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ダンスの海へ 舞踊評論家・高橋森彦のblog このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2007-08-29

[]創作作品の再演について

先日鑑賞したダンスカンパニーカレイドスコープ「The World of Kaléidoscope vol.2」(8/25-27 スパイラルホール)では『Moment, Once, Certain』『Figure Edit』という作品ともに再演であった。このカンパニーは今年2月に主宰・振付家の二見一幸の新作3本立公演を行い、5月にはメンバーたちの創作公演を試みた。そして夏は旧作の再演である。ベテラン中心に奥深い表現で魅せた『Moment, Once, Certain』、若手ダンサーを用い透徹したムーヴメントの造形で観るものを圧する『Figure Edit』それぞれ微に入り細に入って練り上げられ完成度が高い。再演の重要さを肌で感じさせられる機会であった。

バレエにしろコンテンポラリーにしろ現代舞踊にしろ創り手は皆新作を作りたがる傾向にあるように思われる。観客にしても新しい作品を観たいという欲求が強いだろう。だが、身を削るようにして創られた新作を1回の公演でお蔵入りしてしまうのはいかにも惜しい(無論、再演に値するものに限る話だが)。練り直した再演は作品を成長させる。評判の作品を多くの観客に観てもらえるチャンスでもある。

舞踊とは一回性の、はかない芸術。一時的に賞賛を博した話題作が跡形も無く消えることも珍しくない。だが、歴史を通してみると残るべき作品は残り命脈を保つのもの。時というものは何と正確で残酷な批評家なのだろう。今では古典の『ジゼル』や『ラ・シルフィード』『白鳥の湖』なども様々な艱難の道を経て生き残った。ケネス・マクミランの『マノン』『マイヤリング』など初演時の批評家の評判は芳しくなかったが今では20世紀バレエの名作扱いである。モーリス・ベジャールの『春の祭典』や『ザ・カブキ』もそうだ。

現代の一級の振付家たちのなかにも自作の再創造や再演に力を入れているものが少なくない。ベジャールがそうであるし、ピナ・バウシュもそう。ヌーヴェル・ダンスの旗手だったアンジェラン・プレルジョカージュもしかり。日本でも佐多達枝、勅使川原三郎や大島早紀子などは新作公演とともに旧作の再演にも力をそそいでいる。

ダンス芸術が広く根付いていくためにも優れた作品の再演、レパートリー化は欠かせない。ただ、振付家が主体となって活動する小カンパニーではなかなか難しい。大バレエ団や有力団体がそれらの優れた振付家の作品をレパートリーに加えるのも手であろう。再演活動に関して公的・民間の支援の強化も一層望まれる。

鑑賞者も新作に気が向いてしまうが再演にも目をむけ、創り手とともに作品を成長させていく気持ちを心の隅において観劇したいものである。観客のいないところに舞台芸術は成立しないのだから。

2007-08-19

[]海外で踊ること、国内で踊ること〜「ローザンヌ・ガラ2007」など

毎年夏になると、海外のカンパニーで活躍するダンサーが帰国、各地の公演・発表会で活躍している。それらの公演をみるたび、日本という国は優れたダンサーを輩出しているという点では世界でもトップレベルだと痛感させられる。

先日行われた高円宮憲仁親王殿下メモリアル「ローザンヌ・ガラ2007」は、ローザンヌ国際バレエコンクールの日本人入賞者たちを集めてのものであり、なかなか豪華なメンバーが集まっていた(8月18日所見 青山劇場)。谷桃子バレエ団のトッププリマ・高部尚子、北米で息の長い活躍を続ける中村かおりといったベテランから英国ロイヤル・バレエのファースト・ソリスト・佐々木陽平、マラーホフ率いるベルリン国立バレエのプリンシパルに昇進した中村祥子ら人気者、今年受賞したばかりの河野舞衣、吉山シャール・ルイ・アンドレまで新旧世代が一堂に会する。里帰り組を中心に、この20年の間に日本が生んだ実力派ダンサーたちの妙技を味わえるまたとない機会だった。

このガラが興味深かったのは、海外組のプログラムに加え、貞松・浜田バレエ団による『DANCE』が上演されたこと。同団は神戸を拠点に長年、古典と創作に力を入れ躍進を遂げてきた。今回上演されたオハッド・ナハリン作品のほか、香港の鬼才ユー・リン作品(『眠れぬ森の美女』02年東京でも上演)、パリ・オペラ座バレエもレパートリーに採用するティエリー・マランダイン作品(『キエロ』)などを上演。クラシックに習熟したうえでコンテンポラリー作品をきっちり踊りこなせる、国内でも数少ない団体のひとつといえるだろう。神戸という地域で活動を続けながら世界レベルの作品を踊りこなせる技量を備えたカンパニーがあることに東京の観客は驚愕したのではないだろうか。

ローザンヌつながりで言えば、先日、同賞出身の上野水香がパリ・オペラ座バレエの新星マチュー・ガニオと共演したルグリと輝ける仲間たち・全幕特別プロ『白鳥の湖』の会も催されている(8月17日 ゆうぽうと簡易保険ホール)。上野は日本人の中でも突出したプロポーションと技量を誇り、海外での活躍も十分できるはずだが、日本を拠点に活動。スター性も高く、多くのファンに幸福を与える存在として得難いものがある。昨年、電撃的な移籍が話題をさらったKバレエカンパニーの吉田都も日本に拠点を移し多くのファンを魅了。ベテランやスターたちが国内で活躍してくれるのは嬉しい限りだ。

コンテンポラリーでも、日本初のレジデンシャル・ダンス・カンパニーとして注目浴びる(もはやクリシェと化した形容だが)Noismの新メンバーに海外の一線でバリバリに活躍するメンツが加わったようだ。プロのカンパニーとしての陣容が整い、踊り手にとっても魅力的なカンパニーとなりつつあるのだろう。Noismも活動4年目を迎え、南米、ロシアツアーも敢行、国内のみならず海外を視野に入れた活動を展開しつつある。

海外で踊る邦人、そして国内を拠点に世界に目を向け着実に活動する団体・個人。ともにダンスシーンを活性化させる存在として一層活躍してもらいたいものである。

2007-08-16

[]赤江瀑と歌舞伎、そしてバレエ

赤江瀑の「平成」歌舞伎入門 (学研新書)

赤江瀑の「平成」歌舞伎入門 (学研新書)

まさに待望の書が出た。『赤江瀑の「平成」歌舞伎入門』である。単なる演目の紹介や見巧者の芸談とは違う。平成の時代に活躍する歌舞伎役者像を捉え、その魅力を描くとともに歌舞伎界の問題点までも提起している。

赤江が初心者に提案するのは、歌舞伎に親しむためには「徒手空拳」で向き合うのが望ましいということ。なるほど、舞台を見て受けた感動が最初にあり、その後、より深く知りたいと思えば自ずと舞台を追いかけ書籍を紐解くようになる。鑑賞者としてのあるべき姿。いくら長年多くの舞台を観、通になっても常に新鮮な気持ちを持ち舞台から受けた感動を大切にしたいものである。

同書に興味深いエピソードが記されている。六世中村歌右衛門が畢生の当たり役とした『壇浦兜軍記』の阿古屋を坂東玉三郎に指導したこと。筝、三味線、胡弓の三曲をひきこなせなければならず難役、歌右衛門以外に手を出せないと思われていた。歌舞伎界にも様々な利害や因習があるだろう。また、己の芸を墓場まで持っていくのもひとつの道である。しかし、歌右衛門は玉三郎に芸の伝承を許した(歌舞伎座での再演をみたが素晴しい出来だった)。芸というものの持つ奥深さを感じさせる挿話である。

赤江瀑といえば絢爛たる文体を駆使した幻想小説の書き手としてしられるが、その作品の題材は多彩。歌舞伎はもちろん、能、陶芸、刀剣といった芸能や古美術などに加え、バレエも題材になっている。デビュー作『ニジンスキーの手』がそう。名作である。また、ジョルジュ・ドンが主演した『ニジンスキー・神の道化』の日本ツアー(1991年)のプログラムにも「魔法の祷り」と題する一文を寄せている。バレエにも造詣が深いのだ。

2002年春、ベジャール・バレエ・ローザンヌが来日した際、特別ガラにおいて『東京ジェスチャー』が世界初演された。モーリス・ベジャールが小林十市に振付けたこの作品は、稀代の名女形・歌右衛門の芸と生、小林の積み重ねてきたバレエ人生が合わせ鏡になり、また、歌舞伎とバレエという東西の文化が融和、蟲惑的な世界を生み出していた。渡辺保による名批評が「ダンスマガジン」誌に載ったが、赤江が舞台を観、その感想を述べたらどんなものだったろう。そんなことを夢想したこともあったと思いだす、暑い夏の日々である。

2007-08-08

[]盛況の来日公演

夏の東京は例年のごとく大型公演が目白押し。3年に一度のお楽しみ「世界バレエフェスティバル」はお休みだが来日公演が続く。7月にオーストラリア・バレエ団がグレアム・マーフィー版『白鳥の湖』、スタントン・ウェルチ版『眠れる森の美女』という異色作を上演。ニーナ・アナニアシヴィリ率いる「グルジア国立バレエ」は『白鳥の湖』『ドン・キホーテ』を上演した。8月にはいると、イタリアの名花アレッサンドラ・フェリの引退記念興行も行われた。今後もマニュエル・ルグリとパリ・オペラ座バレエの精鋭によるグループ公演、マリインスキー・バレエとボリショイ・バレエの合同ガラ公演も行われる。

居ながらにして世界のトップレベルのダンサーたちの演技を目にすることのできるのは嬉しい限り。出産を経てのニーナ・アナニアシヴィリ3年ぶりの来日公演は多くのファンの熱狂を呼んだ。ニーナはやや肉が付いた印象だが齢を重ね、成熟した演技が評判。降って沸いたような企画にも思われたがフェリの引退興行もフェリをはじめジュリー・ケント、アリシア・アマトリアイン、ホセ・カレーニョ、ロバート・テューズリー、アレクサンドル・リアブコら人気・実力とも一線級が揃った。フェリの爽やかな燃焼は多くのファンの目に刻みこまれたことだろうし、エレガントな魅力が深まったケントや奥行きのある演技のリアブコらの人気も高かった。フェリのパートナー、ロベルト・ボッレの株も上昇。

スターたちの饗宴に目を奪われるが、プログラムとしても充実した公演が増えている。オーストラリア・バレエ団の2演目は古典の大胆な新演出で目の肥えたバレエファンを驚かせたし、フェリの引退興行もバランシン、アシュトン、マクミラン、ノイマイヤー、フォーサイスからシュプック、ウィールドンら現代バレエのレパートリーが並び興味深い(世界バレエフェスは以前からそうだが)。ルグリ公演やマリインスキーとボリショイの合同公演も多彩なラインアップに期待が持てそう。

観客の求める水準は高くなってきている。内容はもちろん入場料に関しても。いくら一流のものでも料金が明らかに高いものは以前ならいざ知らず、最近では売れ行きは芳しくない。いっぽう、内容はよく良心的な公演であっても、コアなバレエファンには評判いいが広く訴求できないものもないわけではない。そこは難しいところで、興行でありつつ芸術を扱うわけだから常にせめぎあいがあることだろう。観客=消費者もしっかり選択眼を持ち、意思表示していくことがより求められるのはいうまでもない。

2007-08-05

[]Sym's BALLET「ロミオ&ジュリエット」

東京シティ・バレエ団の志賀育恵には以前から注目しており専門誌紙に何度も評を書く機会にも恵まれた。柔らかな身体のラインを生かした踊りはいつみても小気味いい。ここ数年はバレエ団のプリマとしての地位を確固たるものとし、昨年は『カルメン』『白鳥の湖』『くるみ割り人形』のほかモダンダンスの野坂公夫振付『曲舞』にも主演、その才能を遺憾なく発揮した。「オン・ステージ新聞」の新人舞踊家ベスト1など舞踊賞も獲得。いまが旬のバレリーナといえよう。志賀は今年9月から1年間オーストラリアへ在外研修に行く。その前の最後の舞台となるSym's BALLET公演にも彼女のファンや関係者が数多く駆けつけた。

畠山慎一の構成・演出・振付による『ロミオ&ジュリエット』は、志賀をはじめ多才な踊り手を集め、なかなか興味深い舞台に仕上がっていた。立ち上がりはやや説明に終始し、いまひとつ盛り上がらない嫌いはあるものの原作をうまくまとめている。バルコニーの場以降は引きこまれた。

志賀の踊りはほとんど完璧。とくに伸びやかなジュテや力強いバットマンには息を呑むほかない。だが、今回注目すべきはその演技。可憐な少女から恋を知り大人へと変貌を遂げるさまを心のこもった演技で魅せた。この人は正直にいって器用なタイプではないと思う。小手先の演技や顔芸に走ればそれらしい演技は誰にでもできる。でも、志賀はそれに走らない。その場、その時に沸きあがる感情の振幅をダイレクトに伝える。今後、演劇性を必要とする役柄にどんどん挑めば、よりそのドラマティックな資質を伸ばすことが出来るだろう。研修の成果に期待したい。

ロミオ役・マイレン・トレイバエフも王子然とせずどこか無骨ではあるものの真摯な演技に心打たれた。マキューシオの中川賢、ティボルトのGORIらも異色の存在感を発揮。ヒップホップの動きなども取り入れた群舞も迫力はあった。

廣田あゆ子振付『The Color of recollection』はコンテンポラリー風、畠山振付『硝子の月』はクラシック風、それぞれ語彙の並べ方などに工夫の見られる創作だったが、スタジオのダンサー中心らしく踊り手の水準がやや寂しいのは否めないか。刺激的な創作バレエの創造は難しい。今回のリサイタルの創作は、いずれも随所に苦労のあとが忍ばれる。厳しい道のりだが創作に意欲を燃やす姿勢には共感したい。

(2007年8月2日 なかのZERO大ホール)

2007-08-03

[]清里フィールドバレエ『かぐや姫-LUNA』

山梨県・清里で行われる「清里フィールドバレエ」を観にいった(以前にも行ったことはある)。バレエシャンブルウエストと萌木の村の主催によるこの催しは今年で18回目。国内では唯一の長期野外バレエとして知られる。清里の夏の風物詩としてのみならず全国的にも注目されるイベントとして定着しており、今年はなんと全国紙の1面を飾るという快挙を成し遂げた(舞踊に関する記事で1面ということは過去に例がないだろう)。

清里を訪れたのは公演2日目。中央本線に乗り甲府を経由、小渕沢で高原列車に乗り換える。鬱蒼とした森を抜け清里駅に降り立つと、肌寒さに襲われる。標高1274メートル。JRの駅のなかでも2番目に標高が高いとか。慣れてくると涼しく快適だ。空気もおいしく理想的な避暑地である。夜8時からのバレエを前に宿泊先にチェックイン、夕食を摂る。地物の肉類や乳製品もおいしく野菜や果物も新鮮。一皿一皿に清里の豊かな自然を感じさせられた。

8時前、会場に入る。空は暗く、星がみえる。森の木立の中にステージがあり、客席は大きな芝生の広場。芝生席の後ろに椅子席。多くの人が集まっている。近隣の住民のみならず、全国からの観光客がいるのだろう。同じ宿泊先にも、フィールドバレエ観劇をしに来ている方たちがいた。14日間、13ステージの客席を埋め尽くすのだから大したもの。

今宵の演目は『かぐや姫-LUNA』。いわずと知れた「かぐや姫」のお話だ。2004年に新国立劇場で初演された際には物語バレエとして魅力的な展開と、プラネタリウムを出現させた斬新な美術などスペクタクルが融合した舞台が好評を博した。今回は、休憩入れて2時間弱と刈り込まれたが野外舞台ならではの魅力を活かしたステージとなった。星々や月が借景となりドラマを盛りあげる。舞台奥、漆黒の闇のなかに浮かびあがる竹林には陶然とさせられる。衣装、照明も変化に富み夢幻的な世界をかもし出していた。かぐやを踊った川口ゆり子の、衰えを知らぬパフォーマンスには驚嘆させられる。ポジションを精確にきっちり回りきる回転技など凄い。時の帝の今村博明とのアダージオは白眉であった。月の帝の佐藤崇有貴も両者に拮抗する厚みがあり作品の風格を高めている。他の出演者も内藤明日香、松村理沙、吉本真由美、吉本泰久はじめ実力派を揃う。若い踊り手が次々出てきているのも強みだろう。ヴァリエーションを踊ったものや男性陣のなかに生きのいい人材が見て取れた。

フィールドバレエは長い年月を経て今に至る。客席で舞台を観ていた子どもがバレエを志し上京、出演者として故郷に錦を飾るケースも。それはとりもなおさず、出演者、スタッフが真摯に仕事を続けてきたからに他ならないだろう。野外の、簡素な舞台だからといって決して妥協しない、手を抜かない。狭い舞台など色々な制約もあろうが様々な工夫により解決してきたようだ。観客に本物の舞台を魅せる。その日、その時、はじめてバレエをみる観客が客席にいるかもしれないと考えると、舞台人としては手を抜くことは出来ない責任がある。一つひとつの舞台の積み重ねがあってこそ今日の隆盛があるのだろう。豊かな自然のなかで過ごす贅沢な時間、本物のバレエ鑑賞体験。リピーターが多いのも当然である。

※8月9日まで開催中。

HP http://www.moeginomura.co.jp/FB/

(2007年7月28日 清里高原 萌木の村 特設野外劇場)