光速の半分のスピードで既知の宇宙を削ってくるソラリスの海――イーガン「シルトの梯子」

イーガンの作品はいつもぶっ飛んだ設定の中で、しかしその中でこそリアルな問題として立ち上がってくる「わたしがわたしであるということは、どういうことなのか」というごくごく個人的な悩みが作品のテーマになっており、好きなんですよね。
まず、ぶっとんだ設定から。本作では、6兆分の1秒で崩壊するような不安定な真空を人為的に作る実験をしたところ、その真空が想定外に崩壊せず、光速の半分のスピードで拡大し続け、制御不能となる大厄災から話は始まります。人類の生存圏も、この新しい真空にどんどん飲み込まれてます。当然、人類一丸となってこの問題に対処する、より具体的にはどうやってこの新しい真空を消し去ることができるかに挑戦する話なのかなあ、と思っていたら、「いっそ新しい真空に適応できるように私たちの身体の方を改造すればいいのでは」とか言い出す輩が出てきて、おいおいおい、マジでイーガンって感じでした。その発想はなかったわ

新しい真空は、既知の物理法則では短時間で崩壊するはずの現象なので、新しい真空が安定的であるということは、既知の物理法則が普遍的な法則ではなく、日常的な範囲ではそれで事足りる一種の近似に過ぎないことが判明した、ということでもあります。そうすると、今度は新しい真空ですら説明できるような、真の理論を求める、ということになります。しかし、この新時空、ソラリスの海並みに意味不明で、仮説を立てて実験する、ということを何度繰り返しても、まったくなんの規則性も得られないんですね。え……もしかして既知の科学……オワコン……?


ここからネタバレ。

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