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ダンスの海へ 舞踊評論家・高橋森彦のblog このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2006-08-26

[]後藤早知子舞踊生活50周年記念公演「Sachiko」


Gotho Sachiko,Sachiko

松山バレエ団、チャイコフスキー記念東京バレエ団でダンサーとして活動後、振付家として活躍する後藤早知子。80年代後半から創作を開始、『光りほのかに―アンネの日記』、『ZEAMI―世阿弥のほとけは能』など秀作を生み出している。このたび、彼女の舞踊生活50周年記念公演「Sachiko」が行われた。

第一部に上演された『ヘレン―心の光』は、2004年に札幌で初演されたものの改訂版である。目がみえない、耳が聴こえない、口も利けない――いわゆる三重苦に打ち勝ち、多くの人々に勇気と力を与えたヘレン・ケラー(1880〜1936)。その伝記に基づき、“彼女の愛についての4章というコンセプト”で創作された。

神聖視されがちなケラーの生涯を、人間、ひとりの女性として捉えた点が秀逸。ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」ほかのコラージュをもちい、ヘレン(酒井はな)と彼女をめぐる人々、サリバン(尾本安代)、ピーター(森田健太郎)、ポリー(千歳美香子)、母(多々納みわ子)、父(渡辺治彦)らの人間模様が濃密に描かれる。動きはバレエが基本。平明だが力強いタッチでヘレンの愛と葛藤、“心の闇”を描く。しかし、暗くはあっても絶望はない。つねにオプチミズムを抱き生きたヘレン。“心の光”というタイトルは、なるほどヘレンを象徴するにふさわしいものに思われた。願わくは、もう少し小さな劇場で観たかった。より、緊張感あふれる舞台が観られたことだろう。しかし、日本の創作バレエとしては上出来だ。

なによりも、酒井はなに尽きる。酒井は新国立劇場バレエ『マノン』のタイトル・ロールで演技開眼。豊かな感情表現が賞賛を浴びた。しかし、以後、その資質を活かす作品に恵まれなかった。本作は、彼女にとって代表作のひとつになるのではないか。繊細で日本人らしい身体を活かした踊りのなかに秘めた芯の強さ。その資質が最良の形で発揮されたように思う。ことに、助手であったピーターとのはかない愛を表現したパ・ド・ドゥが出色。酒井と長年パートナーを組む森田、後藤作品の常連・尾本らの好演も見逃せない。

休憩を挟んで後半は、新作『Love Angel』。ガーシュイン作品のコラージュにのせ、7つの場面で構成されたエンターテインメント色あふれる舞台である。“古典的な男女の“赤い糸”を信じる女性がパートナーを捜し求め、7つの世界を旅する姿”を描き出す。出演者が多彩である。主演のTHE WOMAN・高部尚子をはじめ、坂本登喜彦、西島千博といったトップ・バレエダンサーが集結。ミュージカルなどの活動で知られる女優・土井裕子、マシュー・ボーン作品に出演する友谷真実、モダンダンスの能美健志、中川賢、新体操出身の山田海峰ら個性派も揃う。一夜限りの、贅沢な舞台。

後藤の振付語彙も豊富だ。ダンス・クラシックが基本だが、モダンダンスやジャズダンスにも通じ、それらを総動員している。タップダンスも取りいれた。画家がクレバスに心の赴くままにイメージを描くように、奔放で自由。個性豊かなキャストを皆活かそうとしている。だが、全体の構成は緻密。視覚的、聴覚的に仕掛けがあり、シーンごとに振付のテーマ、質感も変化させている。ユニゾンでは、巧みなズラしと、めくるめくスピード感が魅力的だ。ミュージカル評論家・瀬川昌久氏がプログラムに寄せた一文に“後藤さんは日本のトワイラ・サープだ”との指摘があったが、それも頷けるところである。青山劇場の舞台機構を駆使した場面転換も効果的。スクリーンに投影された映像(井形伸一)による吉野圭吾、東山義久のダンスが一番面白かったのは予想外か。ただし、上演時間が約80分というのは、いささか長い。

ドラマ性を追求した『ヘレン―心の光』、豊かなイメージが奔流のように駆けめぐる『Love Angel』。陰と陽、対照的な作品で構成、後藤の創作の幅の広さを証明した。20年にわたり女性バレエ作家の先陣として活動してきた彼女の存在を改めて世に知らしめる好機となったように思う。

(2006年8月24日 青山劇場)

2006-08-14

[]世界バレエフェスティバル・ガラ


WARLD BALLET FESTIVAL 2006, GALA Performance

公演自体が4時間半、恒例の“おまけ”を含めると5時間半を越える長丁場だが、心地よい疲労感を覚える。

おそらく故障などの原因で、デュポン&ルグリ『ソナチネ』→『椿姫』第二幕のパ・ド・ドゥ、ステパネンコ&メルクーリエフ『タリスマン』→『ライモンダ』とそれぞれA・Bプロと同じ演目になった。また、理由は不明だが、コジョカル&コボー『シンデレラ』がなくなった。予定とは変更になったのは残念。ルグリは当初、アイシュヴァルトと『オネーギン』を踊る予定もあったけれども、それも彼女の故障による欠場で叶わなかった。昨秋、日本での全幕の舞台の感動をいま一度、と期待していたただけに残念。でも、次から次へと充実の舞台が続き、やはり観られて良かった。

なかでも、畢生の名演だと思ったのが、ジル・ロマンの『アダージェット』、フェリ&テューズリーの『ロミオとジュリエット』よりバルコニーのパ・ド・ドゥ。

ロマンの『アダージェット』を観るのは三度目だと思う。椅子ひとつ、それ以外なにもない空間。暗く、冷たい。静謐だ。マーラーの交響曲第五番第四楽章が流れるなか、ロマンの、無限の宇宙との対話に、観るものも吸い寄せられ、同化し、言いようのない哀切な想いに胸を充たされる。沈鬱は深いが、決して絶望的ではない。人生における過去・現在・未来への想いが交差し、孤独のなかにも一条の希望の光りを感じさせる。いつまでも失わぬ若々しさと、内に秘めたメランコリーこそ、ロマンが“永遠の青年”たる所以だ。虚空をみつめる彼の視線の先には、いったい何が見えるのだろう。ロマンが日本で『アダージェット』を踊る機会はおそらくもうない。カーテンコールでは、目頭を押さえる観客が大勢みられた。

今回限りでバレエフェスからの引退を表明したフェリ。Bプロ『マノン』沼地のパ・ド・ドゥでは、終幕、“死”そのものを演技ではなく、身をもって示し衝撃をもたらした。フェリの表現の質に関しては、バレエ・ダンサーという枠では語れないと言う人がいるが同感。ガラの『ロミオとジュリエット』でまず驚かされたのが、登場したその瞬間から、少女そのものにみえたこと(メイクの問題などという要素は別にして)。5月の新国立劇場『こうもり』や今回のAプロでの『カルメン』をみた印象では、正直、肉体的、技術的衰えが甚だしい。歌右衛門であれ、大野一雄であれ、イヴリン・ハートであれ、程度の差こそあれ、老いた身体で若い役柄を表現するとき、演技で取り繕うか、舞台で所作を重ねるうちに次第に若く見えて来るというプロセスがあるはず。今回のフェリは、登場の場面で紛れもなく“若さ”を振りまいていた。それだけでも凄いことだと思う。しかし、フェリの真骨頂は、若い恋人たち逢瀬を幸福に謳いあげるだけでなく、その後に起こる悲劇への予兆、死の匂いをそこはかとなしに漂わせたこと。死の想念とでもいったらいいのか、それを体現できるバレリーナは、そう多くはない。ロミオのテューズリーの、マクミランの語法を知悉、さわやかな演技も重なって稀にみる感動的な舞台となった。

そのほかで印象的だった作品を幾つか。

ルテステュ&マルティネス『水に流して』は、ふたりのプライベートの事情からすると意味深なタイトルだが、97年初演のコンテンポラリー。ふたりの掛け合いが楽しく、意想外な動きもあり興味深い(作品自体はそれほどでもないが)。バランキエヴィッチの『レ・ブルジョワ』は前回のバレエフェスの好評を受けての上演。洒脱で味わい深く、客席の反応もすこぶるよい。リアブコ&ウルバンによる『オーパス100―モーリスのために』は、ノイマイヤーがベジャールの生誕70周年を祝い創作したもの。サイモン&ガーファンクルの曲を用いた、男性二人のパ・ド・ドゥである。振付は、上半身の使い方など、ベジャールを意識している。甘美で濃密、それでいて爽やかな後味をのこす佳品だった。

ドヴォロヴェンコ&カレーニョの『くるみ割り人形』は、完成度が抜群。Aプロでは『海賊』、Bプロでは『白鳥の湖』第二幕と、今回このペアがもっとも古典の精髄をみせてくれた。ロホ&ウルレザーガ『エスメラルダ』もいい。ロホは全幕特別プロ『ドン・キホーテ』では本調子ではないようにも見受けられたが、尻上がりに調子を上げてきた。驚異的なバランスに驚かされる。ウルレザーガもこれまで印象に薄い踊り手だったが好演。

コジョカル&コボーの『スターズ・アンド・ストライプス』にも惹かれた。コジョカルの、ラインが美しく、はつらつとした踊りをみているだけで幸せになる。コボーも足技が惚れ惚れするほどすばらしい(Aプロの『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ)でも感じたが、バランシンというよりヴルノンヴィルの使い方に見えてしまうが)。コボーの演技など力が入りまくっていて、少し野暮なところもなくはないが楽しめる舞台だった。

ギエム&ル・リッシュの『白鳥の湖』第二幕は、ある意味、もっとも本公演で注目されていたのではないだろうか。ギエムは現在、『白鳥の湖』を封印している。今回、特別に踊るということで関心が集まった。しかし、ヴァリーションがなく、アダージオからコーダへという、謎の構成だった(時間の問題か、ギエムの意向か知らないが)。結果から言えば、ギエムはやはりギエムだった。一見、クールに踊る。しかし、淡白だとか、情感に乏しいとは思わない。以前、ある人が、ギエムの踊り(特に古典)について賛否あるけれども、あくまで主観の相違に過ぎないと述べていて、全くその通りだと思う。ギエムの抜群の技術と、今が盛りといえる完璧な身体制御によって、言葉は変だけれども、逆に、全く技術を感じさせずプティパの振付が踊られることにやはり驚かされる。Aプロでのコンテンポラリー『TWO』、Bプロでのドラマティックな『椿姫』、そしてガラでの古典『白鳥の湖』と、作品選択の妙とアピールの巧みさは、一頭地を抜いている。

最後に、今回のバレエフェス全体を通して思ったことをいくつか。

さまざまな国の踊り手の演技を一挙に観られることは得難い機会である。ボーダーレス化するバレエ界のなかで、古典にしても踊り方やテクニックの違いや、個性を実感できたのが収穫。中南米やオーストラリア、北米の出身あるいは拠点のバレエ団の踊り手を観られたことは世界のバレエの見取り図を示すことで意義深い。しかし、そのため、出場ダンサー、演目が増え、やや飽和状態にも感じられた。

若い、日本であまり知られていないダンサーを紹介するのは好ましく、大賛成。しかし、百戦錬磨のスターたちと並ぶと、多くの場合見劣りするのも事実。今回の初出場組は、Aプロ、Bプロ、ガラと、国際的スターたちと競演することで、着実に力をつけていったのが感じられた。それを温かく見守るバレエ・ファンもいるが、高額のチケット代を払って、スターの育成の場をみせられても困るという観客が多いのも実際のところだ。要するに、彼らは、スターのなかのスターによる公演がみたいのだろう。でも、それでは、やがてはみずからの首を絞めることになってしまう。スターを見出し、応援し、育てる(下司な言い方ではあるが)のもバレエ愛好者の醍醐味である。前回のように、フォーゲル、バランキエヴィッチ、リアブコらブレイクした踊り手もいるわけであり、“当たり外れ”は致し方ない。

主催者としても、その辺りの折り合いをどうつけるか、苦心のしどころだとは思う。観客からの意見は参考にして欲しいが、衆愚に陥っては、バレエフェスの未来はないのも確か。いずれにせよ既に次回への期待が膨らんでいる。

(2006年8月13日 東京文化会館)

2006-08-06

[]京都バレエ専門学校創立30周年記念公演―有馬龍子バレエ団―


ACADEMIE DE BALLET DE KYOTO 30th memorial recital-Arima Ryuko Ballet

日本初のバレエ専修学校として知られる京都バレエ専門学校。1976年に有馬龍子と有馬弘毅により創設され、今年で創立30周年を迎えた(現校長・有馬えり子)。名門パリ・オペラ座バレエ学校とも交流が深く、顧問に往年の名プリマ・イヴェット・ショヴィレ、芸術顧問には永年オペラ座バレエ学校の校長を務めたクロード・ベッシーが名を連ねる。「バレリーナのヘルスケア」などの著作でしられる蘆田ひろみも所属、指導。多くの卒業生たちの活躍も目覚しく、関西いや、日本のバレエへの貢献は多大なものがある。今回、創立30周年を記念して盛大に公演が行われた。

第一部、バレエコンサートの幕開けは、『VIVE MOZART』(振付:安達哲冶)。モーツァルトの「交響曲第25番」にのせ、ソリスト、アンサンブルが華やかに踊る。ミステリアスかつ天上的な響きが生徒たちの若さによく似合う。吉岡ちとせ&陳秀介(新国立劇場バレエ団)による『海賊』よりのグラン・パ・ド・ドゥ、竹澤智子&アンドレイ・クードリャ(田中規子バレエアカデミー)の『ラ・シルフィード』よりもまずますの出来栄え。桃谷百子ら五人の生徒がセルゲイ・サボチェンコ(NBAバレエ団)と踊った『パ・ド・シス』も充実していた。

この幕最後は、『エスメラルダ』よりのグラン・パ・ド・ドゥ。卒業生であり有馬龍子バレエ団で活躍する福谷葉子とパリ・オペラ座のプルミエ・ダンスール、カール・パケットの共演。パケットは、今春のバレエ団来日公演でブレイクした、時期エトワールの有力候補だ。キャラクター的資質が注目されるが、ノーブルな魅力もあわせ持つ。昨年の「ルジマトフのすべて」でドロテ・ジルベールと踊ったのに比べるべくもないが、ヴァリエーションの完成度はさすが。福谷も、タンバリンを用いながらの難度の高いヴァリエーションを巧みにこなし喝采を浴びた。

クラシックのみならず、コンテンポラリーも上演。『B-double』は、福岡雄大と福田圭吾によるデュオ。振付の矢上恵子は、ローザンヌほか国際バレエコンクールの課題振付を手掛けるなど国際的評価が高い。オフバランスの動きを多用した、ハードでパンチの効いた作風が特徴。本作では、両手を長いベルト状のゴムでつながれたふたりが、格闘技をおもわせるアグレッシブな動きを繰り広げた。『Fragments of a Dream』は、ジョーイ・チーキ&吉本真悟の共作共演。西洋のコンテンポラリー・ダンスの素養を持つ両者による濃密なデュオは見応え十分だった。

第二部には、『オーロラの結婚』が上演された。ニジンスカ版ではなく、『眠れる森の美女』の美女の第三幕の上演である。オーロラ姫は、卒業生の藤川雅子。デジレ王子は、パケット。両者の品のよさがにじみでる端正なパ・ド・ドゥに仕上がっていた。フロレスタン王に、往年のオペラ座エトワールでベジャール作品などでも知られるミカエル・ドナールが特別出演。舞台に厚みと華をもたらした。

カーテンコールに続き、来賓含め30年の歴史を築いてきた教師陣たちが紹介された。いまだ国立、公立のバレエ学校がない日本。そのなかで30年も前に、京都の地において初のバレエ専修学校を創設し、今日まで継続・発展させている意義は大きい。全国津々浦々のバレエスタジオ、首都圏、名古屋、関西を中心に意欲的な活動を展開するバレエ団は数多い。日本のバレエは、民間の力で普及し、質を向上させてきた。その歴史を改めて実感させられる公演だった。

(2006年7月23日 京都会館第1ホール)

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