ITをめぐる法律問題について考える

弁護士水町雅子のIT情報法ブログ

確定申告書情報は非識別加工情報化されない

行政機関個人情報保護法が改正され、国の持ついわゆるビッグデータを民間が入手できるようになりました。

「国が持つデータといえば、国税庁が持つ確定申告書情報だわ!」と思いました。これを個人が特定できないような形でもらえれば、どのあたりに住む人がどの程度の所得で、どの程度の経費を使っているかがわかるわけです! 私はとりあえず、一個人として、これを入手すべく、提案をしようと思っていましたが、できないことがわかりました。

民間が国の持つデータを入手できるためには条件があって、まず行政機関個人情報保護法2条9項各号を満たさないといけないわけです。
その条件が、①個人情報ファイル簿が公表されていること、②情報公開請求があったら開示等されること、③行政に支障が生じない範囲で加工できること、の3条件です。

e-Govで国税庁の個人情報ファイル簿を調べると、「個人申告管理ファイル」があります。これが確定申告の情報っぽいです。しかし、なんと「行政機関非識別加工情報の提案の募集をする個人情報ファイルである旨」が「非該当」…。がーん。

e-Govで公表されている以上、①個人情報ファイル簿が公表されていることという条件は満たすので、②か③が理由かなと思いましたが、どうなのかなと思って、国税庁に電話して聞いてみました。②情報公開請求があったら開示等されることという条件を満たさないということが、理由のようです。確定申告書って情報公開請求があったら存否応答拒否なので、部分開示すらしないので、っていうことだそうです。

まあ、情報公開請求があったら、そりゃ存否応答拒否しますよね。いくら確定申告の要件満たしていそうな有名人の確定申告書に関する情報公開請求があったとしても、不開示ないし部分開示決定出したら、会社員だったら2000万だったか忘れましたが、いくら以上の所得があるっていうことがわかっちゃいますもんね。そりゃ、存否応答拒否だろうなと。

存否応答拒否するものは、非識別加工情報にならないので、今回の制度の対象ではない、と。そうですね。適切な法律解釈です。

ただ、これ、立法論としてはおかしいですよね。

確定申告書を例にすれば、赤の他人が、国税庁に「水町の確定申告書を見せて」と言ってきて、それが部分開示されたりしたら嫌だし、不開示決定されても、確定申告が必要な所得だってわかっちゃいますからね。まあ自営業の場合は、所得100万ぐらいでも確定申告しないといけないように思いますので、別にわかったところでなんだっていうのはありますが、なんとなくいやですよね・・・

それに対し、非識別加工情報であれば、別に「水町の所得を教えて」ではなく「〇〇税務署に納税している人の所得の分布、経費の分布を教えて」っていうようなことだから、別に、それが非識別加工情報として赤の他人の手に渡っても、こちらとしては別にプライバシーの侵害ではないし、そうですか、というような気がするのです。
そして何よりも、非識別加工情報の目的が、「個人情報の適正かつ効果的な活用が新たな産業の創出並びに活力ある経済社会及び豊かな国民生活の実現に資するものであること」を考えたことであれば、それはやはり収入・所得を個人がわからないように丸めた情報っていうのが、一番使い勝手が高いと思うのです。

ただ、これは加工の程度が極めて重要な問題になってきて、例えば、日本国民で2000万円の所得の人っていったら複数人いるでしょうが、〇区〇町在住の人で所得が2000万っていったら、特定されてしまう場合もあり、たとえ、それが複数いたとしても、他人から見たら、「ああ、あの豪勢な家の〇さんか▼さんだな」ってわかってしまう場合があり。だからk-匿名化といっても、K=1にならなければ良いという問題ではなく、やはりプライバシー権侵害のおそれっていうのは発生すると思うのです。
k-匿名化の話で言えば、氏名だけの情報を考えた時に、氏名だけって同姓同名もいるので、K=1ではないけれども、それでも個人情報であるので、K=1でなければ個人情報ではないとするわけにはいかないわけです。

話しが少しそれましたが、立法論としては、行政機関個人情報保護法2条9項2号はおかしくて、存否応答拒否であっても、別に、本当に完全に非識別加工できれば、それは法の目的に沿って、かつプライバシー権侵害も起きないデータになると思うので、2条9項2号は削除すべきだと思います。この条項はどの段階で入ったのでしょうか。研究会の資料から始めて、法制局資料を見て丹念に追っかければわかるかもしれませんが、なんとなく各省協議で入ったのではないかと思ってしまいますが、うがった見方すぎますでしょうかね。ただ、まあ行政側としては、この2条9項2号を入れたのは、賢明な判断かもしれませんが、法の目的からすると2条9項2号はおかしいですね。2条9項2号は削除して、加工基準を現実運用可能にしつつも厳しくすることが必要なように思います。ただまあ、加工基準は、規則11条5号で

保有個人情報に含まれる記述等と当該保有個人情報を含む個人情報ファイルを構成する他の保有個人情報に含まれる記述等との差異その他の当該個人情報ファイルの性質を勘案し、その結果を踏まえて適切な措置を講ずること

という極めて厳しい基準が入っているので、厳しさという意味ではクリアしているとは思います。ただ、現実問題として、規則11条5号という加工基準を現実的に運用できるとはあまり思えず、それが一体どうなるのか、という点が私の懸念です。