ベビーパックマン的なもの

先日、所要で図書館に出かける機会があったので、ついでに久々に資料採掘に勤しんでみた。
すると、1979年の朝日新聞で、たまたま、欽ちゃん劇場「とり舵いっぱ〜い!」という番組広告に出くわしたのである。

おお、覚えてるよ。懐かしい!!
日本テレビの番組なのに、しっかり朝日に広告出してたんだね。


「とり舵いっぱ〜い!!」を懐かしめる人は、おそらく当時リアルタイムで観ていた人に限られるはずだ。実はこの番組、DVD/ビデオはおろか、Wikipediaにも詳細がのっていないのである。
日テレのゴールデンタイムでやっていたから、別にマイナー番組ではない。
コントはアーカイブ化しにくいのか。いや、コントというか・・・


「とり舵いっぱ〜い!!」は、コメディアンの欽ちゃんがドラマを作るとどうなるか?という挑戦的かつ実験的な番組である。それだけに、類するコンテンツがちょっと思い浮かばないほど構成が独創的で、説明しようとするとこれがなかなか難しい。でも、ちょっとやってみようか。


まず番組のアウトラインは、正統的ホームドラマである。
浜木綿子が演じるところの未亡人が主人公で、ストーリーは、海で亡くなった主人=船長の萩本欽一に関する思い出や、主人に関係することで起こる日常の風景を描いていく。息子役の井上純一、長谷直美のほか、岩崎良美おひょいさんといったところが脇を固める中、欽ちゃんは故人であるが故に、基本的に回想シーンしか出番がまわってこない。というか出てくるわけにはいかない。


さて、ここからが番組の独創的な部分である。


ドラマとドラマの間に、例えば井上純一が朝、家から学校へ登校する場面があるとしよう。すると場面がガラリと変わり、ところはいきなり舞台の上へとワープするのだ。
舞台の上だから、空気感は8時だよ全員集合あたりを思い出してもらえればよい。もちろんお客さんも入っている。


ここで欽ちゃんは、朝、町内を掃除する近所のオヤジだったり、通学途中にいあわせるサラリーマンだったり、ドラマ本編とはまったく異なる役で登場し、井上純一とシチュエーションコントを披露する。もちろん、お客さんの笑い声も響く。ここから観ればもろコント番組だ。
この5分程度のコントが終了するとCMに続く。そして明けると再びドラマ本編へと戻っているというわけ。舞台コント場面は1話につき3度ほど挿入されており、本編と交代しながらひとつの世界をつむいでいくというわけだ。

欽ちゃんは、毎週オープニングで、視聴者に今週の見所を語るガイド役もしている。今週の筋立てを前フリした後、船長らしく「とり舵いっぱーい」とビット(船のロープを括り付けておく石のようなでっぱり)の上に片足をのせてポーズを決めるというのがお約束なのだが、だんだん、なぜか空中を飛んできたビットをキャッチして、足の下にかっちり固定した後「とり舵いっぱーい」とポーズを決めるなど、お約束を破るコントが楽しかった。


当時チビッコだった私は、当然コントに注視していたと思いきや、どうしてどうして、刷り込まれているのは意外にも本編の方だったりする。まだ新婚だった浜木綿子の回想で、夫が妻に「いいですか、これが僕からの初めての命令です」と、おかずの味付けに物申すシーンなど、未だに脳裏に焼きついているなあ(小学生なのに)。



とまあ、字数にすると結構なスペースを要する「とり舵」を、短く簡単に表現する方法はないかしら、と新聞をながめながら考えていたのだ。

脱ドラマってわけでもない。ハイブリットってのも違うだろうし。
うーん、
本筋から離れて別面が展開し、また何事もなく戻ってゆく・・・


かなり前置きが長かったが、去る10月初頭、千代田区3331のパックマン展に出向いた方ならピンときていたことだろう。でもない?。まあ、表題でわかるよね。
そう、「取り舵いっぱーい!」は、実にベビーパックマン的、なのだ。



ベビーパックマン(Baby PAC-MAN)は、ひとつの筐体にビデオゲームピンボールが入っているという、全パックマンシリーズの中でも(全ビデオゲームの中でも)異色中の異色作だ。確か日本未発売であり、パックマン展の会期中、ゲーマーの中でもっとも話題にのぼったゲーム機である。


プレイヤーは、まずビデオゲームパックマンのプレイを開始する。ただし、このパックマンにはパワーエサがない。反撃ができず、しかも袋小路や直線長通路も散見しているから、このままではクリアは相当難しい。ところが、無造作にワープトンネルをくぐってみると、プレイヤーは筐体下部にあるピンボールゲームで得点を稼ぐことになる(文字通りワープしてしまうのだ)。
ここで規定数のターゲットにボールを当ててポイントを稼いでおくと、ミス時にビデオゲーム画面に戻った時、パワーエサやワープトンネルといったご褒美が出現し、ゲームがグンと有利になるという仕組みなのであった。


JoJoにしろ平成仮面ライダーにしろ、ここ最近のエンターテインメントでは、平行世界への行き来がよくテーマになっているが、ベビーパックマンや取り舵いっぱーい!の場合は、まったく異なる別のメディアが、直列(シーケンシャル)でつながれ、一本のコンテンツが紡ぎだされている様がおもしろい。

これは、カービイの毛糸化とは無関係だろうが(^^、どんな言い訳でもできてしまう並行世界よりは非常にタイトでスリリングである。何よりも初見者に敷居が低いというのはポイントではないだろうか。おもしろいと思った方からスっと入ればいいのだからね。


パックマン展のプロデューサーであるサイトウ氏は、このシステムは今でもいけるよねと評されていた。そういえば、この夏大ヒットした映画「インセプション」の設定は、夢と現実のリアルタイム交差ではなかったか? ベビーパックマンや「とり舵いっぱい〜!」の立体感は、それすら軽々と超越しているように思う。時代は一本芯の通ったクロスステッチ感覚を求めている。