綾瀬夕映の神社仏閣巡り 博多 櫛田神社


お久しぶりです。だらけたオタクをスポンサーにして、全国の神社仏閣を巡る企画をしているメイド夕映です。スポンサーが本当にだらけた性格の為に最近全く出てこれませんでしたが、今回は遠出をするという話だったので、尻を叩いて少しだけ巡ってきたです。・・・あ、そうそう、スポンサーじゃなくて「御主人様」でしたですね。
まずは御主人様の泊まった近くにあったという事から、この櫛田神社です。
この神社は博多祇園山笠や博多どんたくなどでとても有名ですね。博多の総鎮守として地元の人から親しまれると共に、博多のイメージそのものともいえる神社です。
そんな神社に相応しく、その場所も博多駅近くの商店街の中にあったです。本当にごく普通の商店街の内側、それも思いのほか狭い空間にぎゅっと詰まった感じで祀られているです。その聖と俗が隣り合わせの佇まいは、少し奇妙であると共に、地元に親しまれている神社としてとても納得な感じがしたです。
ところで、この神社には少し謎が有るです。それは主祭神についてです。
ここには三神が祀られているです。祇園山笠があるように、一神は素盞鳴神です。(素盞鳴神は祇園大神とも呼ばれるです)もう一神は天照皇大神。で、主祭神はといえば、当然、櫛田の名と素盞鳴神との関係から、素盞鳴神の妻である櫛名田姫かと思いかねないです。・・・御主人様もそう思っていたようです。無知ですね。ですが、実際には違うです。
主祭神は大幡大神、別名を大若子命という武神です。伊勢神宮を守護する神で、倭姫命の護衛をしていた際、姫が川に落とした櫛を拾い上げた事が櫛田という名に由来するです。伊勢松坂の櫛田神社から勧誘したのがこの福岡櫛田神社の由来になっているです。
しかし、以前は櫛名田姫が主祭神であったとする説もあるです。他にある櫛田という名の神社の多くが櫛名田姫を祀っていたり、素盞鳴神が祀れている事からも、その可能性は否定しきれない様です。
では、一体どちらが正しいですか。
思うですが、こういう昔の神の由来を調べてみると、結構いい加減なものです。昔はこのような神の由来にはこだわりが無かったのではと思うです。「クシ」という言葉は少し不思議なニュアンスがあるです。言霊を感じるです。もしかしたら、クシダという名の神社は各地に沢山あったかも。日本は八百万の国、様々な神が各地で祀られているですが、昔はご本尊を目にする事など無かったのかもしれないです。ただ信仰だけがあり、その祭神が一体どのような神かという事は、その神社を信仰する民にはあまり関係が無かったのかもです。そして、後世になって民が文字を覚え、信仰している神がどのような神か興味を持つ様になってから後付けで有名な由来神を考えたのかもです。政治権力とかも絡んでいたかもしれないですね。
そう考えると、祭神の由来の正誤を考える事自体、無意味かもしれないです。ただ、過去の歴史をひも解く資料としてこのような伝承はとても貴重ですし、なにより、色々考える事ができて面白いですね。

綾瀬夕映の神社仏閣巡り 博多 住吉神社


住吉神社は底筒男神、中筒男神、表筒男神住吉三神を祭神としてる神社です。海の神様ですね。日本には沢山の住吉神社があるですが、その中でも、大阪の大阪の住吉大社、下関の住吉神社と合わせて日本三大住吉の一つとされているです。
また、この地は「古事記」にみられる、伊弉諾大神が禊祓をされたときに住吉三神を生んだ「筑紫の日向の橘の小戸の阿波伎原」であるともされ、日本第一住吉宮とも言われているです。正に聖地というわけですね。ただ、国史に記述があるのは「続日本紀」が最初であり、それほど信じられている訳でもないようです。
しかし、場所は櫛田神社から程近いところですが、こちらはもっと静かなところで鎮守の森に囲まれて敷地も広めです。なかなか雰囲気があるです。今では街中ですが、昔は海岸線が近くまで来ていたという事ですから、伝承もあながち間違いとは言い切れないです。神話に直接繋がりのある地として、とても夢があるですね。私はこういう神社が好きです。
現在は式年遷宮前という事で本殿前に寄る事が出来なかったです。

綾瀬夕映の神社仏閣巡り 大宰府 大宰府天満宮


言わずと知れた、菅原道真が祀られている神社であり全国天満宮の総本社です。菅原道真の死後、遺骸を載せた牛車が動かなくなり葬った場所としても有名です。学問の神として非常に多くの参詣者を集めているです。
菅原道真が信仰を集める理由はとても明快だと思うです。無念の死を遂げた偉人として人々にとても分りやすく、印象に残るです。また、その後の怨霊となった時の祟り、つまり、雷を落とすという天神としての奇跡です。これは、どの歴史書にも載っている「事実」であり、これほど分りやすい奇跡は無いです。まさに霊験あらたかです。
恨みを残して死んだものは怨霊となり、それを鎮守したものが神となる。日本では良くある信仰ですが、これほど明確な祟りをおこし、国を挙げての鎮守の事実が残っている以上、人々がその霊験を求める気持ちはとても自然と思うです。
天満宮まで専用の電車が走り、参道にも沢山の店が軒を連ねているです。境内も非常に広く、この日は生憎の雨でしたですが、それでも外国人を含めて沢山の参詣者が見られたです。

綾瀬夕映の神社仏閣巡り 大宰府 光明禅寺


大宰府天満宮のすぐ脇に有る禅寺です。通りから少し外れた所にひっそりと佇むお寺で、正直、それほど期待はしなかったですが、入ってみると裏手にある枯山水の一滴海庭がとても素晴らしかったです。人がそれほど訪れていないこと、さらには雨だったこともあり、最高の時間を堪能できたです。秋の紅葉が有名のようですが、別名「苔寺」とも呼ばれているですし、これからの梅雨の季節も見ごろなのかもしれないです。

綾瀬夕映の神社仏閣巡り 大宰府 清水山観世音寺


観世音寺は、なによりその宝物殿に収められている仏像等が素晴らしいです。
寺そのものは7世紀に創建され、一時は西日本随一といえるほどの寺であったそうです。出家者を授戒して僧とする場所、日本に3つしか無い「天下三戒壇」でもあったそうです。しかし、その後徐々に衰退していったです。確かに、訪れてみるとそのような様子は見られない、ごく普通の、少し大きめな古寺といった印象です。境内には国宝とされるとても古い梵鐘があり、それが少し特別な感じくらいです。
しかし、すぐ脇に有る、見た目の無骨な宝物殿に入ると、それらの少し寂しい印象はガラリと変わるです。
宝物殿は飾り気のほとんど無いコンクリート打ちの建物の下から入るです。そして階段を上がってみると、そこは5メートルを超えるものを含めた沢山の仏像が並び、見下ろしてくる空間になるです。これにはさすがに驚いたです。確かに、昔はその壮大を誇っていた寺であったかもしれないですが、その仏像がこれほど見事に残っているのは驚きです。いや、これら有名な仏像がここに居る事は承知していた筈ですが、この寺の境内の様子とこの宝物殿の中の様子のアンバランスさには、単純に驚いてしまうです。見事です。
近辺に何も無いような場所ですが、この宝物殿に入っただけで全て基が取れるような場所でしたです。

綾瀬夕映の神社仏閣巡り 番外 大宰府 大宰府政庁跡


何も無い場所の象徴ともいえるです。昔、ここに九州全域を治める巨大な役所があったですが、今は何も無いです。あるのは昔の建物のの礎石くらいです。ただ、公園として整地してある広い空間にそれら礎石が点在している様子は、壮大でもあるです。

番外の番外 綾瀬夕映の図書館巡り 福岡市総合図書館

のどか:ゆえゆえ〜。
夕映:なんですか、のどか。
のどか:福岡ドーム近くに行ったんだったら、・・・あそこに寄ってみた?
夕映:ふふふ、それはごねるごしゅ、いや、スポンサーをなだめすかして行って来たですよ。
のどか:いいなあ・・・。で、どうだった?
夕映:流石に素晴らしかったですね。政令市とは言え、市立図書館とは思えない豪華な施設で、エントランスとかも壮麗でしたです。図書館島には及びませんが、そこそこ蔵書も多かったです。
のどか:うらやましいなあ。やはり、地方に行くとその地方の図書館に入ってみたいよね〜。
夕映:そうですね。読みたい本は図書館島で充分足りるですけど、それとは別に、その図書館独特の雰囲気とかを知りたいですからね。昨年行った仙台市民図書館も、建物が独特でとても面白かったですよ。
のどか:うう、いいなあ、いいなあ〜。
夕映:・・・(羨ましがるのどか、とても可愛いです・・・)

番外の番外の番外 綾瀬夕映の・・・ 太刀洗平和記念館


のどか:ゆえ、こんなところまで行ってきたの?
夕映:うっ・・・、御主人様に付き合わされたです。ミリオタでも無いくせに「零戦三二型の実物を見てきたぜ」とか言って、粋がっているです。記念館としては、特攻隊の中継地でもある太刀洗飛行場の跡地で、平和を考える為の真面目で立派な施設ですのに。最低です。
のどか:ゆえ、御愁傷様・・・。