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2011-05-04 イタリア旅行記〜4日目〜 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

ホテルで朝食。毎日あんまりメニューは変わらないがベーコンの塩からさとか、スクランブルエッグの甘さとか、カフェの苦さがちょっとずつ違う。朝食では大体ツアーの人のどなたかと相席で食べていた。この日は八王子から参加されたご夫婦。そこで衝撃的なことを聞いた。ビン・ラディンの事件だ。聞いた瞬間に「せめて日本に帰り着くまで報復はなしで。」と思った。朝食後、ホテルロビー英字新聞コピーがあったので一枚もらっておいた。

今日観光フィレンツェ市内とウフィッツィ美術館。ウフィッツィとはoffice語源らしい。そういえばスペルが良く似ている。もともとはメディチ家の事務所だったらしい。この美術館は完全にノーマークだったのだが、とんでもない美術館だった。簡単に言うとメディチ家のコレクションが飾ってあるのだが、完全に美術教科書世界なのだ。まさかボッティチェッリの「ビーナス誕生」や「春」、ダヴィンチの「受胎告知」を見れるとは思わなかった。だが、ここも早足で有名な作品だけを見るだけだった。美術館を出る直前に10分ほど自由時間があったので、中にもどって公式ガイドブック日本語版を買ってきた。きっと亡き母が悔しがっているだろう。

この後、革製品工房に行った。簡単に言うとお買い物タイムだ。フィレンツェの革製品は有名らしい。だからこの街から多くの高級ブランドが出たのだろう。父と弟夫婦にお土産を買った。ここで大失敗をやらかしていることが分かる。クレジットカードの暗証番号が分からない。「これか?」という番号を入れたが間違っていた。だが、決済はできたらしい。ここには日本人スタッフがいるからなんとかなったが、他では無理だろう。ということでこの先、持っている現金だけでいかなければならなくなった。

うーんと徐々に記憶が薄れてきているが次は「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」だった。ここは大理石がとても綺麗だった。たぶん様式に統一感があって簡素なのが良いのだと思う。

このあたりで腰に限界が。立っていられない。横になる場所は当然ないし、ゆったり座るためにはお金を払わなければならない。ということで適度なところで大聖堂の裏手にあったベンチに腰をかけていた。ここでも外観を眺められるし、そばにあるお店で飲み物も買えた。ここでセグウェイを見かける。イタリアセグウェイ公道を走れるんだね。

そして夕食。ステーキだった。フィレンツェ郷土料理らしい。塩コショウだけの味付けだったが結構おいしかった。日本の肉のようにサシが多いってほどではなかったが、なかなかジューシーだった。もちろん一緒に飲んだワインも良かった。

そしてホテルフィレンツェにも二泊したので明日はヴェネチアへ。

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2011-05-03 イタリア旅行記〜3日目〜 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

書いている日は5/16。記憶が薄れる前に。

今日フィレンツェへの移動をかねた、ピサの観光。あの斜塔に登るのだ。

ピサの斜塔イタリア人のいい加減さを象徴する建物だ。建ててるときに傾き始めたのに大丈夫だと思って続行したとガイドさんに説明された。日本人だったら絶対に完成させなかっただろう。そんな斜塔もいよいよヤバくなったので修復したのだが、公開されたのが約10年前。いまでは一日あたりの登れる人数が制限されている。登るためには手荷物も預けなければならない。そんなレアなイベントなので斜塔に登るのはこのツアーの目玉だった・・・のだが、私は前日に目的を果たしてしまって、「まあ、適当にのぼったりおもしろい写真でもとれたら良いかなぁ。」程度に考えていた。

ところがこれがなかなか厳しかった。ピサの斜塔階段は全部で297段。ざっくり10階まで登る程度のキツさなのだ。もちろんエレベータエスカレータはない。さらに傾いているので、どっちの端にいても階段が登りにくい。「うわー、すげー傾いてるー!」って楽しく登れるのは途中まで。あとは後ろから登ってくる人に負けないように息を切らせて登るだけだった。

なんとか一番上まで到達し、てっぺんから眺める景色はそうとう気持ちよかった。ピサはここしか高い建物がないので、まわりが一望できる。それにしても10階程度の高さにいるのに、あのフェンスの低さはひどい。//と傾いている左側にいるときはいいのだが、右側にいくときは手すりをがっしりつかんでないと非常に怖い。下を覗き込んだが足がすくんで二度目はできなかった。もちろん足腰がガタガタだったというのもあるけど。真下の写真を撮りたかったのだが怖すぎてまともに撮れなかった。

登ったら降りなければならない。もちろんエレベータエスカレータはない。降りる方がきついかと思ったけど、そうでもなかった。一つだけ嫌だったのは後ろから降りてくるイタリア人のおばあちゃんが健脚過ぎたことだ。決してゆるゆる降りていたわけではないのだが、息も切らせずついてきた。

ピサでの観光はこれだけ・・・ではなく、斜塔の前には大聖堂がある。そもそもピサの斜塔はこの大聖堂の横にある鐘楼なのだから。もちろんてっぺんには鐘があったよ。この大聖堂とても音響が良いらしく、叫ぶとすごく反響する。定期的に実演してくれるのだが、このおじさんの声がすごく良かった。でもちょっと思ったのは、このおじさんは定期的に大聖堂の中心で声を出すだけの仕事なんだろうか・・・ということ。もしそうだったら楽な仕事だなぁ。

これで本当にピサの観光はこれだけ。ピサの市内は見るところがないらしい。斜塔がなかったら観光客は訪れないだろう街らしい。この日はこのままフィレンツェに向かいホテルで夕食。なんとここでツアー参加者のご夫婦新潟在住の方で、さらに奥様の方は私の中学校の大先輩ということが分かった。すごい偶然だなぁ。

夕食が終わるといつものとおりすぐに寝てしまった。今日はとくに足腰に来ていたのでシャワーで腰を温めた。このときに起きていた大事件を知るのは明日の朝ご飯のとき。

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2011-05-02 イタリア旅行記〜3日目〜 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

今日は待ちに待ったローマ市内観光。このためにイタリアに来たといっても過言ではない。絶対に見たいと思っていたシスティーナ礼拝堂に行ける日。だが雲行きは怪しかった。

出発一週間前、旅行会社から電話が来て、5/1に式典があり、4/20〜5/2ぐらいまでローマ市内は非常に混雑するらしかった。そのためサン・ピエトロ大聖堂システィーナ礼拝堂バチカン美術館は入れないかもしれないとのこと。困った、一日回答を待ってもらったが、結局行くことにした。ここまできてキャンセルはありえない。自分の運を信じよう。だが・・・。

当日の朝、添乗員さんが様子を教えてくれる。大聖堂は分からないが、礼拝堂美術館は行けるかも。その言葉を聞くまで、ツアーを土壇場で抜け出してシスティーナ礼拝堂に入るためだけに朝から並ぼうかと思っていた。地図携帯で見れるので場所は問題なかった。だが、止めておいた。

ローマ市内を観光する。古い遺跡の説明を聞く。だが、上の空だった。礼拝堂に入れるかだけが気にかかった。コロッセオの外観を見る。中にはいるのはツアーに入ってないから仕方ない。次に来たときに・・・。そしてヴァチカンへ。

バチカン美術館に向かい、中に入る。礼拝堂は?と思っていると、ガイドさんが「大聖堂はまだ分からないけど、美術館礼拝堂はこれで問題なさそうです。むしろいつもより空いてます。」え?今何て言った?礼拝堂に入れる?聞き間違いじゃないよな。美術館でのガイドさんの説明は上の空だった。イタリア人だけど日本語がとても上手で、冗談などを交えたり結構おもしろい方だった。確か名前はジュリアーノさん。

どんどん美術館の中を進む。ついに礼拝堂の手前へ。中ではガイドができないらしく、集合場所と時間の説明を聞き、礼拝堂へ・・・の前にトイレに。すぐ手前にトイレがあるのでゆっくり用をたしてから中に入る。誰にも何にも邪魔されないため。

そして中へ・・・ずっと見たかった「天地創造」が頭上に。思わず涙が流れた。ハンカチで口元を抑え、涙を拭きながら奥へ向かう。振り返ると壁には「最後の審判」が。力強く、緻密で、鮮やかな壁画がそこにあった。言葉が思いつかない。ただただ、ずっと眺めていたかった。

正直、この日のことはこれ以外はあまり記憶にない。長年見たかったものが見れた。それだけだ。サン・ピエトロ大聖堂観光客をシャットアウトしていたが、どうでもよかった。もう、帰国してもいいと思えた。

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