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■ 2018-02-11(Sun)

[]Ché-SHIZU「シェシズ35周年記念LIVE!」@渋谷・公園通りクラシックス Ché-SHIZU「シェシズ35周年記念LIVE!」@渋谷・公園通りクラシックス - ワニ狩り連絡帳 を含むブックマーク

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 演奏が始まると、「そうだ、Ché-SHIZUのライヴというのはこういう感じだったのだ!」と、その空気を思い出すのだった。

 この日のメンバーはChé-SHIZUの創設時のメンバーというか、そういうところでも彼女、彼らのフリーフォームなあり方をよく感じ取ることも出来たし、どんな事態が起きようとまるでカウリスマキ映画の登場人物のように無表情でプレイして歌う向井さん(「無表情」といっても、カティ・オウティネンよりも向井さんの方が美人だと思うが)、「しらっ」ととんでもない事態に突入する高橋さん、いつもマイペースな工藤さん、そして陰ながらそんな状態のバンドをまとめている西村さんと、バンドでのそれぞれの役割分担も、このバンドの魅力なのだな〜、とも感じたのだった。この日のサービス曲は、「恋のハレルヤ」ではありました。


 

■ 2018-01-20(Sat)

[]「トゥーランガリラ交響曲」オリヴィエ・メシアン:作曲 大野和士:指揮 東京都交響楽団 @池袋・東京芸術劇場コンサートホール 「トゥーランガリラ交響曲」オリヴィエ・メシアン:作曲 大野和士:指揮 東京都交響楽団 @池袋・東京芸術劇場コンサートホール - ワニ狩り連絡帳 を含むブックマーク

        

 もう、何度もウチでCDとかで聴いた曲だけど、やはり「ナマ」は違います! とにかくは始まりの導入部の音からじわ〜っと来てしまうし、鍵盤の端から端まで駆使する、どこかとんでもないピアノにも突き動かされ、そしてオンド・マルトノの音を聴いて喜ぶ。

 ‥‥「現代音楽最高の交響曲」ともいわれる作品だけれども、じっさいのことろ、わたしはコレはそんなに小むずかしい曲ではないと思う。もっと肉感的な、現代のロックに通じるところもあるのではないか。わたしはいわゆる「プログレ」というのはまるで聴くことがないのだけれども、それは大昔にまずはこの「トゥーランガリラ」を聴いていて、つまりはプログレなんてこの曲の亜流というか、クラシックにコンプレックスを持つロックしてるヤツらが、いかにがんばってもこの曲の足元にも及ばないだろうと思ってしまっていたわけで、自分の中ではこの曲の中に、ある面でロック的なスピリットを感じているのかとも思う。そういう意味では卑俗な部分も合わせ持つ曲というか、わたしのパソコンで「トゥーランガリラ交響曲」とGoogle検索すると、予想変換で「トゥーランガリラ交響曲で性行為をする会」なんていうのが出て来るのである。いや、でもこれはそんなに的を外しているわけでもなく、メシアン自身もこの曲は「愛の行為の曲」ともいっているはず。そのあたりをメシアンの弟子のブーレーズは嫌っているというか、じっさいブーレーズはこの「トゥーランガリラ」を演っていない。じっさいのところ、大戦中に収容所体験(その収容所で「世の終わりのための四重奏曲」を書く)もあるメシアンは戦後、「人間の再生」を願ってこの曲を書き、それはつまり「愛の行為」でもあると。

 こうやって実際の演奏をナマで観て聴くと、それぞれの音の出て来るところを確かめられるというか、「この音はどこから出てるのか?」とステージを注視していると、それがチューブラ・ベルズだったり、ジュ・ド・タンブル(=鍵盤式グロッケンシュピール)という楽器だったりして、こういうことは決してCDで音だけ聴いていてもわからないことだし、そして何より、リズムセクションの貢献に注目(傾聴)することになる。巨大なチャイニーズ・シンバル(ドラ?)にカラダを張って立ち向かう奏者はカッコいいし、ウッドブロックやバスドラムの音がいかに重要かということもわかる。

 音はつまり、「旋律」のせめぎあい、「リズム」のせめぎあいであって、それがポリフォニーとかポリリズムとかにまとまるのではなく、それが聴いていての「興奮」になるし、例えば左の弦楽器セクションから拡がる音が、右の方、後ろの方へと、まるで波紋が拡がるように流れていくのは、やはりナマで体験しなければわからない感じ。それでエンディングは、自分でも「もうココで終わる」ということはわかっているし、もう天にも跳び上がりそうな指揮者の動きに合わせた盛り上がりに、わたしの身体もずんずん前のめりになってしまった。とにかくスゴかった。元気になった(これで体調が回復したというところもありそうだ)。

 終演後は奏者皆が何度も喝采に答え、セクションごとにあいさつする場面もあったのだけれども、やはりリズム陣への拍手が大きかった。わたしも、この曲の知らなかった魅力をあらためて知った思いがした。すばらしい体験だった!

 

 

■ 2016-09-04(Sun)

[]「アンサンブルズ東京 ―フレッド・フリスのセクション―」@東京駅前丸の内側(行幸通り) 「アンサンブルズ東京 ―フレッド・フリスのセクション―」@東京駅前丸の内側(行幸通り) - ワニ狩り連絡帳 を含むブックマーク

 当日配布されていたチラシを見ると、このフレッド・フリスのステージは、昨日一昨日と行なわれたワークショップの参加者によるものらしい。そのワークショップのタイトルは「この瞬間は同じではない」というもの。ステージに上がったのは、総ディレクションの大友良英氏を含めて二十人ぐらいもいたのだろうか(ステージを下から見上げるようなかたちなので、奥の方にどのくらいの方がいらっしゃったのかよくわからない)。最前列はヴァイオリン×2、ヴィオラ奏者、そしてアコーディオン、ピアニカなどの方々が並んですわっていた。このあたり、いかにもフレッド・フリス氏らしい布陣というところだろうか。よくありがちな「素人でも参加できるライヴ」というものではなく、それぞれにちゃんとした演奏技術が要求されていたようだ。フレッド・フリス氏自身も、ギターをひざの上に乗せ、いろいろなものでギター弦をこするようなかたちで音に参加するが、基本はステージ中央に立って「指揮」をされていた。

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 その音世界は、基本はインプロヴィゼーションを活かしながらも、抑制されたスリリングなチェンバー・ミュージックに仕上がっていたと思う。わたしも昔フレッド・フリスのライヴを体験したものだったが、そんな時の記憶もよみがえるような、刺激的なライヴだった。聴きに来れてよかった!

 

■ 2016-06-04(Sat)

[]「THE POET SPEAKS」ギンズバーグへのオマージュ フィリップ・グラス、パティ・スミス:出演 村上春樹、柴田元幸:翻訳 @錦糸町・すみだトリフォニーホール 大ホール 「THE POET SPEAKS」ギンズバーグへのオマージュ フィリップ・グラス、パティ・スミス:出演 村上春樹、柴田元幸:翻訳 @錦糸町・すみだトリフォニーホール 大ホール - ワニ狩り連絡帳 を含むブックマーク

 まずはギンズバーグの詩を村上春樹が訳すということが気に入らないわけだけれども、これはパティ・スミスからのリクエストなのだそうだ。しかたがない。

 まずはパティ・スミスの娘のジェシーのピアノ伴奏を伴って、チベットのミュージシャン、テンジン・チョーギャルの歌とチベットの伝統楽器、横笛とウードのような弦楽器などの演奏から幕開き。このテンジン・チョーギャルという方、今はオーストラリア在住らしいのだけれども、過去にフィリップ・グラスともパティ・スミスとも共演しているらしい。フィリップ・グラスはチベット問題に深く関心を持っているらしいので、そのあたりからの縁なのだろうか。わたしはこのあたりの音世界について書く言葉を持たない。

 そして、フィルップ・グラスのピアノ、パティ・スミスの朗読によるギンズバーグへのオマージュになるのだけれども、まずは朗読されることを前提として書かれたようなギンズバーグの詩への解釈として、やはり圧倒的な声だったと思うし、そこにグラスの波がたゆたうようなピアノの音がすばらしい相乗効果を出していた。ちょうど6月3日はギンズバーグの誕生日でもあったらしく、この日はギンズバーグ生誕90年のセレブレーションでもあったわけだ。そしてフィリップ・グラスは80歳、パティ・スミスは70歳なのだという。なんだかアメリカの50年代から60年代のビートニクの精神がこの夜、この錦糸町のホールでよみがえったような空気ではあった。
 まずは前半、四つの詩が朗誦され、そのあとにギターのレニー・ケイが登場して、ジェシーを交えてのパティのシンギングとなり、そのあとにフィリップ・グラスのピアノソロ、そしてまた詩のリーディングへと戻る構成。アンコールは客席オールスタンダップでパティの「People Have The Power」。ここではフィリップ・グラスも立ってマイクの前で手拍子をしてコーラスに参加する。

 パティのMCはオバマの広島訪問、そして今日亡くなったモハメド・アリのことにも触れながら、「今、ここ」という場を聖化するようでもあり、わたしにはトータルにスピリチュアルな体験ともいえるものだった。わたしがいちばん心うたれたのは二番目に朗読された「Wichita Vortex Sutra」で、おそらくは村上春樹の作業になる翻訳のことはどうでもいいのだけれども、とにかくはここで「ことば」とピアノの「音」がみごとな調和を聴かせてくれた思いで、特にそのエンディングに心がふるえた思いがする。で、この「Wichita Vortex Sutra」を調べてみると、ちゃんとフィリップ・グラスがこの詩に曲をつけているわけで、YouTube にはこの曲がアップされているのをみつけた。もちろん詩の朗読はパティではないけれども、ほかの「詩」に関してはわからないけれども、この詩に関しては、「曲」としてしっかり出来上がっていたわけだ。

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■ 2015-02-27(Fri)

[]Richard Thompson @六本木 東京ミッドタウン・Billboard LIVE TOKYO Richard Thompson @六本木 東京ミッドタウン・Billboard LIVE TOKYO - ワニ狩り連絡帳 を含むブックマーク

 Richard Thompson は、1960年代から活動を開始したイギリスのフォーク・ロック・バンド、Fairport Convention の創設メンバーで、バンドでのリード・ギタリストだった。Richard Thompson はFairport Convention での記念碑的な傑作アルバム「Liege & Lief」、「Full House」のあとにグループを脱退、そのあとは当時の妻のLinda Peters(Thompson)とのデュオアルバム(たいていは傑作)をリリースした後に離婚、以降はソロ活動を継続して今日に至っている。Fairport Convention 脱退以降の彼のアルバムは、Richard & Linda Thompson 名義のものを含めて二十枚以上の数を数えるものになる。

 まずは彼のFairport Convention 時代のことを多少は書かなくてはならないだろうけれども、イギリスには「Traditional Folk Song」という伝統がある。‥‥いや、この伝統はイギリスに限らず、それこそ世界中のどこの国にもあったわけではある。「伝承音楽」という世界である。‥‥しかし、この種の「伝統音楽」を現代の文脈でよみがえらせ、とりわけ「ロック」の場で切り拓いたのがどこの誰であるかというと、それはイギリスのFairport Convention であり、それはまさに彼らのサード・アルバム「Liege & Lief」によってみごとに開花したものである、といってしまってもいいのではないだろうか。いやいや、ここで厳密にいうと、彼らのサード・アルバム「Unhalfbricking」に収録された「A Sailor's Life」こそが、そもそもの始まりだったということもいえるのだろう。

 誰もがいうことだけれども、そのときの彼らの音楽には、それまで誰も創出し得なかった伝承音楽の「土の匂い、泥臭さ」というものがたしかに存在した。この伝承の「泥臭さ」というものは後発のSteeleye Span などのバンドに継承され(というかより純化され)、「ブリティッシュ・トラッド」というジャンルをわたしなどのロックファンにも認識させてくれたわけである。そこにはイギリスの古いダンス音楽の要素も感じられるだろうし、「バラッド」と呼ばれる、物語を持った長い歌というものには、アメリカのフォーク・ソングとは異なった伝統を感じさせられるものだった。
 先に書いた「A Sailor's Life」もまたバラッドを基とした長い物語歌だったし、「Liege & Lief」に収録されたやはりバラッド曲の「Matty Groves」がわたしなどの耳にどれだけの衝撃だったか、今でもよく思い出すことが出来る。

 そんな中で、彼、Richard Thompson はその音楽キャリアをスタートさせた。‥‥そのことは、今から彼のキャリアを振り返っても重要なことではないかと、わたしは思っている。彼の音楽の根底には、そういうイギリスの伝承音楽の、「土の匂い、泥臭さ」こそがまずはあるのではないのか。

 当時はそういったFairport Convention などのサウンドを「エレクトリック・トラッド」などと呼称していた時期もあって、そういう呼称が日本独自のものなのか翻訳語だったのかわたしにはわからないのだけれども、今現在のRichard Thompson のサウンドにも、そういう側面は強く感じられるのではないだろうか。特に、今回のライヴのようにエレキギターとリズムセクションという編成になると、そのことを強く感じることになる。

 アコースティックギターでの弾き語りであれば、それはそのままで「伝承音楽」の、つまりはフォークの音世界なわけだけれども、ここにベース、ドラムが加わって、持つギターがエレキになったとき、そこに単純に「フォーク・ロック」と呼べるのではない、Richard Thompson 独自の音世界のルーツがはっきりと感じられるだろうか。もちろん今でも彼がFairport Convention 時代の音に固執して再現しようとしているわけではないのだが、そこに現前しているのはいわゆる「フォーク・ロック」という音ではない、いってみればもっとヘヴィーなものだろうか。

 Fairport Convention を脱退したRichard Thompson は、当時の妻だったLinda Thompson とのデュオアルバムを連続してリリースするようになり、わたしにとってもこの時代の彼の音楽は印象深いものがあった、というか、大好きなものだった。この時代から彼は自作曲のみをレコーディングするようになり、それまでの伝承音楽、トラッド曲などのアレンジ、再演からは距離を置くようになるのだけれども、それでもやはり、どこかにFairport Convention 時代の独自の音づくりの延長をこそ感じさせられる音世界であり、同時代のロックとは一線を画すアルバム群ではなかっただろうか。

 Linda Thompson とのデュオは1982年の「Shoot Out The Light」を最後に解消され、その後は長いソロのキャリアを続けることになる。わたしもその後も彼の新譜をその都度買い求めていたけれども、やはりわたしの中で記憶に残るのはLinda Thompson とのデュオの時代で、その中で愛聴盤を挙げるなら、1974年の「I Want to See the Bright Lights Tonight」、75年の「Pour Down Like Silver」、そして82年の「Shoot Out The Light」の三枚になるだろう。

 ‥‥長々と書いてしまったけれども、このような前提があっての、この日の彼のライヴである。わたしはおそらくは複数回、彼の来日公演を体験しているはずだけれども、この日記で検索しても出て来ないので、それはかなり以前のことだったんだろう。おぼろげな記憶の残っているのは彼の単独公演で、アコギ一本でのパフォーマンスが何となく記憶にある。‥‥どちらにせよわたしの記憶というものはもう失せてしまっているのだから、これからはすべてが新しい体験。そのなかで、Richard Thompson がテレキャスターを手にして、スモールバンド構成でのエレクトリック公演。楽しみである。

 わたしの席はステージの上の階の、まさにステージの真横という位置。そりゃあ最上席というわけではないけれども、ちゃんと座って観られるし、オールスタンディングとかのライヴなんかよりよっぽどいい。Richard Thompson はまたいつものベレー帽姿にジーンズっぽい上下というか、Richard Thompson といえばコレだよね!という姿。こういう彼の姿をみるとホッとしてしまう、というのも不思議ではある。

 やはり、彼のサウンドはエレキがいい。どこか暗く沈積し、翳りのある彼の音楽に、ソリッドなエレキギターの音がマッチしている。というか、だからこそ彼の音楽の魅力を堪能出来る。幕開けからしばらくの曲はわたしの記憶にはない曲だったけれども、そのサウンドを堪能する。そして四曲目にはわたしの好きな「Pour Down Like Silver」から「For Shame of Doing Wrong」という選曲、うれしい。特にこの「Pour Down Like Silver」というアルバムは彼の「暗さ」とでもいうようなものが全開の作品で、どの曲も大好きである。これで「Night Comes In」という曲をやってくれれば最高なんだけれども、この曲をやると長くなってしまうからなあ。
 そして、次の曲が「Shoot Out The Light」だった。まさに今夜のハイライト。名曲である。この曲の歌詞に「Watching the dark」という一節があり、この語句は彼のCDのボックスセットのタイトルにもなっている。ある面で彼の指向をひとことでいいあらわした語句でもあるだろう。この曲にはそれなりのインストゥルメンタルのソロ・パートもあり、そのソリッドな音がわたしの涙を誘う。泣いた。最高だった。

 音楽というのはやはり、独特の表現形態だ。映画を観るのとも演劇の舞台を観るのとも違う。わたしがこの「場」をこそ、会場にいるほかの観客と共有しているという感覚。ミュージシャンがそういう「場」をつくりだせるという魔術。
 わたしには過去の記憶というものはほとんど消えてしまっていることもあり、この「Shoot Out The Light」のライヴの「今、この時」というのは、体験として生涯最高のものだったといってしまってもいい。やはりこの日にこのライヴに来てよかった。

 このあともこの「Shoot Out The Light」のアルバムからは「Did She Jump or Was She Pushed?」と「Wall of Death」とが演奏されるし、ラストのアンコールでは最前列のお客さんのリクエストで、「Pour Down Like Silver」からの名曲「Dimming of the Day」がプレイされた(アコギでの弾き語り)。この曲をリクエストしてくれたお客さんには感謝したいし、何よりもそれを取り上げてくれたRichard Thompson がうれしい。

 予想外に、そういう彼のキャリアからはかなり古い楽曲といってもいいだろう、「Pour Down Like Silver」や「Shoot Out The Light」からの選曲が多かったのが、とにかくはとてもうれしかった。とにかくはわたしの誕生日の前祝いとしてのこのライヴ体験、生涯最高のライヴ体験になったわけである。そういう考えではチケット代なんて安いものであった。ありがとう。Richard Thompson。


 

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