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風詠みの満月亭 ― 路地裏 GostCoffeeHouse

嘘ブログ。或いは幽霊ブログ―言葉遊びの喫茶店―
GostCoffeeHouse




喫茶店の窓辺より、のんびりと現実を空想する。
空想的な表現を多用しながら世界を見る
空想を見る視線で現実を見て、空想を語る言葉で現実を語る。

病的にファンタジック。

※July 24(Sun), 2011

懐疑。

色々な事を思うけれど、何ひとつ口に出せない。

私にとって、その理由はただひとつ。


 「だって、対話にならないから」



相手への思いやりに基づいた独善と、

経験と学習に依る偏見は、こう語る。


傷つけたくない、でもとても寂しいの。


私の口端に浮かぶ笑顔には、絶叫がひっそりと佇んでいた。

※October 17(Sun), 2010

黄:幻灯宝石店・梱包

家に帰って鍵を開け、部屋の明かりをつけるとそこには記憶通りに並ぶものと記憶にないものがあり、私は記憶にないものを手に取った。それは長方形で、底が厚く、色は白。材質は厚紙のようで、振ってみると重心がゆるやかに滑る感覚があった。

記憶にないものの中には何が入っているんだろう。友人に頼んだ本かな、ううん、その割には軽すぎる。文庫本にも満たない重さの植物図鑑とかはおかしい。食虫植物限定のハンドブックとかそういうのじゃないんだから。

そう思いながら目を凝らして箱をまわし、手探りで梱包の継ぎ目を探していると、ふとおやつの梱包かな、という考えが浮かんできた。マシュマロとか大福とかそういうたぐいの、柔らかいおやつ。何より私は大福が食べたい気分だったので、きっとこれは大福だ、と思う。念を入れる。爪先がセロハンテープの端に当たる。

継ぎ目を辿り箱を開けて解体していくと、記憶にないものには北欧圏のハンドマップが入っていることがわかった。なぜ、地図が入っているのだろう。昨日、駅で偶然見つけた友人達と旅行はいいよね、という話をしたけれど海外の話にはならなかったし、旅を空想してハンドブックを買うにしても本屋さんに立ち寄った覚えがない。

親指を頬に当ててじっくりと自分の過去を探り、自分の行動に理由と結果を求めていく。昨日は何を理由に行動して、どうしたのか。二日前、三日前――そして先週は?

でも、やはりわからない。自分の記憶なのに。殆どの変化が自分の意志で行われ、記憶の範疇に収まるこの部屋にぽっかりと風穴があいた気分。みっしりと連結していた過去の繋がりにほころびが生じた気持ち。そして、どうにかしてその穴を埋めたい衝動がうっすらとわいてくる。

しかし、自分の過去を探れば探るほど記憶にないものが加速度的に増えていく。自分の行動にすら理由が当てられないものがある。

私は煮詰まった思考を冷やすため、いったん目を閉じて、今感じてる事をゆっくりとかみしめる。そして気付く。胃のあたりにすごい倦怠感。ああ、そうだ、おなかすいてたんだった。かえったらカレーを濃いめで作ろうか薄味にしようか考えていたっけ。

ぼろで傷だらけのまな板の前に立ち、冷蔵庫に入っていた人参が持つ場違いな赤さと、冬に似た寒さが染み込んだ冷たさを感じながら、手になじんだ包丁を使って皮をむく。次にいも、次に玉葱、肉を取り出し、切って、フライパンで炒めて水を沸かした鍋に芋を入れ、一息つく。しかし、なんだかな、と思う。

私は料理に集中していた時には過去のことを忘れ、過去のことを探っているうちには今の空腹を忘れていた。わりと日常的に記憶は何かを忘れ、思い出しているのかもしれない。コンサートを聴いているときは音楽的な知識が駆け巡り、仕事をしている間には音楽的な知識が忘却の彼方にあるように。

確かめたいな、と思う。私の中に記憶にないものがどれだけあるのか。私の中に何が埋まっているのか確かめてみたい。そして様々な食材が煮込まれた鍋をかき混ぜながら、やがてこれはカレーになるけれど、謎の具材が沢山詰まった私はいったい何になるんだろう、とも思う。

ふと、振り返ってみる。

記憶にない真っ白な箱がひとつ、覚えがない地図がひとつ、蓋を開けて佇んでいた。

※October 11(Mon), 2010

黄:天球儀

空の中には小さな星があるけれど、あれって何の意味があると思う?と彼女に訊いた。

彼女は意味?と聞き返し。それに私はうん、意味、と断ずる。何光年先にある星で何々座といわれている、みたいな話ではなくて?意味ですかぁ、と彼女は顔と眉を斜めにしながら反芻し、やがて口を開く。物事に生まれた意味があるのは創作物に限られると思うので、星自体に意味は無いと思います。いや、綺麗だし、無いと夜空が寂しいものだと思うけど、とそう言葉にした。

いや、うーん。そういうのじゃないんだ。意味とはつまるところ記号の中身だね。ピタゴラススイッチに於けるひとつのオブジェクト、ドミノ倒しに於けるドミノひとつ、懐中時計における歯車、数式の中の数字や記号、パラグラフに於ける言葉ひとつ、それらの中身を「意味」とします。

あら、なるほど。なら、星が何のパーツかと言う所から話さなければいけないのかな。そうなるね。たとえば、夜空という言葉にとって星は淡く恒久的にきらめく装飾である。私がそう言うと、星の王子様にとって星は故郷だね、と彼女は言い。なぜそこで星の王子様、と私は言う。そのこころは昔の愛読書、夢だね、星だけに。

しかし星の意味かぁ、とため息のようなアーチを描く声を出し、彼女は考える。彼女は考えるときに必ず上を向く。そこに天井があっても、雨が降り大雪が降っていても、地下鉄の底みたいに埃まみれで暗い場所でも上を向く。彼女の思考は空の上にあるのかも知れない。彼女はしばらくそうした後に顔を下げ、私にとって星の意味は本に近いかな、と応えた。

本?と訊くと、そう、本、と彼女は肯く。私にとって、星と言うパーツは本だと思います。読み物であり、書き物です。そう言った彼女の言葉に困惑を抱え、理由を聞くと、彼女は少し涼しげな顔をする。空を眺めて星を見つけると、不思議と言葉が出てくるんです。それは漠然と考える明日の事だったり、昨日の事だったり、宇宙の遠さだったり、今ぶつかっている壁の事だったり、そういったものがぼんやりと、出てくる。それこそ本を書いている時のように、或いは本を読んでいる時のように、半ば他人事として想像される。そう言うところが、本みたい。

それはまた病的にファンタジックだね、と私は言う。病的にファンタジック、と彼女は繰り返し、良いね、それ、ファンタジーは病である、か。そうだね、行き過ぎれば病になる。ファンタジーも、SFも、推理も、感情も、真実も。そしてなんにでも意味を求めることも?と彼女は口を挟む。そうだね、あれも病気だ、と私は深く肯く。と言うことはお互いの病理を薄めて、それを交換しながら私たちは話しているわけですか。

そうかもしれない、でもそれは夜空の上には必ず星が光っているぐらい、重力と距離を保つには必要な事で、何も無いと寂しい。割と素敵な異常だと思う。

※October 10(Sun), 2010

地:空白博物館:無言の善、多弁の悪

のんびりとネットサーフィンしながら文字と文字の間を溺れていると。


敵「正義などどこにもない!」 主人公「それでもみんなを守りたいんだー」 最近敵のが説得力あるよね

なんてお話を見つけて、考えてみる。


考えてみた結果、自分なりに書いてみる。自分なりだから間違っているかも知れないけども。

まずは善(正義)と悪の二元論、自体からまず間違ってるんじゃないかな。

(スレッドタイトルでは正義と敵、ですけれど)

あれらは物事を語るときの装飾、タグのようなもので、善悪の概念自体、物事を語るにはちょっと合わない気がする。

どちらかというとポジショントークや装飾に似合う言葉だと、思う。装飾刀、みたいな。綺麗だけど。


その上で考える。

まず善と悪という2つの批判しか存在しない世界にいるとして。(この前提自体がかなり無茶よね)


清廉潔白な聖人が良いことをして、良いことをいう。ああ、いい人だからね。流石良いこと言うなあ、ありがたい。

聖人が悪いことをすると、人はそれを批判する。何故なら聖人が悪いことをするのは、悪だからだ。善人は常に善行をすることを望まれるし、善人は悪であることが許されない。

そして、聖人だからと言って無批判に善だと信じられることは危ういです。

独裁や越権行為が始まってしまう可能性があります。

よって聖人は常に批判されねばならないし、変化すると批判される。


非道を尽くす悪人が悪いことを言っても、まあ悪人だし、またあの人あんな事いってる、非道い、となる。

悪人が良いことをすると、人はそれを評価する。何故なら悪が良いことをするのは、良い方向に向かっているから。悪人は常に善行をすることを望まれるし、悪人は悪であることを望まれない。

そして悪人が常に悪人であり続けると、何時までも世の中は良くならない。悪人は善人になる瞬間を常に望まれる。

悪人は常に批判されねばならず、善と見なされた場合は賞賛される。


つまりヒーロー、良き立場の人は次の言葉を紡げば紡ぐほど不利になる。

悪人は言葉を紡げば紡ぐほど有利になる。

ここでスレタイに戻る。

ヒーローには説得力が求められない。悪人には説得力が求められる。多分。多分ね。


とは思ったものの、前提自体が無茶だし破綻してる。このまま適用出来るはずはない。

ただ、まあ善は無言が格好良いと思います。icoとか。顔も見せず、語らず、ただ実行する。

悪は多弁な方が悪っぽくて深みがでそう。

そして両方無言なのが一番渋い。と言うのは個人的な趣味。


10/10 13:16追記

やっぱり色々破綻してるなあ。と思う。

良き立場の人は釈明が必要な時がある点、善→悪の間に疑いのフェイズがあることをうっかり忘れてました。


その場合はヒーローにも説得力が求められますし、言葉も必要に。

ヒーローが無言でよい場合は、そこに信頼があってこそ(疑いの余地がない時)の話ですね。

※October 09(Sat), 2010

銀:カレンダーワールド:空白

そこには、一面の今日が広がっていた。

今日は昨日とうってかわって鮮やかな色が風に吹かれて空を飛び、様々な音が漂っていた。昨日の地面に広がっていたアスファルトは純白の砂丘に、寄り添いながら夕餉の香りを漂わせていた数々の家屋は海に、空には白色が風に吹かれて美しい軌跡を描いていた。

背伸びをして思いっきり今日の空気を吸う。心地良い。いい日です、と思う。伸ばした背筋を落ち着かせ、空に向けた視線を地平線の彼方へと向ける。昨日は気怠い一日だったのに、寝て起きるだけでこんなにも世界が変わるなんて、相変わらず私はてきとうな人なのね、とちょっとゆるい自分を固定するために調整用の釘を刺し、しかし爽やかな青空と響くさざ波を心から咀嚼している内に、ああ、まあいいかな、私はこれで、とうなずく。差したばかりの釘が抜け落ちて砂浜に落ち、白い波に呑まれてどこか遠くへと忘れ去られていった。

そのあっさりと忘れ去られた釘を見送った後、今日はどうしよう、と思う。海を眺めてはあの向こうには何があるのか確かめたいな、と思い。空を眺めては今日浮かぶ星座は何であり、海の反対側にそびえる森を見てはあそこには何が住むのか、砂を水で固めて何かを作るのも良いかもしれない、そう考えて右足を軸にくるりと回る。視界が回り、風景の中に隠れた無数の選択肢が流れてゆく。

何にせよ今日と言う日に時計はなく、鎖はなく、何の契約も無かった。今日は素敵なまでに真っ白で、広がる空のように自由だ。それだけでたまらなく嬉しくて、生きていける感じがした。