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ダンスの海へ 舞踊評論家・高橋森彦のblog このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2011-09-30

[]MOKKが活動再開、11月に韓国公演

MOKKというグループがある。

舞踊家・振付家の村本すみれを中心にメンバーは皆スタッフで構成される集団だ。 日本大学芸術学部在学中の2002年に前身が発足し、2007年『---frieg』より活動を本格化してきた。「劇場機構にとらわれない空間からの発信」を軸とした活動を行ってきたのが特徴である。駐車場や廃墟ビル、コンテナボックス、古民家などの特殊な空間において身体表現の可能性を探るMOKK LABOを行い、映像作品も制作している。

私はMOKK LABO#2『廃墟』(2007年12月@九段下ビル)、MOKK project02『ましろ』(2008年4月@神楽坂 赤城神社境内)、 MOKK LABO#3『暗闇』(2008年6月@東京都板橋区蓮根 コンテナボックス内)、MOKK LABO#4【10】gallery ver.(2009年4月@六本木・ストライプハウスギャラリー)、MOKK LABO#5『古民家』(2009年8月@五條市新町通り 古民家内)などをみた。場所・空間を活かしたパフォーマンスは魅力的で、ことに奈良・吉野の歴史ある街並みにある古民家で行われた『古民家』は忘じ難い。

そんなMOKKだが、2010年6月に東京キリストの教会で行われたMOKK project03『LAURA』を最後に活動をお休みしていた。村本は欧州に短期留学していたらしく、他のメンバーもさまざまな現場で研鑽を積んでいたようだ。出演ダンサーも飛躍している。演劇・ダンス界両面から虎視眈々とのしあがってきた長谷川寧主宰の冨士山アネットの話題作『SWAN』に主演するなど華のある寺杣彩、小野寺修二のカンパニーデラシネラの公演に出て個性豊かに活躍する手代木花野、菅彩夏など注目株である。

そのMOKKだが、このほど活動を本格的に再開するという。11月に『LAURA』を韓国・ソウルにてバージョンを変えて上演する。11/23にソウル国際振付フェスティバルopening performanceおよび梨花女子高等学校礼拝堂にて公演行う。

http://www.arko.or.kr/home2005/jp2007/arko/artstheater.jsp

『LAURA』の初演時、教会の礼拝堂という場を活かした演出は興味深く、20数名の出演者による群舞は迫力あったが、MOKK作品のなかでは、いささかオーソドックスなダンスの集積という印象を持った。実験的要素強いLABO作品では、空間の面白さありきで場の魅力を活かした演出が冴えているが、『ましろ』含めた本公演的位置づけのproject公演では、村本のやりたいテーマや抱えているモチーフが前面に出ており、ダンスはもちろんのこと空間の選択ですらそれに従属するものといった感も受ける。方向性は大いに理解できるのだが、私はLABO作品をこよなく愛していただけに、少々肩透かしを喰らった感もあった。とはいえ、年間のベスト3に入れたジャーナリストもいるし、とにもかくにも力作だったのは事実である。韓国での上演決定は喜ばしい。

これを機に、MOKKには、またいろいろな場所で活発に暴れてほしいと願っている。

MOKK LABO#5 古民家 ダイジェスト

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MOKK LABO#2 廃墟

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MOKK project02ましろ

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2011-09-24

[]アキコ・カンダ 逝去

モダンダンスのアキコ・カンダ(本名・神田正子=かんだ・まさこ)さんが、23日午前4時32分、都内の東邦大医療センター大橋病院にて、肺癌から併発した肺炎によりなくなられた。享年75歳。

公式ホームページ トップ 新聞社・出版社 関係各位

http://www.akikokanda.com/

アキコ・カンダさん死去、モダンダンスの先駆け

http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20110923-OYT1T00490.htm

昨年10月より肺癌を患い、芸能活動と闘病とを両立させていた。9月9日より11日まで青山円形劇場で開催されたリサイタル『花を咲かせるために〜バルバラを踊る〜』では、病躯をおして舞台に立たれていた。来秋公開予定のドキュメンタリー映画「AKIKO あるダンサーの肖像 PART2」(羽田澄子監督)の撮影途中であったという。

7歳から舞踊を学び、1956年には渡米し、マーサ・グレアム舞踊団のソリストとして活躍。1961年に帰国後、アキコ・カンダモダンダンスカンパニーを設立した。『バルバラを踊る』『フォー・シーズン』などの代表作がある。旭日小綬章、芸術選奨文部大臣賞はじめ受賞歴多数。晩年も意欲的に新作・旧作を上演し続け、師へのオマージュをこめた大作『マーサへ』を新国立劇場主催公演で発表して江口隆哉賞を得た。

宝塚歌劇団・宝塚音楽学校の講師および振付を担当し、また新国立劇場バレエ研修所コンテンポラリー・クラス講師も務めるなど後進の育成にも熱心だった。

舞踊評論を書く機会を得る以前から舞台を見ており、近年はリサイタルや代表を務めるおおみや洋舞協会公演を定期的に観ることができた。無我の境地で自らの舞踊美学を貫いた、稀有な舞踊家であったと逝去の報に接してあらためて思う。

いまはただご冥福をお祈りするばかりである。

2011-09-23

[]ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』と「死のダンサー」を踊った中島周

16世紀後半から17世紀初頭にかけて活躍したウィリアム・シェイクスピアの著した戯曲「ロミオとジュリエット」はいわずと知れた名作だ。時代を超えて数々の舞台化や映画化が行われてきたけれども、フランスのジェラール・プレスギュルヴィックが2001年1月、フランス・パリのパレ・デ・コングレで初演したミュージカルは、世界的大ヒットを記録している。世界20数ケ国で上演され、全世界で500万人以上を動員したという。

わが国では、2010年に宝塚歌劇団星組が初演し、続いて雪組で上演。そして、このたび宝塚バージョンを演出した小池修一郎(ウィーン産ミュージカル「エリザベート」「モーツァルト!」等で知られるミュージカル界の重鎮)が日本オリジナル版として潤色・演出を手掛ける舞台が9月7日より赤坂ACTシアターで上演されている。振付はSMAPや安室奈美恵のコンサート・ツアーの振付や新上裕也とともに手掛ける『GQ』シリーズなどで知られるTETSUHARU(増田哲治)。これがなかなかおもしろかった。

楽曲がいい。キャッチーだけれども深みがあって耳に残る。脚本も卓越している。ロミオとジュリエットの結婚を皆が知っている。ジュリエットの母が娘に出生の秘密を告白する。原作と異なるが、親に決められた相手と結婚することを強いられたジュリエットが、親との葛藤から反撥し奔放になり命を架して恋を貫く様が痛いほどに伝わってくる。

小池の潤色・演出も冴えている。ヴェローナの街を“腐食し破壊されて行く世界の中で「再生」を目指す”“再生途上の架空の街”と設定する。若い男女の身を焦がすような究極の愛の物語に秘められた、絶望のなかからの再生を描くプロセスが、今の日本のおかれた状況ともリンクしてアクチュアリティがあった。携帯電話やFaceBookといった今の時代のツールも取り込みコミカルな要素も入るが、そういった緩やかさも加え肩の力を抜いて楽しめるエンターテインメントに仕上げる絶妙のさじ加減はさすがだった。テンポよく疾走感ある展開で、あらゆるシアターダンスやストリートダンスを知り尽くしつつそれらを嫌味なく融合させて緩急自在に魅せるTETSUHARUの振付との相性もいい。美術の二村周作、衣装の岩谷俊和含め気鋭の若い感性を取り込み積極的にコラボレートしていく小池の柔軟な姿勢が舞台を深め、おもしろくしているように感じた。

ロミオ役はダブルキャスト。城田優と山崎育三郎だったが山崎の日を観た。ジュリエット役はオーディションによって選ばれたようだが、昆夏美とフランク莉奈のダブル・キャストで昆の回に当たった。まっすぐで熱情的な演技の光る山崎、かわいらしく歌も上手く安定している昆には好感が持てる。さらにベンボーリオの浦井健治、キャピュレット夫人の涼風真世、キャピュレット卿の石川禅、ロレンス神父の安崎求、乳母の未来優希ら唄えて踊れるミュージカル界の一線級が脇を固める配役は万全過ぎるほどで心憎い。

そして、このミュージカルの最大の特徴であり、陰の主役といえるのが「死のダンサー」。死という、誰にも避けられない運命に翻弄されていく人々を、ときに遠くから孤絶するかのように眺め、ときにロミオやジュリエットの側に寄り添うようにして死の世界へと導いていく。一切のセリフなしに死という運命を表現し物語を彩っていかなければならない難役であろうが、それだけにダンサーにとっては踊り甲斐、演じ甲斐があろう。今回は中島周と大貫勇輔のダブル・キャストだったが中島の回を観ることができた。

中島の「死のダンサー」には、メランコリックでニヒルな色合いが常に付きまとう。ヴェローナの広場の喧騒を観おろし見渡す際の、この世とは隔絶したかのようなおぼろげで漠としてたたずむ姿のなかに、人類の悲しみ全てを抱えているかのような苦悩を秘めているかのようだ。あまり激しく踊る場はないのだが、繊細な身のこなしと磁力ある存在感で狂言回し役、いやある意味主役ともいえるような大役を手ごたえ十分にこなしていた。大規模な商業舞台でこのような大役を演じるのは初めてだが、ミュージカル畑の観客や関係者に鮮烈なインパクトをあたえることができたのではないだろうか。

中島は東京バレエ団在籍時代、モーリス・ベジャール作品を中心に活躍を見せた。目元涼しげななかにも色気と肉感性があり、身体のラインもきれい。彼が一躍大きな注目を浴びたベジャール振付『ギリシャの踊り』ソロ(東京バレエ団・2003年)では、全身からみなぎる若さと奔放なエナジーを惜しみなく振りまいて、ギリシャの陽光、地中海の潮騒が目に浮かんでくるかのようだった。決して器用なタイプではないが如何なる役に挑むときにも自らの感性のフィルターを通して演じ踊る飽くなきアーティスト魂を感じさせた。東京バレエ団公演のプログラムに紹介記事を寄稿したり、彼の『ペトルーシュカ』(フォーキン版)表題役について批評を専門紙に書く機会もあった。最注目していたバレエ・ダンサーのひとりだった。が、2009年春に東京バレエ団退団後は、あまり目立った活躍はなく、今春、ジャンルを超えたダンス界の猛者が集う痛快なステージ『GQ』で存在感を示してはいたが、ここにきて新境地を開き、一挙に再ブレイクした感がある。

いまから5年前にアート誌「プリンツ21」2006年秋号が「特集・首藤康之」を組んだ。そこに、「首藤康之に続く、次世代の表現者たち」と題する原稿を寄せ、大嶋正樹、古川和則そして中島について解説した。そこには現在バレエダンサーという枠を超え幅広く活躍する首藤のコメントも掲載されており、中島のことを“僕と一番タイプが近いダンサー”と述べている。無論、首藤は首藤、中島は中島。個性も違うし歩む道も異なって当然だ。中島にとって今回の抜擢が次なる飛躍につながることを大いに期待しよう。

なお、同公演は10月2日まで東京で上演され、10月8日〜20日までは大阪で上演される。東京公演はほぼ完売というが、当日券も立ち見券を中心に毎回でるようだ。

ミュージカル『ロミオとジュリエット』公式ホームページ

http://romeo-juliette.com/


ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」制作発表会見

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GQ Gentleman Quality 新上裕也・佐々木大・中島周よりメッセージ

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prints (プリンツ) 21 2006年冬号 特集・首藤康之[雑誌]

prints (プリンツ) 21 2006年冬号 特集・首藤康之[雑誌]

2011-09-22

[]O.F.C.合唱舞踊劇『ヨハネ受難曲』の公演予告

きたる10月1日&2日、すみだトリフォニーホールで行われるO.F.C.合唱舞踊劇『ヨハネ受難曲』の公演予告が舞台撮影・映像制作を手がける株式会社ビデオが運営するダンス専門サイト「DANCING×DANCING」にUPされている。

http://www.kk-video.co.jp/schedule/2011/1001_Johannes-passion/index.html

J. S. バッハの大曲に大ベテランの佐多達枝(演出・振付)が取り組んだバレエ×合唱×管弦楽によるコラボレーション。愛と慈悲によって人類の救世主となったキリストの苦悩の最期をドラマティックに描いたもので(台本:河内連太)、2009年の初演時に反響をよんだ(O.F.C.サイトに初演時の批評・レビューが掲載されている)。

O.F.C.は、もともとカール・オルフの世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」を舞台化するために設立されたもので、その後も同曲をたびたび再演してきた。今春、大震災発生から18日後に東京文化会館で上演挙行したことは記憶に新しい。O.F.C.では、他にもオルフの『カトゥーリ・カルミーナ』『アフロディーテの勝利』を舞台化し、『カルミナ・ブラーナ』と併せて3部作「トリオンフィ」として完成させ、ラヴェル「ダフニスとクロエ」、ベートーヴェン「交響曲第9番」なども取り上げ活発に活動してきた。“人の声と身体の表現、器楽演奏、これらを理想的なかたちで結びつけた作品をO.F.C.は新しい舞台芸術”として確立すると標榜している。なかでも、『ヨハネ受難曲』は、合唱、舞踊、オーケストラが互いを高め合い、舞台美術や照明といった美的要素も充実。深みと広がりある舞台を生んで、創設15年にして新たな境地に達しつつあることを感じさせた。

今回の再演に際しては、ダンサーの顔ぶれが変わった。キリスト役を演じる堀内充はじめ石井竜一や武石光嗣、関口淳子ら初演に引き続いてのメンバーもいるが、マグダラのマリア役が島田衣子から高部尚子に変わったのが大きな相違だ。島田のピュアで清浄なマリアはまれに見るハマり役で、ウェットな質感・雰囲気の踊りを持ち味とする高部とは、個性も踊りも違うだけに、どのようになるのか興味をそそられる。男性ダンサーを増員しており、また、初演には踊りがなかった曲に新しく振付がついた場面もあるようだ。指揮はバッハ作品に定評ある青木祥也が前回に次いで務め、独唱・管弦楽にもバッハ・コレギウム・ジャパン等で活躍する古楽演奏家の名が目に付く。

キリストの受難劇というと、多くの日本人にはなじみが薄く入りにくいかもしれない。それに、佐多作品って、人間の業というかいやらしいところ、目をそむけたくなるようなところを容赦なく粘っこく描くので、後味は決してよいものではないことが多い。したがって、苦手な人はとことん苦手なはず。しかし、『ヨハネ受難曲』は、痛切で重い内容ながらクライマックスに向かって盛り上がり、最後には清冽な感動が押し寄せてくる。佐多作品で泣けるという珍しい体験をした。今回はたしてその再現となるのだろうか。

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2011-09-18

[]愛知芸術文化センターの「アートマネジメント講座」

優れた舞台芸術を生みだし、多くの人々がそれを鑑賞し楽しめるようにするには創り手と受け手をつなぐアートマネージャーが必要だ。愛知芸術文化センターでは、そうしたアートマネージャーを育成するために、アートマネジメント講座を開催する。

http://www.aac.pref.aichi.jp/frame.html?bunjyo/jishyu/2011/11am/index.html

まず、アートマネジメント基礎講座として、シンポジウム形式の講座を予定する。さらに、愛知県芸術劇場での舞台公演の制作実務を体験して、舞台公演制作の基礎的な能力を身に付けることを目指す実践講座が開かれる。これは2011年1月7日(土)に開催する「パフォーミング・アーツ・ガーデン2012」(愛知県芸術劇場小ホール)の公演制作実務を体験するもの。他にも、プロジェクト運営に関わる制作、広報などについての実践的な講義、アートマネジメント基礎講座シンポジウムなどを受講することになる。

愛知芸術文化センターには、パフォーミング・アーツ部門を統括する唐津絵理・主任学芸員(舞踊)がいる。唐津は、身体表現を核に分野を超えた才能が集い協同作業を行うことによって新たな総合芸術を志向した〈ダンスオペラ〉シリーズをはじめ多くのダンスや演劇の企画・制作を手掛け、昨年は国際美術展「あいちトリエンナーレ2010」パフォーミング・アーツ部門を大成功に導いた。コンテンポラリー・ダンスをはじめバレエや演劇等に関する幅広い知見の持ち主として知られる。昨年行われた「アートマネジメント講座」の報告書(http://www.aac.pref.aichi.jp/frame.html?bunjyo/jishyu/2010/10am/index.html)や「あいちトリエンナーレ2010」の各種報告書等をみるにつけても、芸術的達成度の高さのみならず制作業務全般への目配りの確かさ、さらなる進展への意欲がひしと伝わってくる。後進を育てることに関しても熱心であり、今回は彼女の手取り足とりの熱血指導がうけられる貴重な機会となりそうだ。

アートマネージメント志望者はぜひ検討してみては。締切は9/25(日)。

あいちトリエンナーレ2010パフォミングアーツ作家紹介

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2011-09-13

[]「日本バレエのパイオニア−バレエマスター小牧正英の肖像−」糟谷里美 著

さる7月30日、東京小牧バレエ団が戦後バレエの先駆者として知られる故・小牧正英(1911〜2006年)の業績を顧み「小牧正英生誕100年記念公演1」を新国立劇場オペラ劇場にて催した。演目は小牧正英の手によって本邦初演されたフォーキン・バレエの名作『ペトルウシュカ』『シェヘラザード』の二本立てだった。大掛かりな装置を用い出演者多数を要する二作の同時上演は世界的にも珍しいはずで話題を呼んだ。

時を同じくして小牧に関する著作が上梓された。「日本バレエのパイオニア-バレエマスター小牧正英の肖像-」糟谷里美 著である。著者は舞踊研究者で昭和音楽大学専任講師。舞踊教育学(バレエ教授法)、舞踊分析学を専門としている。



コンパクトな分量にして内容濃い。非常な労作である。小牧のバレエ人生を冷静に俯瞰して検証しつつ戦後バレエの発展の歴史が二重写しになるのが心憎い。

小牧は岩手生まれ。上京して目白商業高校を卒業したのちハルビンの音楽バレエ学校に学び、当時魔都と呼ばれた上海のライセアム劇場を拠点にしていた「上海バレエ・リュス」の中心ダンサーとして活躍した。戦後帰国後は第一次東京バレエ団による『白鳥の湖』全幕日本初演に際して主導的な役割を果たす。その後も数々の古典バレエや近代バレエを紹介し日本バレエの礎を築いた巨匠である。本書は序章と結章含めた7章構成。幼少期を過ごした岩手への綿密な取材によって小牧のルーツを探り、ハルビン時代を経て「上海バレエ・リュス」時代の活躍をいきいきと活写し、帰国後に本格的なバレエを普及させようと熱意を燃やした小牧の道程を追っていく。

小牧は単に多くの古典バレエや近代バレエを日本に移植したに留まらない。時期と機会を見計らって最良の状態で紹介した点に真価があろう。本書の第四章「外国人舞踊家の招聘」では、ソニア・アロワ、ノラ・ケイ、ポール・シラード、アントニー・チューダー、マーゴ・フォンティン、マイケル・サムスといった当時の世界第一線のダンサー/振付家を招聘した歴史が語られる。『眠れる森の美女』『ジゼル』やチューダー作品を当時望みうる最高の形で日本の観客に紹介した小牧の国際感覚の見事さと日本のバレエの現状を冷静に見つめていた分析力の確かさをあらためて浮き彫りにする。

また、第五章「創作への挑戦」において小牧の創作作品について論じているのも注目される。チャイコフスキーの「悲愴」に感化され「ヨブ記」をモチーフに生まれた『受難』に始まり、横光利一原作『日輪』、『交響曲第四番』、最後の大作となった『やまとへの道』に至る諸作に触れている。岩手江刺の郷土芸能を基にし宮沢賢治の詩に取材した『剣舞』についても紙数を割いて紹介している。ことに小牧作品の底流にある「運命」「死」「愛」「苦悩」といった、小牧が芸術家として人間として終生抱えていたであろう命題を洗い出していく手際は鮮やかで、筆致にもひときわ熱が感じられる。

結章「夢の実現へ」では、多くの後進を育て、バレエ人の結束や社会的地位の向上のため日本バレエ協会設立に深くかかわり、上海から帰国後夢見た“劇場をもつ組織的な職業バレエ団”として第二国立劇場(新国立劇場)実現へ向けて運動してきた軌跡が語られる。韓国やモンゴルとのバレエ交流についても触れている。小牧がディアギレフ・バレエから、ロシア・バレエから受け継いできた伝統の継承、小牧の遺産をどう未来へつなげていくかという「先」を示唆して終わっており読後感はすがすがしい。

小牧が戦後バレエの発展の礎になったのは揺るがせない事実である。ただ、1960年代に入ると小牧バレエ団の公演数は激減していく。そのため小牧の業績が埋もれてしまった感があるのは否めない。だが、著者は団員の相次ぐ退団などによる衰退というよりも“本格バレエの普及や日本人独自の新しいバレエの制作といった小牧自身の目標は、ひとまず終わりを告げ、日本初演を実現してきた数々のレパートリーの再演を通じて、その伝統を継承していくという次なる使命を課せられたのだとも考えられる”と指摘する。小牧は後年、自伝やバレエ・舞台学の著作を著すとともに、日本バレエ協会や「NHKバレエの夕べ」の公演で演出・振付を続けるなど小牧バレエ全盛時とは違った形であれバレエ芸術の継承に心血を注いでいる。そこを見落としてはならない。

最後に小牧版のディアギレフ・バレエに関して。ディアギレフのバレエ・リュスの流れをくむ欧米のカンパニーのものと比してどうなのだろうか。見方はいろいろあろうが、小牧バレエの系譜を継ぐ東京小牧バレエ団の上演する『火の鳥』日本初演版復元版や『牧神の午後』『薔薇の精』などの実演に接する限り、映像を含めわれわれが見慣れた諸外国のカンパニーの上演しているものと基本的に変わらないと思う。先日上演した『ペトルウシュカ』にしても広場の景の群衆処理に若干独自の色付けもみられるが、ペトルウシュカ、バレリーナ、ムーア人らの主なる振付が原典に沿っているのは、だれの目にも明らかだ。改作版と銘打った『シェヘラザード』にしても、エピローグ/プロローグに語りを入れた演出は独自のもので、音楽構成がフォーキン版と異なるが、ほかはおおむね原典を尊重しているといってよいのでは。「上海バレエ・リュス」には、バレエマスターのソコルスキーはじめディアギレフのバレエ・リュス出身者もいたというから当然であろう。小牧の上海時代の活動がより詳しく明らかにされ、「上海バレエ・リュス」の研究も進めば、そのあたりが明確になっていくに違いない。その意味でも、小牧の業績を「公平」な目から検証した本書は、今後の小牧正英研究の指標となるのではないか。

なお、引用・参考文献/小牧正英年譜/公演活動年表/日本バレエの黎明期から発展期への略年譜といった資料も充実している。モンゴル時代や戦後間もない舞台やプログラムの写真も盛りだくさんで資料的な価値が高い点も特筆される。



バレリーナへの道 87

バレリーナへの道 87




2011-09-08

[]舞踊評論家・福田一平氏 死去

舞踊評論家の長老で日本民俗芸能協会会長の福田一平さんが3日、胃がんのため亡くなられた。84歳。葬儀は近親者で済ませたという。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/obituaries/CK2011090802000033.html

http://www.asahi.com/obituaries/update/0908/TKY201109080180.html

http://www.sankei.jp.msn.com/entertainments/news/110908/ent11090812280006-n1.htm

洋舞・邦舞問わず幅広く評論を手掛け、かつては「朝日新聞」に、現在は「東京新聞」に舞踊評を寄稿していた。文化庁の芸術祭をはじめ橘秋子賞や服部智恵子賞、中川鋭之助賞、全国舞踊コンクール等の選考委員・審査員を長年勤められている。

早大時代からモダンダンスを踊り、創作された。晩年まで演出家として活躍され、歌舞伎座の「俳優祭」の演出等も行っている。日本女子体育大学で教鞭も取られた。

とくに親しいお付き合いはなかったが、最晩年に公演会場等でご挨拶したり公演後にご一緒する機会もあった。いつも飄々としていて、誰に対してもわけ隔てなくサービス精神旺盛に語らっておられた姿が印象に残っている。謹んでご冥福をお祈りしたい。

2011-09-05

[]ダンスがみたい!新人シリーズ9 受賞者公演雑感

今年1月、日暮里のd-倉庫で行われたダンスコンペ「ダンスがみたい!新人シリーズ9」(主催:「ダンスがみたい!」実行委員会 共催:die pratze 助成:文化庁芸術団体人材育成支援事業 EU・ジャパンフェスト日本委員会)。「新人シリーズ」は、若手ダンサー・振付家の登竜門のひとつとして注目され、これまでに玉内集子、酒井幸菜、根岸由季、柴田恵美といった気鋭ダンサーを受賞者に選んできた。

今年新春のvol.9では、どういうわけか依頼を受けたので、志賀信夫(舞踊批評家・編集者・ライター)、花上直人(舞踊家)、ヒグマ春夫(映像作家・美術家)、武藤容子(舞踊家)というお歴々とともに新人賞審査員を務めさせていただいた。

全32組のなかから新人賞2組と観客の投票によるオーディエンス賞1組が選ばれた。

新人賞

木村愛子「暖かい水を抱くII’」

ポコペン舞子(ぶす)「もう少し待っててください」

オーディエンス賞

富野幸緒「TIARA THE BEAUTY〜眠らない、美女〜」

私がどういう基準で審査に臨んだか誰を推したかは選評にすべて記してある。

ダンスがみたい!新人シリーズ9 審査員による講評

http://www.geocities.jp/azabubu/s9c

受賞者にはこの夏の「ダンスがみたい!13」で単独公演の機会をあたえられた。

今回の「新人シリーズ」の審査は困難を極め、受賞者を決定するのに時間がかかった。最終日の終演後の審査会では結論がでず、翌日に持ち越された。が、木村愛子とポコペン舞子、それぞれソロ、群舞(6人)と形態も異なるし個性も大きく違う2組を選んだことは間違いではなかったと思う。オーディエンス賞の富野含め3組の受賞者公演は神楽坂のdie pratzeで行われたが、小スペースとはいえ各組3回公演が大入りだったらしく活況を呈していた。舞台内容も充実していた。以下、雑感。

ポコペン舞子『もう少し待っててください』(7月19日所見)。小山綾子、原田香織ら日本女子体育大学出身の女性6人によるグループだが、今回は男性1人をゲストに招いた。いろいろダンサーの出入りがあり反復が繰り返されるというミニマルな展開が続き、最後に全員で熱量たっぷりに踊りつつ個の存在感も屹立させる。よく計算されているコンセプチャルな印象を受けるが、それでいて最後にはフィジカルな興奮もあたえてくれる。「新人シリーズ」の審査の際、最終的には受賞に同意したが、手堅いというか構成や動きに既視感あるあたりが不満ではあった。が、1時間という時間を見せきるにはアイデアや動きの面白さだけでは難しいのも事実だ。知的な構成力が光る作品だった。

木村愛子『温かい水を抱く3』(8月4日 所見)。「新人シリーズ」で木村を観た際に、折り目正しい資質を持ちながらもそこから抜け出し、はみ出していくようなおもしろい可能性を感じて注目した。彼女は桜美林大学木佐貫邦子に師事している。木佐貫門下で、ソロ中心に頑張ろうとしているのは、上村なおか以来であろう。「新人シリーズ」のあとに行われた「横浜ダンスコレクションEX」の新人振付家部門にもノミネートされている。今回は観客に二方から囲まれる形の舞台で逃げることなく1時間弱の時間、自らと観客と真摯に向き合った。力強く跳躍したかと思うとガッと倒れるなど、折り目正しい確かな技術の裏打ちある動きと自らを曝け出し痛めつけるような動きが混在する。全身で感情を発散させようとする。未熟な点も多いが、折り目正しさ=自分の殻から逸脱していこうという挑戦への覚悟と迷いが相まって観るものに強く訴えるものがあった。

富野幸緒は欧州のコンテンポラリー・ダンスの前線で10年以上踊ったキャリアを持つ超実力者である。「新人」と呼ぶにはふさわしくないかもしれないが、「新人シリーズ」での受賞作『TIARA THE BEAUTY〜眠らない、美女〜』は、女性3人が演歌や歌謡曲を唄い出したり、ピストルをぶっぱなしたりといった破天荒でノンシャランな展開から後半のクールでカッコいいダンスになだれ込む展開が魅力的だった。キャリアも既視感のある表現もかなぐり捨て、確かなものから遠く離れて、やりたいことを徹底して突き詰めつつ観客に訴求する姿勢が頼もしい。受賞者公演『ストロング・ストイック・ストロベリーショー』(7月28日所見)は3作品で構成されていた。 最初の『befreiung 2011』は富野のソロで緻密に編集された映像とリンクした展開がスリリング。続く『ユキオとチアキ〜さよならムーンライト〜』は富野と野口千明とのデュオだがコミカルでどこかせつない。最後の『QUARTEY in Presto Agitato』は丹羽洋子、田中ノエル、中原百合香、小川圭子による緻密でハードなカルテットダンス。3つ通して観ると、フルイブニングの公演を観たという充足感を味わうことができた。ダンサー/スタッフとも富野の創作に心を寄せる人たちが集い「チームトミノ」体制が整っているようで、さらなる展開を期待させた。

木村愛子:ヒグマ春夫の映像パラダイムシフト Vol.30「波動その2」

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ポコペン舞子 『もう少し待っててください』 ダイジェスト

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富野幸緒 出演 踊りに行くぜ!!vol.9広島公演

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2011-09-01

[]日本芸術文化振興会プログラムオフィサー決定

独立行政法人日本芸術文化振興会が9月1日付でプログラムオフィサー(音楽・舞踊)の採用決定についてリリースした。

8月1日付で採用されたプログラムディレクターのもと日本芸術文化振興会が行う文化芸術活動による助成事業に対しての審査・評価体制等の強化を図るべく活動する。

舞踊部門のプログラムオフィサーに決まったのは池田恵巳氏、稲田奈緒氏。

日本芸術文化振興会プログラムオフィサーの採用について

http://www.ntj.jac.go.jp/assets/files/kikin/topics/pdf/kikin20110901.pdf#zoom=94

池田氏は、公益社団法人現代舞踊協会研究部書記・なかの洋舞連盟事務局長を務める。現代舞踊系の多くのアーティストの公演の制作者として知られる。ダンサー出身で、公演やコンクールの制作業務に携わってているだけでなくダンスの舞台の表も裏も知り尽くした人だといえるだろう。

稲田氏は、舞踊評論家・研究者で今年から昭和音楽大学舞台芸術センター バレエ研究所准教授を務める。1990年代後半から舞踊評論活動を手掛け、コンテンポラリー・ダンスに関する批評記事の執筆が多いが、バレエにも習熟・熟知し、バレエ/コンテそれぞれのプロパーに偏りがちな舞踊評論界のなかで幅広い知見を持った論客として知られる。研究者としては著書「土方巽 絶後の身体」(NHK出版)が舞踏研究に一石を投じる快著となっている。近年は文化庁・日本芸術文化振興会関連やフラメンコのマルワ財団の助成審査に当たるなど助成事業の実務経験も豊富だ。

池田氏の制作者としての現場経験、稲田氏の幅広い知見が買われたのであろう。両氏には、プログラムディレクターの中川俊宏氏とともに助成事業に対しての審査・評価体制等の強化に努めるべく活躍されることを期待したい。

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