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2008-07-04

さかしま / 円城塔

超難解。無限と有限と論理と情報というキーワードをこねくり回して、ただただ難解な円城塔ワールドをぶち立ててます。しかも性質の悪いことに、まだるっこしい表現で悪名高い公文書のパロディでもあるので、難読でもあるのです。分からせるつもりがこれっぽっちもありません。ここまでくるともう笑えます。

―――というのが読み終わった直後の感想でしたが、さすが円城塔と言うべきか、考察しがいのある内容です。まず難読な点については、小説としてのスマートさを重視したのだと割り切ればそれほど腹は立ちません。イーガンのように解説しまくってもいいんですが、すればするほどポピュラーサイエンスに近くなり、小説としての出来が下がってしまいます。本作は難読でしたが、文章のテンポやリズムは小気味よく、さながら詩文のように楽しめるという良さがありました。

そしてこの世界構造も注目に値します。以下ネタバレなので未読の方は注意。



人格を持ったブログ、あるいは究極のグーグル

この世界は一体何なのか、当局とは何者なのか、ウルは何処にあり何なのか、これらの疑問を解決する答えのひとつは、「この世界は物質ではなく情報と論理で構成されている」というものです。例えばグーグルという検索エンジンがあります。このグーグルが究極的進化を遂げてこの世のありとあらゆる情報を認知するための唯一のインターフェイスとなったとします。実際に見たり聞いたり触ったり味わったりすることはもう忘れてしまい、ひたすら情報の海をサーフィンする生活です。

そういった世界における真理とはなんでしょうか。一般的な世界における真理は数学であったり物理法則だったりします。しかしこの世界における情報はすべてネットに存在しますから、真理もまたネットに存在するでしょう。そしてネットにおける真理とは検索したとき一番最初に出てくるページです。ネットの情報はどれもこれも単なる情報でしかないのですから、真理も誤謬もありません。*1あるのは、どれほどその情報が一般的に認知されているか、です。みんなが知っていることこそが事実となり真理となるのです。

さて、そんなネット世界で真理性を獲得するためには、「アクセス数」「被リンク数」を稼ぐ必要があります。より多くの人に見てもらえば見てもらうほど、検索エンジンに引っかかりやすくなり、ますます多くの人に見てもらえるようになります。このフィードバックが無限に続くことによって、あるページが他の全てのページを内包するような巨大な被リンク数を稼ぐことになるでしょう。つまり単一のページがネット全体を飲み込んでしまうのです。このような危険性を持ったサイトが、ウルです。

そしてこのウルを何とかしようとしているのが、ウル外部に存在するページ、当局です。当局は人格を持ったブログのような存在で、情報操作に長けています。コピーとかペーストとかやりたい放題です。それを裏付けるのが

この宇宙自体が本来的には複製可能であり、無数のバックアップを保持できる形で整備されている

という記述です。

しかし、ウルが発信する情報に魅入られてしまうという欠点があります。その支離滅裂な情報を観測し(アクセスし)、意味を見出してなんらかの論理をでっち上げてしまう(トラックバックを送信してしまう)のです。つまり、ウルの情報を聞くことで、ウルの真理性を高めてしまうのです。ウルが本当に真理であればいいのですが、少なくとも当局にとってそれは真理ではなく無作為なデータ、ホワイトノイズでした。こんなウルを放置していたら当局もホワイトノイズに飲み込まれてしまいます。

この当局がウル殲滅のために取った措置が、ウルに人材を流刑することです。流刑者はウルにおいて自ら情報を発信しようとします。情報から意味を掬い上げて論理を創ろうとします。一見こんなことしたらウルの情報量が増大し、ウルの拡大に歯止めが利かなくなってしまいそうです。しかし彼らのしている行為はサイトに沿った適切なコメントというよりも、むしろ荒らしやスパムに近いものです。まずウルの構造もよく分からず、自らの言葉で己の願望を喚きたてるわけですから、日本語のページにサンスクリット語でコメントを書くようなものです。またウルの構造をちょっとかじっただけの初心者では無茶苦茶なHTMLでフォントをぐっちゃにしたりするだけで、これもサイトにダメージを与えます。つまり、意味不明のコメントを大量につけることでサイトを炎上させよう、ということです。炎上すればするほど、そのサイトにおける有用な情報はどんどん希釈され、ついにはホワイトノイズの海となるでしょう。情報が全てのこの世界では、ホワイトノイズすなわち無ですから、サイトの炎上は即サイトの縮小になります。

実際、ウルを拡大しているのはウルの喚き続ける戯言に聞き耳を立てている外側の当局であり、流刑者たちはウルに自分たちの見解を押し付け続けることによって、ウルの縮小に加担しているのですから世話は無いのです。

なんかここまで考えると情報化された宇宙というよりも、もしネット世界に意識を持ったサイトがいたら、というシミュレーションなんじゃないかって気がしてきました。人格を持ったブログたちの抗争劇ですよ。


ホワイトノイズの2つの意味

さて、ウルは支離滅裂な情報を発信し続けるホワイトノイズです。このサイトを炎上させてホワイトノイズ化して縮小させるというのはなんだか変な気がします。これはこの2つの言葉の定義が微妙に違うためです。

ウルがホワイトノイズだというのは、当局にとって無価値な情報だ、ということです。毎日新聞のようなタブロイド誌はたしかにキャッチーで大衆向けですが、この手の記事を真理だとするのはいささか都合が悪いのです。しかし魅力のある(アクセス数を稼げる)情報であることは確かです。放っておけばネット全体を飲み込むほど巨大化してしまうでしょう。

そこで当局はウルの真の意味でのホワイトノイズ化に着手します。大量の荒らしコメントによるサイトの炎上です。これにより情報媒体としてのウルは希釈され、情報世界においては縮小します。


帰還者とは何者か

流刑者のデータは帰還者となって当局に送り返されます。そしてその擬人化されたデータに当局は「おかえりなさい」と言います。彼らは純粋なデータですから生還者ではありません。当の流刑者本人はウルの領域に閉じ込められたままです。その流刑者に向けて、当局は「そしてさようなら」と言います。なんだか流刑者がかわいそうです。一応、彼らはウルの領域から脱出することも許されています。確率〇を割り込むというほとんどありえない可能性ですが、当事者の苦労をよそに当局はさらっとこう言うのです。「よき旅を」。なんというお役所仕事……!


おわりに

私の解釈は以上です。多分見る人が見れば「この微分方程式には、なんと分数の足し算が使われている!」というぐらい浅薄な意見だと思います。ぶっちゃけ離散と連続に関するところはさっぱり分かりませんでした。本当に知恵の実のような小説です。まあ食べたところで啓蒙されたりはしませんし楽園を追放されたりもしないでしょう。そもそも蒙を啓くとはいってもどこが蒙なのかすら分からなければ効果はありません。この知恵の実が生えた楽園に入園するには、深い教養が求められるのです。そのハードルに達しない私のような者は、パイの実を咀嚼するかのごとく、ただただ知の驚異を味わうのみです。

というわけで「こういう解釈もできるよ!」という知的なサムシングをお持ちの方は、コメントとかトラックバックをよろしくお願いします。いや、ホント分かる人いるんだろうかこれ。


感想リンク

「さかしま」円城塔 : 族長の初夏

数学さっぱりな文系なんですが、一応筋の通る解釈を考えてみました。私も数学的解釈は読んでみたいです。

*1:もちろん現実世界と照らし合わせれば真実か否かを判断できますが、その現実世界がなく、ネット世界だけがあるとしたらどうでしょう?

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