2009-01-28
「空から女の子」小説
『ガールズ』
■ 美由紀
世界の在り方を根底から変えてしまった大災厄『雨の日』。元建設作業員のエイ氏は、あの日空から降ってくる声を聞いた。そして、三年たった今でも、エイ氏はその声の呪縛にとらわれている。
「おーい、でてこーい……」
エイ氏は呟く。それから濁った瞳で、暗い空を見上げる。不意に、エイ氏は誰かの声を聞いたような気がした。そして、
「出ちゃダメえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
空から女の子が降ってきた。エイ氏めがけて。
■ 助手
助手は回転している。研究室に、博士の高笑いが響き渡る。
「ぶわっはっはっはっ!!ついに……ついに完成したぞ!長年追い求めてきた永久機関!」
「はぁ」
助手は回転している。体育座りの姿勢で。頭にトーストを乗せて。
「落下するトーストは必ずバターを塗った面から落ちる!落下する美少女は必ず尻から落ちる!ふたつの相反する選択的重力の法則から生まれた『少女‐トースト装置』!どうかね助手君、偉大なる科学の歴史に新たな1ページを刻んだ感想は!!」
「はぁ、死にたいッス」
助手は回転している。
■ エス子
日本最大規模の磁気人間組織、『放課後電磁波クラブ』において、「十年に一人の天才」と謳われたエヌ氏は、それでも、常に自分の能力を制限して生きてきた。
彼は、自分の力の限界を知りたかった。そしてその日、彼は鳥取の広大な砂丘にいた。乳首と局部のみを、かろうじて覆ったV字型の水着――『放課後電磁波クラブ』の由緒ある正装だ――を、汗でしとどに濡らしながら、エヌ氏は己の磁力を開放した。
不意に、エヌ氏の磁力に反応するものがあった。はるか上空から、何かが引き寄せられてきた。
「これは……S極人間のS磁力か!……しかし何と強大な『力』!しかも天然……己の『力』に気づいておらぬ原石……!まさに百年に一度の逸材!素晴らしい、素晴らしいぞぉぉ!!」
エス子は飛行機に乗っていたが、強いN磁力に引かれるまま、空に放り出されていた。
砂丘めがけて落下するエス子は、手を広げて待ち受ける、V字ビキニの男を見た。
「ようこそ『放課後電磁波クラブ』へ!!」
「いぃぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
一年前のことである。
■ アンちゃん
高度10,000メートル。少女は落下していた。
「――うん、だからもうすぐつくよ」
『了解、じゃあそろそろ、お鍋の用意はじめるね、アンちゃん』
携帯電話の向こうから聞こえるケイの声に、少女は小さく微笑む。
アンゴルモアの大王だから、アンちゃん。ケイがくれた名前だ。その子供っぽさが、少女には好ましかった。
「……でも、私が行ったら、ケイ君怖がるかもなぁ。私、恐怖の大王だし。ケイ君怖がりだし」
『うーん……怖いのは嫌だなー』
ケイの口調があんまり真剣で、少女は吹き出してしまう。『笑わないでよぅ』ケイが拗ねたように言う。少女は親しい、愛おしい気分を覚え、自分がケイの姉であったら、と強く思った。
「大丈夫、ケイに怖い思いなんて、絶対させないから」
高度9,000メートル。少女は誓った。
「ケイは私が守るから」
■ Girls
空から絶え間なく降り注ぐゴミの中に、核爆弾があることに気づいたのは、某研究所の博士だった。博士の計算は、この国の命運が、あと一時間で絶えるという答えを導き出した。
「くそっ、せっかく永久機関ができたというのに……。無限の電力があっても、それだけでは核は止められぬ……」
「大変ッスね」
博士が頭を抱えるその横で、助手は回転している。
そのとき、研究所のドアが勢いよく開かれた。
「私たちに!」
「お任せあれ!」
一組の男女が入ってきて、力強くそう言った。赤と青、色違いのV字型ビキニをそれぞれ身に着けている。
「私たちは『放課後電磁波クラブ』です」
「われら二人の磁力、必ずや博士のお役に立つでしょう!」
「なんということだ……神はまだ、私たちを見捨てていなかった……」
博士は大急ぎで計画を立てた。永久機関による電力と、エヌ氏、エス子女史による磁力とで電磁場を発生させ、空間そのものを振動させながら、核爆弾を大気圏外まで押し戻す、というものだ。
「……成功する確率は、きわめて低いだろう。しかし、この国の……いや、この世界のために、協力してほしい」
博士の言葉に、エヌ氏とエス子女史は頷いた。
核爆弾は、もう視認できるところまで近づいていた。博士とエヌ氏、エス子女史は、その不吉な影を睨み付ける。助手は回転している。
「電力放射装置、オン!」
「よし……いくぞエス子!」
「任せて!」
三人の声が重なる。同時に、核爆弾の周囲に巨大な電磁場が発生し、その落下運動が止まった。
「いける!?」
「いや……っ」
無限に等しい電力と磁力で構成された電磁場は、しかし、核爆弾を押し戻すまでにはいたらなかった。電磁場の網は、じわじわと食い破られつつあった。
「い、いかん……、助手君!出力をあげるんじゃ!三倍回れ!」
「バカじゃないッスか!?バッカじゃないッスか!!?」
『放課後電磁波クラブ』の二人も、もはや限界だった。崩れ落ちそうな身体を、お互いの磁力で支えながら、電磁場を保っていた。
「もう……ダメだ……!」
エヌ氏の心が、絶望に折れかけたそのとき――
「え――」
電磁場が、一瞬のうちに、爆発的に膨張した。核爆弾は遠ざかり、そして空の果てへと消えた。空には、電磁場の残滓が、オーロラとなって浮かんでいた。
「これは……」
「き、奇跡じゃ!」
「やった……やったんだぁぁぁ!!」
涙を流して抱き合う博士とエヌ氏をよそに、エス子女史は、呆然とオーロラを見つめていた。
あの瞬間、彼女は確かに感じた。いや、聞いたのだ。電磁波の振動エネルギーに、ほんのわずかに混じって届いた、空間の「ゆらぎ」。それは音ではなくとも、間違いなく「声」であった。
『ごめんね、ケイ。でも、私が絶対に守るから』
一体、あれは何だったのか。ただひたすら切なげな電磁波のゆらぎに、エス子女史は人知れず、涙を流した。
■ 美由紀
同時刻、エイ氏は空から落ちてくる女の子に、目を奪われていた。
正確には、そのスカートの内側に。
「み、水玉っ!!」
「出ちゃ、出ちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
避けるまもなく、少女の水玉はエイ氏の顔面に衝突し、エイ氏は水玉に顔をうずめたまま、転倒して後頭部をしたたか打ち付けた。
「あぁぁ出ちゃっ……で……あぁぁぁ……」
少女の悲鳴が萎んでいく。エイ氏は顔面に、生暖かい水分が降り注ぐのを感じた。
(雨が降っている――)
エイ氏は思って、そのまま気絶した。その表情は、不思議と晴れやかだった。