ITをめぐる法律問題について考える このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016-03-18

公務員は「法律に基づく行政」という観念が希薄?

私が学生の頃は、「法律に基づく行政」という概念を勉強しました。

しかし、いざ霞ヶ関で勤務してみたり、地方自治体の方のご相談に乗っていると、実際上、公務員においては「法律に基づく行政」という概念が希薄であるのではないか、と感じることが往々にしてありました。

例えば、霞ヶ関にはさまざまな相談が来ます。

「私はこういう行為をしようと思っていますが、適法ですか?」みたいな相談です。

これ、弁護士が普通に考えれば、

  1. 関係法令をチェックする
  2. 関係法令の条文を確認する
  3. 関係法令の解釈を確認したり解釈論を検討し、問題となる行為が適法かどうか検討する
  4. 関連裁判例もチェックする

という過程を経て、適法かどうかを判断すると思うのですが、公務員の方は、常識や自分の意見に照らして、「OKだよねえ」「いや、まずいでしょう」と判断しようとされる方がそこそこいらっしゃいます。もちろん、リーガルマインドのある公務員の方であれば、そんな思考はしないのですが、結構、こういう方がいらっしゃるように経験的には思いました。

こんな検討過程であれば、「公務員の判断」で、その行為が許されるかどうかが決まってしまいます。そこには基準も理由もなく、「いや、なんとなく、それは普通に考えればそうでしょう」という理由しかありません。

これがどんなにあぶないことか、わかっていらっしゃらない公務員の方がそこそこの数いらっしゃるように思います。

ただ、一般に言われているように、公務員賄賂をもらって都合よく判断するということはほとんどありませんし、賄賂をもらわないまでも、気に入らない相手に冷たい判断をしたり、気に入っている相手や仲の良い業者に有利な判断をしたり、といったような、そういう倫理に反する判断をする人はめったにいないのですが(といっても、非常に少数ながらそういう人もいるわけで、大変問題です)、反倫理的な判断でないとしても、自分のフィーリングではなく、「法律に基づく行政」という観念をしっかり心に根差して職務執行されている方は、多数派ではないように見えなくもないのです。

公務員がフィーリングで、個々の行為について「OK」「NG」と直感で決めてしまっては、公務員好き嫌いで判断されてしまう恐れが普通にあります。そうではなくて、議会議論されて成立した民主的な法律条例根拠として、行政活動は行わなければならないわけです。

今日、大橋洋一先生の『行政法機戞有斐閣、2013年)を読んでいたら、このような記載がありました。

一般に、(1)法律行政活動について一般的抽象的な規律を定め、(2)行政機関が具体的な事案において市民Aに法律規定を適用するといった2段階の構造で行政活動は行われる。

実際、霞ヶ関で勤務していると、

(1)法律を作成し、法律が成立する

(2)法律適用して行政活動を行う

の間に

(1.5)法律の解釈基準を定立する

という作業が必要になります。あくまで行政有権解釈に過ぎませんが、個々の事案において法律適用するための解釈基準を定立するという作業です。

私はこれを一生懸命やったのですが、霞ヶ関の生粋の公務員の方には、「なんで、そんなことやる必要があるの?」という方がいらっしゃるんですね。残念ながら、国家1種の法律職の方だったら、行政法を勉強して試験に合格しているはずでしょうに、そういう風に言う方が何人もいらっしゃいます。国家2種、3種も行政法は受験科目なんですかね。ちょっとわからないのですが。

しかし、法律にすべて明示的に書ききれていればいいですが、そうではない場合があります。例えば、番号法にいう「特定個人情報」の範囲、「特定個人情報ファイル」の範囲は、法文だけ見ても不明瞭です。そんな中、「うちはAという状況なんですが、これって特定個人情報ファイルに当たりますか?」とか「うちはBという状況なんですが、特定個人情報ファイルに当たりませんよね」という質問が来ます。その時に、「うん、何となく当たらない感じだよね」「当たる感じだよね」という、フィーリング判断をしようとする霞ヶ関の方がいらっしゃいますが、それではまずいわけです。

法律では、特定個人情報を「個人番号をその内容に含む個人情報」と規定していますが、「内容に含む」とは具体的にどのように判断するのか、これを考える必要があります。これを特に基準を立てることなく、「なんとなく含んでいるよね」「なんとなく含んでいないよね」では、行政機関として責任を持った法執行ができないと思います。

そこで、「特定個人情報」に該当すると判断される場合は、どのような要素を含んでいるのか、などを考えます。番号法は特定個人情報にどういう規制をおいているのか、なぜそのような規制を行う必要があるのか、そうであるならば、どのような場合に、番号法上の特定個人情報としての規制を及ぼす必要があるのか、特定個人情報の範囲を客観的に判断するための要素はなにか、などを検討します。

そうして一般的な解釈基準を定立し、いくつか考えられる具体的事例を想像し、そういった事例に解釈基準を当てはめたときの結論の妥当性を確認します。その上で、解釈基準を確定していく、ということが求められる公務員の仕事だと私は思うのですが、どうしてもわかってくださらない公務員の方がいて、「はあ? これって別にOKじゃん? はあ? だったらどうしてBの場合はNGなの? なんなの?」とかって、それが解釈基準の妥当性チェックのためではなく、どんなに論理的に説明しても、確たる一般的基準を確立したうえでそれに当てはめて解釈しなければ、正当・公平な解釈にならないということがどうしてもどうしても理解してもらえず、絶対に自分のフィーリングで判断したいという方がいらっしゃるのですよね。


さらには、一般的な解釈基準云々にたどり着く前に、問題となる行為がどの法律のどの規定に反するのか、その検討すらしない霞ヶ関の方がいらっしゃいます。「こんなことやっちゃまずいでしょう」、その理由だけで、違法といえたら、法律はいりませんよね。残念なことです。リーガルマインドの欠如でしょうか。

大橋洋一先生の同書28ページを引用したいと思います。

市民は行政決定の予測可能性と平等取扱いを享受し、恣意的(=非合理的)な行政決定から解放される。法治主義の根底には、市民に行政活動の概観可能性を担保し、合理的決定を保障するという期待が存在する。法治主義は市民と行政との間に透明な空間の設定を要請する。

なんか、内容のない記事になってしまいましたが、行政法の教科書を読みながら、「法律に基づく行政」って大原則なのに、どうしてそれを理解してくれない公務員がいるのだろうと、ついついブログを書いてしまいました。

最後に、大橋先生「行政法機廝横海ら38ページのメモです。

  • 統治主体(=行政)と市民との関係は権力関係であり、権力を有する者がその意向に基づき統治を行うことができた。権力者であっても法的ルールを守らなければならないとされたのは市民革命以降。
  • 法律による行政」の原理は主要内容として2つ
  • 法律の授権が存在する場合とは、換言すれば市民の同意が取得されている場合であり、その限りで、行政権は市民の自由や財産に対して侵害を加えることが許容されると解釈された。
  • 法律の留保原則により要請される「法律」には条例を含む
  • どのタイプの行政活動に法律が必要か
    • 侵害留保理論(伝統的理論)
    • 全部留保説
      • 概括的なものしか規定できないのではないか、かえって留保理論を後退されるのではないか
    • 社会留保説
      • 社会給付活動について法律根拠を要請
      • 多岐にわたる給付活動のうちで法律根拠を要する活動の範囲の確定困難、基本的行政計画等給付活動以外にも法律根拠が必要ではないか
    • 権力留保説
    • 本質性理論

2014-11-24

消費者取引に関する政策評価

11月7日に総務省「消費者取引に関する政策評価<勧告に伴う政策への反映状況(1回目のフォローアップ)の概要>」を公表したとのこと。4月18日の「消費者取引に関する政策評価」の結果に基づく勧告について、各省から回答を受け、その概要を取りまとめたようです。


複数府省庁にまたがる政策評価総務省がやること自体はよいことだと思うのですが、消費者行政って消費者委員会があるのに、さらに総務省政策評価評価したり勧告したりするのって、重複じゃないでしょうかねえ。もちろん総務省行政評価局に言わせれば、「消費者委員会とは観点が違う」っていうことだろうけれども。

国って「観点が違う」を理由としてほとんど同じようなことを複数省庁でやっていてかなり非効率的だと思う。

たとえば法案審査がその最たるものだと思うのだけれども、法案審査の場合、4重の審査を受けて(さらに立案担当省庁の中でも審査を受けるので、実際は4重以上)、あまりに非効率的。

(1)内閣法制局による審査…これは個々の審査に非効率的なところがあっても、仕組みとしては必要だと思うが、

(2)法務省による罰則審査…(2)を受けた罰則部分は(1)の法制局審査は軽いはずなので、そういう調整がきちんとされていれば、法務省刑事局の罰則審査も必要だと思うが、

(3)財務省による審査…予算関連法案は財務省の審査を受ける。といっても形だけのようだが、形だけやるのも無意味。そもそも財務省は法案起案もほとんどやらないんだし、立案経験の薄い人に担当官として審査させても無意味では。

(4)総務省による審査…規制法だと総務省の審査を受ける。これも(3)と同様軽めの審査らしいが、(1)があるのに、さらに重ねてやる意味はほぼない。

審査当局としては、持っている権限を手放すと口を出しにくくなる(各省協議で意見をいうよりも審査当局で言う方が圧倒的に強い)し、情報も入ってくるのが遅くなるから、権限を手放したくないんだろうけど、もっと省庁全体としての非効率性っていうのを考えて、業務を効率化・スリム化した方が良いと思う。無駄な書面作ったり、無駄な調整したり、無駄な審査受けたりっていうのが減れば、労働時間も減るわけだし。まあ、長く役所にいる方がよいという、昔ながらの風潮を改めなければ、業務をスリム化しても労働時間は減らないかもしれないけど。


政策評価ももう少し効率性を考えた方がよいのでは。第三者的立場から政策を評価する機関があるところについては、総務省政策評価せずにさぁ、そういう機関がない行政分野について政策評価した方がよいのでは? 誰かが既にチェックしているところをいくら観点が違うにしても二重にチェックするより、誰もチェックしていないところをチェックした方がよいのではないかと思いました。