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2011-04-12
■[日記][ゲーム]岡和田晃氏とのいさかいの経緯

岡和田晃氏の「海外のわけのわからないものより身近なサブカルチャーを褒めろ?」(http://d.hatena.ne.jp/Thorn/20110411/p2)というエントリですが、実はこれ、ぼくに対する個人攻撃エントリなのです。以下にその次第を説明しておきます。
まずぼくが、Twitterで一連のエントリを書きました。
岡和田晃氏は「エクリプス・フェイズ」に世界内戦の問題意識を見ているようですが、ぼくとしては「ダブルクロス」に世界内戦の問題意識を見出していきたい。だってFEARゲーって批評文脈で全く語られないし、そのくせプレイヤー層は厚いじゃないですか>http://ux.nu/TKs42G
http://twitter.com/crow_henmi/status/56045322346041344
ダブルクロスは程よくアメリカ的例外状態における例外国家の姿を描き出すとともに、例外国家がもたらすさまざまな社会的事象を浮き彫りにし、なおかつそこで実存が何に依拠するかという問題も剔抉している、現代異能が世界内戦へと接続される理路が良く見えるゲームなので世界内戦論者におすすめだ。
http://twitter.com/crow_henmi/status/56045888342208512
単に設定でなくシステムにそれが織り込まれているということも含めて評価されるべきゲームなので対論エントリ久々に書きたくなったな。洋物のわけわからんゲームを云々するより今ここにあって受け入れられているゲームを評価しようよという意味においても。いやEPやりたいんだけどね。
最近ダブルクロス3rdをプレイしてて「そーいやこのゲームもポストヒューマンTRPGなんだよなあ」と思い返すことが多かったので、まあそれを率直に書いたわけです。「洋物のわけわからんゲームを云々するより」と書いたのは、ぶっちゃけエクリプス・フェイズが未普及でプレイ困難であること、逆にそれなりに普及しているダブルクロスが社会批評的/ポストヒューマン的文脈で語られたことを寡聞にして知らないことから出た愚痴みたいなものです。
さて、このようなTweetのあと、岡和田氏からはこのような反応が返ってきました。
「海外のわけわからないものを紹介する=論じる」より、身近の作品を見つめ直すべきだ、という主張が、さまざまなジャンルにおいてなされることがあるが昔からこうした考えには懐疑的だ。そもそも私たちの知識や見識はひどく偏狭なもの。海外作品という「他者」と共存するのがまず先にあるべきだ。
これに対して、ぼくはこのように返したわけです。
ところで岡和田さんにとっては、海外文学より日本のヲタカルのほうがよほど他者的ではないか、という疑問があって、だからこそそっちに眼を向けることに全く無関心であることを危惧するものであったり。まあ、単純に屑だから見ない、という態度は、無論反知性主義の裏返しだし。
それに対する反応が、先述のエントリという次第です。
それはそうとして。
和製TRPGは今そこにあるというだけですでに価値のあるジャンルです。そしてその中では、社会/文芸批評的にも、ルドロジー的にも、コミュニケーション論的にも見るべきものがたくさんあり、今まさに語られるのを待っています。しかし岡和田氏は、それを見ず、語らず、ないもののように扱うことにより「語る価値がないもの」として位置づけるレトリカルな戦術=「単純に屑だから見ない、という態度」を行使しているように見えるのです。
また、岡和田氏にとって、和製TRPGより海外文学や海外ゲームのほうがより「自文化」であり、それゆえ和製TRPGこそが彼の向きあうべき「他者性」として存在しているにもかかわらず、それを無視しているのではないかという危惧があります。この危惧は、彼が和製TRPGの製作者であろうとも消せないものです。なぜなら彼が現在取り続けている態度自体が、そういう意味において極めて偏狭な――自己の和製TRPGデザイナーとしての事績や、和製TRPGとの向き合いを否認するようなものだからです。
すごく簡単に云ってしまえば、岡和田氏のエントリは「サブカルチャー」と「海外作品」を入れ替えるだけで、岡和田氏自身への批判として機能するブーメランです。おそらくそれに自覚的でないことが、彼の問題点であると思います。
余談
TRPGが社会/文芸批評的に語られること自体はそれなりに有意義だろうけど、一部の層にしか届かないものだと思います。そのうえでなお、ある種の付加価値としてゲーミングの共同体の外側にそうした批評を加えていければいいなというくらいの控えめな気持ちです。また、そうした批評をゲーミングの内部に取り込んでいくことができれば、それはそれで面白かろうとは考えています。
追記
岡和田氏によるエントリ後の流れ。
ぼくがエントリを見て驚き、以下のようなTweetをしたのですが、岡和田氏はそれを「個人攻撃ではない」と軽くスルー。
岡和田さんってスタンスを軽く批判されただけで(名指しこそしていないものの)トーンの高い人格批判をするひとだったのね……いうまでもなくここで批判され知性の衰退した反動分子扱いされているのはぼくなのだけど>http://ux.nu/Xy4aoF
@kaspart_j そうそう、おっしゃるとおりです。一度スタンスを書きつけておくのも、必要かなと思いまして。特定の個人への攻撃というわけではありません。むしろ症例を嘆くというか。まっとうなクリエイターや紹介者(翻訳者)であれば、このレベルでブレることはまずないと思いますしw
これに対していささか憤りを抑え兼ねたので、ぼくがこのようにTweet。
こうやって「俺はまっとうなクリエイターでない」と間接的にdisってくるわけですか。あとまあ、Logを見ればぼくへの攻撃というのは簡単に立証できますよ。単にそれがきっかけで「症例を嘆く」ことを思いついたとしても、ぼくがその症例に当てはまっていると指摘している段階で不当な攻撃です。
いやまあまっとう以前にぼくはクリエイターではないのですが(昔その端くれのゴミであったことがあるくらい)。それはそうとして個人攻撃であるということについては繰り返し主張しておきたい。みたいな。
ここから先どのように続くのか、よくわからないのですが、まあそれはそうとして、一連の流れのなかにはこういういじましくしょうもない事情があったんだよということをご報告する次第です。
