現代舞踊は変わりつつあるのか? それとも・・・

わが国のダンス・シーンにおいてバレエ/コンテンポラリー/モダンといったジャンルの壁がいまだ強固に存在します。非バレエのアートダンスとしては、近年、コンテンポラリー・ダンスが隆盛を誇り市場を拡大してきました。舞踊ジャーナリズムの援護も手厚い。いっぽう、現代舞踊といえば、コンテンポラリー・ダンスの陰に隠れている印象。しかし、近年は、モダン/コンテンポラリーという枠組は比較的緩やかな感も。
コンテンポラリー・ダンスの優れたアーティストの少なからぬ人たちも、現代舞踊や大学ダンス、児童舞踊出身です。「横浜ダンスコレクションR」コンペ部門では2005年以降、現代舞踊系の振付家の作品が決選に残ることも増えてきました。JCDN「踊りに行くぜ!」でも、現舞系や大学ダンス系の若手アーティストが選出され、各地でパフォーマンスを披露しています。現代舞踊サイドから、優れた逸材が出ているというのは事実。現代舞踊を中心に観ている批評家等が「面白く大きく開花する可能性を秘めた才能は誰か」を厳選して情報発信してもらえると、観客サイドとしては大変助かるのですが、なぜかそういう情報はあまり流れてこない・・・。この9月前半に足を運んだ公演では、現代舞踊系と目される中堅・若手アーティストの創作・ダンスに興味深いものが散見されました。本来、当方の役回りではないのですが、簡単に報告しておきましょう。
若手による自主公演に刺激的なものが続きました。高瀬多佳子ダンスギャラリー『Dancing,Passing,and Landing』(9月4、5日 シアターΧ)、本間祥公ダンスエテルノ主催/山口華子ダンスパフォーマンス『décalcomanie』(9月15日 Super Deluxe)です。
高瀬公演の話題は、アメリカで生まれ、日本・オランダ・イギリスで学び、現在ロンドンのヘンリ・オグイケ・ダンスカンパニーで活躍する高瀬譜希子。その敏捷な運動神経から生み出されるエッジの利いたダンスは一度見たら目に焼きついて離れません。今回は、ロンドンの仲間たち、母の多佳子とのコラボレーションを発表しました。やや抑えたトーンのダンスが続き、観客の期待する爆発的なエナジーに満ちたダンスとは違ったもののダンサーとして創作者として模索している様が見て取れ興味深い公演でした。
ダンスエテルノ公演は、2009年度東京新聞主催全国舞踊コンクール創作部門第1位を獲得するなど新進の振付者として期待される山口の初単独公演。山口と本間、檜山和久によるトリオ『デカルコマニー』、シューベルト曲/シラー詩による「弔いの幻想D7」を用いた女性群舞作品『メメント・モリ』を発表しました。前者では、3者の関係性・距離感のなかに、山口の無意識の意識が顕在化するような緊密感を孕み、後者では甘美に痛切に生と死という主題を衒いなく取り上げ、観るものに何がしかの深い感銘をあたえます。山口には振付スキルも充分ありますが、それ以上に「語るべき何か」を持っていると感じさせるのが末頼もしく、創作者としての今後に大いに期待が持てました。
いっぽう、現代舞踊の牙城といわれる現代舞踊協会は「2009 時代を創る 現代舞踊公演」開催しています(9月1、2日 東京芸術劇場中ホール)。以前「新鋭・中堅舞踊家による現代舞踊公演」という名で行われてきたものを近年名称変更、次代を担う創作者を育てる姿勢を鮮明に。この類の会は、5分から10数分の作品がいくつも並び、観客にとって不親切なものが少なくないとの批判も耳にします。この企画では、最近、総体的な質の向上と上演順の工夫などによって新機軸を狙っている模様。いくつか批評記事を目にすると、内田香『flowers』、ハンダイズミ『blue bird』などが好評だったようです。
同協会活動として今後注目されるのが、来る12月、文化庁芸術団体人材育成支援事業として行われる「現代舞踊公演」。そのラインアップは、「現代舞踊的には」という留保つきとはいえ挑戦といえます。加賀谷香『パレードの馬』、菊地尚子『シンフォトロニカ・フィジクロニクル』、池田美佳『innocent』。従来は、率直に言って“人材育成”と銘打ちながら、大御所や中堅が順繰りに作品発表してきた印象もありました(出演者に若手を起用する等の意義あって文化庁助成基準を充たしていたということは理解できますが)。今回は、作者もダンサーも20〜30代の若手中心の大抜擢が続きます。
加賀谷、菊地作品は再演。加賀谷の『パレードの馬』は新国立劇場コンテンポラリーダンス公演で初演された話題作のため、ご覧になった人も多いはず。『シンフォトロニカ・フィジクロニクル』はラヴェルの名曲「ボレロ」にのせアンサンブルが緩急自在に踊る異色作。意図してかどうか分かりませんが、現代舞踊が苦手の人にも受け入れられ易いものを選んできた印象です。そして、注目は池田作品でしょう。池田は、まだ20代半ばです。切れよく繊細なダンスを持ち味とし、コンクールでの小品においても動きだけでなく照明や演出にもセンスをみせる新鋭。平山素子や新上裕也作品等への出演も増え、注目されつつあります。今回大舞台に抜擢されたのは、異例中の異例。若い世代に期待といったところなのでしょうか。数年前ならば考えられもしないことが起こりつつあるのは確か。新しい波がこれからも続くのか、あるいは一過性に終わってしまうのか…。観客やジャーナリズムは、その動向を見守るしかありません。