※「Culture Vulture」とは「文化マニア」「文化知識をひけらかす人」「エセ文化人」の意
※仕事のご用命等、近藤への連絡はプロフィール欄記載のメルアドまでどうぞ
※著書第2作『新幹線と日本の半世紀』(交通新聞社新書)、2010年12月15日発売!
各オンライン書店でもお買い求めできます。
交通新聞社オンラインショップ Amazon セブンネットショッピング bk1 e-hon 楽天ブックス JBOOK 本やタウン
livedoor Books 紀伊國屋書店 GEO TSUTAYA
同書の補遺・訂正など関連情報はこちらをクリックしてご覧ください
※著書『私鉄探検』(ソフトバンク新書)発売中!
発売は2008年6月17日。各オンライン書店でも発売中。
Amazon セブンアンドワイ bk1 e-hon 楽天ブックス JBOOK TSUTAYA 本やタウン livedoor Books 紀伊國屋書店
関連リンク集などをふくむ同書の補遺はこちらをクリックするとまとめて見られます
2003 | 10| 11| 12|
2004 | 01| 02| 03| 04| 05| 06| 07| 08| 09| 10| 11| 12|
2005 | 01| 02| 03| 04| 05| 06| 07| 08| 09| 10| 11| 12|
2006 | 01| 02| 04| 05| 07| 11| 12|
2007 | 01| 02| 03| 08| 09| 10| 11| 12|
2008 | 01| 02| 03| 04| 05| 06| 07| 08| 09| 10| 11| 12|
2009 | 01| 02| 03| 04| 05| 06| 07| 08| 09| 10| 11| 12|
2010 | 03| 04| 05| 08| 09| 10| 11| 12|
2011 | 01| 02| 03| 06| 07| 10| 11| 12|
2004-04-29
■ジャンクな映画見せろよーっ。ガムとか。
福家書店銀座店での相武紗季サイン会に参加してから、しばらく京橋のエクセルシオールカフェでまたーりしたあと*1新宿へ。ロフトプラスワンでのバカ映画イベント「シネマ秘宝館23」夜の部を観る。開演の7時すぎに場内に入るとほぼ満員だった。終演後、シネマ秘宝館館長の斎藤浩一氏に聞いたところ、今回はほとんどチラシも撒いていないのにこれだけ集まったとのこと。いやー、それだけ期待が集まっているということでしょう。
さて、今回のシネマ秘宝館の特集は『キル・ビル2』の公開を記念しての「きるびるまつり」。『キル・ビル』へのオマージュを込めた(!?)各作家の作品が上映される。同作の主人公であるザ・ブライドには目もくれず、ひたすらゴーゴー夕張にスポットを当てた中村犬蔵監督のCGアニメ『Chapter12 Road to GoGo』は、監督の萌えっぷりに強く共感したし(ちなみに北海道の夕張の近辺には偶然にも「栗山」という土地があるそうです。へぇー)、松梨智子監督の『女教師ユマ』は、シネマ秘宝館副館長の酒徳ごうわく氏をして「とても『キル・ビル』を二、三回観てつくった映画とは思えない」と言わしめた作品で、ユマという名の主人公が黄色いトラックスーツを着ていること以外はほぼ『キル・ビル』の世界から逸脱している。つーか、松梨智子以外に誰がこんな映画を撮るというのか。処女の女教師が理想の男を求めて数々の人々を殺めつつ世間をさまようという、この手の業を背負った女の物語は、松梨作品ではすでに『毒婦マチルダ』などでも展開されており監督の得意とするところだと思う。しかしオチの元ネタが『マデ●●●●の●』だなんて言われるまでまったく気づかなかったよ! そういや前作の『近未来蟹工船レプリカント・ジョー』公開の時も、松梨監督は「タイトルの元ネタが小林多喜二の『蟹工船』だってみんなあまり気づいてくれないんです」と話してたし、その作家と受け手とのすれ違いというのがまたこの監督ならではなのかなーとふと思ったりして。
『キル・ビル』特集以外では、高岡晃太郎監督の『チャチャチャゲイモス85』というテレビゲームをネタにした作品にバカウケ。酒徳さんがすでに日記に書いてらっしゃる通り(id:atamaizer:20040429)、「ジャンクな食べ物くれよーっ。ジャンクな食べ物、ガムとかよぉーーーっ!!」というセリフは名ゼリフだと思う。だいたいガムって食べ物かよ。それに加えて上映後に高岡監督が話していた同作品の原案というのがこれまたおかしくて、作中に登場する筐体についた円錐型の尖った部分を天井に突き刺してプレイするというゲーム機は、もともと、天井に刺し込んだ部分から二階の住人の血液を吸い取り、それがゲーム機の動力になるというものを考えていたという(実際には天井に刺すという以外はこの案は採用されていないが)。一体どっからそんな発想が出てくるのか。なお、『チャチャチャゲイモス85』というタイトルも、何か元ネタとなるゲームがあったのかと思いきや、テキトーにつけたものだそうだ。
■『ワラッテイイトモ、』上映決定!
ところでロフトプラスワンでは今週土曜、5月1日にも「おもしろい自主映画大会3」という上映イベントが開催されるのだが、何と『ワラッテイイトモ、』もこっそり上映される予定だという。上映されるのは同日のA〜D四つのプログラムのうち、酒徳ごうわく氏の担当するプログラムCでということなので、時間としては19時から21時15分のあいだ。まだ観ていないという方は、どうぞこの機会をお見逃しなく!
――と、まるで他人事のように書いてしまいましたが、実はこの件に関してぼくは作者のK.K.さんとの仲介役としてちょこっとかんでいたりします(笑)。
そういえば五十嵐太郎氏が『群像』4月号でのアートレビューで、アート作品である『ワラッテイイトモ、』がサブカルチャー雑誌の『Quick Japan』で紹介されたことを「誤配」というふうに表現していたけれども、“サブカルの殿堂”(とプラスワンさん自身が言ってるようですよ)たるロフトプラスワンで上映されるのもまた「誤配」だろう。こうなったらぼくは、手配師ならぬ「誤配師」としてサブカル界*2に暗躍してやろうか。
ところで今回の「シネマ秘宝館」で上映された、酒徳さんの『オーメン』リミックス・バージョンは『ワラッテイイトモ、』にかなり影響されているものと思われる。
atamaizer
2004/04/30 21:24
えーそうです。『オーメン』リミックス・バージョンは『ワラッテイイトモ、』にちょい触発されました。しかし上映中、観客の微妙な温度差といったら…ひさしぶりに悪寒が走りました。
d-sakamata
2004/05/01 04:11
シネマ秘宝館、どうもお疲れ様でした。いや、リミックスバージョンは酒徳さんはきっとすごく楽しんでつくったんだろうなーという感じで、非常に興味深かったですよ。6月6日夕方6時からの東京・大阪同時開催の「オーメンプロジェクト」も楽しみにしています。
2004-04-28
■ポケットに天皇語録
朝飯を食いに外出する際、ここ最近だらだらと読んでいる小田中直樹の『歴史学ってなんだ?』(PHP新書)をジーパンの後ろポケットに突っ込む。が、いざ取り出してめくったら、全然違う本だった(ブックカバーがかけてあるのでちっとも気づかなかったのだ)。それも今年になって講談社学術文庫に入った『昭和天皇語録』(黒田勝弘・畑好秀編)という本だ。尻のポケットに入れてたなんてことが知れたら、世が世なら不敬罪だろう。そういえばあしたは昭和天皇の誕生日だった。なんという偶然。
昭和天皇については以前わけあって関連本を集めていたことがあって、語録に類する本だけでも4〜5冊は持ってるだろうか。たとえば『天皇陛下の会話集』という1982年ぐらいにごま書房から出た本には、伊東を訪れた際の「ハトヤというのは、どこだ」*1といった天皇のテレビ好きの一面があらわれた一言などが載っていて面白い(たしかこの本はどっかのブックガイド本で、常盤響がしまおまほに薦めていた記憶がある)。そうした雑学本的な、言葉が時系列で並べられてもいないわりといいかげんなつくりの本がある一方で、天皇の死後、小学館から出た『昭和天皇発言録』(高橋紘編)は、大正天皇の摂政となった皇太子時代の1921年から89年に亡くなるまでの発言を網羅しており、まさに語録の完全版である。終戦の詔勅の全文など公式での発言のみならず、終戦直後に『改造』に寄せた何首かの歌が好評で、その後いくつもの雑誌から歌作の依頼が殺到したため、思わず側近に漏らしたという「そう方々から頼まれては、ヒロポンの注射でもしなくては」などといったプライベートでの発言も掲載されていて、発言で昭和天皇の生涯をたどるという構成となっている(いまでは絶版になってしまっているようだが、ぜひ小学館文庫あたりで復刊してもらいたいものだ)。
『昭和天皇語録』の構成もほぼこの『昭和天皇発言録』と同じで(ただし『語録』のほうは天皇践祚から始まっている)、そもそも企画としては1974年に『天皇語録』というタイトルで刊行された前者のほうが先である。今回出た学術文庫版のあとがきによると、74年当時、まだ天皇の「語録」をつくることは一種のタブーであったといい、編者の名前も変名で刊行されたという。その意味ではこの本は画期的なものであったのだろう。その後、86年には講談社文庫から増補版が出され(この時には編者の名前も実名で記された)、それから18年を経て講談社学術文庫のラインナップに加えられたわけだが、しかしなぜか収録された発言は前版と同じく昭和60年まで。どうして逝去までの発言も新たに入れて完全版としなかったのか少し気になる。
その『昭和天皇語録』を、冒頭に書いたように今朝方たまたま手にしたら、開いたページに「これではまるでむかしの幕府ができるようなものではないか」という言葉を見つけた。これは大政翼賛会の発足を報告した総理・近衛文麿に対する批判の言葉なのだが、ほかのページにも「近衛がとかく議会を重んぜないように思われる」「近衛は少し面倒になるとまた逃げだすようなことがあっては困るね。(略)真に私と苦楽を共にしてくれなくては困る」などといった発言が紹介されていて(いずれも出典は『木戸幸一日記』)、天皇が近衛文麿にはかなり手厳しい態度をとっていたことがうかがえる。この本には載っていないが、たしか昭和天皇は、終戦後近衛が戦犯として逮捕されるのが決まりすぐ服毒自殺したという報を受けて、「近衛は弱いね」という一言も漏らしていたはずだ。
昭和天皇は戦前も戦後も――そう、たとえ憲法が変わろうとも――一貫して立憲君主制の体現に務め、政治には極力口出ししなかったとされるが、時折こうして時の政権担当者に対し指摘や批判の言葉を発していて興味深い。きっと天皇の批判は相手にはボディブローのように効いたことだろう。田中義一などは関東軍による張作霖爆殺事件をめぐり天皇に激怒されて総理を辞職し、その直後にあっけなく死んでしまったわけだし(田中といえば、昭和天皇は田中角栄がきらいで、テレビに彼が出てくるとすぐに消したという話は本当かな?)。
■天皇の映画の計画
そういえば昭和天皇とまったく同じ日、1901年4月29日に生まれた歴史上の人物がもう一人いる。ゾルゲ事件に関与し1944年に処刑された尾崎秀実(ほつみ)だ(ただし戸籍上の誕生日は5月1日)。数年前にこの事実を知った時、天皇とスパイという組み合わせの妙に、いっそのことベルトルッチの『1900年』よろしく、『1901年』というタイトルで、同じ日に生まれた両者の人生が交錯するといった映画を誰か撮ればいいのに……と考えたことがある。篠田正浩が『スパイ・ゾルゲ』を撮ったのはそれからしばらく経ってからのことだが、尾崎秀実役の本木雅弘をはじめ、近衛文麿が榎木孝明、西園寺公望が大滝秀治という香ばしい配役に少し惹かれたものの、結局いまにいたるまで観ていない。
尾崎秀実に関しては、実弟で作家の尾崎秀樹(ほっき)の書いた『デザートは死』という現在は中公文庫から出ている本が面白い。何たってタイトルからしていい。『デザートは死』だなんて、「気休めは麻薬」とか「女は海」とか「くちびるに火の酒」とかみたいで、まるで歌に出てきそうなフレーズではないですか。
#
きょうの写真は昭和天皇があくびをする瞬間を撮った珍しい写真(1975年撮影。出典は『別冊一億人の昭和史 昭和 天皇史』1980年、毎日新聞社)。大塚英志が言っている「かわいい天皇」というのは、たぶんこのイメージに近いのではなかろうか。
2004-04-27
■まあ、所詮はこぶ平と同じセンスってことだな
http://www.yomiuri.co.jp/main/news/20040426i514.htm
第一生命主催のサラリーマン川柳、今年の1位は「『課長いる?』 返ったこたえは 『いりません!』」――ってこれ、林家こぶ平の持ちネタ(こぶ平がそのまんま東のところに電話をかけた時、電話に出た東の子供に「パパいる?」と聞いたら、「パパいらない」という答えが返ってきた、ってやつ)のパクリじゃねーか! ま、結局はサラリーマン川柳も綾小路きみまろ*1もどっこいどっこいってことか。
■桂と小泉 ――歴史は繰り返す?
小泉内閣発足からきのうで3年が経ち、戦後の総理としては佐藤・吉田・中曽根・池田・岸に続く在任期間となった。そう考えるとやはり長いのだな。イラクでの人質拘束事件やら閣僚の年金不払い問題などが取りざたされている真っ最中にありながら、先日行なわれた3つの選挙区での衆院補選ではすべて自民党候補が勝ったわけだし(まあ、これは公明党様様というところが多分にあるんだろうけど)、このまま行くと7月の参院選も自民党の勝利(圧勝とまでは行かないまでも)となりそうな雰囲気である。
さて、総理の連続在任期間ということであれば佐藤栄作の7年8ヶ月が最長なのだけれど、通算在任期間でいえば桂太郎の7年10ヶ月がもっとも長い。それだけ長かったのにもかかわらず、今年百周年を迎えた日露戦争も、日英同盟調印も大逆事件も韓国併合も不平等条約改正も、すべてはこの桂太郎の総理在任期間中に起こった出来事だということを、つい最近までぼくはうっかり忘れていた。いや、正直にいえば知らなかった。だいたい、歴史の授業でもあまり彼の名が出てくることはないのではないだろうか? 日露戦争関連でいえば、ポーツマス講和条約に調印した小村寿太郎や日本海海戦を指揮した東郷平八郎といった人名のほうがよっぽど馴染み深い(何だかだんだん「天声人語」のような文体になってきたな)。
ちなみに桂が第4次伊藤博文内閣のあとを受けて初めて内閣を組んだのは、小泉内閣発足のちょうど百年前、1901年のことだ。それまでの総理が明治維新に貢献したいわゆる元勲と呼ばれる人物たちだったのに対し、桂は元勲の次の世代にあたり、その内閣は「二流内閣」とも呼ばれた(なお桂は弘化4年=1847年生まれで、明治維新を数え年で22歳の時に迎えた)。ここらへん、その発足時に従来の派閥からの脱却をしきりにアピールしていた小泉内閣と通じるものがあるかもしれない。さらにはかたや日英同盟への調印、かたや日米同盟の強調、あるいは1904年の日露開戦と2004年の自衛隊のイラク派遣と、両者の総理としての業績もどこか並行している――とかいうと、柄谷行人の「明治・昭和並行説」みたいな何やら予言めいたものになってしまうが。
それにしても、上記したように重大な事件に次々とかかわりながらも、現代から振り返るとやはりどうしても桂の存在感の薄さを抱かざるをえない。ただし例外的に桂の名が歴史上に大きく残る出来事として、彼が激しい批判の矢面に立たされた大正初頭の護憲運動がある(この時、民衆の先導に立ったのが尾崎行雄だった)。この護憲運動の盛り上がりによって四度にわたり断続的ながら政権を担ってきた桂太郎は総理辞任に追い込まれることとなる。世に言う「大正政変」だ。結局のところ、桂太郎の存在感の薄さというのは、元勲たちによる藩閥政治から、本格的な政党政治へと移行するちょうど過渡期に政権を担ったことに由来するのではないか。
さて、小泉内閣は桂内閣同様、本当の変革が起きる前の過渡的存在に終わるのか、それとも……。今後の動向に注目したい(と、最後も「天声人語」風に締めてみる)。
2004-04-26
■三塚博の「功績」
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20040425i514.htm
三塚博の訃報を知って、あ、『ギャルズライフ』を休刊に追い込んだ人だ、てなことを真っ先に思い浮かべたおれは一体いくつなのだろうか。ついでなので、この件について別冊宝島の『雑誌狂時代!』から引用しておく。
――事件勃発は、84年2月14日。自民党の政調副会長だった三塚博代議士が、衆議院予算委員会総括質問で「少女雑誌は『性欲講座だ』」と、少女誌批判をぶち上げたことに始まる。
取り上げられたのは『ギャルズライフ』だけではなく『ポップティーン』『エルティーン』『キッス』『キャロットギャルズ』の5誌。ご丁寧にも、TV放送されているなか、持参した雑誌を閣僚や委員に配布し「『ギャルズライフ』というのであります……」などと説明。少年少女向けの有害図書の規制を鼻息荒く唱えたという。
(中略)
その後はというと、TVで「教科書を出している学習研究社が出しております」と名指しされた『キッス』と『キャロットギャルズ』は翌日に即休刊。『ギャルズライフ』や『ポップティーン』は軌道修正することに。さらに『ギャルズライフ』は『ギャルズシティ』と誌名変更、数号後には編集長もすげ替えられる。雑誌のノリも落ち、1年後には休刊することになってしまうのである。
(中略)
あぁ、三塚博がニクイー!
(高清水美音子「国会を騒がせた[ギャルズライフ]の中身とは?」、別冊宝島345『雑誌狂時代!』宝島社、1997年)
国会でとりあげられた翌日に休刊ってのはすごい影響力である。それ以後も、児童ポルノ法施行の煽りを受けて、お菓子系雑誌*1と呼ばれる雑誌のいくつかが休刊に追い込まれるなんてことはあったが、この場合、法律による規制でも何でもなく、単なる一議員の発言によって3誌もの雑誌が休刊に追い込まれたのだから異例中の異例の事態だろう*2。三塚博の名前を歴史上に残すとしたら、国鉄民営化に尽力したなんてことよりもこの「功績」のほうがずっとふさわしいのではないか。何はともあれ、ご冥福をお祈りする。
■「でん」と読んでください。
http://www.yomiuri.co.jp/obit/news/20040426zz04.htm
藤田田死去。「でん」というインパクトのある名前だけでなく*3、《マクドナルドのハンバーガーは、アメリカの本社がコンピューターを駆使して、世界のあらゆる民族がうまいと感じるようにつくったもので、あれをまずいと感じるのは、チンパンジーかゴリラしかいない》などといった過激な発言など(以上、引用元は『現代日本朝日人物事典』朝日新聞社、1990年)、話題には事欠かなかった。
それにしてもマクドナルドは、つい先日にもアメリカの前最高経営責任者のジム・カンタルポが亡くなったばかりだし(参照)、二人とも表向きには病死とされているが、ひょっとしてその裏にはアメリカ的グローバリズムの尖兵たるマクドナルドに対する何らかの組織による連続テロが隠されている……!?
たぶん、おれの考えすぎだと思う。
2004-04-25
■Nice,Age!
大塚英志(以下、オーツカAge)が愛を込めて贈るオーツカAgeによるオーツカAgeのための雑誌『Age,45 恋しくて』*1……じゃなかった、『新現実』の第3号を中野のあおい書店で探したのだけれども見つからず。ついでにいうと西島大介の『凹村戦争』も探したんだけど、見つからなかった*2。
それにしても最近のオーツカAgeの政治へのコミットを見ていると、10年ほど前にほかならぬAgeが自身の文章*3の中で、弘兼憲史や久米宏など上の世代の政治的な言動に対して唾棄するように言い放っていた「選挙に出たいのだろう」という文句を思わず投げかけたくなる。大塚英志が志位共産党委員長と対談? 選挙に出たいのだろう。てな感じで。
■週末のカタストロフィ
都内某所で開催された秘密上映会へ。隔月開催で今回が15回目となるこのイベントだが(3月に開催された前回のイベントでは、泉谷しげる主演のドラマ『誘拐』が上映されたことはすでに書いた)、きょうは日曜の夜ということもあってか客は10人いるかいないか。それでも出演者の居島一平・山田広野・坂本頼光・ヘブリスギョン岩月・二階堂晃の各氏はいつものハイテンション(特に居島・岩月の両氏)で語る語る。今回の特集はいかりや長介追悼ということで、ドリフ特集が組まれた。『ドリフ大爆笑』エンディングのパイロット版的映像(普通のより尺が長い)をはじめ、TBSドラマ『ムー』(1977年、久世光彦プロデュース)でドリフのメンバーが出演した回のダイジェスト、それからオンエア時に録画されたと思しき『全員集合』の前半部分がCMも含めてノーカットで流される。『ムー』では志村けんが顔を白塗りの殿様の格好で登場したのだが、これはあきらかに現在のバカ殿の原型だろう。
それにしても『全員集合』はいま見ても十分に面白い。今回上映されたのは時代物コントで、旅の途中一晩の宿に見つけた空家で志村けんがお化けや怪奇現象に遭遇するも、例によっていかりや長介(家老役)からは「そんなもんいるわけないだろ!」とあしらわれてしまう。さらには加藤茶が便所で用を足している最中に壁が倒れたり、志村が縁側で外に向かって小便をしていると(本当にそんなのばっかりだな……)縁側がいきなり家屋から外れて180゜回転したりとセットがどんどん崩壊していき、最後はいかりやもとうとう幽霊と遭遇し、天井からでっかい金だらいが落ちてきて彼の頭に当たってオチとなる。そう、ドリフは毎週こんなことをやっていたのだ。毎週毎週、大がかりなセットが崩壊してオチを迎える、「週末(=終末?)のカタストロフィ」ともいうべきコントを。
実はドリフについては、いかりや長介の逝去の直後にちょっと文章を書き出していたのだが、結局そのままほったらかしにしていた。この際なので改めてUPしておく。
■忘れ去られた〈ドリフ=1970年代〉
『全員集合』が1985年の9月に終わる際、その16年間の放映のあいだに日本の総理は7人も変わったのだと紹介されていたのがやけに印象に残っている。たしか「総理の名前は知らなくても『全員集合』は誰でも知っている」なんて言い方もされていたはずだ(ちなみに『全員集合』終了の数日後に始まった『ニュースステーション』放映期間中の18年半のあいだに、日本の総理は12人変わっている)。
だが、思えばドリフというのは長いあいだずっと忘れられていたのではないだろうか。あれだけの怪物だったのに……否、怪物だったからこそ誰もまともに語ろうとはしなかった。『日本の喜劇人』の小林信彦も、《子供相手の笑いを提供するドリフターズが、怪物番組としてテレビに居続けていた七〇年代(昭和四十六年から五十五年まで)は、昭和二十年代の喜劇界の空白を思わせないでもない。/ドリフターズそのものには好きな部分もあるのだが、そうした好き嫌いを超えて、土曜の夜を占拠するTBSの兵器となっては、あれこれ言うのが野暮であろう。》と数行を記すにとどめている(『日本の喜劇人』新潮文庫、1982年)。全盛期ですらそんな感じだったのだから、『全員集合』が終わり、裏番組だった『ひょうきん族』など『全員集合』とはまったく違うタイプのお笑いがもてはやされる時代にいたっては誰がドリフを語るというのか。ようするに、もう長いこと誰もドリフのことなんか忘れていた*4。そうじゃないのか?
ようやくドリフがまともに語られるようになったのは、本当にごくごく最近のことだと思う。まずは20世紀も末に『全員集合』プロデューサーの居作昌果あたりが語り出し、それに続いてようやくいかりや長介や志村けんが語ることになる。またドリフ関連のソフトも長いあいだ出なかったが、『全員集合』はようやく今年初めにDVDが発売された*5。
ただ、忘れられていた云々以前に、本質的にドリフは語りにくいというのはあるだろう。まずドリフは世代でくくりにくい。何せ、メンバーの中で一番交際が長かったといういかりや長介と加藤茶の年齢差からして実に12歳だ。旧メンバーの荒井注とそのあとに入ったメンバーである志村けんの年齢差にいたっては22歳である*6。それに加えてドリフのファンも、『全員集合』『大爆笑』が長寿番組だけに年齢層は厚い。これでは世代で論じることは難しい。それにくらべたらドリフに先行するクレイジーキャッツの実に明快なこと。メンバーは「昭和ひとけた生まれ」の一言でくくることができる。
クレイジーキャッツとの比較でいえば、クレイジーが数多くのオリジナル曲で知られているのに対して、ドリフのオリジナル曲というのはびっくりするほど少ない。『全員集合』のオープニング曲である「ドリフ音頭」の原曲は北海道の民謡「北海盆歌」だし、エンディングの「ビバノン音頭」はデューク・エイセスの「いい湯だな」(その後ドリフもカバーしているが)の替え歌である。『大爆笑』のオープニングの「ド、ド、ドリフの大爆笑♪」という歌は日中戦争下の国民歌謡「隣組」(作詞は岡本一平)の替え歌だし、「ドリフのズンドコ節」や「ドリフのほんとにほんとにご苦労さん」も戦時中の軍国歌謡が元ネタである*7。ようするにぼくらがドリフソングとしてすぐに思い出すのは、ほぼ大半がカバー曲なのだ。もともと音楽が原点であるはずのグループなのに、なぜそうなったのか不思議だが。
ちなみに上にあげた「ドリフのほんとにほんとにご苦労さん」は、その元歌である「ほんとにほんとにご苦労ね」自体が「軍隊小唄」という歌の替え歌だった。この例が示すとおり、軍隊内や戦時下の庶民のあいだで歌われた歌には替え歌がつきもので、それらは時には戦時体制に対する鬱憤を晴らすための一服の清涼剤としての役割を果たしていたはずだ(時の総理をからかった「見よ東條の禿頭♪」というフレーズではじまる「愛国行進曲」の替え歌や、たばこの値上がりを嘆いた「金鵄上がって15銭 栄えある光30銭♪」という「紀元二千六百年」の替え歌などはその代表的なものである)*8。とすれば、ドリフの一連のヒットソングも、高度成長期という一種の「戦時下」において清涼剤の役割を担っていた部分があるのではないか。もちろん、それは先行するクレイジーキャッツのオリジナル曲にも同じことが言えるわけだが(「とかくこの世は無責任 こつこつやるやつぁ ご苦労さん♪」と歌った「ドント節」「無責任一代男」などは、がむしゃらに働くモーレツ社員をからかったものといえる)、彼らの歌がどちらかというとサラリーマンなどホワイトカラー層向けという感じがするのに対して、ドリフソングにはブルーカラー層向けというか泥臭さがプンプン漂っている。クレイジーもドリフももともとは同じ渡辺プロダクション所属のグループだが、ひょっとして都会的なクレイジーとは対照的に、土着的なドリフというイメージで意図的に売り出そうとしていたのだろうか?
クレイジーとの比較対照でいえば、クレイジーが結成以来変わらぬメンバーでハナ肇をリーダーとする基本体制を崩さないまま全盛期を迎えたのに対し、ドリフは前リーダーの桜井輝夫の現役引退と小野ヤスシら4人のメンバーの脱退ののち、いかりやと加藤に新たなメンバーを加えて再デビューしたという経歴を持つ。その後、よく知られるようにビートルズ日本公演の前座を務めるなどそれなりに華々しい舞台には立ってきたものの、それでも『全員集合』放映開始時にいたっても、相変わらずドリフはクレイジーの二番手というポジションにあった。そもそも『全員集合』は当初そんなに長く続くとは思われていなかったという話を聞いたことがある。考えてみると、同番組の放映開始前後には、ブレヒトの前衛劇を彼らにやらせてみたらどうかと小林信彦に本気で考えせしめたコント55号が人気・実力ともに絶頂を迎え、また日本テレビでは、大橋巨泉と前田武彦という放送作家出身のタレント二人が司会を務めるコント番組『ゲバゲバ90分』が始まっていたのだ。先鋭的で、頭脳的ともいえるこれらの笑いとくらべたら、ドリフは完全に肉体的な、前時代的ですらある笑いである。そんな彼らが、まさか一時代を築こうとは誰も思わなかったのではないか。
しかし70年代はドリフの時代となった。『全員集合』はPTAから目の仇にされつつ、1971年には視聴率50.4%を記録し、平均視聴率も40%と「お化け番組」と呼ばれた。テレビが国民のほぼ全世帯に普及した時代ということを考えると、やはりこの記録は驚異としか言いようがない。いわばドリフは、各局が番組制作プロダクションを抱えどんどん分業化を図り巨大産業へと変貌を遂げていく――つまりは「怪物」となっていくテレビを象徴する存在であった。そういえばその同時代のできごととして、テレビがその一部始終を追い続けたあさま山荘事件があるが、あの事件のクライマックスである山荘に鉄球が打ち込まれるシーンは『全員集合』のコントのオチにそっくりではないか。ただし、この事件が露呈させたテレビのドキュメンタリー性をバラエティ番組に生かしたのはドリフではなく、そのライバルの萩本欽一であった*9。フジテレビの『欽ちゃんのドンとやってみよう』(『全員集合』の裏番組だったこの番組は一時視聴率競争でドリフを打ち負かすこともあった)などで展開されたそうした萩本の試みはその後、『オレたちひょうきん族』に受け継がれて*10さらにエスカレートし、ついにはテレビ界全体に定着することになる。一切のハプニングを許さず、徹底的につくり込まれた『全員集合』がピリオドを打ったのは、まさにそんな時代に突入したころだった――。
余談ながら、『全員集合』の後番組の『カトちゃんケンちゃんごきげんテレビ』に、「おもしろビデオコーナー」という一コーナーが設けられたのはいまにして思えば非常に示唆的である。ハプニングの瞬間をとらえた、しかも一般の視聴者が撮ったビデオを紹介するこのコーナーは、テレビが「怪物」として視聴者の上に君臨した時代から、ビデオカメラを手にすれば誰もが映像を撮られる立場にも撮る立場にもなりうる時代が到来したことを告げることとなった。その後、似たような企画は様々なテレビ番組で見られるようになったが、そのきっかけを、かつてハプニングを徹底して排除してきたドリフのメンバーがつくったというのは意味深いものがあるのではないだろうか。
#
それにしても、ドリフをはじめとして70年代に一世を風靡したものというのは、ノスタルジーの対象となることこそ多いが、まともに論じられることは思いのほか少ない。ピンク・レディーにしろキャンディーズにしろ、誰かその歴史的位置づけを試みようと一冊の本を著したことがあっただろうか*11。あるいは久世光彦の仕事を体系的にまとめたり、文学や映画の世界に角川春樹がもたらしたものを――それこそ彼の句作を含めて細かく検証した仕事がこれまでに存在したのか? 寡聞にしてぼくは知らない*12。
#
あと、もう一つ蛇足。どこか泥臭いイメージがつきまとい、「イケていない」存在だったはずのグループが、ある時を境に突然ブレイクを果たし子供たちをはじめ国民的人気を集めるという、かつてドリフがたどったサクセスストーリーは、最近でもどこかで見かけたような気がするのだが……あ、そうか、モーニング娘。というのはドリフの90年代少女バージョンだったのだ! そんなわけで、今後「ドリフ物語」などといったドラマが企画される際には、ぜひモー娘。のそれも1期〜3期のメンバーあたりで演じられることを切に願いたい。
【追記】id:akaponさんから指摘を受けたので(id:akapon:20040429)、二箇所ばかり訂正しました。どうもありがとうございます。なお、「ドント節」や「無責任一代男」を《歌っているのはクレージーキャッツじゃなくてピンの植木等》というご指摘もいただきましたが、とりあえず上記の文章を書くにあたっては、植木等がピンの曲もクレイジーソングの一つとして考えました(クレイジーキャッツのベスト盤の多くも、植木のソロ曲もメンバー全員で歌ったものもクレイジーソングとしてひとくくりで収録していることですし)。そんなわけなので、この点についてはどうぞご容赦ください。
しかし、akaponさんから紹介していただいたサイトを見ると、クレイジーもかなりメンバー変遷が激しいんですね。勉強になりました。(2004.4.30)
*1:果たしてAgeは何を恋しがっているのか、やっぱり戦後民主主義? ちなみにこのネタの元ネタは言うまでもありませんが、これです。
*2:こういう時は店員さんに聞けば早いのに、「店員に聞くのは素人」という素人ならではの高いプライドと持ち前のシャイな性格がぼくにそれを許さない。
*3:たしか『武蔵野美術』あたりでの連載をまとめた『戦後民主主義の黄昏』とかいう本に載ってたと思う。
*4:小林信彦は『週刊文春』の連載コラムで、《いかりやさんは国葬に近くなったけど、ベースを弾くCMと『踊る大捜査線』がなかったら、〈むかしドリフのリーダーだった人〉で終わりでしょう。》という40代の知人の発言を紹介している(4月29日・5月6日合併号)。やはり『全員集合』が終わってからしばらくは多くの人がドリフ、特にいかりや長介のことなど忘れていたのだ。
*5:こうしたドリフ関連のソフト化は今後ますます活発になることだろう。こうなると、幅広い購買層をターゲットに、手を変え品を変えて次々と関連商品が発売されているドラえもんとともにドリフが“ダブルD”と称される日も近い!?
*6:ちなみに荒井と志村はそれぞれ初代若乃花とその弟の――あまりの年齢差に親子と疑われることさえあった――元大関貴ノ花(現・二子山。元横綱貴乃花の父)と同い年である。
*7:ドリフのほか小林旭が歌ったことでも知られる「ズンドコ節」はもともと「海軍小唄」という題名でも知られる。
*8:もちろんこれらの替え歌は体制に対する抵抗にはまったくなりえず、ただ一時の憂さを晴らすぐらいしか機能しえなかったわけだが。……って、なんだか鶴見俊輔みたいな物言いだな。
*9:俳優としていかりや長介に再びスポットが当たる契機をつくったドラマ『踊る大捜査線』の脚本家が、萩本欽一の弟子である君塚良一だったというのも、何やら歴史の因縁みたいなものを感じる。
*10:『欽ドン』のスタッフであった三宅恵介はのちに『ひょうきん族』のディレクターとなり、「ひょうきんディレクター」として自身も番組に出演したことは有名なお話。
*11:そう考えると、平岡正明の『山口百恵は菩薩である』をはじめ、様々な形で語られた山口百恵というのは70年代のアイドルでは本当に稀有な存在だろう。
*12:その意味で、最近出た樋口尚文の、その名も『『砂の器』と『日本沈没』 70年代日本の超大作映画』(筑摩書房)という著書は貴重な仕事だといえると思う。
2004-04-23
■かちゃくちゃね
http://d.hatena.ne.jp/breaststroking/20040422
大衆決断のかちゃくちゃさんが、久しぶりにはてなのほうを更新していたのでリンク。内田さやか写真集の包装ビニールを破く行程や、『ヤンサン』表紙の佐藤寛子の写真について語るその修辞を見るかぎり、かちゃくちゃ節は健在で安心する。今後の更新も楽しみにしてます。あ、おれも『ヤンサン』を買いに行かねば。
■きょうの幻聴
『ミュージックステーション』に出てた美少女クラブ21(しかしすげーグループ名だな)の新曲のサビが、ふとピンク・レディーの「リメンバー(フェーム)」のサビとかぶって聴こえた。ちなみに「リメンバー(フェーム)」というのは、ピンク・レディーの解散決定後のシングル曲で、サビの歌詞は「やるだけやった やるだけやった/すがすがしいほど 後悔はない」というもの。それを考えると何だか不吉な……。
■きょうは何の日〜♪
4月23日か……ああ、きょうはサンジョルディの日だったなと、どうでもいいことに気づく。これはスペインのカタルーニャ地方から始まったもので、この日男から女性に花を、女性からは男に本を贈るという習慣がある。そういう記念日が日本でも始まったということを小学校の時分に知った時、ほー、チョコレートを贈るよりよっぽど知的だなやーなどとぼくは子供ながらに思ったものだが(イヤなガキだ)、ほとんど定着しなかったというのが正直なところか。しかしまあ、その後ユネスコの宣言で「世界 本の日」*1として制定されたこともあり、一応記念日としては存続しているらしい。くわしくは日本書店商業組合連合会によるこのページを参照。しかしこのちょっと萌え系のキャラは一体……。
それにしてもいざ本を贈ると決めても、選ぶのって案外むずかしい。何といってもセンスが問われるもんな。ここは一つ、手づくりチョコレートにならって、手づくり本を贈るのが流行ったら面白いかも。「一週間寝ないで書いたんです。ぜひ読んで感想を聞かせてください!」なんつって……いや、そんなもん、贈られても困るな……。
■『ウラ秀吉TV』としての『天花』
もうだんだん見ていてかったるくなってきたのだが、現在放映中の朝ドラ『天花』について。まあいまさら藤澤恵麻*2の大根ぶりをツッコんでもしょうがないので、もっと別の視点からツッコミを入れてみよう。
だいたい、このドラマの何がすごいって、竹中直人と香川照之という大河ドラマで秀吉を演じた俳優が二人も出ていることだ(出演作はそれぞれ竹中が『秀吉』、香川が『利家とまつ』)。さらにいえば、『天花』の脚本家は大河で『秀吉』と『利家とまつ』を手がけた竹山洋である。それを考えると、実はこのドラマは、いわば『ウラ秀吉』として見るべきなのではなかろうか。そういえば『秀吉』での秀吉の義父役は、今回香川の父親役を演じている財津一郎だったし、香川演じるヒロインの父親が実家の農家を継ぐのを拒んで農水省の役人となり、さらには上京してベビー服メーカーの役員に迎え入れられるという設定は秀吉の出世を彷彿させないこともない。あ、そうか、『天花』というタイトルは、きっと『天下』とかけてあるんだ。間違いない。
それにしても、財津一郎が作中、何度となく口にする「コメづくりとは日本をつくることだ」というセリフは、前作『てるてる家族』に対するあてつけとしか思えない。
■武将のふるさと愛知
http://www.busho-aichi.jp/japanese/index.html(音が出るので注意)
秀吉つながりで、わがふるさと・愛知県が観光キャンペーンの一環として最近始めたこのサイトをご紹介。各地の城主としてその土地の発展に貢献した武将たちも、そもそもは愛知出身の三英傑の家臣や子孫なんですよー、てなことがさりげなくアピールされております。わはははは、中華思想ですよ。だけど源頼朝まで名古屋出身だと断じてしまうのはいかがなものか。あれにはたしか諸説あったような……。第一、サイト内で使われている肖像は、最近の研究ではもはや頼朝の肖像ではないとされているのでは?
*1:東京国際ブックフェアというのはこの日に合わせてるんだろうか。
2004-04-22
■ごめんさい2
http://diarynote.jp/d/38638/20040422.html
一昨日にリンクしたサイトの方の名前を間違えて書いてしまったようで、さっそく逆リンクされてツッコまれてしまいました。うわ〜〜、ごめんなさい!! 正しくは「地獄犬」ではなく、「地雷犬」さんです。さっそく訂正いたします。
まったく、昨日の『BUBKA』の件といい、間違ってばかりですね。ぼく自身がこういう間違いをされるのが一番いやなくせに(たとえば『ZAMDA』を『ZAMUDA』と誤記されたりとか)。ああ、気をつけないと。
ちなみに『To Heart』のマルチが『QJ』の表紙になったのはぼくが太田出版をやめてからです。あの号にはたしか戸塚宏のインタビューなんかも載っていたような記憶が……。一体あの時、『QJ』はどこへ向かおうとしていたんだろう?(笑)
■兄と妹
http://d.hatena.ne.jp/mohri/20040422#1082628188
桃井真死去。81歳って結構なお年だったのだなー(同じサイトの前日の記事を見たら竹内均も亡くなったようで、二度びっくり)。上記URLでリンクされている中日新聞の記事では軍事評論家という肩書とともに桃井かおりの父親だということが記されているけど、桃井かおりの兄である桃井章が脚本家*1だということまでは書いてないね。にっかつロマンポルノや『太陽にほえろ』だとか『俺たちの旅』などの脚本を手がけている人なのだが(参照)。
そこで思ったのだが、いまやすっかり姐御キャラで通っている桃井かおりだけど、ブラザーコンプレックス(そんな言葉あったかしら?)とは行かないまでも、お兄さんからはかなり大きな影響を受けてるんじゃなかろうか? 一方、兄は兄で、映画界で着々と「個性派女優」の地位を確立していく妹に嫉妬していたのかも*2……なんて、この兄妹からは、ついそんな想像をかき立てられてしまう。
■おれもおまえもペーペーだ
http://d.hatena.ne.jp/aikawa8823/20040421#p2
江夏はひょっとしてまだいけないクスリをやっているのではないか? とちょっと心配になった。
ところで、この相川さんという女の子の日記「セミビキニ」は、最近見つけた日記の中でもめっぽう面白い。ここまで変わった人たちと出会うというのはもはや一種の才能だと思う。たとえば同居人の梅ちゃんのエピソード(id:aikawa8823:20040406)など、読んでしばらく笑いが止まらなかった(特に「オナ〜ニしてる〜ヨ!」と「ウンコの匂いがするじょー→■」というフレーズはツボにハマッた)。ルームシェアリングってのは何つーか、みんなで決めることは決めるけど、それ以外は互いに干渉はしないといった、そんなイメージを勝手に抱いていたのだが、こういう干渉しまくり/されまくりの共同生活もあるのだなー。思わず『めぞん一刻』なんぞを思い出した(たとえが古くてゴメン)。
そうそう、相川さんはエロ本でバイトしてるそうだけれども、同じ業界で働きながらおれよりも絶対この子のほうが濃い体験してるな。そのバイタリティにはただただ、感心してしまう。
Couta
こんちわー。初カキコです。文章を書くのを仕事にしてる人、憧れであります。QJとか憧れです。窪塚表紙の号とか最高です。
d-sakamata
ども、いらっしゃいませ。ライターといっても大したもんじゃないですよー。去年の年収は前年よりがた落ちでしたし…(涙)。QJではまた仕事したいと思ってます。そういう意味では僕にとってもいまだに憧れの雑誌ですねー(笑)。そこで回文を一つ。「クイック、イクッ、イク!」…って、まったく意味不明な上にお下品でスミマセン。
Couta
早漏回文!おみごと!
2004-04-21
■ごめんなさい
先日、『BUBKA』について書いたら、『BUBKA』の編集者のTさんからメールをいただき、編集長の名前は「寺田」ではなく、「寺島」です! とご指摘を受けてしまった。うわ〜、ごめんなさい。さっそく訂正しました。
ちなみにTさんとは以前、別の会社にいらっしゃったころに何度か一緒にお仕事させていただいたことがある。それを考えると、この世界は本当に狭い。まったく、迂闊なことは書けません。
2004-04-20
■うちも別にギャルゲー誌でもエロマンガ誌でも何でもありませんが

地雷犬さんが4月20日付の記事の一本「新しい現実? な雑誌」で書いていた《ノーパンしゃぶしゃぶに行った時みたいなもにょり感》とは言いえて妙だなあ。たしかに性欲と食欲を同時に満たしてくらはいと言われてもねえ……。
ただ、この表紙に関して、わたくし個人的には自分のミニコミ誌の表紙ですでに“巨匠”なにわ天閣監督に右のようなイラストを描いてもらっている手前、批判する資格はまったくありませんです。はい。
いや、鼻血ブーしてる分だけ、うちの勝ちだな。
■推定少女が中野系に!?
推定少女公式ファンサイトのインフォメーションを見たら、5月16日に《“ふれあい”を目的としたファンサイトイベント》が開催されるらしい。おっ、どこでやんの!? と思ったら、中野だって……おいおい、いよいよ中央線沿線デビューかよ! 具体的な会場はまだ発表されていないが、規模としては《20〜30名限定による少人数》のものらしいので、サンプラザということはないだろう。とすれば、なかの芸能小劇場とか中野ZEROの小ホールとか……わ〜、それじゃおれの知り合いの無名の芸人さんたちと同じじゃん!!(なかの芸小はレンタル料がまた安くて、なかなか予約がとれないともっぱらの評判)一体、推定少女はどこへ行こうとしているのだろうか――?
って、もちろん行きますけどね。何せ、ファンクラブ入ってますんで(笑)。
■脱稿
『Kluster』の次号用の原稿をようやく脱稿。そんなに長い文章でもないのに遅れたのは、ひとえにたかこにえりこにひろこにぼくの怠慢のせいです。ごめんなさいごめんなさい。
2004-04-18
■あの娘間違って『ジョン・レノン対火星人』読んだらどんな顔するだろう
昨日、神保町の三省堂で先ごろ講談社文芸文庫で復刊された高橋源一郎の『ジョン・レノン対火星人』を、内田樹の解説は面白そうだけどなー、もう新潮文庫で出たのを持ってるし……などと迷いつつ立ち読みしていた時のこと。同書の巻末に、82年ごろ撮られたという高橋源一郎の写真(メガネをかけていないというのがレア度高し)が出ていて、まくり上げた裾から覗くその血管の浮き出た細い腕に少し衝撃を受ける。こんな細い腕で20代の後半に肉体労働をしていたのかと思うと、何だかちょっと悲哀すら感じてしまう。ぼく自身似たような腕だからなおさらそう思うのかもしれない。
結局、講談社文芸文庫版の『ジョン・レノン対火星人』は買わなかったが、帰宅してから久々に新潮文庫版の同作を本棚から引っ張り出してパラパラ読んでみる。改めて読んでみると、この小説、やっぱり狂ってるよな。あと、今回新たな発見をした。第2章「十九世紀市民小説」の冒頭には次のような会話が出てくるのだが……
「管理人さん、この人が今日からわたしと同居する人なの」
「ああ……で、お名前は?」
「ポパイと申します」
「ほう……変わったお名前ですな」
「ええ、実は一昨日
( まで雑誌だったもので」「ほう、ほほう……と言いますと?」
「一昨日
( までぼくは雑誌だったんです。正確に言いますと、ぼくはマガジンハウスで発行している『ポパイ』の通巻69号すなわち一九七九年十二月二十五日号だったんですが、どういうわけだか急に人間になっちゃったんです」
この《『ポパイ』の通巻69号すなわち一九七九年十二月二十五日号》というのはもしかしたら……とふと思うところあって、調べてみたらやっぱりそうだった。この号は『ポパイ』でもいまや伝説の特集とされている60年代特集号だったのだ。まあ、この小説は《60年代三部作完結編》だと表4カバーの解説にもちゃんと書かれてるんだから、何をいまさらという話ではあるが。
ところで同作より先に講談社文芸文庫に収められた『さようなら、ギャングたち』を手にとった時もそう思ったのだけれど、講談社文芸文庫ではお決まりになっている菊地信義の装丁が、これら高橋作品にはどうもいまいちしっくり来ない気がするのはぼくだけだろうか? 講談社文庫版の『さようなら、ギャングたち』の日比野克彦によるカバーも、新潮文庫版の『ジョン・レノン対火星人』の奥村靫正によるカバーも内容ととても合っていると思うのに。
余談ながら、うちの近所の古本屋では長いこと、『ジョン・レノン対火星人』が音楽関係の棚にビートルズの本と一緒に並べられています。行くたびに気になるので、よっぽど店員さんに教えてあげようかとも思ったのですが、最近ビートルズを聴き出した中学生だか高校生だかが間違ってこの本を手に取ったらどんな感想を抱くのだろう……などと想像すると愉快なのでそのままにしておこうと思います。
■それがひとみの生きる道
http://d.hatena.ne.jp/siken/20040418#1082264636
http://d.hatena.ne.jp/ykurihara/20040418#1082285172
『VOW』に『パチスロ必勝ガイド』と、来た仕事はとりあえず何でも引き受けるといったスタンスの金原ひとみ。このあいだは深夜にフジでやってた松尾スズキの番組にも出てたし。この分だと今年のサブカル・クイーンの座につくのは確実かもしれない(ちなみに昨年のサブカル・クイーンはソニンと『間取りの手帖』の佐藤和歌子*1)。そういえば『BUBKA』もいま出ている号の巻末で先の芥川賞受賞式をとりあげていたが、メインは綿矢というより金原だったし。なお、『BUBKA』では、同じく芥川賞作家の大道珠貴が目下ルポを連載中だが(表紙にはいまだに「美人芥川賞作家」との形容が……あ、あざとい。ご本人も苦笑されていることだろう)、ひょっとしたらこれを金原ひとみが引き継ぐ可能性もあるかも。彼女が同誌連載陣の一人である松金洋子と似ていると言われていることを考えると、さらにその思いを強くするのだが*2。
#
てなことを書いたまま、サイトにアップもしないで放置しておいたら、コメント欄より酒徳ごうわくさん(id:atamaizer)からひとみ嬢は今月号の『映画秘宝』にも登場しているとの情報をいただく。しかも辛酸なめ子先生とシスター姿のコスプレですか。うわあ、もう何でもやっちゃうんだなあ。彼女を発掘したすばるプロダクション(別名・集英社『すばる』編集部)的にはそういうのOKなんですかね。
2004-04-17
■ま、このぉ
徹夜明けの頭でボーッとテレビ見てたら、千葉市で使われている地域通貨が紹介されてて、その単位が「ピーナッツ」だと聞き、反射的に「それじゃロッキードじゃねーか!」とツッコミを入れる*1。でもロッキード事件の際のカネのやりとりのように、1ピーナッツ=100万円ってことはなくて、ほかの地域通貨と同じく1ピーナッツは1円らしい。
ちなみにこの地位通貨「ピーナッツ」を使った際には、お互いに持っている大福帳を交換してサインをするらしいのだが、その記入が終わってからの合言葉が「アミーゴ」って……。ここはやはり「よっしゃよっしゃ」にしてほしかった。
■中吊りの金原ひとみの写真もいままでと感じが違うよーな…
この小説は
現代のバロックだ。
歪んでいるが、
とても美しい。
――村上龍
山手線の車内にかかっていた『アッシュベイビー』の中吊り広告を見たら、そんなキャッチコピーが書かれていて、ふと黒川紀章が若尾文子に言ったという「君はバロックだ!」というプロポーズの言葉を思い出してしまった。
だけどバロックって褒め言葉としてわりとよく使われてるな。伊藤ガビンがおたくの皆さんの部屋を紹介した『魔窟ちゃん訪問』という本(都築響一の『TOKYO STYLE』もいいけど、こっちのほうがぼくには面白かったな)の帯でも、たしか中沢新一が「これは日本のバロックだ」みたいことを書いてたし*2。いいな、散らかった部屋でもバロック。そんなことをいったらうちの部屋なんかバロックもバロック、聖ピエトロ寺院並みのバロックだよ。
atamaizer
今号の『映画秘宝』は金原ひとみ辛酸なめ子両氏がシスター姿のコスで掲載されてますよ。
d-sakamata
金原ひとみ、もう何でもやるんだなあ…感心してしまいます。
2004-04-16
■ああいい娘、十二歳(こらっ!)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20040416i411.htm
今関あきよしが児童買春容疑で逮捕。こないだの植草センセのケースもそうだけど、見せしめという感じがしないでもない。
で、Yahoo!ニュースにリストアップされた最近のこの手の事件を見てたら、きょうはこんなニュースも(たぶんすぐに消されてしまうと思うので、コピペしておく)。
女子高生買春で逮捕 ドラマ「三毛猫」製作社員
警視庁少年育成課は16日までに、児童買春禁止法違反の疑いで東京都多摩市落合、テレビ番組制作会社社員千綿英久容疑者(37)を逮捕した。「若い娘を相手にしたかった」と供述しているという。
千綿容疑者は、テレビ放映されたドラマ「三毛猫ホームズの推理」の制作などに携わっていたという。
調べでは、千綿容疑者は2002年5月、東京都墨田区江東橋2丁目のホテルで、当時、千代田区内の私立高校1年の15歳の女子生徒に現金2万円を渡し、わいせつな行為をした疑い。
千綿容疑者は「出会い系サイトで知り合った」と供述。昨年1月ごろまで約10回、買春行為を繰り返したが、女子生徒が関係を拒否すると「ブルセラ店に下着を売ったことをばらすぞ」などと脅していたという。(共同通信) [4月16日12時51分更新]
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040416-00000109-kyodo-soci
前者が神奈川県警、後者が警視庁と管轄は違うようだけど、今関あきよしがドラマの『三毛猫ホームズ』の監督をしていたことを考えると、何か関係があるのではないかとつい勘ぐってしまう。
■昭和51年生まれ=丙辰を占ってみると…
http://d.hatena.ne.jp/amiyoshida/20040416#1082105692
吉田さんがどこで占われたのか気になるところですが、《安請け合いをして窮地に立ちがち》というのはいままさに怖いほど実感しているところです。以前より頼まれていた『Kluster』次号の原稿が、今週になって発行が早まったとの連絡があり、やむなくテーマを変更したもののまだ書きあがらない……。とはいえ、編集長の山田さん(id:hitomisiriing)のほうこそ、大丈夫なのかなあ(参照:id:hazuma:20040416)。あんまり無理しないでね(笑)。
■『綿矢りさと美少女文学“萌え”案内』続報
http://d.hatena.ne.jp/ykurihara/20040416#1082122299
ありゃ、ぽしゃっちゃったんですか!? 栗原さんの企画だったら、面白いものになりそうだけれど……。別の出版社での復活を影ながら期待しております。というか、自分にもお役に立てるようなことがあれば、ぜひぜひ一声かけてくださいッ!(って、あれだけ好き放題書いておきながら、おれも虫がいいなw)
atamaizer
毎年可愛いアイドルの演出ができるこの監督が羨ましいって言う人がいました。そんなもんなんすかねー(ナンシー関の口調で)
akichu
えーえーえー、ぽしゃっちゃったんですか! 希望部数まで出したのにな・・・。そういえば少し前、別宝で「森博嗣読本」が出る予定で広告まで打っていたのに発売未定になった というものもありましたっけ。だいじょうぶかなあ、宝島社。
d-sakamata
酒徳さん、お久しぶりです。主演したアイドルを見るとぼくとは微妙に趣味が違うみたいですが(笑)、アイドルファンの理想をまさに体現した人だと思います。しかしこの事件のおかげで今後そういう仕事ができなくなっちゃうかもしれませんねー。▼ところで粉瘤、大丈夫ですか? くれぐれも大事になさってくださいね。
d-sakamata
>akichuさん 別冊宝島は一体毎月何冊出てるんですかね。あの刊行点数の多さとペースの速さには感心してしまうのですが、今回のように頓挫してしまう企画も結構あるのかも…。
hitomisiriing
すいません、だいじょぶです。ただ、同人誌の方は全行程遅れ気味でだいじょぶじゃないかもです。。
d-sakamata
原稿遅れてます。ごめんなさい。万が一オフセットが間に合わなくて、コピー誌として出すとかそんなことになった場合は製本とか手伝いますよ。あ、いや、とにかく間に合わせましょう。ぼくも頑張ります。
uhihi
実はこの二人、同じ現場で仕事してたことありますね。
uhihi
参照 http://www.jmdb.ne.jp/1998/dv000330.htm
d-sakamata
あ、やっぱし。この二人が同じ日に逮捕って、本当に単なる偶然なんでしょうかね。
2004-04-15
■鷺沢萠死去
きょうの未明にこのサイトのリンク元を見てたら、「鷺沢萠+死去」と検索をかけて来てる人がいたので「おいおい、勝手に殺すなよな」と思ったのだけれども、直後にYahoo!のニューストピックスに訃報が出ていて驚愕。しかも続報で自殺だったと知り、さらにびっくりしてしまった。
最近、たまたま有吉佐和子の死について関川夏央が書いた文章(『知識人99人の死に方』角川書店刊に所収)を読んでいたら、有吉の死の直後に自殺ではないかとの憶測が一瞬飛び交ったものの、それに対して吉行淳之介が「ヴァージニア・ウルフだけが唯一の例外で、女性作家はある程度の名声を得たら自殺はしない」と一蹴したみたいなことが書かれていて、へーそんなもんですかねーと思ったのだが、やはり例外はあるのだ。恥ずかしながらその作品は一つも読んでいないのだけど、勝手に自殺などしない人というイメージを抱いていた。それというのも、むかーし、とある雑誌で、彼女の友人が「トイレに立つ際にもわざわざ『おっしこしてきまーす』と明るく言うような、さばさばした性格の人だ」みたいな感じで紹介していたのが妙に印象に残っていたからだと思う。とにかくご冥福をお祈りしたい。
それにしてもうちへのアクセス数が急激に上がったのにも驚いた。例の「少女作家25年史年表」(id:d-sakamata:20040117)で一項目とりあげたものの、鷺沢萠についてはたいした情報はないんですがね。うーん……。
きょうは横山光輝が自宅火災で重体というニュースにも驚愕してしまった。著名人の不幸というのはどうしてこう立て続けに起こるのか。
#
と書いていたら、今夜遅くに亡くなったとの報が……ご冥福をお祈りします。
2004-04-14
■『綿矢りさと美少女文学“萌え”案内』だってさ
昨晩、とあるライターさんからのメールで、宝島社から綿矢りさ関連の本が出るという話を初めて知る。――って、何でうちにはそういう本の仕事の話が一つも来ないんだYO! と、思わず面識のないそのライターさんに返信でやつあたりしてしまったのだけれども。
で、とりあえず調べてみたら、宝島社からは5月下旬ぐらいにこんな本が出るらしい(この手の企画からすると別冊宝島からですかね?)。
http://product.esbooks.co.jp/product/bungei/top/cb?accd=R0027974
【本の内容】
『蹴りたい背中』が100万部突破の大ベストセラー作家“綿矢りさ”を徹底解剖!“綿矢りさ”完全プロファイリング、作品紹介等。
しかし『インストール』と『蹴りたい背中』のたった二冊でどうプロファイリングするというのか。当人へのインタビューがあるならまだしも、河出書房新社ががっちりガードしているともっぱらの評判になっているこの状況では、それもあまり期待できなさそうだし。何だか「綿矢りさ現象」のまわりをとりあえずぐるぐる回るだけでお茶を濁されてしまうような悪寒が……。
まあでも、こういう研究本*1が出るってことは、リッチーがカルト作家の道へと一歩を踏み出した(踏み出させられた?)ということなのかしら?
とりあえずこの件に関しては目下くわしい情報を収集中。
#
大きなお世話でしょうが、『綿矢りさと美少女文学“萌え”案内』の表紙は、男の子の背中のアップの写真を使って、その背中には小さく「蹴りたい」と書いてあったら面白いんじゃないかとふと思いました。あ、どうせならはてなで「はてな背中出し」という企画をやって*2、そっから使えそうな背中を選ぶとか(笑)。
*1:この手の作家研究本はいまでは『別冊宝島』の十八番といったところですが、80年代ぐらいだと北宋社がよく出してましたよね。村上春樹とか尾辻克彦とか。ルーツを探せば、『別冊新評』の「〜の世界」シリーズあたりでしょうか。
*2:参照:リスト::はてな○○出し
akichu
「りさたん萌え」本は別宝です。当たり!
d-sakamata
わーい当たった当たった♪ 上では何やかや書いてしまいましたが、きっと発売されたら速攻で買うと思います、「りさたん萌え本」。書いているメンバーが同じ別宝の『モーニング娘。バイブル』あたりとかぶってたら笑いますけどねー。
mass-no
「蹴られたい」でしょう、背中に小さく。
d-sakamata
「寝返りで背中を向けたのは君に蹴られたかったからなのかも」……と枡野さんには歌で返そうと意気込んでつくってみたものの、全然ダメですね。
2004-04-13
■緒方恵美結婚
http://www.yomiuri.co.jp/hochi/geinou/apr/o20040412_40.htm
相手は13歳も年下か! ということは25歳? 世代的にはエヴァはど真ん中だよなー。
■全国の書店員が一番売りたい本は…? ――「本屋大賞2004」決まる
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/gakugei/news/20040413k0000m040014000c.html
小川洋子の『博士の愛した数式』(新潮社)だそうです。しかしこれって本屋さんたちがどういうふうに選んだのだろうか。リストアップされた中から選んだのかな?
#
その後、仕事で四ツ谷まで出た際に書店を覗いたら、『本屋大賞2004』という『本の雑誌』の増刊を発見。何だ、主催は本の雑誌社だったのか。
http://best1.webdokusho.com/index.html
選考方法はやはり全国の書店員さんから三作ずつ推薦を募り、そこで上位10作までにランクインした本からさらに三作を選ぶというものだったみたいです。しかし最終的に選ばれた10作は何だか渋い*1ラインナップだなあ。第一次投票で選ばれた10作には『阿修羅ガール』とか『蹴りたい背中』なんかも入ってたんだけど(『シンセミア』が入ってなかったのはちょっと意外だった)。
■表題未定
さて、このあいだの土曜日(10日)に友人と見に行った上映会についても書いておかないと。いましばらくお待ちを。
*1:渋いというのはあまり適切じゃないかもしれませんね。時流に安易に便乗してないなというか、そんな感じかなあ。
akichu
本屋大賞、一次投票までは参加していたんですが二次投票はすっかり忘れていました。『シンセミア』、面白かったですか?
d-sakamata
『シンセミア』、恥ずかしながら、買ってあるもののまだ読了してません…(汗)。ただ、刊行時に文芸誌周辺で結構大きくとりあげられていたのに、何で本屋大賞ではランクインしなかったのだろうとちょっと不思議だったものですから。ちなみにakichuさんは第一次審査で何を推薦されたのですか? よかったら教えてください。▼ところで全然話は変わるんですけど、『CV』って売れてます? 何だか一通り読んだ感じだと、10代後半〜20代前半の年代にはちょっとこの内容ではとっつきにくいかなあと思ったんですが。
akichu
阿部和重は『インディビジュアル〜』しか読んだことがない私です。確かに話題になってましたよね、『シンセミア』。 私が第一次審査で推薦したものは『永遠の出口』、『ツ、イ、ラ、ク』、『デッドエンドの思い出』です。 『CV』ですが、発売当初は待ちに待ったという感じの人たちが多く買って行ったのですが、その後はぱったりと動きが止まってしまったように思えます。購入される方も、20代半ば以降、いや30代かな、くらいの年齢の方たちですね。
ykurihara
小川洋子『博士の愛した数式』、ぼくも自分とこに似たようなことを書いたけど「よく考えるとあざとい小説」(大森望『文学賞メッタ斬り』)で、数学の使い方ともども世間の高評価についてはちょっと「?」なんですが(数学プロパーの人も絶賛していたりするので、ぼくの見方が間違っているのかも)、リーダブルでかつクオリティの高いものを読んだという読後感をもれなく得られるというのが大きいんじゃないかと思いますねー。■阿部和重はたしかに名前は知れていて、新作が出ると話題にはなるのだけれど、実際に読んでる奴は意外と少ないんじゃないかという気がします、昔から。存外、マーケット狭いような。たとえるなら、はてな世論から受ける、『ファウスト』がいま文学シーンを先導しているってな錯覚に近いのではないかと(笑)。
d-sakamata
>akichuさん 本屋大賞では『永遠の出口』が3位、『デッドエンドの思い出』が7位にそれぞれランクインしてましたね。『CV』は何だかあんまり話題に上らないまま一ヶ月が経ってしまったという感じでしょうか。若い書店員さん同士の対談などなかなか面白かったのですが。創刊号以降は思い切ってもっと若手の起用を増やしてほしいところですねー。もちろん僕も含めて(笑)。▼>ykuriharaさん いや、僕なんかは『博士の愛した数式』の紹介文を読んで、単純に「あ、結構面白そう」とか思ってしまいましたよ。でもまあ、よく考えてみると、物語の設定からして「感動させてやるぞ」という作者の意図が感じられないこともないですけど。阿部和重についてはとりあえず、著作が売れてるのは青山ブックセンターとかリブロとかぐらいだと考えたほうが無難なのでしょうか。
2004-04-12
■モグタンキタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!*1
『スーパーテレビ・情報最前線』(日本テレビ)で放映された「浜崎あゆみ…光と影 25歳の絶望と決断」をついつい見てしまう。一言でいってしまえば自分の虚像と実像のあいだでカリスマ歌手が悩み続けたこの5年間――といった趣向のドキュメンタリーで、視点としてはさほど目新しいものではない。しかし、福岡ドームでのライブ直前のリハで舞台から転落し病院に担ぎ込まれ、一時は開催は絶望かと思われたものの、痛み止めを打ちけがを押してステージに立つまでの一部始終を追ったシーンなどは、あまりにもベタではあるがベタすぎるがゆえにうっかり感動さえしてしまった。東京ドームでの不死鳥ライブにおける美空ひばりを彷彿させられたほどだ。しかし尾崎豊は聴かれなくなった(らしい)のに、こういうのはまだ若い世代にウケる(んでしょ、やっぱり?)という状況がぼくにはよくわからない。単に加工の仕方や売り方の違いというだけなのか。はてはて。
浜崎あゆみについては最近、菊地成孔氏も書いていたっけ。ここまで来るとホメ殺しのような……。いや、菊地さんなりの真摯な批評だとは思うんですけど。
2004-04-11
■まずは
はてなサーバー移転を記念して書き込み。案外早かったですね。ただしアンテナのほうはまだ作動していないようですが。
■山本浩二が現役最後の年で、山田久志は清原に打たれるたび自らの野球人生が一年縮む思いを抱いていたころ、中日に移籍する前年の落合博満はやっぱりオレ流だった シャバダバ〜
『NHKアーカイブス』で放映された「NHK特集 清原と桑田 〜18歳の大物ルーキー〜」(1986年)を見る。スーパールーキーともてはやされながらも、いま見ると二人ともちゃんと18歳の顔をしていたんだなーと妙な感心をしてしまう*1。ただ、桑田が成熟というか成長というか老成というか、自然にいまの風貌になっていったという印象を受けるのに対し、清原はほとんど改造に近いものを感じる。これはボディビルを始める前とあとでの三島由紀夫の変貌とちょっと似たものがあるかもしれない。そういえば番組中、「愛用のバットを記者が踏んでしまった時、清原は珍しく『何をするんですか!』と声を荒げた」というナレーションがあったのだけれども、いま同じようなことがあっても絶対に「珍しく」なんて報じられないよな。
kokada_jnet
清原と桑田、「昭和のプロ野球」って感じで、懐かしかったです。インタビューするアナウンサーの口調がまた、昭和してましたね。必要以上にお上品で。
d-sakamata
平和台球場でしたか、木に登って球場の外から試合を観戦してる人たちなんかも出てきましたよね。ああいうのも今じゃまったく見られなくなった光景でしょうねえ。
2004-04-10
■はてなサーバー移転のどさくさにまぎれてこんな与太を一つ…
今週号の『ヤングサンデー』巻頭の相武紗季グラビアが良いです。ほー、近々主演映画が公開され、写真集も出るとですか。刊行記念にイベント開いてくれないかな。
それはそうと、相武という字面を見るたびに、西武とか東武みたいにそんな鉄道会社が実在するのではないかとつい妄想してしまいます。たとえばこんなふうに。
相武鉄道【あいぶてつどう】 東京都の府中と神奈川県の相模大野のあいだを結ぶ私鉄。大正12年に府中・南多摩(現中央大学前。現在のJR南武線の南多摩駅とは別の駅)間が開業した南多摩鉄道がその前身。昭和13年に本線が相模大野まで延伸したのを機に現在の社名に改称した。府中・相模大野間のいわゆる相武本線以外にも中央大学前(旧南多摩)・多摩動物公園間を結ぶ公園線(昭和33年開業)という支線もあったが、平成12年の多摩都市モノレールの多摩センター・立川北間の開通とともに廃止された。本来、相武は「そうぶ」と読まれるべきだが、旧国鉄の総武本線と区別するためかいつしか「あいぶ」と呼ばれるようになっていたというのが定説である*1。昭和19年には戦時統制で東急・京王・小田急・京急などと統合されたものの*2、戦後再び独立を果たした。小田急のロマンスカーや東武のスペーシアのような観光列車を走らせることもなく(例外として昭和30年代のレジャーブームの折に「いさみ」「そうじ」といった新撰組にあやかった臨時特急が日曜ごとに運行されたほか、昭和59年には多摩動物公園にやってきたコアラの名前にあやかり臨時特急「タムタム号」「トムトム号」が記念に運行されている)、長年地元住民の足として細々と営業を続けてきたが、昭和53年の中央大学の多摩移転にともない一時的に業績が上向き、宅地開発事業にも乗り出すもバブルの崩壊とともにあっけなく撤退。以来多額の負債を抱え、苦しい経営が続いている。しかし昨年、イメージキャラクターに相武紗季を起用し、「アイブのさきには何がある? ――80年目の相武です」というキャッチコピーでテレビCMを放映したところ、これが人気を呼ぶことに。その反響を受けて、同社は今春3月20日に臨時特急「さき」を走らせるとともに、相武鉄道の一日社長に任命された相武紗季が各駅でイベントを行ない、多くのファンを集めた。
「アイブのさきには何がある?」なんてことを17、8の女の子に言わせようとは、われながらそのオヤジ的センスに苦笑してしまいます……あははは。しかしアイドルヲタと鉄ちゃんというのは重なるもんなんですかね。そこらへんちょっと気になります。
ところで、ちょっとネットで調べてみたら、「相武電気鉄道」というのが本当に計画されていたんですね。
参照:http://www2.famille.ne.jp/~masa-tee/k_soubu/
もちろんこれは「あいぶ」ではなく、「そうぶ」と読むのでしょうが。
さて、ぼくはきょうは昼から友人と、アテネフランセで上映される小川紳介監督の『圧殺の森』と土本典昭監督の『パルチザン前史』を見てこようと思います(参照)。ちなみに『圧殺の森』というのは60年代半ばの高崎経済大学闘争の記録映画なんですけど、一緒に行くつもりの友人にはこの闘争史についてぼくのミニコミ誌『ZAMDA』に連載してもらっているのです。ああ、次号の編集にもいいかげん力を入れないと……。
2004-04-09
■栗原さんに補足、というもんでもないかもしれませんが…
http://d.hatena.ne.jp/ykurihara/20040409#1081446407
「新人類的オザキ観」といえば、こんなものもありました。
編集部 原(律子)さんがマンガを描かれるとき、これだけはやりたくないな、ってこと、ありますか。
原 そういうこと考え出すと、アイデア浮かばないんだけど……昔の人みたいにムリヤリ見てる人の感情盛り上げてやろうとか、ムリヤリここで泣かすんだとか、そういうのって、もうダメだと思う。こんなこと、同じぐらいの年齢の人なら一人残らずわかっていてもよさそうなのに、そうでもないのがたいへん不思議で。
遠藤(雅伸) 「見栄講座」が面白かったのは、あれ、わかる人が見れば笑えるんです。だけど、わかってない人が見ると、なるほどこうやるのか、って本気で思っちゃう。
中森(明夫) 直球を避けるってことで言えば、女の子と付き合っても「愛してるよ」なんて言わないじゃない。(中略)でも、ああいうのはなんなんだろう、尾崎豊とか渡辺美里のいわゆるマジメなメッセージソング。*1
原 いまだにフツーの音楽に入っていけない人が聞くとか。
遠藤 ウソだってわかるからじゃない。文章だとクサいことでも、歌だと軽く「歌だよ」と言えちゃう。
中森 言葉が歌になると、もう意味が違うんですね。♪あいーしてるよ〜って歌えば違ってくるように。
ちなみにこの座談会に出席しているのは全員、85年に『朝日ジャーナル』で連載された「新人類の旗手たち」に登場している人たちです。それを考えると、87年の新春号というのはちょっと遅いんじゃないかという気もしますが、要は86年にこの連載が朝日文庫で単行本化され、また新人類が流行語になった(86年末の新語・流行語大賞では流行語部門の金賞にも選ばれている*2)ということで企画されたもののようです。まあ、そんなことでもなければこのメンバーで集まることなんてなかったでしょうけどね。なお、この座談会では、『朝ジャ』に登場したことについて、樋口さんが「あれに出てから仕事が減った」と愚痴ってたり、中森さんは写真撮影の際に「吉川晃司みたいに」と頼んだら、メイクさんが吉川晃司を知らなくて、キヨシローにされてしまったとか、そんなとほほなエピソードも明かされています。
2004-04-06
■なんとかなるでショか?
いま抱えてる原稿で参照するため探しているのだけれど、江口寿史のマンガで「作品を読んでもいないくせに島田雅彦ファンな女」というネタがあって、それが一体どの単行本に載っていたのか思い出せないでいる。94年ぐらいに書店で平積みになっているのを立ち読みした覚えがあるので、たぶんそのころに出た本だと思うのだが……とりあえず昨日、古本屋で『寿五郎ショウ』と『江口寿史のお蔵出し』を買ってきて探してみたものの、見事にハズレだった。文藝別冊で出た『総特集 江口寿史』の全単行本解題を見たところ、あとは『なんとかなるでショ!』か『THIS IS ROCK!!』あたりがくさいとにらみ、早稲田・鶴巻町の現代マンガ図書館にでも行って調べようと思っていたのだが、あいにくきょうは火曜で休館日。ぎゃふん。
しかしマンガの単行本っていざ読みたいと思っても、図書館にもほとんどないし困ってしまう。こうなったら石原慎太郎に都立マンガ図書館でもつくってもらうしかないか。中原昌也によれば、いまや日本国民が誇れるのは「慎太郎!マンガ!」ぐらいしかないみたいだし(これについてくわしくはこことかこことかここを参照)。
六
はじめまして。何時もこっそり見ております。お探しの話はなんとかなるでショにあります。最後はノロけて終わりますが、水谷麻里の事なんだろかとずっと気になっております。
d-sakamata
教えていただき、ありがとうございます! さっそくネット古書店で『なんとかなるでショ!』を注文しました。江口寿史が水谷麻里と結婚したのはもう15年ぐらい前なので、たぶんそのマンガが描かれたころには彼女とつき合っていたのでないでしょうか。たしか二人の馴れ初めは『投稿写真』での対談なんですよね。ご本人は隠してらっしゃるようですが(笑)。
六
いえいえ、こちらこそ以前にタモリ倶楽部のBGMの件でリンクして戴いて、訪問者が急に増加いたしまして、その節は有難う御座いました。お役に立てて光栄のイタリーです。
2004-04-05
■城壁都市としての空港
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20040405i512.htm
小泉首相が、今月1日をもって「成田国際空港」と改称され東京からめでたく独立を果たした(その内実は、以前にも書いたように「処分」に近いような感じもするけど……)成田空港のテロ対策の現状を視察。まあ成田空港*1というのは、その特異な歴史ゆえに開港以来、つまりは9・11よりもずっと前から厳重なテロ防止策を実践してきた空港に違いないはずなんだけど。だいたい入場するだけで身分証明書の提示を求められる空港って、9・11以前にはここだけだったわけでしょ。
そういえば最近、鈴木慶一が父親(新劇俳優の鈴木昭生)などと自らの生い立ちについて語った本(鈴木慶一『火の玉ボーイとコモンマン』新宿書房、1989年)を古本屋で見つけて読んでたら、彼の生まれ育った羽田について次のような話が出てきて興味深かった。羽田は言うまでもなく空港を抱える街ではあるけれども、地域と空港にはものすごい格差があるというのだ。たとえば東京オリンピックの際には、近所の住民がステテコとランニング姿で周辺を歩きまわることに対し、国際空港なんだからそんなことはやめろと空港側から苦情が出たという。さらに、米軍基地のある街との比較でこんな話も出てくる。
昭生 ……羽田っていうのはまるで植民地みたいなところだな。
慶一 ただ具体的に支配しているやつの姿は見えない。だから米軍基地がある街の植民地的雰囲気とは違う。/たとえば基地周辺出身のミュージシャンの持つ雰囲気とは、僕はだいぶ違うはずだ。パンタはそうだよ。あいつは所沢で生まれて、おやじが基地で働いていたもんで基地の近くに住んでいて、GIにハーモニカ習っちゃってるやつだからね。ここでは、そういうアメリカ文化との肉体的なつきあいというのはない。アメリカ文化っていっても、まるで飛行機みたいに、さあっと飛んでいってしまうんだ。……/ここだとスチュワーデスを見かけただけで大騒ぎ。この近くでスチュワーデスが車にひかれたっていうんで大変な騒ぎになった。羽田という街はそういう田舎みたいなところがある。
昭生 空港関係の人は蒲田周辺や銀座、横浜で飲むんだよ。だからここらは無風地帯。
慶一 みんな通り過ぎていってしまうんだ。
昭生 空港は近くだけど隔たっている。だいたい空港線なんていってるのはインチキでさ。羽田空港という駅(現・天空橋駅 ――引用者注)で降りる、そしたら誰だって目の前に空港があると思うじゃない。だけど降りるとそこは空港なんかじゃないんだな。川を隔てたはるか向こうに羽田空港が見える。そのことが地域と空港との関係を示しているよ。
慶一 空港の乗客はこんなところは通らず、モノレールでまっすぐ都心へ向かうわけだし。
いわば基地のある街が城下町的な都市だとするなら、空港というのはドイツなどに見られる城壁都市に近いものがあるのではないか。ようするに羽田空港=羽田、あるいは成田空港=成田ではけっしてなく、羽田空港や成田空港自体がもはや一つの都市なのだ。9・11以降、そうした空港の性格は、全世界的にさらに露骨なものになっているといえるだろう。
そう考えるとかつての羽田闘争や成田闘争というのは、城壁都市に対する一種の戦争というふうに捉えることもできるかもしれない。そういえば、以前、id:d-sakamata:20040227のコメント欄で、id:kokada_jnetさんから中沢厚の『つぶて』に成田闘争のために反対派の運動家がつくった投石機(結局使われないまま警察に押収されたようだが)のことが紹介されていると教えていただき、さっそく本屋で『つぶて』を立ち読みしてみたのだけれども、掲載された写真を見てやはり中世ヨーロッパの戦争で使われた武器みたいだなという印象を受けた。こういった原始的な武器をもって現代技術の結集である空港に戦いを挑んだのが成田闘争のユニークなところだ。
【写真は成田空港を取り囲む塀。2002年、筆者撮影】
*1:成田空港関連でいえば、『10+1』の最新号(No.34)で小田マサノリが成田闘争についてとりあげている。それを読んで少し気になったのは、闘争の経緯を記した箇所で、1971年9月に行なわれた第二次強制代執行で3名の機動隊員が死亡したという事実が出てこないという点である。たしかにこの文章の文脈からすればこの事実を記すことはやや唐突な印象を与えてしまうかもしれないが、注釈で一言触れておくということもできたのではないか。だいたい第二次強制執行直後に自殺した地元の青年・三ノ宮文男について書かれているのに、一方の死者について一切触れられていないのはどうにも不自然な気がしてならない。
kokada_jnet
『火の玉ボーイとコモンマン』、懐かしい本です。まだ、鈴木さえ子と夫婦だった頃の話で。私もこの本の羽田の話、印象に残ってます。それと、新劇俳優の父親との噛み合わない会話も。
d-sakamata
鈴木慶一の父親が新劇俳優だったというのは、この本を読んで初めて知りました。上で引用した箇所のすぐあとには、学生運動華やかりしころの羽田の話も出てきますね。二人とも電車がなくなると線路を歩いて家まで帰っていたとかいう話など面白かったのですが。
2004-04-04
■行列並ばせても 世間に媚びちゃいけない!*1
福家書店の銀座店で写真集『レアモノ』の刊行を記念して開かれた推定少女のサイン会へ。あいにくの雨模様ながら久々の推定関連のイベント参加に胸をはずませていたのだが、自分の番が来る直前、ほかのファン相手に彼女たちがしていた行動を見て絶句。このイベントではサイン本とともに、「特典」ということで彼女たちの着ていた「衣装の一部」が渡されると事前に告知されていたのだけれども、何とそれを渡す方法というのが、彼女たち自身がその場で着ている制服のスカートをジョキジョキとはさみで切り取ってそれをそのまま渡すというものだったのだ(参照)。いや、まあRinoのセーラー服姿を見られたのはよかったし、この手のやけっぱちのパフォーマンス*2もけっして嫌いではないんだけど、何か間違っているような気がしてならなかった。ひょっとして、これは実は断髪式みたいなもので、彼女たちの解散を暗示したものなのか!? いや、違うと信じたいけど……。
肝心の写真集のほうも、彼女たちの水着姿はたしかに「レアモノ」なんだけど、推定だったらもっと面白いことやれたんじゃない? というのが正直な感想。このままだとおれ、HALCALI(実はもう昨年末の恵比寿でのライブに行ってたりして)やPerfume(実はもう再来週の石丸ソフトワンでのイベントの参加券を入手してたりして)のほうに行っちゃうぞ。とりあえず今度は『推定学園26時』のDVD発売時に期待。
■本に恩返し。――ブック・恩*3
サイン会が一瞬にして終わってから、銀座からちょっと足を伸ばして築地へ。いまでも牛丼(しかも和牛の)が食えるという吉野家の築地本店を雨の中探しまわったのだが、結局見つからず。でもあとで改めて調べてわかったのだけど、たとえ見つかってもこの店舗は13時閉店なので、どっちにしろ夕方に築地に来たぼくは牛丼にありつけないことに変わりはなかったみたい。結局、牛丼ではなく、ふらりと入った築地市場前の海鮮丼屋であじ丼を食べる。
その後、築地市場前から都営12号線に乗り東中野経由で帰路につく。東中野のブックオフで中上健次のエッセイ集『時代が終り、時代が始まる』を買う。1100円也。どうでもいいが、ブックオフが反感を抱かれている一因には、その店の名が「本をオフにする」というネガティブなイメージを想起させるからというのもあるのではないか。どうせなら、梨を有りの実、スルメをアタリメと呼ぶ要領で、「ブック・恩」とかそういう名前に変えればいいのに*4。
■夏目宝石は夏目漱石になれたのか?
『週刊朝日』の「山藤章二の似顔絵塾」を見てたら(ぼくはこの連載を毎週コンビニで立ち読みしている)、ビートたけしに夏目漱石の扮装をさせた似顔絵があって、これに対して塾長の山藤が「たけしに漱石のイメージを見出したところに感心した云々」みたいなコメントを寄せていたのだが、ぼくがその絵を見て真っ先に思い出したのは『ビートたけしの学問ノススメ』という、ちょうどいまから20年前に放映された連続ドラマだった。というか、おそらくこの絵を描いた人もあのドラマを意識して描いたのだと思うんだけど、山藤先生はそういうドラマがあったことを忘れてしまったのかな?
ネットで検索してみると、このドラマについては全話のストーリーを紹介したページがあった。
http://touhei.hp.infoseek.co.jp/tv/gakumonno_susume/
ああ、小学2年だった本放送時にも再放送(中学か高校のころかな)を見てた時にもまったく気がつかなかったのだが、久世光彦が演出してたのか。たけし=夏目宝石の兄・胆石をイッセー尾形が演じていたこと*5や生徒役で渡辺えり子(当時29歳で中学生役というのが笑えます。ドラマ終盤では脚本も手がけていたのね)が出ていたというのは覚えていたものの、母親役が木内みどりだったってのは知らなかった。思えば『寺内貫太郎一家』で30歳そこそこでおばあちゃん役を演じた樹木希林(当時は悠木千帆か)といい、久世ドラマには俳優が実年齢と大きくかけ離れた年代の役を演じるというのが目立つ。いまこういうことをやってるドラマってほとんどないよなあ、と変なところで感心してしまう。
ところでこのドラマが放映された直後の1984年11月には福沢諭吉や夏目漱石の肖像が入った新紙幣が登場している。ようするにこのドラマのタイトルや登場人物の名前はそれに合わせたものなのだが(ドラマ中、たけし演じる宝石の実家に夏目漱石の写真が掲げられていたのが子供心にやけに印象に残っている)、主演のビートたけしが文化人として扱われ出したのもちょうどこの時期だったのではないか。たとえば直木賞を狙うと宣言して小説を書き始めたのも、前年の『戦場のメリークリスマス』出演を機に映画を撮ることを彼が本気で考え出したのもおそらくこのころだろう。それに加えて、当時反核をめぐって埴谷雄高と吉本隆明が展開していた論争について、たけしが『朝日ジャーナル』誌上から「吉本、バカになれ!」とエールを飛ばしたのもちょうどこの年のことである。そういえば昨年出た竹内洋の『教養主義の没落』(中公新書)は、60年代以来の知性の内乱・教養主義への反乱はビートたけしが最終的に完結させたのではないかと、このできごとを象徴的にとりあげていた。そんな反教養主義の旗手、あるいは新たなオピニオンリーダーとしてまつりあげられようとしていたたけしを、ダメ教師役に抜擢したこのドラマのスタッフ(というかおそらく久世光彦ではないか)というのは目ざとかったなーといまさらながらに思う。
それにしても三億円事件の時効成立直前に放映された『悪魔のようなあいつ』といい、久世作品には結構こういうタイムリーな企画が多い(『悪魔のような〜』は主題歌の「時の過ぎゆくままに」がヒットしただけでちっとも視聴率がとれなかったらしいけど)。しかし『悪魔のようなあいつ』のように現実の事件を題材にして奔放に想像力を膨らませたドラマっていまないよなあ。事件を題材にしても関係者に配慮しすぎてどれもこれも全然つまらないものになっちゃってるというか。そろそろグリコ・森永事件あたりを勝手に解釈してドラマをつくったら面白いと思うんだけど。もちろん犯人は宮崎学親分だったというお話でね。ジャンジャン。
*1:これは推定少女の「少女の裏側」の歌詞のもじり。ちなみに元の歌詞は《行列並んでも 世間に媚びちゃいけない?》というもの。
*2:ようするにぼくは、女の子たちがギリギリの状況に追い込まれて、いきなりわけのわかんないことをし始めるというのが好きなのだ。たとえばモー娘。が「ラブマ」を『ASAYAN』で初披露した時の、「何じゃこりゃ!?」感はいまだに強烈に覚えているし、推定にもそういうものを期待してるところはあるのだが。
*3:なんてキャッチフレーズを清水国明が口にしたらいかにも偽善くさくなりそう。
*4:まったくの余談だが、「エロ本の殿堂・芳賀書店がBOOK OFFに対抗してその店名を『BOOK ON』と改称!」てなネタを以前つくったことがある。そんなネタ、田中康夫の「東京ペログリ日記」でも読んでなきゃわかんねえっつーの。
*5:優秀な二人の兄を持つダメな末っ子という設定は、実際のたけしとダブって面白い。
ykurihara
「彼女たち自身がその場で着ている制服のスカートをジョキジョキとはさみで切り取って」←いにしえのオノ・ヨーコのパフォーマンスを彷彿とさせますね。客に切らせるってことにすれば、まんまだったのに(←この方がやけっぱち指数高いし)。
d-sakamata
オノ・ヨーコが先にやってましたか。しかし客が順々にスカートを切っていくとなると、ますます断髪式じみたものになりそうですね。
yoshimoe
ちょくちょく拝読させてもらってます。今回の推定の写真集も2年前の撮影したものを今ごろ商品にしてますからね(涙)。現在進行形の活き活きした推定少女の魅力を見せる路線にまだまだ期待したいところですけど。その点で、先月の推定少女のバスツアーは好企画だったと思います。http://d.hatena.ne.jp/yoshimoe/20040320
d-sakamata
yoshimoeさんの日記を拝読して、バスツアーに行かなかったことをちょっと悔やみました。個人的には『推定学園26時』の時間拡大しての復活と、昨年の8月に渋谷で毎週やっていたようなライブをまたやってくれないかなーと思うのですが。とにかく最近、推定少女の露出が少ないので、もっとリアルタイムで見せてくれい! というのはありますね。







