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2011/09/17 (Sat)

[]『寄宿生テルレスの混乱』 ムージル(著) 丘沢静也(訳) 光文社古典新訳文庫 『寄宿生テルレスの混乱』 ムージル(著) 丘沢静也(訳) 光文社古典新訳文庫 - 録 を含むブックマーク 『寄宿生テルレスの混乱』 ムージル(著) 丘沢静也(訳) 光文社古典新訳文庫 - 録 のブックマークコメント

寄宿生テルレスの混乱 (光文社古典新訳文庫)

寄宿生テルレスの混乱 (光文社古典新訳文庫)

引用したいような文章が大量にあちこちに散りばめられていて、まだ50ページそこそこしか読んでない時点で、この本ほしいなあとすでに思った。

えーと読んでてじんわり汗が出てくるというか。『デミアン』読んでた中学時代を思い出すというか。

ジルベールがいない『風と木の詩』みたいな。のりすはーぜ色の濃い竹宮惠子の一連のヨーロッパ舞台の思春期少年ものみたいな感じ。というか、のりすはーぜ、この本好きでしょ?

これ書き終わったときムージルは25歳だったそうだけど、読んでるとクリアに中学とか高校時代の自分を思い出す。いたたまれないほどに。25くらいのときにはもうわたしにはここまでクリアに思い出すことができなかった、と思う。

勝手に引用

 テルレスはすっかりこの連中の影響下にあった。以下に述べるような精神状態だったからである。つまり、テルレスの年齢だとギムナジウムでは、ゲーテや、シラーや、シェイクスピアを、もしかしたらもう現代作家なんかさえ読んでいた。そしてそれらが消化不良のまま指先から出てくる。ローマ悲劇が書かれ、じつに過敏な抒情詩が書かれるのだ。何ページにもわたる句読点の衣装を、やわらかいレースの透かし編みのようにまとって、抒情詩がこちらに歩いてくる。そういう文章は、それ自体は滑稽なものだが、精神が安全に発達するためにははかりしれないほど貴重である。なにしろ外からやってきた連想や、借り物の感情のおかげで、若者は、その年頃の、危険なくらいに柔らかい魂の地面を通過することができるのだ。その年頃の若者は、自分自身にたいして何者かでなければならないのだが、まだ未完成なので、実際には何者でもない。後になってその年頃の痕跡が残っているか、残っていないかは、人によるけれど、そんなことはどうでもいい。もうみんな自分と折り合っているのだ。危険なのは移行期の年齢のときだけである。もしも移行期の若者が自分の滑稽さを思い知るようなことがあれば、その足もとから地面がくずれ落ちるかもしれない。目を覚ました夢遊病者のように墜落するかもしれない。突然、からっぽしか見えないのだ。(pp.20-21)

 悪習に染まっていたわけではない。実行するときには、始めることにたいする抵抗感と、まねくかもしれない結果にたいする不安で、いつもいっぱいだった。想像だけが不健康な方向にもっていかれていた。1週間のうち毎日がしだいに鉛のようにテルレスに重たくのしかかってくると、からだを腐食するような刺激がテルレスの気持ちをそそりはじめた。ボジェナを訪ねた記憶から独特の誘惑が生まれた。ボジェナはとんでもないほど下品な人間に思われた。ボジェナとの関係、そのときテルレスが味わった感情は、自己犠牲の残酷な儀式のように思われた。テルレスは刺激された。なにもかも置き去りにしてしまいたくなった。それまで自分を閉じ込めていたものを。特権的な立場を。植えつけられてきた思想や感情を。なにももたらしてくれず、なんの印象もないすべてのものを。テルレスは刺激された。裸になって、すべてのものを剥ぎ取られて、猛烈なスピードで走って、その女のところへ逃げこみたくなった。

 それは、たいていの若者の場合と変わりがなかった。そのときボジェナが清潔で美しく、テルレスがボジェナを愛することができたなら、テルレスはボジェナに噛みついていたかもしれない。官能の喜びをふたりにとって痛みにまで高めていたかもしれない。というのも、大人になりかけの人間の最初の情熱とは、ひとりの女にたいする愛ではなく、みんなにたいする憎しみなのだから。自分が理解されていないと思うこと。そして世間を理解していないこと。そのふたつのことは、最初の情熱にくっついているものではなく、最初の情熱のたったひとつの、偶然ではない原因なのだ。そして情熱そのものが逃亡なのだ。逃亡しているときにふたりでいることは、二重の孤独を意味しているにすぎない。

 最初の情熱はどれもほとんど長続きせず、苦い後味を残す。思い違いであり、失望なのだ。後になると、そのときの自分が理解できない。なんのせいにしたらいいのかわからない。なぜか。このドラマではたいてい人間はおたがいに偶然の存在だからだ。逃亡中の偶然の道連れ。情熱が冷めると、もう相手のことがわからない。気がつくのはおたがいの対立ばかり。共通点に気がつかないからだ。

 テルレスの場合、ちがっていたのは、ひとりぼっちだったという理由にすぎない。年配の下品な売春婦は、テルレスのなかにあるものをすべて目覚めさせるということはできなかった。しかし女ではあった。だから、熟しつつある芽のように結実の瞬間を待っているテルレスの心のなかの部分を、いわば早めに表面に引きずり出したのである。(pp.60-62)