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2007-06-25

[][][]剰余を愛せ、とアイラーは云った 20:46 剰余を愛せ、とアイラーは云ったを含むブックマーク

新ジャンル○○、というのが苦手な件について。

ツンデレとかヤンデレとか類型化されてしまうと、元から「その類型に収められてしまうもの」が大好きだった自分としては憤懣やるかたない、という部分があって。構造解析によって生み出された、あまりにも単純で底の浅いものが「ジャンル規格」として大手を振って歩いてしまう、という不快があり。さらに云えば、そこで定義付けられた性質の自己言及的な純化。それらによって徹底的に「剰余」――この場合はキャラクターの個別性――が剥ぎ取られていく感覚というのもあり。類型を押さえつつも、それに収まらない部分こそがそのキャラクターの「個別性」を保証しているのだから、もっと譲与を大切にしようよ、と、思うのだけど。

人間はとかく物事をある類型として把握し、その類型を類似のもの全てに当てはめたがるのが実装された運用だけど、こうした場においてはむしろそれに逆らって「剰余」を存分に吟味することこそ楽しみであるのだなあ、とか思う次第。漏れはツンデレが好きなんじゃなくてアスカとか秋葉さまとか凛とか樹里とかルイリとかレナとかが好きなんだ、という個別性の問題の、さらにそれぞれのディティールやシチュエーションといった細部に宿った神を愛でる、という比喩的表現をしてもかまわないのだけど。とにかく大文字の「ツンデレ」とか「ヤンデレ」とかいうのが、苦手ではあります。いや、分類項としては使うんだけど。