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2009-01-15

[][]もし「涼宮ハルヒの憂鬱」が60年代学生運動を背景にしたドラマだったら 22:19 もし「涼宮ハルヒの憂鬱」が60年代学生運動を背景にしたドラマだったらを含むブックマーク

ハルヒ第2期情報と、先日放送していた安田講堂攻防戦を見て、ふと思いついたネタ。元々はTwitterで書いたのだが、結構Favられたので再掲。

  • 「ただの人間には興味ありません! この中に革命的プロレタリアート同胞がいたら、私のところにきなさい!」と入学早々トラメガでぶちかますハルヒ。それにオルグされるキョン。気が付けばノンセクトラジカルの活動組織「世界を大いに革命する涼宮ハルヒの団」が結成されてる。
  • 文芸部の部室を溜まり場として空回り気味の学生運動に熱中するハルヒ一同。構成員はインテリ天然左翼長門、道端でオルグされたみくる、公安のエスの古泉*1。最初はアジプロとオルグ中心の活動だったのが、だんだんとエスカレートして行き、デモ参加、党派との接近、そして武装闘争にまでいたる。
  • 先鋭的な党派への合流を選んだハルヒと、袂を判ったキョンハルヒはその後パレスチナに行ってアラブゲリラと共闘。2000年ごろに逮捕されて日本に送還されてくる。その、老いてもなお輝きを失わない目をTVでみて、すっかり中年親父になったキョンが、かつての青春の日々を思い出す。ノーマルエンド。
    • バッドエンド=「実は構成員全員がエス(ハルヒキョン除く)」、「山岳ベース>内ゲバ>総括>タイーホ」「我々は明日のジョーになる」などなど。
  • 高校生学生委員会の微妙な立ち位置――運動における無力さとか家庭内闘争とかその辺りを組み込んだ上で、じくじくと青春のむずがゆくもイタい話が続く、とか。カタルシスとしてバリ封とかやったらさぞかし面白そうではあるが、退学になるのでダメ。むしろ第1期クライマックスか。
    • バリ封を強行するハルヒ、説得のためにバリケードの中に入るキョン。こんな世界革命してやると息巻くハルヒに向かって告白し、抱きしめてキスをするキョン。茨姫は王子様のキスにより目覚め、バリ封は解除される(トゥルーエンド)。
  • 涼宮ハルヒの消失」は、アラブに旅立ったハルヒのいない学校でぬるま湯的学生生活をエンジョイするキョンが、やはり非日常の祝祭だった学生運動を忘れられず、それに傾倒し、気が付けば逮捕され、しかしハルヒハイジャックした飛行機の搭乗者解放と引き換えにキョンを釈放させ、ベッカー高原で再会するお話(グッドエンド)。

学生運動というのは、民衆革命運動というよりは、青春の彷徨するイノセンスが現実と突き当たったところに生まれる激動であり、自らを理想の供犠とすることにより達成される、一種の通過儀礼的なものであるように思える。だからこそ、彷徨するイノセンスを取り扱った同時代的青春アニメであったハルヒとは相性がいいのではないのかなどと考えたりもするが、まあそれは別の話。さらに云えば、同時代の青春的情景と近縁する想像力の産物であるラノベギャルゲなどとも相性が良さそうなので、誰かが書けば案外受けるかもしれないが、それもまた別の話。

*1眉村卓「なぞの転校生」は1967年刊なのでネタ的に使える。