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2007-01-13

[]日々雑感070113 21:41 日々雑感070113を含むブックマーク

あうあう。今ちょっと忙しいので本格的な更新は後で。

しかし久しぶりに大手ニュースサイトに捕捉されたと思ったら、結構どうでもいいエントリだったなあ。あれって個人的な所感でしかないし、本当に意味があるとしたらあそこから先の領域のことだよなあ。インターフェイスのあるべき形とか、インターフェイスが「なぜずっとトンカツのままなのか」とか、トンカツはトンカツにしてもケチャップ味なのかソース味なのかとかいった話とか。

ふう。やっとセッション終わった。今日はゆっくり寝て「百姓から見た戦国大名」でも読もう。

追記

「百姓から見た戦国大名」結構オモロイ。中世日本がまるでファンタジー世界に見える罠。後で感想書きますね。

そしてだらだらと思いついたことをエントリにしてみたり。眠れないとはいえ暇ですねぼく。

[]「断章のグリム」雑感 09:15 「断章のグリム」雑感を含むブックマーク

断章のグリム」について、るりあ先生が書いていたこと(http://d.hatena.ne.jp/rulia046/20070112/p5)とかをつらつら考えていたり。

>ある程度の感性を備えた人間(そして主人公はその類型に当てはまります)

とか。どうだろうか。あやしい、気がする。

むしろ。その類型を演じている、感性のなにがしかの部分に欠損と過剰のある人物として、でもそれを殊更説明的には強調せずに描いてる、気がすんだけど。

や。「名探偵」ってそーいうもんだし。

>強がって「見捨てることが出来る」とかいっても、それに伴う孤独と悔恨は必ず付きまとうものであって、それが蓄積していくと破断界を迎える。

強がって、というか、そのような破綻が基底にあって規定されてる人物造形なのであって。生き方、としてのスタイルが完成してるとも「終わってる」とも言える。

強がってる、と素直に描かれてるのはむしろゴスロリ好きじゃないゴスロリちゃんの方だ。生き方、としてのスタイルが未完成だし、まだ「終わってない」とも言える。

まあこの辺は確かにそうかなとも思うし、その方が面白かろうとも思うわけで。なるほどなと思いました。

それで、自分の書いた「強がって「見捨てることが出来る」とかいっても、それに伴う孤独と悔恨は必ず付きまとうものであって、それが蓄積していくと破断界を迎える」という辺りで少し追加することなど。

ぶっちゃけこの話の中には「見捨てることが出来る」とか云いながらがんばっても「見捨てない」とがんばっても傷つくしかないというアレげな構造があって、さらには逃げても己の悪夢である「断章」からは逃げられないわけで、つまりは「断章のグリム」の「騎士」たちは全員ある種の破綻を前提としているわけです。類似するとしたらエヴァでしょうか。どこに行ってもどん詰まりで、意思決定の意味はいかなる種類の破綻を迎えるか、という意味合いがとても強く、反面それ以外の方向性に伸びている選択肢はとても少ない。ありうるとしたら、日々それぞれの「悪夢」と向き合い制御していくタイトロープな日常くらいでしょうか。「そしてお姫様と王子様は一生仲良く暮らしましたとさ」的な投げっぱなしエンディングは迎えにくいわけです。

そうした中で、「終わってる」主人公はある種の安定をしているのだろうけど「終わってない」ゴスロリちゃんのほうは痛みを抱えながら世界を焼くわけで。世界を焼くというのは自分を焼くというのと大して変わらないんで緩慢な自殺かな、と思えないでもないけど、焼いた灰から何かが生まれるかもしれないので何らかの再生儀式の途中なのかもしれない、とか。小道具のリスカタナトスとエロスの両面的なものだと思うし、とか。そんなことを考えていたりしました。

[]ぼくの無力と気力 09:15 ぼくの無力と気力を含むブックマーク

ちょっと他の人が読むとぼくがイタく見える話を書きますね。お題は「エヴァコードギアス」です。はい。

まず、エヴァのまとめなんですが、あれは主人公が「ぼくは何も傷つけたくない/何にも傷つけられたくないから、何もしたくない」という意思とは裏腹に、何かを強要される話であり、それから逃げ出すこともまた何かを傷つけるという、有益な選択肢が主人公の側に存在しない(何をしてもプラスにならない)というすばらしく詰んだお話でした。主体の無力とそれによる意思決定の無意味性が前面に押し出されてるわけです。

対してコードギアスは、主人公が「ぼくはあれを傷つけたい/あれに傷つけられてもかまわない」というスタンスで主体的に肩肘張る話だな、と思うのです。背景にあるのは主体的意思決定とそのリスク自己責任による許容、というテーマで、ルルはシンちゃんと違って逃げようと思ったら結構逃げられるのに、痛い目にあっても逃げ出さない。まあ、ぶれてはいるけど、そのぶれが「選択」につながる余地があるわけです。

それで、エヴァのカウンターパート的にコードギアスを捉えるというのは、今更エヴァかよ、というのも含めてまあ凡庸ですが(なにしろぼくですらやっていることなので)それはそれでいいかな(なにしろぼくがやっていることなので)と思うのですが、エヴァが古くてコードギアスが新しいといわれても、ちょっと困ります。そりゃ単純に年代の問題だけだろ、いずれにしたって普遍的だよ、とか。あるいは、ゼロ年代のモラル自己責任と主体的意思決定だ、みたいなことを云われるとしょんぼりするわけです。昔から両方ともあっただろ、常識的に考えて……(AAry とか。そりゃ流行り廃りもあるだろうけど、テーマ的には等価値くらいじゃね? とか思うのですが。いや、特権的な力を得て主体的意思決定と自己責任で戦うルルのほうがシンちゃんより浮世離れしててモラルとか語る際に無力ではないか? とすら思えるのですが。この辺微妙な気分です。誰かもっと頭のいい人が考えてくれないかなあ。ごめんねかあちゃん学歴なくてごめんね(誰がかあちゃんだ

[]ガノタの異常な愛情、あるいは、私はいかにして心配するのをやめカレンの乳揺れを愛するようになったか(きんもーっ☆09:15 ガノタの異常な愛情、あるいは、私はいかにして心配するのをやめカレンの乳揺れを愛するようになったか(きんもーっ☆)を含むブックマーク

上でロボットアニメの話をしたので思い出したこと。

どうでもいい話ですが、設定に淫する傾向のある知人のガノタと、リニアシートと3面型ディスプレイコクピットとどちらが優れているかみたいな話をしていて(というかされていて)、はっきりいってうんざりしました。

あー。どちらも演出的意図とかから採用されている部分の大きいものだから、演出の後付として与えられる設定にそこまで固執してどうするのかなあ、みたいな。リニアシートと3面型ディスプレイコクピットにはそれぞれ演出上の長所があって、それを生かしているか生かしていないか、のほうが重要じゃないかな、と発言したら、それはもう痛烈にDisられまして。ううん。そこまでして設定に固執し淫する理由がわからん。演出の必然性によって導かれたものだから遠まわしに演出を評価していることになるのかもしれないけど、にしても迂遠じゃないかなとか。

その知人はコードギアスの紅蓮弐式のコクピットをくそみそにけなしていたけど、あれもカレンがエロくみえるとかアオリの構図が格好良いとかブリタニア製ナイトメアとは違うオリジナリティを出したいとかの演出上の理由があって設定されてるんだろうから「あんな騎乗位で高機動戦闘ができるわけない」とか突っ込みいれるの野暮だと思うんですが。

まあ「リアルロボットアニメ」である以上、嘘のつき方は相応に考えないといけない、というのはわかるんですけどね。どうもそれだけじゃなさそうな感じで。ある形式を信奉することが己のアイデンティティとなっている感じが前面に出てて。それ自体はいいんだけど、こだわりすぎは身体によくないと思うのです。

蛇足。カレンの乳はそんなに揺れてません。ぶっちゃけぼくはその点に関してはどうでもいいです。

enternovelenternovel 2007/01/14 11:07 >ガノタの異常な愛情
設定オタうざいですね。私の経験上、その人は理系ではないですか? ブレーンとして必要な人材だとは思いますが。
>ぼくの無力と気力
作品をすぐ世代的な問題に還元する論調ってのは何なんですかね。リンクされてた「惑星開発委員会」の人もそうでしたけど(最初のほうだけ読みました)。似非社会学っぽくて安易な感じがします。私は東もそう捉えていますけど。

Hi-Low-MixHi-Low-Mix 2007/01/14 16:29 >設定に
設定について考察していくという手法で、作品世界を広げてくれることもありますよね。

rulia046rulia046 2007/01/14 16:48  安易な世代論もアレですが、理系/文系の類型も安易に見えてしまいますよ。

enternovel enternovel 2007/01/14 18:57 確かに安易でしたね。すみません。

crow_henmicrow_henmi 2007/01/14 22:18 レスレス。
>紀亜さま
 ガノタのひとは文系でした。つか理系の知り合いがほとんどいません。SFヲタであるのは確かなんですが。理系に憧憬のある文系って感じかなあ。
 世代論云々については相応の意味はあると思うんですけど、割り切られると微妙な感じで。まあ自分も相当割り切ったこと書いてしまう傾向があるんですが、そんなに簡単に割り切れないよな、と思うことも多いわけでして。
>Hi-Low-Mixさま
 まあそういう側面もあるのです。ので、否定ばかりはできないと云います。ただ、凝り固まるとまずいかなとか。ぼくも設定ヲタだった時期があるのでちょっと同属嫌悪あるかもしれません。設定より演出を上位におくのも優越感ゲームといえるかもしれませんし。
>るりあ先生
 るりあ先生が丁寧語使ってるの久しぶりに見ました!
 いやそれはおいといて。
 実際のところ理系と文系でそんなに脳の中身が違うと思えないし、あるマターを前にしたときの反応もマターの質によって変わると思うんですよね。そんな感じです。

rulia046rulia046 2007/01/14 23:02  その程度の常識はあるのです>丁寧語。
 うざいっちゃ、アニメやエロゲで思想とか哲学とか物語構造とか文学的解釈とか歴史的意義とか人生とか世界とか語り出すのだって充分キモいしうざいけどな。
 ついで。件のロボの操縦席はどれもパイロットの頸部への負担が真面目に考慮されたデザインではないので。格闘でがつがつ機体ぶつけてたら、中の人の頸が折れるだろ。ゆえに、搭乗者の超人的体力を前提にしたゲッターロボ(漫画)がもっとも科学的妥当性を持った考証と言えましょう。
 ……全方位にキモく生きていく所存。

crow_henmicrow_henmi 2007/01/14 23:31 まあ、それは全くそのとおりで。キモさとかうざさというものをいかにアレしていくかでblogは便利なツールですが廃水垂れ流し感もないではないなと思う昨今。全方位的にキモいです。ううん。

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