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2009-04-03

筒井康隆の断筆は何を意味するのか

もはや忘れ去られた感のある筒井康隆の断筆事件ですが、語っておきます。この問題をスルーするのはありとあらゆる言論にとって致命的なんじゃないかと思いますよ。ことのはじまりは「無人警察」(「にぎやかな未来」収録)が国語の教科書に採用されたことでした。この短編は近未来を舞台にして管理社会を皮肉るという初期の筒井康隆によくあるパターンの話なんですが、文章中にてんかんをもつ人々への差別的な表現があるとして日本てんかん協会に文句を言われます。



日本てんかん協会の抗議

少し長くなりますが、その言い分を引用しましょう。角川書店が日本てんかん協会の声明文を要約したものであり、日本てんかん協会の声明そのものではありません。しかし内容に齟齬が見受けられない、むしろ要約された分論旨が明確になっているのでこちらのほうを採択しました。



「無人警察」におけるてんかんに関して記述した部分は次のとおりです。(中略)



四つ辻まで来て、わたしはふと、街角の街路樹にもたれるようにして立っている交通巡査に目をとめた。もちろん、ロボットである。小型の電子頭脳のほかに、速度検査機、アルコール摂取量探知機、脳波測定機なども内蔵している。歩行者がほとんどないから、この巡査ロボットは、車の交通違反を発見する機能だけを備えている。速度検査機は速度違反、アルコール摂取量探知機は飲酒運転を取り締まるための装置だ。また、 Aてんかんをおこすおそれのある者が運転していると危険だから、脳波測定器で運転者の脳波を検査する。異常波を出している者は、発作をおこす前に病院へ収容されるのである。わたしがそのロボット巡査に目をとめた理由は、いつも街頭で見るそれと、少し違っていたからだった。普通鋼鉄製のボディーがむき出しなのに、このロボットは服を着ていた。そのえボディーも大きく、頭上にはアンテナが8本も付いていた。「新しいタイプのロボットだろうか?」そう思っててよく見直し、わたしはすぐに昨夜見たマイクロ・テレニュースを思い出した。今日は、新型の巡査ロボットが、試験的に、都市の2、3の街頭にお目見えする日だったのである。こいつは、それに違いなかった。「妙な格好だな。」

じろじろと見つめていると、ロボットのはうでも、金属的なきしんだ音を立てて、ぐるりとわたしのはうへ、その頭を向け直した。たとえロボットでも、巡査ににらみ返されるというのは、あんまりいい気持ちではない。「そうだ。この新型は、歩行者の取り締まりもできるのだっけ。」

わたしはまた思い出した。でも、B わたしはてんかんでないはずだし、もちろん酒も飲んでいない。何も悪いことをした覚えもないのだ。このロボットは何か悪いことをした人間が、自分の罪を気にしていると、その思考波が乱れるから、それをいちはやくキャッチして、そいつを警察へ連れてゆくという話だった。連れてゆくといっても、手錠を掛けるわけでもなければ、腕ずくで引っ張ってゆくわけでもない。ただ、どこまでもついてくるのだ。(以下略)


これに対する、7月10日付声明文は次のとおりです。

  1. 青色部Aを引用して、「てんかんをもつ人々の人権を無視した表現」であり、「てんかんは取り締まりの対象としてのみ扱われ、医学や福祉の対象として考えられていない。
  2. 青色部Bを引用して、「てんかんが悪いことの一つのように書かれている」。
  3. アメリカ、イギリス、デンマーク、スウェーデン、ドイツ等の諸国でのてんかんをもつ人々の自動車運転に触れ、「国によって異なるものの、6カ月〜3年間発作が抑制されていれば、自動車の運転が認められる」ようになっており、「こうした世界の趨勢に逆行し、(中略)てんかんに対すると差別や偏見を助長する」ものである。
  4. 「てんかんと脳波の関係について医学的にも誤った説明」であるとし、「てんかん発作の形態はきわめて多様であり、教科書が注記で述べている『発作のとき、身体のけいれん、意識喪失などの症状が現れる病気』というのは、てんかん発作の一都分にすぎない」としている。
  5. 「教科書として使用した場合、そこにいるてんかんをもつ高校生や、近親者にてんかんをもつ人がいる高校生は、どのような思いで授業に臨まねばならないことになるのか」考えてほしい。

社団法人日本てんかん協会機関誌「波」第17巻9号 1993年9月掲載




言いがかりに近い抗議の内容

結論から言いますが、この主張には納得できません。好きな作家をかばう気持ちもあるかもしれませんが、それでもやっぱり説得力に欠ける論旨だと思います。それぞれ反論していきます。

1について。

取締りというよりも健康診断の一種であるから、人権無視ではなくむしろ人権擁護でしょう。誰だって出血多量で今にも意識を失いそうな人がいたら「運転はやめとけ」「頼むから病院にいってくれ」と言うはずです。外傷ではありませんが、てんかんも同じく病気なのですからちゃんとケアしてくれる分、当事者にやさしい制度なのではないでしょうか。無理して健康な人と同じように扱おうとするのは、健康ぶりたい人の自尊心を満足させるだけで、本人にとっても周りにとっても実害がある場合があります。

2について。

そう読むこともできますが、逆に「てんかんを全く悪いことと思っていない」人ならそうは読まないでしょう。一体誰がてんかんを悪いことだと思っているんですかね。と書くと角が立つので、あんまり言いたくはないんですが、つまりそういうことです。この程度で規制してしまうと、解釈の自由(誤読の自由も含め)が制限されることになり、歯止めが利かなくなります。

3について。

条件付けであるものの世界的にはてんかんを持っていても運転できるようになっている、だからてんかんというだけで運転できないのはおかしいという主張はこの小説とは関係ありません。だってその条件をクリアしているかどうか(脳波が異常波を出しているかどうか)をわざわざその場で機械がチェックするという設定なんですから。機械にチェックして正常だというサインが出ても偏見や差別によって運転できなくなるというのなら、たしかに問題でしょうが、この小説ではそういう事態は起きていません。とりあえず落ち着いてください。

4について。

しかしその「医学的にも誤った」測定法が一般に普及している以上、そういう社会システムの欠点も書いたほうがいいでしょう。そりゃあ世の中が実際に誰にとっても素晴らしいメルヘンなお花畑なら、「医学的にも誤った」制度が存続しているのはおかしいでしょう。しかし、現実にはそういう不備も存在するわけですし、それをなかったことにしてあたかも理想社会がすでに実現しているかのように見せかけるのは間違った努力です。

5について。

「生徒の中にもてんかんを持つ人がいる。そのことを考えてほしい」。そうですか。しかしその実やってることといったら「考えてほしい」なんて生易しいリクエストではなく、てんかん持ちにこの小説はすっげー気まずいんだよ! こんなの教科書に載せんな! 空気読め! という無言の圧力です。要するに思考停止を要請しているのです。むしろこういう気まずい小説を教室の中にぶちこむことではじめて学生に考えるモチベーションが生まれるでしょう。

てんかんをあたかも悪いことのように感じてしまうその空気を、客観的に見つめるいい機会です。その空気を意識の脇において、あたかも無かったかのようにふるまい、もしそうした火種となりそうなものを見つけても、その作品のほうを葬ってしまえばいいというのは不健全です。


言論弾圧の始まり?

極論ですが、そもそも不謹慎だ・科学的におかしいという批判は的外れです。そうした不健全な社会的風潮を書くのがこの小説の狙いだからです。だって管理社会に飼いならされることへの抵抗感を書いた小説なんですよ? その社会システムはいろいろとおかしいことをやってて当然なんです。

その作中の社会の負の側面をなかったことにするというのは、現実の社会がいかに管理社会であるかを浮き彫りにしています。たとえそれがマイノリティーを守るという善意から来たものでも、結局は「臭いものに蓋」の要領で人間をコントロールしているだけです。触れるとめんどくさい問題だから「触らぬ神にたたりなし」とばかりに問題を先送りしているだけです。

フィクションですらも都合が悪かったら削除してしまえとは、その言論弾圧っぷりは恐れ入ります。この新手の焚書にたいして作家は断固として立ち向かうべきですし、実際に「断筆」というセンセーショナルなイベントで世間に一石を投じた筒井康隆はなかなか上手く戦ったと思います。


「なかったこと」にできないもの

結局、「無人警察」は教科書から削除されました。それを言論弾圧の始まりと捉えるか、差別撤廃の第一歩と捉えるかどうかは人それぞれでしょう。しかし私にはこれが、日本てんかん協会と「臭いものに蓋」で全てを解決しようとする社会的風潮の勝利だと感じました。たしかに彼らとて社会の一員であり、その利害と感情を優先すべきだというのはもっともです。

とはいえ彼らが臭いものというレッテルを貼った「悪」は消えたわけではありません。ただ見えないところに沈殿しただけです。だからこれは一見善良な市民の勝利ですが、その実態は単なる勝利宣言であり、むしろ選手宣誓に近いなにかです。その偽りの成功で満足していては絶対に解決しない問題が依然として残っています。

shushu 2009/12/09 17:50 この問題は本当に解せない。
このてんかん協会の発想、
てんかん患者をかばうことはするが、
それ以外の者は平気で差別する図が感じ取れる。

daen0_0daen0_0 2009/12/16 21:06 反応していただいてありがとうございます。いやあ本当にそうですよ。

通行人通行人 2010/12/04 09:40 全くあなたの意見に反論する気はないのですが、ただ一つだけ・・・
発作を起こさない時も異常波が出てしまう(発作の時だけ脳波に異常が出るわけではない)ので、多分その辺が差別(?)になると主張しているのでは・・・と。

daen0_0daen0_0 2010/12/04 13:25 ちょっと確認なのですが、

てんかん協会が「脳が異常波を出していることを基準に行動を制限するのはおかしい。なぜなら異常波を出しているからといって常に発作を起こすわけではなく、通常の活動ができる状態のてんかん患者も、この基準によって行動を制限されてしまうからだ」と主張している。

という内容ですか?

たしかにこれはてんかん患者に不利益を課すものですが、統計的に「異常波を出しているときは発作を起こす可能性が高い」という事実があれば、やはりこの制約は正当化されてしまうでしょう。(おそらく憲法14条に違反しない。)
もちろん、もっといい基準があればそれにこしたことはないですが。

マッドマッド 2012/04/13 13:42 老人性てんかんも要注意ですよ。
発作で倒れる代わりに一時的記憶喪失になるそうです。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/24121-b93c.html

たとえば国の要職者、公権力行使者--総理やその他大臣、刑事、公安警察官などなど
管元総理なども一度脳はチェックが必要かもしれません。管元総理の震災対応を見てそう思った。
と言うより総理や防衛大臣などは脳はチェックは必須にすべきだと思う。

じーまじーま 2012/08/27 22:27 ま〜てんかんのことでモンクを?てんかんは別にどってことないことですが・・・患者にはそーでない?でもじーまは三叉神経痛でてんかんの薬飲んでます。
ただ、脳神経の病気なだけですが、薬をちゃんと飲めばどってことない。神経内科って重要です、シンゾーの発作も挨拶ナシに来ますが、仕方ないのは政治と一緒・・・
ビョーキは薬飲んで検査受けて、適確な対応。セーフは治らないと思うけど。ビョーキにもいろいろあるから。

ああああああ 2016/01/04 07:15 私はてんかん患者です。
あなたの反論の「1について。」がとても腹が立ったのでここに書かせていただきます。

>>無理して健康な人と同じように扱おうとするのは、健康ぶりたい人の自尊心を満足させるだけで、本人にとっても周りにとっても実害がある場合があります。

てんかん患者で自尊心のためだけで健常者ぶりたい人なんていません。自分の生活を自立させるために健常者ぶっているのです。
てんかん患者の大半は障害年金はもらえないし、病気を公表したら雇ってもらえません。だから生活のために無理して健常者のふりをしています。
一生楽して暮らせるなら喜んで障害を公表します。

ここからは私個人の意見ですが
身体も知的もてんかんも生かすだけ税金の無駄遣いだから即刻安楽死が一番いいと思います。
よほど生かすべき価値のある人は除いて。

ああああああ 2016/01/04 07:24 書き忘れたことがあるので書き足します。

私が先ほど書いた「自分の生活を自立させる」とは
親や税金のお世話にならないためと言う事です。所得税や住民税をきちんと納めて、出来る限り税金のお世話にならないためと言う事です。
私利私欲のためではございません。

とおりすがりとおりすがり 2016/01/30 01:51 筒井先生の作品は、全部呼んでてシュールや皮肉めいてて好きで大ファンです。
最近は、お歳であまりかいてくれませんねぇー(しみじみ)

あと、てんかんについてですが、古い記事に書き込みしている人もいるので、
私も書き込みしてもいいかなと思って、少し述べておくと

脳波検査で異常な波が出なくて検査で正常でも発作がでる人はいます。
また脳波検査で異常な波が出ても発作が出ない人はいます。

異常脳波の時は発作が起こっている事が多いのは事実ですが、発作=症状が必ず出る訳では無いです。
出る人と出ない人がおり、また検査のときにたまたま発作がでなかったりするからといって
てんかんが治ったとか患者とは100パー断定できません。

発作については、ぼーとして記憶が飛ぶ、痙攣、意識消失、気を失う、
泡を吹く、力が抜けるなど様々で、個人により症状は違います。

なので、一見、自分は正常と思っている人も全国民を脳波検査を片っ端から掛けていくと
実は、てんかん特有の脳波を持っている人がいる事は十分に考えられます。
(倒れたとしても、めまいとか疲れとか何かと思うかもしれませんし・・・)

なので潜在的に、てんかんもちなのに気がついてないという見かけ健常者っていうケースもあるんですよ。
自分がそういう持病を持っていると思うよりこっちの方が、罪深いんですよ。

私は、てんかん持ちですが、この小説を読んで思いましたよ。
筒井先生は、一見健常者に見えたって、実はてんかん患者かもしれず、てんかん患者より
健常者だと思い込んでいる、潜在的なてんかんの人が危険だと言いたいのだと思います。

先生の作風では気が狂っている人が実は正常で、正常なやつが気が触れているみたいな
そんな作品が多くありますし、おそらくそれに近いものを感じます。



あと、多くの人が勘違いされていることが多いのですが、
基本的に、てんかんは寛解はありますが完治しません。(ようは治療薬はない)

風邪になって市販の風邪薬を飲んで症状を抑えている間に
自分の自己免疫により風邪を撃退して体力を回復しているだけで、
治しているのは自身です、風邪薬で治している訳ではないです。
(本当に風邪薬が作ることができればノーベル賞ものといわれています)

これと同じように、てんかんの薬は、てんかん自体を治せません。
飲んでいる内に症状が治まって見かけ上、(風邪が治るみたいに)治ったかのようになります。
これが寛解です。

ただ治療薬ではないので、また風邪を引くように、てんかんも起こるのです。

しかしいつ起こるかはまったく予知できないので、
発作を予防するという観点で、てんかんの薬を結果的に一生のみ続ける必要があります。
長期に伴う副作用も抱えながらです。

なので、寛解している状態で、てんかんが長く起こらず、てんかんの薬をちゃんと飲んでいれば
てんかんは基本出てこない訳ですから、健常者のように暮らしても問題ないと思います。


それよりも倫理に問われそうですが、生活を自立できない重度のてんかん患者は
税金の無駄のように思いますね・・・・・。

あかさかたろうあかさかたろう 2017/04/08 01:31 てめーもてんかんになってみろ!
この馬鹿野郎!

ああああああ 2017/04/08 04:21 てんかんです。
全くてんかんのことてんかんになった人のことを理解していないからこそ書けるんでしょうね。
おそらく理解したくもないと思われます。

会社でてんかんになっていた事がわかってしまいました。車の運転ができなくなり仕事にならないということで辞めさせられました。
その会社の社長は病気になったのは、君のせいではないと言いつつも結局悪者扱いされ辞めさせられました。
どこにいっても 薬を飲んでいて、発作もずっと起きていないのに結局は悪者扱い。
気持ちわからないでしょうし、わかる気もないんでしょうね

事故?事故? 2017/04/13 20:05 実際 てんかんかくして クスリ飲み忘れで
事件起こりましたね

私は 事故 ではなく 事件 だと思います

てんかん持ちの方は

車を運転しないでください あれは

さつじん だと思いました

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