第12回「世界バレエフェスティバル」の意義と成果

3年に一度のお楽しみ第12回「世界バレエフェスティバル」が先日幕を下ろしました。祭りの後の漠たる寂寥感を感じている方も少なくないのでは。今回、A・Bプロ、ガラ、全幕プロ3公演、一昨年逝去したモーリス・ベジャール追悼の特別プロ「オマージュ・ア・ベジャール」それぞれ1回づつ計7公演を観ました。感想を綴れば尽きないのですが、それとは別にA・Bプロ、ガラについて気になった点を記しておきたいと思います。
まず客席の反応について。私見ですが、大スター、ブランド・ダンサーだけに大きな拍手が沸くことはなく、各自がパフォーマンスの良さを見極めヴィヴィッドに反応している様子が感じられました。すばらしいパフォーマンスであれば、それに見合う拍手が送られる。観客の目が肥え、ダンサーも心して白熱の演技をみせることにつながります。上から目線の言い方になりますが、日本のバレエ・ファンの成熟を強く感じました。
観客の成熟という点から派生して気になったのがバレエフェスというイベントの意義について。「バレエフェスを観れば最新の世界バレエの潮流が理解できる」という触れ込みは常套句となった感があります。果たしてそうなのでしょうか?たしかに、スターダンサーらとともに新鋭の踊り手が毎回登場、古典のパ・ド・ドゥのみならず多様な現代作品が紹介され充実しています。上演の質は折り紙つき。ビギナーであればあるほど最高のものを早い時期に触れることは有益です。古典一辺倒、ことにロシア・バレエに偏った日本のバレエ・ファンの嗜好を変えたのは主催者の功績といっていいでしょう。
とはいえ、長く続くイベントは時代の要請もあって回を重ねるうちに性質が異なってくるもの。古典と現代作品をバランスよく上演する配慮は感じられますが、バレエ・ファンの成熟に連れて内容は決してビギナー向けといえなくなってくるのも確かです。たとえば、今回のBプロの第2部では、マクミランの『マノン』第1幕のパ・ド・ドゥを含め、ノイマイヤー、キリアン、フォーサイス、エック、マーフィーと現代作品の抜粋が続きました。個人的には大変楽しめましたし、上演水準は文句のつけようがない。ただ、コンテンポラリーが苦手な人やビギナーは付いていけないかもしれません。でも、世界のバレエ界の趨勢からすると自然なこと。今後一層現代作品が多くなることもあり得るでしょう。バレエ界の「いま」を伝えるイベントとしては当然の姿勢に思われます。
逆にいうと、バレエフェスとは、年季の入ったバレエ・ファンであればあるほど楽しめるものなのも確か。古典にしろ現代作品にしろ抜粋の場合であっても、熱心なバレエ・ファンであれば鑑賞体験や知識が豊富で、どういう場を上演しているのか、どういう演出なのか瞬時に理解できます。今回の白眉であったアイシュバルト&バランキエヴィッチによるクランコもの――『オネーギン』第三幕より(Bプロ)、『じゃじゃ馬馴らし』より(ガラ)やデュポン&ル・リッシュによるプレルジョカージュ『ロミオとジュリエット』(ガラ)にしても全編の展開を知っていると感動が2倍、3倍になるのは間違いありません。ガラで上演されたボァディンの踊る『アルミードの館』シャムの踊りもそう。20世紀初頭に活躍したバレエ・リュス伝説の舞踊手ニジンスキーの当たり役でしたが、ノイマイヤーの振付では、ニジンスキーのポーズや表情までを当時の写真等の資料から緻密に起したと思しき箇所が見て取れます。バレエ・リュスやニジンスキーについて知り、ノイマイヤーが熱心なニジンスキー・マニアであることが頭にある観客にはたまらない逸品でしょう。
バレエフェスとは、バレエ芸術の粋を最上級の形で集めたもの。より深いバレエ鑑賞の旅へと誘ってくれる道標として、また同時にコアなバレエ・ファンのマニアックな鑑賞欲を満たす場として得難いと改めて実感。世界的にみても第一線のダンサーをこれでもかと揃える規模の大きさ、そして、質を兼ね備えたイベントは考えられません。ガラ公演の余興いわゆる「ファニー・ガラ」の際に「2012年第13回世界バレエフェスティバル予告編」というスライドが上映されました。早くも3年後、次回への期待が高まります。