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■ 2018-10-14(Sun)

[]北村明子 Cross Transit project「土の脈」北村明子:演出・構成・振付・出演 @横浜・KAAT 神奈川芸術劇場 大スタジオ 北村明子 Cross Transit project「土の脈」北村明子:演出・構成・振付・出演 @横浜・KAAT 神奈川芸術劇場 大スタジオ - ワニ狩り連絡帳 を含むブックマーク

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 記憶力のダメダメなわたしが言ってもアレだけれども、その内容はほんとうに3月の「vox soil」と同じだったと思う。ただ会場が多少広くなったので、前回の「狭っ苦しさ」はなくなっていたとは思う。

 次はやはり、北村明子さんのソロ・ダンスを観てみたいものだと思う。


 

■ 2018-09-28(Fri)

[]「『シャルロット すさび』上映記念 岩名雅記×成田護 ソロ」@成城学園前・アトリエ第Q藝術 「『シャルロット すさび』上映記念 岩名雅記×成田護 ソロ」@成城学園前・アトリエ第Q藝術 - ワニ狩り連絡帳 を含むブックマーク

 ●成田護:サウンド・パフォーマンス
 あれこれの、音の出るマテリアルを駆使してのパフォーマンス。その「音」自体を聴いても、フリー・ノイズ・ミュージックのようで気もちいい。成田さんの動きはロック・ミュージシャンのアクションを規範としているようで、彼の長髪も活かして「こういうミュージシャンいたよな」などと思わせられるパフォーマンスだった。

 ●岩名雅記:「老獪稚児(ろうかいちご)」
 わたしは舞踏の良い観客ではないのだけれども、こういうかたちで「性的」な表現をおもてに出される舞踏(に限らずダンス全般)というのは他にあまりないのではないか、と思いながら観ていた。そもそも「暗黒舞踏」の背景には、こういった「性」へのまなざしが強くあるのではないかと思う。そういうところから、世間一般にタブー視される「性」への視線、「異形」からの視線など、興味を持たせられるパフォーマンスだった。

■ 2018-09-01(Sat)

[]「国民の創生」大橋可也&ダンサーズ 大橋可也:構成・振付・演出 @王子神谷・シアター・バビロンの流れのほとりにて 「国民の創生」大橋可也&ダンサーズ 大橋可也:構成・振付・演出 @王子神谷・シアター・バビロンの流れのほとりにて - ワニ狩り連絡帳 を含むブックマーク

 受け付けのときに、以下のような文章の掲載されたプログラムを受け取った。

program
予告編
それから
工場で働く
注目すべき肉たちとの出会い
(休憩)
行進、始まりへ
エコロジー
そして私はあらたな家族と仲間とともに旅立つだろう

 どうも、全体を構成された大橋さんのなかには、それこそグリフィス的な壮大な物語があるのだろうけれども、「あの部分がこのことか」というような図式的な演出などされていないから、そうすんなりと了解できるものではない。ただ、休憩までの前半は、昔の裸電球の光を思わせられる黄色の照明が真横とか真後ろから照らされ、感覚としては戦時中の徴用労働とか勤労奉仕が想起されてしまう。実は劇場に来る前に持って来た石井桃子の評伝「ひみつの王国」を読んでいたのだけれども、その読んでいたところがちょうど、秋田の高等女学校の生徒らが川崎の真空管工場に勤労奉仕に出、そこで「熟練工」になってしまい、空襲が激しくなって女学生らが秋田に帰るべきかというとき、工場側がその帰郷をしぶったという逸話を読んでいたところで、そんな情景がまさにこの舞台の情景とも重なってしまったのだった。

 ダンサーは女性3人、男性3人の6人なのだが、いわゆる「群舞」というのではなく、全員がユニゾンで踊るなどというシーンはない。いやそもそも、通常の概念ではこれを「ダンス」、「舞踏」とすらいえないかもしれない。幾人かのダンサーは舞台奥でしばらくじっとたたずんでいるだけだったりもするし、床をころげ、はいずりまわるような動きは、それこそ「パフォーマンス」とか、「言葉のない演劇」とかという感じ。前半は、同じ動作を時間をおいて複数のダンサーがくりかえすようなシーンも多く見ることができた。また、横からの黄色の光に照らされたダンサーたちからは、なぜか藤田嗣治のあの「アッツ島玉砕図」をも思い起こされ、とにかくはわたしの中では「これは戦時中の労働者たちを描いているのだ」と思い込んでしまうのだった。そして、舞台後方で、意味もなく(?)ずっと稼働していた、紫の羽根の扇風機のことが頭にこびりついてしまうのだった。

 それで後半は、舞台にかなり低く吊るされた蛍光灯もつけられ、前半には使われなかった他の照明も稼働されたのだが、そのことで舞台の印象がフラットなものに感じられるようになってしまい、ちょっとわたしも、前半食い入るように舞台を見つめた集中力がそがれてしまった感がある(その<長さ>に疲れてしまった面も)。

 プログラムの文とも合わせて、わたしの感覚では日本の戦中戦後の歩みを描いたのであろう「意欲作」とは感じられたのだが、はたしてそれが大橋さんの意図にそったものだったかどうかはわからない。しかし、この今の、閉塞感に閉じ込められそうな世の中で、大きな世界観、社会観(「大きな物語」?)を提示されようとする大橋さんのディレクションには惹かれるところも大きく、いわゆる「コンテンポラリー・ダンス」の可能性を拡げるものとして、期待して行きたいと思った。


 

■ 2018-08-11(Sat)

[]イデビアン・クルー「排気口」井出茂太:振付・演出 @三軒茶屋・世田谷パブリックシアター イデビアン・クルー「排気口」井出茂太:振付・演出 @三軒茶屋・世田谷パブリックシアター - ワニ狩り連絡帳 を含むブックマーク

 十年前の作品の再演。実はわたしはその十年前の舞台を観ているのだけれども、例によって<これっぽっちも>記憶していない。この日記にそのときの感想を書いてあるのだけれども、どうもその十年前にそろそろ「コンテンポラリー・ダンスの危機」みたいな空気があったのか、わたしはけっこう面倒なことをぐちゃぐちゃと書いているようだが、そのほとんどはイデビアン・クルーの舞台とは無関係のことだし、今日その十年ぶりの再演を観たあとに読んでみると、「オレ、けっこういいかげんな見方をしているな」みたいな感想にもなる。そもそもが安藤洋子さんを見間違えている気配があるし(再演で配役が代わったという可能性も、ないわけではないが)。

 それで今日の舞台。これは十年前も書いているけれども「喜劇・駅前旅館」みたいなもの。ただ、じっさいに「喜劇・駅前旅館」という映画は存在していて、1958年に井伏鱒二原作、豊田四郎監督で撮られていて、これはけっこうヒットしたようで配給の東宝は以後「駅前」シリーズを連続してつくることになったみたい。YouTubeでこの「駅前旅館」の予告を観ることは出来るのだけれども、いや、イデビアンの舞台とはまるっきし違う(ま、同じなわけもないのだが)。わたしは舞台の井出さんの番頭がしらは、これはフランキー堺がモデルだろうと思って観ていたのだけれども、映画「駅前旅館」にフランキー堺は出演はしているけれども、番頭役ではなかった。映画での番頭役は森繁久彌と伴淳三郎なのだった。

 その「排気口」の舞台はまさしく旅館が舞台で、奥行きの深い舞台は白木の柱と枠だけの障子戸だけで奥の部屋、廊下、手前の部屋と分けられて、いってみれば映画の「縦の構図」を現前させたものともみえ、総勢17人のダンサー(「踊り子」といいたくなるが)も前景、中景、後景と分かれて、それぞれまるで異なったダンス(踊り)を見せたりもして、これがとっても刺激的というか、「見たことのない構成ではないか?」という感じになる。出演者は井出さんが番頭で、あとたいていの女性ダンサーは女中陣(中にひとり、ヒゲづらの男性も)、それから女中頭とか女将さんとかいるわけだろう。旅館付きの芸者が二人に板前、そして「ご隠居さん」みたいな老人らが旅館スタッフで、そこに黒服につばひろの帽子の梶芽衣子みたいな女性と、やっぱ黒っぽい服のイケイケ系みたいな男子とがカップルで旅館の客。このメンバーで全体では何かしらストーリーが展開しているようだが、小ネタとしてはわかるように思うのだけれども、大きなストーリーはよくわっかりませ〜ん。どうも客の男女はケンカして女が出て行ってしまい、それでなぜか男客の方が番頭らにいたぶられるという展開はある。
 ま、そういう「どういう意味?」とかあまり考えないで、このユニークなダンス世界を楽しむことこそ<いちばん>だろう。動きにくいであろう「和服」をまとっての、そういった制約を考えてのドメスティックなダンス展開なのだろうけれども、それは時に「昭和の日本映画で<ウエストサイド物語>をやったら」みたいなダイナミックさと娯楽性とを感じさせてくれる。先に書いたように、奥行きの深い舞台をうまく使っての立体的な演出、そしてあちらこちらで感じさせる昭和の日本映画からの引用っぽい演出など、「このシーンは何の映画だろう?」*1みたいな引きずり方など、観る人の興味をどこまでも引っぱる演出(振付)はすばらしい。やはりこの作品、「和製コンテンポラリー・ダンス」の、最高水準の作品のひとつだろうとは思う。観終わったあとの「爽快感」もまた、相当なものだった。


 

*1:小津映画みたいなシーンもあったし、「貞子」も、いっしゅん登場するのだ

■ 2018-08-03(Fri)

[]ダンスがみたい! 20「お題、土方巽『病める舞姫』黒田育世」黒田育世:振付/出演 @日暮里・d-倉庫 ダンスがみたい! 20「お題、土方巽『病める舞姫』黒田育世」黒田育世:振付/出演 @日暮里・d-倉庫 - ワニ狩り連絡帳 を含むブックマーク

 音楽が伊福部昭のミックス。誰もが「おっ! 伊福部昭!」と思うところだろう。正直わたしは、黒田さんはBATIKでの公演のように、自分の身体がヘロヘロの限界に行くまで踊り倒すような舞台になるかと思い、またそういう舞台を期待していたのだけれども、ものすごくキッチリと構成された舞台で、その背後には<大きなストーリー>があるのだと、思わざるを得ないような、そんな舞台だった。
 全体が非常に抑制されていて、それはわたしの眼には「モダンダンスみたいだ」と映り、今わたしが観たいところの、「何かを壊していくような舞台」(先日の伊藤キムの舞台にはそのようなものを読み取った)というようなものは残念ながら感じ取れなかった。わたしはその、今日のダンスのストーリーを読み取れなかったし。

 印象としてどこかコンサヴァティヴな公演だったと思い、彼女がこういうところに落ち着いてしまわないでほしい、そういう感想を抱く公演だった。


 

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