トヨタコレオグラフィーアワード2008nextage

■次代を担う振付家
鈴木ユキオ『沈黙とはかりあえるほどに』

ネクステージ特別賞
KENTARO!!『泣くな、東京で待て』
■オーディエンス賞
KENTARO!!『泣くな、東京で待て』
きたまり『サカリバ007』

次代を担う振付家の発掘・育成を目的としたトヨタコレオグラフィーアワードが2年ぶりに行われた。今回は、170組が応募(全国の舞台関係者の推薦含む)、書類・映像資料による1次選考を経た16組によるファーストステージを突破した6組が最終審査会に挑んだ。ファイナリストの選出に関してできるだけオープンに公平を期そうという意図は見て取れる。審査会は前回までは2日間に分けて行われたが、今回は6組が1日で作品を上演。2日目は授賞式と受賞者(時代を担う振付家賞、ネクステージ特別賞、オーディエンス賞〔2組〕)による公演が行われた。授賞式では、審査委員が各々短いながらも各作品についてコメントを出して講評。その点、この種のコンペとしては画期的ではある。
山賀ざくろ・泉太郎『天使の誘惑』は、このところメインストリームからは遠ざかりつつある演芸系のダンス。白いボードの前で踊る山賀を撮影した映像に泉がマジックインクで動きをなぞったりするさまが映し出される。リアルな身体とバーチャルな身体の交錯するさまをローテク、遊び感覚でみせようという発想はよいとして、結局なにも起こらないまま漠然と時が過ぎてしまった。アイデア倒れというかアイデア不足か。
得居幸『Bring Me a PPPeach(もももってきてちょうだい。2)』は、yummydanceの作品。日常的な動きを中心に連ねていくことでダンスが発現する、とでもいうべきものだが、部分部分に面白さは感じられてもつながりがわざとらしいというか段取りめいてくるのが残念だった。大きな舞台空間を意識した演技や空間構成もみられたが、yummyならではのキッチュかつ親密性あふれるテイストが十分活かされたとはいい難い。yummyの熱心なファンであればあるほど惜しい、悔しいと思ったのではないか。
鈴木ユキオ『沈黙とはかりあえるほどに』は、昨秋に月島の倉庫ほかで上演された1時間ほどの作品を短縮し練り直したもの。初演では鈴木のソロ中心としたストイックなダンスが印象に残っている。今回、鈴木はもちろんのこと、長めのソロパートをよく耐えた安次嶺菜緒らがより密度の濃いダンスを披露。大音量の音楽と無音の対比も強烈で、派手なことはしなくても予測不可能なスリリングな瞬間が途切れることはなかった。鈴木は舞踏出身。演劇的な趣向等も織り交ぜた創作など模索を重ねてきたが、『犬の静脈に嫉妬せず』(2006年)以降は、身体と空間について徹底して突き詰める姿勢が顕著になった。今回はその追求が最良の形で結実した印象。ただ次作以降の展開に関していえば、この路線を踏襲するのかしないのか分からないが、よりハードルが高くなったのは確か。いかにそれを乗り越えていくのか注目して見守っていきたいと思う。
KENTARO!!『泣くな、東京で待て』は、横浜ダンスコレクションRでも受賞を果たし波にのる新星の作品。バックボーンであるヒップホップのテクニックも織り交ぜた、軽やかで衒いのないダンスはポップな選曲とあいまって観ていて心地よい(さまざまなものをミックスしただけという印象もあるが)。等身大の若者の、切ない生の実感みたいなものを分かり易く伝えてはいる。一歩間違えればダサくてセンスの悪いものになってしまうところをギリギリの線で見せ切るのは巧い。ただ、分かり易いのは良いのだけれども、狙いすぎな印象をもたれる怖れもある。また、最後近くにテロップで表示される「ボクは苦悩しながらも精一杯生きています」みたいな表出は、センチメンタルでこっぱずかしい。とはいえ、審査会でもっとも観客の熱烈な拍手を呼びおこした。人の目を惹きつける資質は抜きん出ているのだから、それを活かして我が道をいけば良いのでは。
北村成美『うたげうた』は、“なにわのコレオグラファー”しげやんこと北村のソロ。北村といえば、ひとりレビューを標榜する『i.d』のハードで楽しいダンスの印象が強いが、この作品でもダンサーとしての技量の高さを示してはいた。出産からの復帰後、関東における劇場初公演ではないだろうか。ただ、作品の内容云々よりも経験豊富で海外ツアーやワークショップも積極的に行うベテランといっていい実績の持ち主があらためてこの場に出てくることに、果たしてどのような意味があるのか疑問には思った。キャリアがあるのが問題ではない。このコンペはキャリアやジャンルにとらわれない、次代のダンスを切り開く作家を後押しするものだと承知している。ただ出場する以上、新たな試みを見せてほしかった、というのが偽らざる実感(講評で審査員のひとり伊藤キムがまさにそのようなことを述べていたが全くの同感である)。
きたまり『サカリバ007』は、行き場の無い袋小路に追い詰められたような女の子たちの妄想や生理感覚を描いた作品。が、ただ描いただけ、といえなくもない。個々のシーケンスに見せ場はあるし、狙ったことはかなりの水準で達成できているのは間違いないが、妄想や生理を表現し、羅列しただけの感もある。観るものの妄想を喚起させるような強度を持った表現にまで昇華されていない恨みは残念ながら残った。
結果、時代を担う振付家賞を鈴木が、ネクステージ特別賞をKENTARO!!が獲得。オーディエンス賞はKENTARO!!ときたまりが受賞した。ネクステージ特別賞というのは次点的意味合いなのだろうか。なにはともあれ妥当な結果に思う。2日目の授賞式で行われた審査員の講評も各委員が各作品について明確な価値判断を表明し、ほぼ納得できるものであった。次回は2年後に行われる。コンテンポラリーダンス界の一大イベントとなったが、文字通り次代を担う新たな才能を評価し、より飛躍していくためのステップとしての機能を今後も果たしていってほしいと思う。1次選考や2次審査等のシステムについての意見も多々出てくるだろうが情報公開も含め、活発な議論と慎重な検討を重ねた上で最良の方法によってアワードが運営されることを切に願っている。
(2008年6月28、29日 世田谷パブリックシアター)
■参考
得居幸(yummydance):http://www.yummydance.net/
鈴木ユキオ(金魚):http://orange.zero.jp/bulldog-extract.boat/
KENTARO!!:http://www.kentarock.com/
北村成美:http://www.shigeyan.com/
きたまり(KIKIKIKIKIKI):http://kitamari.com/