@ClubNight's 〜あなたのアイドルは、どこにいますか?〜(第3話)

12月4日に公開された@ClubNight's企画、SS第3話です。
まだご覧になっていない方はぜひ公式サイトへ。
飲み物は、お忘れなく。

決意と迷い

歌う。
止まる。
また歌う。
止まる。


何度目かの繰り返しののち、雪歩は肩を落としその場に座り込んだ。


「どう歌えばいいんだろう…」


ClubNightsの本番は近づいていた。
にも関わらず、雪歩の悩みは深まる一方だった。




「そんなの無理ですぅー!!」


目を大きく見開くと同時に泣きそうになる。
それでいて可愛さを失わないのが雪歩の不思議なところだ。


ClubNightsの打ち合わせは順調に進み、今日はセットリストと各アイドルが歌う曲が確定した。
なるべく経験を積ませたいという雪歩の担当プロデューサーの意向により、雪歩は2曲を任されたのだが。
その曲名を知った雪歩の反応は、わかりやすすぎるほどに雪歩らしかった。


そんな雪歩の叫びが事務所中に響きわたったりはしたけれど。
結局のところ雪歩の曲目は変更されなかった。
雪歩が動転しながら、泣きながら、自分の気持ちをすっかり言葉に出し切るまで。
何時間も何時間もずっと耳を傾けるプロデューサーの姿がそこにはあった。


「雪歩だから歌えるこの歌の姿があるよ。大丈夫。」


ようやく落ち着いた雪歩に、たった一言プロデューサーがかけた言葉。
そこに込められた思いもまた、雪歩にとって大切なものだったから。


「やります!萩原雪歩、歌います!」


宣言した以上、全力を尽くすしかない。
雪歩はこれまで以上に歌のレッスンを頑張ってきた。
それでも、雪歩には「自分の歌」が見えてこない。
歌えば歌うほど、聞こえてくるのが自分の声かさえわからなくなってくる。


一度決めたことだから。プロデューサーと約束したことだから。
そして何より彼女たちの曲だから。


精一杯に、彼女たちの歌を歌いたい。
でも、その術が、わからない。
こんな私でも頑張ればできるはずなのに。
そう信じてるのに、歌えば歌うほど歌が遠ざかっていく。
道を見失い、どこに次の一歩を踏み出せば良いのかわからず。
雪歩の心はその場に立ち尽くしていた。



辿り着きたい場所

「あ、雪歩おはよ〜!」


元気いっぱいで美希がレッスンスタジオに入ってきた。
笑顔全開、気力充実。
この企画が決まってからの美希は本当に楽しそうで、真剣だ。


「雪歩、休憩?」
「う、うん。ちょっとお茶でも飲もうかな。」
「じゃあ交代なの!ミキの練習、雪歩に聞いててほしいの!」
「美希ちゃん最近すごく前向きだね。見習わなくっちゃ。」
「うん。ミキね、今すっごく楽しいの!」


ミキがしばらく発声練習をしてから、歌い始める。
765プロは各アイドルの歌を全員が歌えるように普段からレッスンしている。
それは765プロのアイドル同士で、短期間のユニットやトリオ活動をする前提があるからだ。
互いの歌が歌えれば新曲が1曲しかなくてもミニコンサートなどの活動がスムーズにできること。
なにより互いに刺激を与えることでお互いを高め合うことができるという考えからだった。


とはいえ今回はなんども経験しているアイドルとしてのステージではなく。
ダンスもなく、歌だけでステージを作らなくてはならない。
そこに更に他のアイドルの持ち歌ときては、雪歩ならずとも躊躇しても仕方のない状況だった。
「歌える」ことと、「聴かせる」ことでは求められるものが全く違うのだから。


しかし、今の美希はそんな状況すら楽しんでいるかのように思える。
まだレッスンの段階にも関わらず、美希の歌は日を追うごとにその世界の豊かさを増していた。



「美希ちゃんはやっぱりすごいね。」
「えへへ、ありがと〜!でもまだまだなの!」


美希は屈託のない笑顔で雪歩の方を振り返る。
その笑顔に雪歩も知らぬ間に微笑んでいた。


「ねぇねぇ。ミキ、ここに来る途中でね。公園で女の子にあったの。」
「女の子?」
「うん。その子、公園でミキの歌を歌ってたの!ミキも一緒に歌ったよ!その子ちょー喜んでた!」
「そうなんだ。喜んでもらえるのってうれしいよね。」
「そうなの!ミキね、今度も春香やあずさの歌を歌うの、すっごく楽しみなんだ〜。」


美希が春香やあずさと一緒にClubNightsで歌っている姿。
ふとそんな世界を雪歩は思い浮かべた。
当日ステージに立つのが美希一人でも。
きっと美希にとってはそれは公園の女の子と同じように、春香やあずさと一緒に歌っているのかもしれない。


自分はどうだろう。
彼女たちのように凛々しく、格好よく。
美しく、素敵な世界で。
そんな風に歌うことに一生懸命になっていたけれど。


彼女たちのように歌うのではなく、独りの世界で歌うのでもなく。
彼女たちの世界と一緒に歌う。
そんな世界もあるのかもしれない。


美希のような才能は、自分にはない。
あれほどの才能があれば、誰の隣であっても、ありのままにいられるのかもしれない。
それは、自分には未だ届かない場所。


それでも。この気持ちは本当だから。
いつか彼女たちの隣にいたいと思うから。
彼女たちに憧れる気持ちは、誰にも負けない。
負けるわけには、いかない。




再びマイク向かう雪歩の瞳は、プロデューサーに返事をした時の輝きを取り戻していた。