プリマ誕生の土壌作りに必要なものとは?〜牧阿佐美バレヱ団の最近の舞台から

森下洋子が久々に『白毛女』を踊って反響を呼び、吉田都毎日芸術賞を獲得し、下村由理恵の踊った『ジゼル』が大変な評判になり、斎藤友佳理の服部智恵子賞受賞の報が舞い込むなどベテラン・バレリーナの活躍が話題になる。いっぽうで、若くて実力と華を兼ね備えたプリマが払底している感はぬぐえない。各バレエ団とも新たなスターの育成・売り出しに躍起な印象も受けるが、メディアを使って押し出して売ろうとしても、そう簡単にはいかないことは過去のあまたある事例からして自明であろう。
そんななか若手プリマの有望株がどんどん出てきつつあると感じるのが牧阿佐美バレヱ団だ。このところ新進の抜擢が相次いで活気が増してきた。予兆は2009年秋から放送されたNHKの「スーパーバレエレッスン」にあったと思う。元英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパル吉田都の指導によるバレエ講座だったが、実技を担当したのが牧阿佐美バレヱ団の若手ダンサーたちだった。現在、英国に在外研修中のプリマ・伊藤友季子らのほか、坂本春香、日高有梨、茂田絵美子といった新進が出演した。テレビでの実技を観たただけでも、彼女たちの資質の高さをうかがい知るに十分だった。
2009年12月には、坂本が金平糖の精&日高が雪の女王を踊り、2010年12月には両者逆の配役の『くるみ割り人形』全幕があった。2010年10月には茂田が『ラ・シルフィード』全幕のシルフ役に抜擢されている。伊藤と、彼女とともにかなり早い時期から全幕主演を務めてきた青山季可の両軸、それにベテランの田中祐子、吉岡まな美が現在の牧の女性プリンシパルであるが、新世代の登場が著しい。実績のある米澤真弓も入団し、昨年末には『くるみ割り人形』で雪の女王を踊るなど活躍を見せている。
そんななか、さらに若手の躍進を実感させてくれたのが、先日の都民芸術フェスティバル参加『ドン・キホーテ』全幕だった(3月5、6日 ゆうぽうとホール)。両日とも主演のキトリとバジルはじめとした配役が新鮮で、大入りの客席は昂揚感に包まれていた。
初日は、青山季可&清瀧千晴が主演。若くして古典全幕主役を続けてきた青山と一昨年末の『くるみ割り人形』王子役で主役デビューした清瀧の組み合わせ。青山はこれまで森田健太郎や逸見智彦といったベテランと組むことが多かったが、若い清瀧とともに舞台を牽引していかなければならない立場になってきたわけだ。ジュニア時代から天才少女と称され、まだ若いながらも、いまやバレエ団の中核としての自覚が求められる。町娘という庶民的な役柄のなかで清瀧と芝居を練り上げ、ときにリードして舞台を成功裡に終えたことは、青山にとって今後への大きなステップになったと思う。
2日目は、昨年夏に入団したばかりの久保茉莉恵がキトリ役に抜擢され話題となった。それまで大阪の舞台で活躍していたが、昨年4月に行われた「全国舞踊コンクール」第一部で『眠れる森の美女』オーロラのヴァリエーションを踊って見事第一位を獲得している。久保が、決選の最後に踊ったのを観て、「勝負あった」と思った。技術・演技とも平均点が高かったし、長身で見栄えがするのも強い印象を残した。夏に入団し秋にはさっそく『セレナーデ』のソリストに抜擢されている。今回の『ドン・キホーテ』の舞台に接しての印象は、近ごろ珍しい大型新人ということ。背が高いしスタイルも良いというだけでなく、全幕初主役とは思えないくらいに堂に入った踊りで、マイムや演技も衒いなくこなしている。演技心のある菊地研のバジルとの相性もいい。第3幕のコーダでは関東の舞台では珍しく手拍子が起こるほど客席の反応が良く大盛り上がりだった。
次回公演6月の『白鳥の湖』は青山季可&京當侑一籠、日高有梨&菊地研という組み合わせ。ここでは日高の抜擢が目につく。オデット/オディール役に、手足が長く美しく清楚な雰囲気のある日高を配するというのは、役柄を重視したということなのだろう。上記した坂本や茂田、久保らも含め、公演や作品によってヒロインが変わっていくのだろうか。誰が一頭地を抜いて伊藤・青山の2枚看板に迫ってくるのか楽しみでならない。切磋琢磨しあうことで力をつけ、さらに団の活性化になれば、好循環である。
牧阿佐美バレヱ団は今年創立55周年という記念すべき年を迎える。話題に事欠かないバレエ界であるが、牧バレエは時流に流されずどっしりと構えた運営をしている印象だ。近年着実に古典全幕ものを上演し、そのなかで若い踊り手をしっかり育ててきた。男性に関しても、京當、菊地に続いて清瀧が伸びてきているし、今回の『ドン・キホーテ』でもエスパーダに昨年入団の中家正博が抜擢されるなど動きがある。地に足ついた舞台作りと、公平寛大かつときに大胆な抜擢による配役で活性化する。それが、新たなスターたちの飛翔の瞬間を生むことにつながっているのではないだろうか。
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Vol.2牧阿佐美バレヱ団『ラ・シルフィード』『セレナーデ』〜珠玉の名編2作の贅沢な上演に未来の息吹を感じさせる
http://www.ballet-factory.com/ballet-hyakka/gotheater/balletanddance/t-2.html


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バレエに育てられて―牧阿佐美自伝

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