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ダンスの海へ 舞踊評論家・高橋森彦のblog このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2013-07-12

[]鈴木忠志/SCOT 利賀からの新たなる挑戦

世界的な演出家・鈴木忠志率いる劇団SCOT(Suzuki Company of Toga−旧名 早稲田小劇場)は、1976年(昭和51年)以降、東京から富山県利賀村(現・南砺市利賀村)に拠点を移して活動している。利賀村の協力のもと、合掌造りの民家を改修した利賀山房や野外劇場などの施設を用いて公演活動を行ってきた。1982年〜1999年には、世界演劇祭「利賀フェスティバル」を催している。鈴木とSCOTの利賀での活動は内外の演劇人に影響をあたえてきた。最近では新潟・りゅーとぴあのレジデンシャル・ダンスカンパニーNoismを率いる金森穣が鈴木に兄事していることが知られる。

このたびSCOTは新たな運営方針を打ち出した。DMが届いたのだが、その内容をみると、なかなか革新的。「利賀の公演は、すべての人に開かれています」ということで、入場料金はなし。利賀で行われるSCOTの舞台や国際共同制作作品、海外からの招聘作品などを無料で観られるという。新たな支援組織「SCOT倶楽部」ができるが、観劇予約を優先的に受け付ける等の特典はあるものの会友の「お志」は「ご随意に」とのこと。その意図・狙いについては、鈴木が思いを綴った文章に譲りたい。

http://www.scot-suzukicompany.com/blog/suzuki/2013-07/#blog000142

新たな観客、潜在的な観客を掘り起こしていかなければ舞台芸術に未来はない。舞台を観てもらう機会を増やすこと。入場料無料にすることだけが、その方法ではないにせよ、アクセスしやすい環境を整えることは大切だ。鈴木の英断は注目される。

利賀には10年以上前の夏に一度行ったことがある。キャンプ場に泊まり、利賀山房や野外劇場で舞台を観劇。鈴木独自の身体訓練法である「スズキ・メソッド」のデモンストレーションも観ることができた。豊かな自然に囲まれた環境での観劇は忘れがたい経験となっている。行ったことのない方は足を運んでみるとよいかもしれない。


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2013-07-08

[]舞踊評論家・桜井勤氏が死去

音楽・舞踊・演劇・映像の綜合専門紙「週刊オン★ステージ新聞」7/12号(第1970号)によると、舞踊評論家の桜井勤氏が6月14日に死去されたとのこと。享年95歳。6月5日に肺の病気のため老人病院に入院し療養していたが間もなく亡くなられたという。

氏は従軍後、戦後に平凡社で林達夫のもと辞書編纂などに携わる。1960年代から本格的に舞踊評論をはじめ「音楽新聞」「現代舞踊」「ダンスマガジン」「BALLET」などに長年にわたって執筆を続けた。バレエ・現代舞踊・児童舞踊・日本舞踊・民族舞踊等ジャンルを問わずオールラウンドに活躍。各地の公演も回られていた。(旧)文部省や文化庁の各委員、各舞踊賞・コンクールの選考委員・審査員を歴任した。いまでは会員数が大幅に減少し洋舞方面に人材も少ないため寒々しい状況を呈している舞踊批評家協会が、かつて権威あった時期の事務局も務められていた。

晩年は体調を崩し劇場に足を運ばれなかった。最後に氏をお見かけしたのはいつだっただろう。2007年末ル・テアトル銀座で行われた小島章司フラメンコ「戦下の詩人たち 《愛と死のはざまで》」の会場でお話ししたのは覚えているが、その後しばらくして公演会場でお姿をおみかけすることはなくなった。とはいえ外出できないもののお元気だと耳にしており「セーヌ」誌に昨秋まで「桜井勤のSTAGE WATCHING」を連載されていた(現在は rememberと題し過去記事ダイジェスト掲載)。

私的に深い交流はなかったが「いつも記事を読んでいるよ」と声をかけていただき大御所・長老ぶらない気さくな方だと感じていた。実際、温厚篤実な人柄によって親しまれ多くの舞踊家たちに信頼され愛された評論家であった。私なども「桜井先生にお世話になった、今もお元気ですか?」と聞かれることが少なからずある。戦後の舞踊界を見守り続けてきた証人のひとりが、またひとり世を去った。謹んで冥福を祈る。