大学大競争:国立大法人化の功罪

◇衣装ケースで水槽 メス手作り

 「さあ、明日の実験の準備をするか」

 東日本の地方国立大で生物学を専攻する50代の男性教授は、近くのホームセンターで1本50円で買った細長い木の棒を取り出した。長さ20センチほどに切り、先端に切れ込みを入れる。カッターナイフの刃1枚を差し込み、固定する。実験動物の解剖などに使う手作りメスの完成だ。実験機器のカタログで買うより1本あたり数百円安く、「実験のたびに新しいメスを作るから、切れ味は案外いいんですよ」と、自嘲(じちょう)気味に笑う。

 実験動物を飼う水槽も手作りだ。普通に買えば10万円以上かかる。一つ980円の透明な衣装ケースを並べ、パイプでつないだ。かかった費用は計2万円。自腹で払った。

 今年度、大学から男性教授に支給された研究費は約30万円。学会出席の旅費、実験の試薬代、動物のえさ代などで、すぐになくなる。国立大学法人化(04年度)前の3分の1程度に減った。

 国から大学への運営費交付金の減額に加え、各大学の特色作りのため学長が独自に使う経費が増えた結果、研究者への配分が目減りした。

 当然、この額では満足な教育もできない。一番切ないのは、学生が好きな研究テーマを選べないことだ。研究室では、「お金のかからないテーマ」を選ぶのが暗黙のルール。高価な試薬や装置が必要な研究はしない。

 財務省は、現場の教員からの悲鳴に対し、「運営費交付金は減ったが、科学研究費補助金科研費)など競争的資金は大幅に増えた。全体で見てほしい」と反論する。だが、競争的資金には日本中の研究者が群がる。

 「東京大のような大学と地方大は、そもそも出発点が違う。金も人材も少ない。同じ土俵で戦っても勝てるわけがない」と、男性教授はため息をついた。男性教授の研究室の顕微鏡は、15〜20年前に買った。実験画像を録画するビデオデッキも20年前のものだ。「今は、昔の遺産で何とか生きている。だが、学生がふびん。学生が好きな実験ができるくらいにはしてほしい」

 ◇旧帝大以外、医学論文8%減

 法人化は教育だけではなく、大学の研究機能も脅かす。04〜09年に三重大学長を務めた豊田長康・同大学長顧問が、国立大医学部の研究者による医学論文(基礎・臨床)の数を分析したところ、法人化前まで増えていた論文数が、07年は03年比で3%減少した。特に東大、京都大など旧帝国大7大学以外の落ち込みが大きく、同8%も減った。一方、旧帝大は同5%増えた。

 国立大付属病院の収入不足を補う国からの交付金が、法人化された04年度の584億円が09年度は207億円に減額。自前の収入増を義務付けられた各病院は、患者や手術件数を増やし、教員は研究時間を削って診療に力を注ぐことになった。さらに新人医師が自由に研修先を選べる新臨床研修制度が、人手不足に拍車をかけた。

 豊田さんは「そもそも地方の国立大病院は人手が少なく、余裕がなかった。地方大のダメージは、旧帝大と比べものにならず、大学間格差が一層拡大した」と批判する。

大学など高等教育の充実こそ「国力」の源泉と位置づける世界各国は、高等教育機関への投資を増やす。一方、日本の高等教育機関への対GDP(国内総生産)比の公的支出は、OECD経済協力開発機構)加盟国の中で最下位だ。

 少子化が進み、財政難が続く中、限られた「パイ(金)」を奪い合う国立大。そして広がる大学間格差。01年から8年間、岐阜大学長を務めた黒木登志夫・東大名誉教授は「サッカーでもワールドカップで勝とうとしたら、Jリーグを強くしなければならないのと同じで、地方大の底上げが必要だ」と指摘する。国立大の変革は、まさに正念場を迎えている。