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2017-10-15

とくに買いたいモノはないけど、とりあえず5000兆円欲しい人のための経済学

Twitterで5000兆円欲しい!というネタが流行っていたが、その金で何を買いたいか誰も話しておらず、みんな夢がないなあ、と思った。とはいえ、とりあえずお金が欲しい、将来が不安だからいっぱい欲しい、できれば5000兆円欲しい!という気持ちはよくわかる。というか、実際そうなのかもしれない。すべての家計がとりあえず5000兆円分の日本円を欲しがっているが、とくに買いたいモノ(財・サービス)はない、と仮定すると日本経済をうまく説明できる可能性がある。


1.モノの市場の需要と供給

  • 主流派のマクロ経済学では、買いたいモノがない、という状況は短期的にはありえても、長期的には解消される(はず)、と考える。どういうことだろうか。まず、買いたいモノがないということは、正確にいうと、買いたいほど魅力的なモノが売っていない、ということであり、さらに言うと、魅力的なモノが手頃な値段で売っていない、ということである。モノの売り手としては、お値段そのままで魅力的な新商品を開発するか、価格を下げて買ってもらうようにするしかない。
  • すなわち、モノが売れないという、そのモノの需要に対して供給が過剰になっているという状態(=モノの需要不足の状態)は、長期的には、モノの品質上昇か価格下落によって需要と供給が一致するところまで調整が進み、やがて解消される。

2.資産の市場の需要と供給

  • 一方、買いたいモノがないけど、5000兆円欲しい人は何を考えているのだろうか。この家計は、給料がATMに振り込まれたら、必要最低限のモノを買う分以外は、なるべく消費せず、貯蓄に回そうとする。なにせ5000兆円もの大金が自分の銀行預金口座にあるのを見ないと満足できない人たちだ。不要不急の消費はなるべく避け、できるだけ預金に回さないと安心できないのである。
  • そうすると、モノの市場の需要不足(供給超過)は長期的に解消することが仮に正しいとしても、見通せる将来にわたっては、いつまでたっても需要不足は解消せず、所得は延々と預金に回されることになる。すなわち、モノの市場の需要不足と、資産(日本円、銀行預金、国債、有価証券等)の市場の需要超過(いわゆる「金あまり」)が同時に発生する。

3.貯蓄超過となった企業

  • とはいえ、モノを買うのは家計だけではない。企業もまた、将来時点でより儲けるために、工場を買ったり、オフィスを広げたり、機械化投資を行う。こうした企業の支出(設備投資)によって、モノがばんばん購入されるのであれば、モノの市場での需要不足は起こらないはずだ。とりわけ、企業は銀行や投資家から資金調達して設備投資を行う主体であるはずなので、金あまりで金利も安くなっているのだったら、がんがん設備投資するはずだろう。
  • しかし、企業が設備投資するのは、あくまでも将来「家計がモノを買ってくれる」ことが前提になっている。設備投資は、そのような楽観的な売上見通しを立てられるような時期にのみGOサインが出せる挑戦なのだ。そうすると、現在も「家計がモノを買ってくれる」景気のいい時期に自ずと限定されてしまう。例外的には、家計が今モノを買っていないけど、将来(人口が増えるといった理由で)モノを買うようになる、と予想できる場合は別だが、このケースはあまり存在しない。
  • 実際、資金循環統計をみると、1998年度から、企業は貯蓄超過の主体となってしまった。国際的にみても異常事態である。上場企業に占める実質無借金経営企業の割合も年々増加し、5割を超えている。賃上げによって労働者に分配もせず、増配・自社株買いによって株主に分配もせず、ひたすら現金をため込む、要塞化する企業の出現である。
  • 脇田成「賃上げはなぜ必要か」によれば、1997〜98年の金融危機時に銀行による貸し剥がしを経験したのがトラウマで、「借金を返し貯蓄を積み増して、細く長く行こう、と企業幹部が思っている。この状況で1社だけが思い切って大規模投資をしても報われない。金融危機の後遺症が大きく、羹に懲りて膾を吹く」*1状態だという。しかし、そうした金融危機の後遺症がこれほど長引いている背景としては、「とりあえず5000兆円欲しい家計」の存在と、モノの市場の恒久的な需要不足が挙げられるかもしれない。

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2017-09-30

オックスフォードで日本食難民にならたいめのガイド

I'm Japanese

こんな自己主張の強い店、絶対日本人がやってないだろ……と思いきや、ちゃんと日本人が経営してて驚きを隠せない。からあげ弁当は、ふっくらとした白米と、完全に日本クオリティのからあげが堪能できる。惜しむらくは、昼間しかやっていないことか。

WAGAMAMA

「久しぶりにだしがきいていないラーメンを食べた」「日本料理が魔改造されている」と評判は散々だったが、いざいってみるとけっこう美味しい。とくにSHIRODASHI RAMENは底堅い美味しさ。余談だが、たまに店員のテンションが高い。

「飲み物は?」「なしでいいです」「お水も要らないのかい?」「あ、じゃあお水で」「お茶もあるんだぜ〜?」「あ、じゃあお茶で」「お水とお茶、どっちも無料でどっちも頼めるんだぜ〜?」「アッハイ」

といったことがあった(結局どっちも頼んだ)。

わさび

間の抜けたひらがなのフォントが哀愁を誘うが、カツカレーは普通に食べられる。さっとテイクアウェイできるように、携帯容器に入っているので、イートインの際はなんかファーストフード感が漂うのが微妙か。

ITSU

うどんは、なんか薄い味。はなまるうどんのようなコシを期待していくと失望に終わる。

TAILOR'S

日本食ではないが、パニーニとサンドイッチが超絶うまい。とくにパニーニは、香ばしいパンととろけるチーズとそれだけで底堅いのに、その他諸々の具材が素晴らしい。サンドイッチ系はぱさぱさでまずいと聞いていたが、この店は完全に英国離れしたパフォーマンスをたたき出している。毎日通える美味しさが、そこにある。

(随時更新)

2017-08-12

ただのポスドク残酷日記じゃない。もっと恐ろしいものの片鱗を(以下略)――前野ウルド浩太郎「バッタを倒しにアフリカへ」

面白かったです。いまだにバッタが大量発生して穀物被害が生じているということも知らなかったし、ファーブル昆虫記にはまって昆虫学者を目指していたら人生が修羅になったというポスドク残酷日記としても学びがあります。博士号とってもなかなか安定しない、研究もままならない、みたいな話は聞いてはいましたが、ここまでシビアだとは思いませんでした。まあ、著者はバッタの研究という、日本においては、ニーズ?なにそれ? みたいな領域を専攻しているので余計にそうなのかもしれないのですが。とにかく、周りが実験室においてバッタの研究をしている中で、まだ手付かずの生態の研究のためにモーリタニアに渡って、広大な砂漠の中でバッタの群れを追い回す、という行動力がすごいです。

それでも学振(国内3年+海外2年)という研究費補助制度を使い切って、就職先も決まっていない無収入状態になってしまうわけですが、ここからもなかなか真似できない展開です。ふつう、無収入で、しかも専攻がバッタとかいう謎領域だし、もう人生終わった、と絶望するターンじゃないですか。しかし、著者はこの逆境を、ネタとしておいしい、「売り」にできる、と考えるのですね。そこから雑誌や各種メディアを使いながらファンを増やし、知名度を上げ、なんとか態勢を立て直すのです。「他人の不幸は蜜の味」なので、自分が絶望的な状況にあればあるほど、他人は喜んで話を聞いてくれるわけですね。やはり天才か……。

それだけでなく、昆虫を研究したいという欲望のために、「アフリカにおけるバッタ被害を食い止め、ひいては日本の国際協力にも資する」という大義ですら使っています。まあ、やってて楽しいことをやるのが人生なのであって、大義のために自分の人生があるわけではないですからね。ただ、結果として社会貢献にもつながれば、ヒトも金も集まって活動が持続的になる、というだけで。要は昆虫大好き少年が、大人になっても工夫をこらして好き勝手やっているということなので、変に意識高くなくて好感が持てます。いずれにせよ大義である。大義大義。


ポスドクから小説家になった人の作品はこちら

2017-08-05

スペース・コロニーとか心底どうでもいい人でも読める倫理学――稲葉振一郎「宇宙倫理学入門」

正直、宇宙にはあんまり興味がない(ついでに言うとガンダムも観たことない)。マイクロ波送電による宇宙太陽光発電の実用化(「100年予測」参照)や、さらにその先の軌道エレベーター実用化ぐらいになってくると、新たな産業としての興味も沸いてこようが、ロケットの打ち上げに一喜一憂している程度の現状において、なにか考えるべきことがあるのだろうか、というスタンスであった。多くの人にとっても、宇宙とは、遠すぎる場所であり、人間として生きるには極限状況すぎる論外の場所なのではないだろうか。

本書も、宇宙における倫理学というよりも、人間が宇宙に行く意義とその物理的な困難性を比較したうえで、生身の人間には荷が重い、と結論づけている。これ自体に異論はないだろう。面白いのは、さらにその先で、生身の人間には無理でも、身体改造した人間にはできるかもしれないし、アップロードされた人間の知性を備える機械にだったら余裕だろう、という話になることで、宇宙という物理的なフロンティアを舞台にすることで、“人間”の定義におけるフロンティアが、実際の問題として立ち上がってくることだ。

この問題には、ポリスの時代の哲学者も、近代の自由主義者も、うまく答えることができない。

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2017-07-23

「BLAME! THE ANTHOLOGY」読書会の模様

映画化もされた伝説のネバーエンディング増殖都市マンガ「BLAME!」を原作に、今を時めく作家陣が好き放題書いたアンソロジー。誰得読書会の課題本にしました。読書会では10点満点で点数をつけて参加者一同で選評したのですが、一番高得点を獲得したのは飛 浩隆「射線」(平均8.6点)。茫漠としたスケールの大きさ、想像を超える美しい風景の描写といった点が原作とも親和的であり、高評価されました。10点満点つけた人も3人もいました。実際すごい。

以下は、各短編の僕の採点(10点満点)、そして議論の過程で出てきた主な意見の紹介となります。 

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2017-01-25

グロテスクなんだけど読み始めたら止まらない系のマンガ5選

グロいの苦手なんですけども、たまに面白いのもあるから困る。


メイドインアビス

ぶっちゃけ、これを紹介したくてこの記事を書きました。「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」で紹介されていたので読んでみたのですが、噂にたがわずスゴイ本。底の見えない大穴を探検するというシンプルな構成ながら、「風の谷のナウシカ」的な異世界生物にわくわくするし、時には「ダンジョン飯」的に食糧現地調達サバイバルものになるし、なんか絵柄もほんわかしていいっすなあ、という代物。でも、のほほんとした空気からいきなり、生きるか死ぬかのシビアな展開がまってるんですね。で、当然、グロいと。この落差はなかなかないですね。まだ完結していないのですが、今一番続きが気になるシリーズといっても差し支えありません。


ベルセルク

圧倒的な完成度を誇るファンタジー。おそらくジャンヌ・ダルクとかがいた時代の中世フランスを舞台にしています。物語初期の傭兵時代編は最高でしたね。そこから人智を超えた怪物に遭遇してしまい、それを人力でなんとか倒していくあたりも面白い。徐々にファンタジー要素が強くなって、戦闘がまた別のゲームになっていくわけですが、ここもけっこう好きです。ただ最近は展開が遅すぎて正直もうちょっとなんとかなんないのかな、と思ったりしますね。さて、グロいところは、あるといえばあるんですけども、スクリーントーンをあまり使わない、パサパサとした質感のタッチなので、そこまできつくないかなあ、という感じです。まあ、例外的な場面もありますが。


寄生獣

もはや定番なのかもしれないんですけども、バイオホラーの傑作といいますか、人間中心主義を木っ端微塵にぶっ飛ばす超エキサイティン!なセリフに満ちた本作は外せないような気がします。食物連鎖の中で捕食される側になってしまうという設定ですので、グロくないはずはないんですが、必然性のあるグロさですね。まあ、あと最初は気持ち悪かった触手のミギーも、より気持ち悪いのがいっぱい出てくるので、相対的にマシにみえてきて最終的にはミギーかわいいよミギーという心境に至るから不思議なものですね。



アイアムアヒーロー

ゾンビもの。やっぱり最初の5巻ぐらいまでが緊張感ありましたが、謎解き要素がまだあるのでなんだかんだ追いかけています。この作者の「ルサンチマン」もけっこう面白くてオススメです。4巻で完結するので手軽。






フランケン・ふらん

正直この作品を紹介するのは犯罪的というか、心の傷跡をばらまくような行為なので、とても申し訳ない気持ちでいっぱいなのですが、名作です、名作なのです。バイオテクノロジーに精通したブラックジャックが、毎回毎回とんでもないソリューションで患者の難題を解決するという話。なのですが、発想がマジキチなんですよね。生命倫理が体育館の裏でゲロ吐いているような、そんなホラーに仕上がってます。男二人から同時に告白された女の子が「どっちか選べなーい」みたいにぶりっこしてたら、謎の技術で身体丸ごと分裂して女の子が二人になり、内面の葛藤が物理的に存在する二つの身体同士の衝突に置き換わってしまう話とか、そんなのです。あと、1巻が一番グロいです。事故で損傷した身体を修復する間、一時的に人間の頭を〇〇に移植して、とか、もうね、ほんとやめてほしい。これは本気でやばいやつです。

2016-12-31

誰が得するんだよこの本ランキング・2016

年末の恒例行事。この1年で僕が読んだ本からのベスト本の選出です(出版年ベースになっていないのでご留意ください)。かつては実用書・フィクションからそれぞれトップ10を選んでいたものですが、今年は忙しくてその気力がないので適当に紹介して、お茶を濁す感じです。


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2016-11-20

「アステロイド・ツリーの彼方へ (年刊日本SF傑作選)」読書会の模様

2015年の日本SFのベスト短編集。先日の誰得読書会の課題本にしました。読書会では10点満点で点数をつけて4人で選評したのですが、一番高得点を獲得したのは伴名練「なめらかな世界と、その敵」(平均8.7点)。複数の世界をなめらかに渡り歩くことが日常化した世界を映像的に面白く表現しており、絶賛されていました。

以下は、各短編の僕の採点(10点満点)、そして議論の過程で出てきた主な意見の紹介となります。 

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2016-10-03

「君の名は。」が好きすぎる人向けの4作品

よすぎた。

よすぎて魂が完全に浄化された。

具体的にどこがどうよかったか、これ見よがしに分析したいのだけれども、それすらかなわないほど没頭してしまった。仕方がないので、「君の名は。」が好きすぎる人向けの作品を4つ紹介してお茶を濁したい。ネタバレは容赦なくしている。



グレッグ・イーガン「貸金庫」(「祈りの海」収録)

朝起きたら見知らぬ部屋にいて、見知らぬ他人に成り変わっているという設定だと、この短編が面白い。「君の名は。」では幸いにして、東京のイケメン男子にしてくださぁい! という願いの叶った三葉であったが、これが中年のおっさんの身体だったとしたら途端にホラーだったであろう。この短編の主人公の状況はさらにひどく、朝起きて自分が誰の身体に乗り移るかは完全にランダムになっており、その度に必死に周囲の状況を把握し、うまく話を合わせて乗り切る、ということを繰り返している。固有の身体を持たない、この精神は、いったい何なのか。「君の名は。」どころの騒ぎではなく、「俺の名は。」という感じである。

わかる。爽やかな恋愛物を紹介してほしいのに、アイデンティティの話とかぶっちゃけどうでもええねん、とあなたが思っていることは痛いほどわかる。というわけで、「バタフライエフェクト」である。



バタフライ・エフェクト

簡単に言うと、例の酒をかっくらって歴史を改変しようとしたら、初期条件のわずかな違いが最終的に大きな影響を及ぼすというカオス理論に導かれて、岐阜の代わりに東京に隕石が落ちてきてしまい、完全に裏目に出てしまう、という映画。もちろん、そんな悲劇を回避するために何度も何度も例の酒をかっくらうわけですが、その都度、想像もできないような因果に翻弄されるわけですな。マジかよ、これ解あんのかよ、というハードモードなので、その分、収束を迎えたときの爽やかさは尋常ではありません。「君の名は。」のラスト好きにはたまらないはず。



ミッション:8ミニッツ

惨劇を防ぐために、惨劇を起こることを知らない無数の人々を動かす、という設定が面白いなら、この映画ですね。惨劇まで8分間しかないので、余計なことしている暇が一切なく、最短距離で、最善手を打ち続けないといけないと死ぬという緊張感があります。また、途中、ものすごく美しいシーンがあります。





森絵都「カラフル」

他人の身体だったら、どうせ自分の人生じゃないし、好き放題やってみるか、という解放感に関しては、これ。主人公は一時的に、いじめられっ子の中学生男子として生きるはめに陥ってしまい、人生縛りプレイでもしてんのこれ? という感じに戸惑いを覚えつつも、それでもできる範囲で好き勝手したりする話です。周囲の「こいつ、なんか人が変わったようになってんな」という反応が楽しかったりする点は共通してますね。こう書くとあんまり面白くなさそうですが、実はめちゃくちゃ面白いです。

2016-07-30

神は現場に宿る――「シン・ゴジラ」がプロジェクトXで泣ける

エヴァ新劇場版Qが消化不良すぎて、こんなん作ってる暇があるんだったら、はよエヴァの次回作作らんかいなどと思っていたら、想定外によかったです。エヴァ新劇場版・破よりも面白いんじゃないかっていうぐらいです。

だって、使徒みたいな怪獣が東京湾に上陸しているのに、手持ちの駒にエヴァはなくて自衛隊しかないわけですよ。圧倒的に絶望。そして怪獣映画的なスリルもありますが、災害ものでもあります。ゴジラは、津波であり地震であり原発であるんですね。まあ、しかもおまけに核兵器でもあるんですが。とにかく、そうした動く災害、歩く絶望をどうやって食い止めるか、被害の拡大をどう防ぐか、知恵を絞り、泊まり込みで働き続ける官僚・政治家たちのドラマとなっています。とにかく会議、根回し、交渉、総理レク。大量の青いドッチファイルを抱えながら走り回る姿に感動します。エンディングで中島みゆきが流れてもなんら不思議ではない。以下、ネタバレでつらつらと書きます。

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