。警官の側からも拡声器を使って何かいっているようだけれども、参加者たちの出す音の方がずっと大きくてまるで何をいっているのかわからない。

f:id:crosstalk:20120801201610j:image:right ちょうどわたしのそばには、数人の女性たちの集団がきていて、これはいっしゅのパフォーマンスグループというのか、ちょっと露出度の高いセパレートの同じ服装で、「反核」という文字をかたどって焼かれた大きなパンだとか、スローガンを書いた垂れ幕を皆で持って、つまりは踊っている。わたしのまわりでは皆が高揚している。
 ‥‥この感覚は、むかしあった「野外レイヴ」というに近い。「デモ」ではなく「集会」ゆえの楽しさ、なのだろう。これはさいしょっから車道もまた開放されていたものなら、ここまでは盛り上がることもなかっただろう。警備側はほんとうは車道を開放することなく歩道だけを使った集会でおわらせたかったのだろうけれど、どこかで誰かがそれを突破したわけだ。それで「こうなってもやむをえない」という想定もなされていたのだろうけれど、結果として、この車道の開放は、集会参加者の勝ち取ったものとなった。そこにこの高揚の理由もあるだろう。まあ考えはいろいろあるだろうけれど、わたしには、異様に楽しい「脱原発集会」という感覚だった。デモや集会に参加してこういう感覚を得たのは、はじめてのことである。警備側、体制側からすれば、デモや集会に参加した人々に楽しい思いなどさせるべきではないだろう。これは参加者がリピーターになったり、ほかの参加者を呼び込むことにつながってしまい、運動にいきおいを与えてしまう。警備側はとうしょは車道を解放していなかったのをあとで解放するわけだけれど、まさにこれは大失敗で、そうなるのならさいしょっから車道も開放しておけば、ここまでの高揚感は与えずにすんでいただろう。わたしはさいきん行なわれている首相官邸まえでの集会のようすは知らないけれど、そちらではどういうことになっているのだろう。

f:id:crosstalk:20120801201806j:image:left この国会議事堂まえでほとんど一時間ぐらいすごしてしまったけれど、そろそろ皆も落ち着きはじめた気配もあり、わたしもあしたは早朝からしごとなので帰宅することにした。その集会場になった車道の坂道を下って行くと、だんだんに人影も

まばらになってくる。ほとんど道もおわりになるあたりで、警備の警官から歩道にもどるようにいわれ、ちょっと笑いたくなる。こんなところで反抗してもしょうがないので歩道にもどる。わたしのすぐうしろでも若い女性がひとりで車道を歩いていたようで、ほぼ同時に歩道にもどる。そのときにその女性が、わたしにきこえるように「あ〜、疲れた」と声を出した。わたしは彼女の方を振り向いてほほえんだだけだったけれど、それをきっかけにしてもっと彼女と語ってもよかったのだ。というか、そうすべきだった。別にナンパするとかそういう気もちではないけれど、やはり帰宅するのに電車にいっぱい乗らなくっちゃいけないとかいうのがあると、そういう余裕が持てなくなる、というはなしである。いぜんにもそういうことがあった。

 虎の門駅まで歩き、そこから新橋までメトロで。あとはJRに乗り換えて帰路についた。

 ‥‥こういう感想ではよろしくないのかもしれないが、つまりはとても楽しい「デモ〜集会」のいちにちだった。この「国会大包囲集会」がまた行なわれるならまた来たいし、毎金曜の首相官邸まえでの集会にもやはりこんど参加してみようかと思う。って、すべての原発の再稼働をストップし、原子力発電にまったく頼らない世界になれば、そういうデモも集会もなくなるわけで、そういう社会こそが望みではある。


 


 

■ 2012-03-13(Tue)

[] 私選・60年代のおバカなシングル盤10枚〜ちょっとマニアックに〜(その2)  私選・60年代のおバカなシングル盤10枚〜ちょっとマニアックに〜(その2) - ワニ狩り連絡帳 を含むブックマーク

 ‥‥きのうの続き。

●「Thunderball」Tom Jones (1966/1)
 いわずと知れたトム・ジョーンズの、いわずと知れたボンド映画「サンダーボール作戦」の主題歌だけれども、この大げさな力唱、この大げさなオーケストレーションは笑える。クライマックスはラストのトムの絶叫で、まあこれはポピュラー音楽史上まれにみる(聴く)絶唱だろう。伝説ではこのシャウトでトム・ジョーンズは気を失ってしまったらしい。「すごいぞ、すごいぞ」と思いながら聴くと、きっと爆笑出来るだろう。この絶叫を聴いたわたしの知人は、「自分のなかにもちょっと、トム・ジョーンズが存在していることがわかった」といった。世界のすべての男たちのなかには、それぞれちょっとずつ、トム・ジョーンズが住んでいるのではないだろうか。

●「Double Shot (Of My Baby's Love)」Swingin' Medallions (1966/6)
 これもキーボードの音がおバカな一曲だけれども、だって、ただ大騒ぎしてるだけじゃんみたいな音は、とてもプロの音楽とは聴こえないのであった。この時代のガレージ・パンクはガレージ・パンクで、ある意味ゆがんだ音とかそういう感じで耳に刺激的であったりするけれど、「これ、何よ」ってえのがこの一曲。歌詞も二日酔いを唄った歌というか、やはりそうとうにくっだらない。このSwingin' Medallions ってえバンドはサウスカロライナ出身らしいけれど、すごいのは今もなお活動を続けているらしいということで、つまり、今でもこの曲をライヴで大騒ぎしながら唄っているわけなのだろう。そりゃああぶない気がする。

●「They're Coming To Take Me Away, Ha-Haaa!」Napoleon XIV (1966/7)
 これが、わたしの知っているかぎりでの最強の問題作というか、まさにこの1966年という時制にこそ生まれた怪作。なぜか日本でもシングル盤はリリースされ、邦題は「狂ったナポレオン ヒヒ、ハハ‥‥」とかいうものだった。わたしはこのシングルをリアルタイムに買って、所有していたのである。歌っている、というか、やっているのはナポレオン十四世という人をくった名まえのアーティストだったけれど、この御仁、つまりはスタジオのレコーディング・エンジニアだったらしい。まあ「曲」というものでもなく、ただドラムとタンバリンのリズムに合わせてちょっと抑揚をつけてしゃべっているだけ、みたいなものなんだけれども、「Remember when you run away,」からはじまる(ちゃんと今でも記憶している)その内容がヤバいというか、とちゅうでその声のテープ速度が早められてだんだんに声がうわずり、サビ(?)の「ヤツらがオレを連れ去りにやってくるぜ! ハハ! ヒヒ!」というところでは、バックに救急車のサイレンの音が挿入される。つまり心療内科(精神病院)がお迎えにきたよというわけである。「狂気」を笑いものにするのはやっぱりタブーだったというか、じつはこの曲、ものすごい勢いでヒットチャートをかけ上がって、あっという間に三位ぐらいにまで昇っちゃうんだけれども、その後またものすごい勢いで急降下。つまり、放送禁止になってしまったわけである。
 このシングル盤でまたすごいのがそのB面で、タイトルは「!aaaH-aH ,yawA eM ekaT ot gnimoC er'yehT」というもの。日本盤シングルでは「‥‥ハハ、ヒヒ、ンオレポナたっ狂」であった。つまりこれで想像がつくと思うけれど、A面の音をすべてそっくりテープ逆回転で収録したものにすぎない。しかし、テープ逆回転を「コレも音楽だ」と提示するということでは、これはBeatles の「Strawberry Fields Forever」に一年も先行しているし、これを「テープ音楽」ととらえればそりゃあシュトックハウゼンだぜ、といえるようなシロモノである(ちがうか)。まあ今でもこのシングルを持っていればちょっとした「お宝」だったんだけど、残念なことにずいぶんむかしに二足三文で処分してしまった。

●「96 Tears」? (Question Mark) & The Mysterians (1966/9)
 白痴的なオルガン・サウンドの究極の到達点というか、それでもチャートでもトップの座を奪った大ヒットになったというのが、当時のヴェトナム戦争に巻き込まれたアメリカの姿だったんだろう。リーダーの? (Question Mark) という人物はメキシコ系だったらしいけれど、いつも黒メガネをかけて素顔をみせなかった。みょうに気張ったヴォーカルも楽しくて、聴衆だかに「Let me hear your cryin'」なんて切々と唄うのもおかしい。もちろん歌詞全体がとってもくだらない。

●「Tip-Toe Through The Tulips With Me」Tiny Tim (1968/6)
 Tiny Tim はちょっと有名でしょう。ロックの前の時代からニューヨークでちょっとは知られていた存在で、たしかマーティン・スコセッシが監督したBob Dylan のドキュメンタリー映画にも、当時の彼の話、写真などが出てきたと思う。その彼のワンアンドオンリーのヒット曲がコレ。原曲は1920年代に書かれてヒットしたものらしく、ここでTiny Tim は女性ヴォーカルをまねた奇怪なファルセット・ヴォイスで唄っている。このあたり、やはり古いポピュラーソングを取り上げて唄っていた、まえに書いたIan Whitcomb を思わせるところがある。ウクレレを奏でながら古い曲をやるというのがまた近年のJanet Klein を思い出させ、そのJanet Klein の来日コンサートにIan Whitcomb も同行していたことを思い出すと、このあたりの系譜というのは意外と太い道があるのかもしれない。
 わたしはこの曲の収録された「God Bless Tiny Tim」というアルバムが愛聴盤なのだけれど、このアルバム、プロデューサーが優れものというか、編曲、オーケストレーション、そのほか惚れ惚れとするような完成度の高さでうならせてくれる一枚であった。この「Tip-Toe Through The Tulips With Me」もいいけれど、そのアルバム収録の一人三重唱なんか、もっともっと楽しくておかしい。十年ほどまえにこの「God Bless Tiny Tim」のデラックス・エディション三枚組CDがリリースされて、欲しいなあと思っているうちに品切れ、入手困難になってしまった。ざんねん。

 ‥‥こんなところだけれども、おまけに一枚挙げるとしたらやはり、ドイツのバンドThe Rainbows の「Balla Balla」を挙げておきたい。アメリカではヒットしなかったので、ここでの十枚には割愛してしまったけど、日本でもかなりメジャーなところでヒットしたものであった。ただ「My Baby, Baby Balla Balla」と「Balla Balla Balla Balla」をくり返すだけの曲。この曲のなかでいったい何回「バラバラ」と唄っているか、なんてクイズもあった(わたしの記憶では六十回以上は「バラ」と唄っている)。




 

■ 2012-03-12(Mon)

[] 私選・60年代のおバカなシングル盤10枚〜ちょっとマニアックに〜(その1)  私選・60年代のおバカなシングル盤10枚〜ちょっとマニアックに〜(その1) - ワニ狩り連絡帳 を含むブックマーク

 いっぱんに「おバカ」な楽曲というのは「ノベルティ・ソング」などと呼ばれ、だいたいがその歌詞のナンセンスさかげんで聴衆を笑わせるものがほとんどで、音楽自体はけっこうマトモだったりする。つまり、英語のわからない人たちにはそのおかしさは伝わらなかったりする。80年代のアル・ヤンコヴィックなんかもそういうクチだったのではないだろうか。
 しっかし、60年代のヒット曲には、そういう歌詞がおかしいというのでなく、音自体がヘンだとか、バカっぽい音だとかいうものがあれこれとあった気がする。これも音楽というものがポップからロックへと移行する時代に、ガレージ・パンクなどのように、その時代の音楽のプロのテクニックからはへだたった音を出す連中が出てきたり、そういう音楽のプロたちも新しい機材の発達に合わせて実験的なことを試みたりということがあったわけで、それがちゃんとメジャーなところでリリースされて評判を呼ぶという、ある意味で「しあわせな」時代だったからこそ、ということがいえるのではないだろうか。たとえばBeatles の「Tomorrow Never Knows」を「変だ」と感じることはある程度ノーマルであって、いまはBeatles の実験精神の成果なんて褒めそやされるけれど、当時のレヴューでは「おふざけが過ぎる」などという評もじっさいに書かれていたわけである。

 「おバカ」というのを「白痴的」といいかえてもいいけれど、そういう、60年代には、音自体が奇っ怪、アホっぽいというようなヒット曲があらわれたものである。ここはわたしの主観で、そういう「おバカ」なヒット曲を十曲ばかし選んでみようと。おそらくはどの曲も、YouTube で検索すれば登録されていることだろうから、よろしければ検索して楽しんでみて下さい。では、時代順に。

●「Louie Louie」The Kingsmen (1963/11)
 Frank Zappa は何かのインタヴューでこの曲のことを「最低の音楽だ」とかなんとかいって、それでも自分たちのライヴでこの曲をやっていたりする。この曲のオリジナルは別にあるらしいけれど、大ヒットしたのはオレゴン出身のバンド、Kingsmen のよるもの。とにかく、このオルガンの音! 考えてみると、ここで選ぶ60年代のおバカなサウンドにはこのチープなオルガンの音が不可欠ではないのかという印象にもなるのだけれども、ヴォーカルもまたアホっぽい。「カッコよくキメる」ということの対極にあるようなこのサウンド、来るべきパンクを予感させるものでもあるだろう。

●「Surfin' Bird」The Trashmen (1963)/12)
 「Louie Louie」とおなじころにヒットしていた、究極的なまでにおバカな歌(たしかいま、何かのコマーシャルでこの曲が使われている)。やっていたのはミネアポリス出身のTrashmen 。わたしのなかではこの曲こそが永遠の「おバカ」ソングNo.1、なのだけれども、脳ミソが機能しなくなったとき、頭のなかで響く音というのはこういうものではないのかと想像する。映画「フルメタル・ジャケット」のなかでも、印象的な使われ方をしていた。

●「Wooly Bully」Sam The Sham & The Pharaohs (1965/5)
 これもオルガンの音が印象的だけれど、このバンドはバンド名のように黄金時代のエジプトの王族のようなかっこうしていたわけで、まあルックスでもお笑いをとっていた。もちろん彼らはエジプト人などではなくテキサスのダラスの出身で、たしかこのヴォーカルのサム・ザ・シャム氏はメキシコ系だったと思う。この曲はチャートのトップになることはなかったのだけれども、この年はほかに大ヒット曲というのがなかったというか、1965年の集計された年間チャートでは、みごとに一位に輝いている。つまり、1965年を代表するヒット曲がコレ。曲はアホっぽいけれど、聴き方によってはなかなかにカッコいいものである。それでいったいこの歌詞は何を唄っているのか、つい最近までわたしも知ることがなかったのだけれども、去年だったか、ある愛読していたサイトで、この曲の歌詞を和訳したものを読むことが出来た。それはある意味衝撃で、ええっ!そーんなことを唄っていたのか!って感じであった。かんたんに書くと、年ごろの女の子たちが、「ねえねえ、このごろ、毛がねえ」などとしゃべっているような歌詞らしい。アメリカの人たちはそういうことわかって聴いていたのか?
 とにかくこのバンド、「赤頭巾ちゃん」の歌とか、この後も一貫してお笑いソングをやりつづけるのだけれども、バンドとしての音のクオリティなど、やはりこの曲がベストである。

●「Do The Freddie」Freddie & The Dreamers (1965/6)
 このバンドは、いわゆる「ブリティッシュ・インベイション」の波に乗ってアメリカに上陸したマンチェスターのバンド。「I'm Telling You Now」というチャートのトップになったヒット曲(この曲はまとも)などを持っているけれど、演奏しながら変な踊りをやるっていうのが売りだったらしい。まあ足を跳ね上げたりからだをくねらせたりしてたわけで、そのダンスをひとつの売りとしてリリースしたのがこの曲。こういう曲がまたヒットしてしまうのだから、恐ろしい時代だった。曲としてそんなに笑いを誘うというものでもないけれど、間奏のところで変な笑い声がいっぱい挿入されている。ヴィジュアル要素が先に立っていたんだろう。

●「You Turn Me On」Ian Whitcomb (1965/6)
 イギリス人のIan Whitcomb は、今では初期のポピュラーミュージックの研究家/演奏家として有名で、そういう古いポピュラー音楽を集めたアルバムを何枚もリリースしている渋いミュージシャン。ところがここではどういうわけかファルセットヴォイスでもって、当時のアメリカの若い女の子たちの話し言葉で唄っている。ふつうの大人たちはここで唄われている英語が何をしゃべっているのか、ほとんどわからなかったらしい。たとえばタイトルの「You Turn Me On」というのは「あなたがわたしをソノ気にさせた」というのがだいたいの意味で、なんとなくニュアンスはわかってもらえると思うけれど、つまりそういうしゃべり方は当時の若い娘の流行させたものらしい。女性の声をまねた歌も、やっぱりなんか変。


 ‥‥長くなったので、きょうはこのあたりで。(続きはまたあした)



 

■ 2012-03-11(Sun)

[] 人生のやる気を失わせる10枚の名盤(Ten Most Passive Albums Ever Made -for me-)  人生のやる気を失わせる10枚の名盤(Ten Most Passive Albums Ever Made -for me-) - ワニ狩り連絡帳 を含むブックマーク

 暗い気持ちにさせられる音楽、絶望的な音、そうでなくっても勤労意欲を失わせる音楽、思考能力を限りなくゼロに近づける音など、人生をつまずかせる音楽は多い。もちろんたいていの人たちはそういう音をさけて生きて行くのだろうけれど、わたしの場合はなぜかそういう音を愛好し、聴きつづけてきたわけである。そしてその結果がどうなってしまったかは、ここでいうまでもないことではある。きょうはそういう、ひとの人生を狂わせるであろうアルバムを十枚ぐらい選んでみた。まだまだほかにもいろいろあるだろうけれど、とりあえずこの十枚をとっかえひっかえしてまいにち聴きつづければ、効果は絶大だろうと思う。もう明日への希望も持てなくなった方々におすすめしたいけれど、さすがにこれらのアルバムにはすでに入手困難なものが多く含まれている。やはり世のなかは健全なのである。

●シェーンベルク「浄夜 op.4」
 「浄められた夜」というタイトルの方が一般的なのか。シェーンベルクの初期作品には、どっぷりと沈み込むようなものが多い。いや、初期に限らず、彼の無調音楽時代、十二音階時代の曲だってけっして明るいものではないけれど、この「浄夜」や、壮大な「グレの歌」など、ラストには救済のテーマもあるのだけれども、それ以上にそれまでの悲痛な音世界ばかりが印象に残る。深夜から人生をはかなく思いたいときにはこのアルバムあたりがおすすめ。いろんな指揮者のものがあるけれど、わたしはジュゼッペ・シノーポリのものがいいと思う。この曲一曲だけで一枚のアルバムではないけれど、おおめにみてください。

シェーンベルク:ペレアスとメリザンド 作品5/浄夜 作品4(弦楽オーケストラ版)

●Bill Evans「Everybody Digs Bill Evans」
 まあバラード・プレイが多いとはいっても、このある意味オーソドックスなジャズ・アルバム、そんなに「人生のやる気を失わせる」というわけでもないんでないの、という選択だけれども、いやいや、七曲めの「Peace Piece」という曲だけをひたすらリピートしてください。だいたいBill Evans というお方は「世界一、じかんをかけて自殺を遂行した人」という人物評もあるように、そうとうに陰うつな方だったようなのだけれども、そういう彼の陰うつさが思いっきり前面に出されたのがこのチューン。とにかく聴いていると、まさにこころが虚ろになる。十回もリピートして聴けばもう、生きているのがイヤになってしまうだろう。
 ‥‥なんだか、アルバム単位ではなくって、曲単位の選択になっていますね。

Everybody Digs Bill Evans

●Lou Reed「Berlin」
 というわけで、ちょっとメジャーなところから。Lou Reed は「Metal Machine Music」とか選びたくなってしまうけれど、じつはわたしもそれは聴いてない。それでやはり「退廃」といえばコレ、というような名盤を。導入部のノイズからどっぷりとはまりこめるけれど、ラストにはちょっとさわやか気分になってしまうのが難。

BERLIN

●Fad Gadget「Incontinent」
 その「Berlin」でつい思い出してしまったのがコレ。1981年の作品。Fad Gadget というのはFrank Tovey というイギリスのミュージシャンの変名で、四枚ぐらいのアルバムをリリースされている。Frank Tovey 名義でも十枚ぐらいリリースしているらしいけど、わたしは聴いたことがない。十年くらい前にお亡くなりになってしまわれました。
 まあこのアルバムも、三曲めの「Saturday Night Special」ゆえの選択で、これは「背徳」というのではほかに類のない傑作なのではないか。「Everyman shall have the right to shoot someone」などという歌詞を、美しいタンゴの調べにのせてデカダンの世界に誘う。

Incontinent

●Tuxedomoon「Holy Wars」
 デカダン、耽美というのではやはりこのTuxedomoon か。どのアルバムもここで選ぶのにふさわしいやり切れなさにあふれているけれど、ここは「In a Manner of Speaking」という曲でもって、このアルバムに。Tuxedomoon はサンフランシスコ出身のバンドだけど、耽美を極めるためにイギリスに渡ったというあたりは、映画の世界でのブラザーズ・クエイを思い出させられる。たんじゅんに「耽美」とかではおさまらない変なバンドで、かつてはモーリス・べジャールの作品の音楽をやっていたこともある。このバンドのアジア系のヴォーカリスト、Winston Tong という方は自身ソロ活動もつづけられているけれど、彼のソロアルバムがまさに「人生のやる気を失わせる」というもので、じつはわたしもさすがに彼のアルバムを一枚聴き終えるとげんなりしてしまうし、そのまえにたいていは、アルバムの途中で聴くのをやめてしまいたくなるのである。だからあんまり記憶に残っていないので、ここに選ぶのはやめておいた。

Holy Wars

●Throbbing Gristle「D.o.A: The Third and Final Report of Throbbing Gristle」
 やっぱ、このThrobbing Gristle には登場していただかなくては。わたしは評判の高い「20 Jazz Funk Greats」よりも、この「D.o.A」の方がどっぷり、という気がするけれど、ほんというと今ではもう、どんなんだったかあんまりよく憶えていない。だからこその選択とも。

D.o.A(最終報告書)

●Incredible String Band「Changing Horses」
 その音世界で勤労意欲を失わせるというのでは天下無敵のバンドの、まさに奇々怪々音世界を楽しめる一枚。メンバーのMike Heron とRobin Williamson とが競い合うように、それぞれ十分以上の長い曲を提供してるけど、Mike Heron の「White Bird」のテレテレ感もたまらないし、Robin Williamson の「Creation」は天地創造の壮大(大げさ)なドラマから、まったく脈絡もなくラグタイムピアノに転換し、よせてはかえす波の音で終わる。きっとその波のうちよせる浜辺の向こうには、崩壊した自由の女神像の姿が見えるんじゃないかと思ってしまう。創造から滅亡までの十五分間。

Changing Horses

●Pentangle「Cruel Sister」
 せっかくイギリスのフォークの世界に足を踏み入れたので、名盤をひとつ。収録された五曲すべてがトラディショナル・ソングで、そのうちの三曲は長いバラッド。すべてが悲劇的なストーリー展開なのである。イングランドやスコットランドのバラッドで唄われる、悲劇的で残酷な世界への格好の入門盤。ああ、なんて世界は残酷なんでしょう。救いはないのでしょうか? はい、ないのです。

クルエル・シスター

●Frank Zappa(Mothers of Invention)「We're Only In It For The Money」
 歌詞には当時のヒッピー連中を揶揄した辛らつさもあるのだけれども、音世界はほとんど「アホ」というか、童謡ロックとでもいいたくなるような心地よさ。童心に帰るというのではなく、まさに脳の「退化」する快楽に身をゆだねている気分になり、さいごには流刑地で処刑されてしまう。

We're Only in It for Money

●Alex Chilton「Like Flies on Sherbert」
 ‥‥って、兄い、これって、キメちゃって奏ってるじゃないですか。シラフでない人の垣間見せてくれる、彼岸の世界。Chilton 兄いはこないだ、ほんとうにそっちへ行っちゃいましたけど。彼はBig Star 名義のサード・アルバムも、退廃気分がいいです。

Like Flies On Sherbert

(これは番外のおまけ)
●Derek Bailey & Jamie Muir「Dart Drag」
 なんか、世界の崩壊する音というか、わたしの場合はコレを聴くと大掃除とかしたくなってしまうので、あまりわたしには「人生のやる気を失わせる」というものでもない一枚。

 



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