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ダンスの海へ 舞踊評論家・高橋森彦のblog このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2011-05-09

[]vol.3 平山素子〜近年の動向と最新作『月食のあと』リ・クリエイションについて

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このカテゴリでは、私が敬愛する、いま、もっとも見逃せない、そして確実に次代を担うに相違ないアーティストについて紹介し、簡単な作家論めいたことを記している(vol.1は矢内原美邦、vol.2は森優貴 バックナンバー参照)。vol.3では、わが国の現代ダンス界を代表するアーティストとして押しも押されぬ存在となった平山素子に触れる。いまさら彼女のような大物を取り上げても…と思われるだろうが、近年の作品傾向や動向についてメディア等で多角的に紹介される機会は意外にもなかったと思う。そこで、デビューからの来歴も絡めて、平山の活動の軌跡と現在についてまとめてみた。

平山は愛知県出身で、5歳よりクラシック・バレエを始める。筑波大学に進学し、若松美黄にモダンダンスを師事。同大学院体育研究科コーチ学専攻を修了している。1999年には、名古屋で行われた第3回「世界バレエ&モダンダンスコンクール」にて、モダンダンス部門の「金メダル」と「ワツラフ・ニジンスキー賞」をダブル受賞した。一世を風靡したH・アール・カオスのメンバーとして内外で多くの舞台を踏んだのち、2001年には、文化庁派遣在外研修員としてベルギーのウルティマ・ヴェスに留学。帰国後は、山崎広太、金森穣、島崎徹らの作品の中軸として迎えられている。なかでも、2005年、兵庫県立芸術文化センター開館公演・ニジンスキー版『春の祭典』復元上演において、選ばれし生贄の乙女役で主演した際の鮮烈な踊りと存在感は忘れがたい。

また、同時に振付も始め、2005年には、世界最高峰の名門ボリショイ劇場に招かれ、ソロ作品『Revelation』を当代を代表するプリマ、スヴェトラ―ナ・ザハーロワに振付ける。これは少し前に同作を踊る平山を見て感動したザハーロワたっての希望であるという。2008年にはフランクフルトと上海(国際芸術祭)でソロ『DANAE Sonzai Design』を発表。ミュージカルの振付も手掛け、シンクロナイズドスイミング日本代表のデュエットに振付協力した際には、2008年北京オリンピック銅メダル獲得に貢献している。

コンテンポラリーダンサー・振付家として内外で活躍する平山であるが、その評価を決定づけたのが、新国立劇場主催公演で発表してきた作品群だ。『シャコンヌ』(2003年)、『Butterfly』(2005年)という、それぞれ能美健志、中川賢と踊ったデュオを経て、フル・イブニング作品『Life Casting-型取られる生命-』(2007年)、柳本雅寛とのデュオ『春の祭典』(2008年)と話題作を連打。『シャコンヌ』『Butterfly』では、磨き抜かれた身体、怜悧な感性をもってして濃密でスリリングなデュオに仕上げ、『Life Casting-型取られる生命-』『春の祭典』では、それに加え、美術家や衣装デザイナー、音楽家との刺激的な協同作業を行いつつ劇的な興奮を観るものにもたらし、演出家としても才気を思う存分爆発させた。『Life Casting-型取られる生命-』における3Dデジタイザを用いた裸体像オブジェの斬新な用い方、『春の祭典』における連弾ピアノとの共演という意表を突く構成や終幕に用意された圧巻としか言いようのない演出は、その豊饒なるイマジネーションによって、観るものの脳天をぶち抜くくらいに強烈な印象を残した。

そして、驚嘆すべきは完成度の高さである。新国立劇場という日本の舞台芸術文化の中心を担うべき劇場のラインナップには、前衛性・先端性の求められるコンテンポラリー・ダンス作品であっても、業界人やダンス・マニアだけでなく広い観客層に訴求できる確かな強度というか表現の質の高さが問われてしかるべし。新国立での平山作品は、誰が見ても水準以上だと理解できる厳選された踊り手を起用している。そのうえで、モチーフや主題を的確に浮かばせる構造を緻密に仕組み、イマジネーション豊かかつヴィジュアルとして強い印象を残す演出効果を生むことにも長ける。上記の舞台成果において「中川鋭之助賞」「朝日舞台芸術賞」「芸術選奨文部科学大臣新人賞」「江口隆哉賞」など名だたる舞踊賞・顕彰を総なめにしているのも当然といえよう。

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近年は振付家として名声を欲しいがままにしている平山だが、根はダンサーである。踊り手としての本能・嗅覚がより前面に出てきた作品群も得難い魅力を放つ。近年、新国立劇場で定期的に作品発表するのと並行するかのように出身地の愛知において、平山の踊り手としての天才性が発揮されたプロジェクトが行われれてきた。上村なおかと共演したダンスオペラ『月に憑かれたピエロ 』振付・出演(2004年)、西島千博、山崎広太と共に座頭的な働きで舞台を支配したダンスオペラ『ハムレット-幻鏡のオフィーリア』 オフィーリア役・共同振付(2007年)、老舗料亭の趣ある中庭においてハープの神谷朝子の奏でる調べにのせ夢幻的に舞った自作自演ソロ『Carp with wings,me』(「あいちトリエンナーレ2010」まちなかパフォーマンス参加)など、愛知芸術文化センター主任学芸員(舞踊)で平山の盟友的存在である唐津絵理のプロデュースによる舞台だ。唐津は、ダンスオペラ シリーズや数々のコンテンポラリー・ダンスの先鋭的なプロジェクトを生み、大規模な国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2010」パフォーミングアーツ部門キュレーターを務め大成功に導くなど、内外で評価されるわが国をきってのパフォーミングアーツ・プロデューサーである。

愛知芸術文化センターの、ひいては唐津のプロデュースするパフォーミングアーツ公演は、アーティスト同士の意想外の組み合わせによる化学反応が何よりも魅力的だ。厳しいご時勢ゆえ予算が潤沢とはいえないであろうと推察できたり、再演が難しい等公共施設のプロデュース公演につきものの不利な点もあるが、唐津はさまざまなアーティスト同士の出会いの場を仕掛け、刺激的な作品を生み出してきた。ダンスオペラ『兵士の物語』のように、海外で受賞を果たし再演の続く作品もあり、わが国の舞台芸術界を牽引する芸術創造活動のひとつであると私は常に注目し、可能な限り足を運ぶようにしている。平山が2009年12月に愛知芸術文化センター/唐津の企画する「ダンス・アンソロジー 〜身体の煌めき」において初演した『After the lunar eclipse/月食のあと』も、パフォーミングアーツシーンに一石を投じる快作となった。当時、音楽、舞踊、演劇、映像の情報、批評による総合専門紙「週刊オン・ステージ新聞」に求められ同公演の評を寄せたが、平山にとって新境地を切り拓く舞台となったように思う。

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これは、ライトアーティストの逢坂卓郎、衣装デザイナーのスズキタカユキと組んだソロ作品。舞台上には青く点滅するLEDスクリーン。光は宇宙から飛来してくる宇宙線をリアルタイムで変換したものだ。その前で平山は宇宙の律動を受けとめつつ己の体内のリズムとも向きあうごとくうごめく。光と闇の世界で生成と消滅を繰返す生命。その神秘的な営みをはるか宇宙からの光を浴びて踊る。そして…。これ以上詳細には触れないが、とにもかくにも生命の根源に触れたかのようないいようのない感動がある。また、それが、最先端のテクノロジーによって構築されたヴァーチャルな空間で進行していることの不思議さ、さらには、その危うさのようなものまでも浮き彫りにしている。深い作品である。

先述のように、近年、平山が新国立劇場で発表した作品群は手堅いダンスと精密な振付・演出による計算行き届き完成度高い(同劇場での最新作、昨年末のストラヴィンスキー曲『兵士の物語』は、一切の語りを排し動きで語る大胆な冒険が成され、これまで以上にチャレンジングな傾向が見られたが…)。その点『月食のあと』は、彼女が身ひとつで挑むソロ、パフォーマンスに傾いたこれまでにないパフォーミングアートとして針の振り切れたエッジーな作風だ。新国立で発表してきた平山作品とは一味も二味も違うと断言できる。ダンスのみならず広義のパフォーミングアーツのファンやアート、ファッションといったトレンドに関心ある人たちにもアピールするのではないか。

とはいえ、強調しておきたいのは、パフォーマンスに傾いたといっても、テクノロジーや舞台意匠の目新しさに溺れたり、安易に場踊り的に踊るわけではない。ライトアートや衣装との協同作業によって緊密な舞台空間を生み、そこの中核に平山の「身体」がずしりと際立ってみるものに差し迫ってくる。また、新国立で創ろうが愛知で創ろうが、グループワークであろうがソロであろうが、生命と物質のあり様やテクノロジーと身体の関係性といった今日的かつ普遍的主題を真摯に問いかける平山の姿勢が一貫しているのも明らかだ。芸術家としてブレない姿勢は信用できる。

その『月食のあと』が1年半ぶりにリ・クリエイションという形で上演される。今回のクリエイティブチームは、JAXAの宇宙ステーション「きぼう」で行われたプロジェクトにて宇宙芸術実験を行った経験を経て、究極に美しい光の世界を提案するという。

平山は今回の公演に際して以下のメッセージを出している。

今回の「月食のあと」は自然の現象から大きく影響をうけ、じりじりと変化していく身体をテーマにしています。節電が必要とされているこの時期に奇しくも「光と闇」に大胆に取り組んだ演出でもあります。また、ソロ作品は、独特の集中力をアーティストに強い、己を映し出す鑑として非常に過酷で孤独なものです。降り注ぐ宇宙線を浴びて身体は原始的な輝きを強め、LEDは多くの人々に未来を示すと信じています。

今、このタイミングで取り組むことが出来るのも、舞踊家として運命のようなものを感じています。心を込めて、身を投げ出し、人間の生きる力、そして希望の光を全身で表現できたらと思っております。本当に本当に、多くの方に見届けていただきたい作品です。

改めて、今回の地震、津波で被災された方々には、少しでも早く笑顔が戻りますようお祈りしております。

振付家・ダンサーとしてますます脂の乗った時期に入って来た平山は、筑波大学人間総合科学研究所准教授という重責も担っている。研究者として、後進を育てる指導者としても多忙な日々を送っているはずだ。そんななか、今回、世田谷パブリックシアターの提携を得ての自主公演となる東京公演のほか名古屋・兵庫で公演を行う。この初夏、平山のみならず中村恩恵、首藤康之、服部有吉といったビッグネームが奇しくも自主公演もしくはそれに近い形態の公演を行うが、そのなかでも平山公演の規模は大きい。クリエイティブな面のみならず、よりダンス界の内外で存在をアピールし、ダンスの魅力を広めていくリーダーとしての役割も一層期待されるところ大である。

平山素子ソロプロジェクト

『After the lunar eclipse/月食のあと』 リ・クリエイション

■出演者・主なスタッフ

構成・振付・ダンス:平山素子 ライトアート:逢坂卓郎 衣裳:スズキタカユキ

ヘア&メーク:上田美江子、三島裕枝(SHISEIDO) 音楽:落合敏行

■ 公演スケジュール

【東京】2011 5/27(金)19:30 5/28(土)16:00 5/29(日)16:00 会場:世田谷パブリックシアター

※各公演終了後、ポストパフォーマンス・トークあり。

5月27日(金)近藤良平(コンドルズ主宰)×平山素子

5月28日(土)唐津絵理(愛知芸術文化センター主任学芸員)×逢坂卓郎×スズキタカユキ×平山素子

5月29日(日)内富素子(JAXA国際部)×逢坂卓郎×平山素子

【兵庫】2011 6/18(土)14:00 会場:兵庫県立芸術センター 阪急中ホール

【愛知】2011 7/22(金)19:00、7/23(土)14:00/18:00 会場:愛知県芸術劇場 小ホール

■公式HP等

平山素子 公式ホームページ

「月食のあと」リ・クリエイション 特設サイト

写真:『After the lunar eclipse/月食のあと』(2009年)より

撮影:南部辰雄 初演:愛知芸術文化センター 提供:NPO alfalfa

2010-08-13

[]vol.2 森優貴(ヴィースバーデン・バレエ/トス・タンツカンパニー)

現在、欧米のバレエ団やダンスカンパニーで活躍する日本人ダンサーは珍しくない。そればかりか、なかには振付も手掛け成功を収める人も出てきた。ルードラ・ベジャール・ローザンヌ、リヨンオペラ座バレエ、ヨーテボリ・バレエで踊り、モーリス・ベジャール、イリ・キリアンらに師事した金森穣は、欧州時代からネザーランド・ダンス・シアター2やリヨン・オペラ座バレエにて創作を発表。2001年に帰国し、現在は新潟・Noismの芸術監督としてわが国の舞踊シーンを牽引する存在となった。ハンブルク・バレエのジョン・ノイマイヤーの下で学び、現在はカナダのアルバータ・バレエで活躍する服部有吉もハンブルク時代から振付を手掛け、日本でも秀作を発表して好評を得ている。巨匠イリ・キリアン作品の主要パートを踊った中村恩恵も帰国後、創作活動に力を入れ評価を高めている。欧州で学び、踊ったエリートたちが、同地の舞踊状況を踏まえたうえで、世界レベルで通用する振付作品を生み出しつつあるのは、なんとも心強い限りだ。

そして、現在、欧州の一線で踊り手・振付家としてバリバリに活躍していて、かつ将来も嘱望されている有為な日本人アーティストは誰かと見渡すと、クローズアップされるのが森優貴/Yuki Mori ( ヴィースバーデン・バレエ/トス・タンツカンパニー)であろう。森は、1978年生まれ。関西の雄のひとつ神戸の貞松・浜田バレエ団を経て、1997年にドイツのハンブルク・バレエ・スクールへ留学。1998年にはハンブルク・バレエ・スクール20周年記念公演においてノイマイヤー振付『祭典』主役を踊っている。1998年から2001年までニュルンベルグ・バレエ 団に、2001年からハノーヴァー・バレエ/トス・タンツカンパニーにそれぞれソリストとして所属。ハノーヴァー・バレエの解散に伴い、2006 年7月にスウェーデンのヨーテボリ・バレエへ移籍したが、2007年8月には再び兄事するシュテファン・トスのヴィースバーデン・バレエ芸術監督就任と同時に同カンパニーに移籍して現在に至る。これまでにシュテファン・トス、ウィリアム・フォーサイス、マッツ・エック、テロ・サー リネン、メリル・タンカードら超一流振付家の作品を踊っている。

踊り手としてドイツを中心に第一線で踊り続けているが、2003年からハノーヴァー・バレエ/トス・タンツカンパニーにおいて振付家としても活動を開始。 同年には『時の中の流れの光と影』を振付ける。 2005年春にはハノーヴァーで開催された第19回国際振付コンクールに出品し『Missing Link』にて観客賞と批評家賞を同時受賞する快挙を果たした。2006年5月には、ジャン・コク トー原作『恐るべき子供たち』を演出・振付。現在もカンパニーを中心に振付作品を定期的に発表している。日本でも2007年に古巣の貞松・浜田バレエ団に委嘱された『羽の鎖』の振付によって文化庁芸術祭新人賞(舞踊部門)を受賞。2008年5月には東京・セルリアンタワー能楽堂で能とダンスのコラボレーション「ひかり、肖像」の演出・振付 を担当し、バレエダンサー酒井はな、重要無形文化財(能楽総合)指定保持者・津村禮次郎と共演して話題を呼んだのは記憶に新しい(森の繊細極まりないダンスも魅力的だった)。同作と『羽の鎖』の再演の成果によって音楽、舞踊、演劇、映像の情報、批評による総合専門紙「週刊オン・ステージ新聞」新人ベストワン振付家に選ばれている。「ひかり、肖像」はその後パリ公演も行われた。

実際に観ることのできた作品や映像でチェックしたものから森作品の特徴を挙げておこう。フォーサイスやエック、それに師であるトスらの先鋭的なコンテンポラリーに慣れ親しんでいるだけに、腕や肘を大きく捻って使ったり、腰を深く落としたりといった語彙や切り替えの早いスピーディな動きといったコンテンポラリー・バレエ特有の手法が特徴的。語彙の多さと手法の多彩さ、そしてそれらを駆使して作品をまとめ上げる構成力の巧みさには舌を巻く。さらに特筆すべきは抜群の音楽センスだ。8人の女性が踊る『羽の鎖』では、グレツキの 《交響曲》第3番「悲歌のシンフォニー」を用いているが、今を生きる女性が抱えるさまざまの葛藤や自由への憧れを描きつつシンフォニック・バレエすなわち音楽の視覚化としても完璧に成功している。コンクール向けの小品であるが貞松・浜田バレエ団の俊英ダンサー・武藤天華に振付けた『Trans > mission』にも圧倒された。レディオヘッドの曲にのせたものだが、ロック音楽×コンテンポラリーなスタイルの振付でありながら武藤の、バレエダンサーならではのパの明晰さや身体能力の高さを活かしつつパのつらなりと音楽との掛け合わせがこれ以上ないといえるくらいに絶妙なのだ。完璧!振付に関しては凡手でも年月をかけて続ければある程度のラインには達することができる。しかし、さらなる高みに達するのは率直に言って選ばれし者のみ。その絶対条件が音楽センスである。その意味で森は資質十分で末頼もしい。

しかしながら、彼の作品が人の胸を深く打つのは、振付家本人はもとより踊り手の内面や人間味といった極めてパーソナルな肌触りを切実に伝えるからだろう。人間感情ほど複雑で多様なものはないと思うが、そういった機微が、ときに優しく、ときに鋭く観るものに迫ってくる。『羽の鎖』では、女性たちの抱くさまざまの困難やあるいは希望を繊細な手つきで掬い上げる。2008年夏のMRB松田敏子リラクゼーションバレエ「バレエスーパーガラ」にて初演された貞松正一郎&渡部美咲の踊るデュオ作品『前奏曲』でも、年輪を重ねた名手たちから奇をてらうことなく大人びた情感を引き出し妙であった。酒井はな、津村禮次郎とともに自身が踊りもした「ひかり、肖像」は「源氏物語」をモチーフにしたものだが、ここでも3人の個性を活かしつつ酒井から抑制のきいた演技を披露させるなど、演者たちの底知れぬ魅力を浮き彫りにすらした。観客に対しても、その想像力を信用している誠実さが感じられる。『羽の鎖』の終幕など、謎めいていて、すべては観るものの心に委ねられる。世阿弥のいう、秘すれば花。語りすぎてはいけない――余白ある創作は古今東西問わず真の芸術家に共通するものである。森は今後、欧州や日本でさまざまな企画に携わることになろうが、マーケットに消費されることのない、ぶれない芸術家魂を持っていると思うので、さらなる活躍を期待できそうだ。

ドイツを拠点にしているためなかなか森作品に接する機会はないが、今夏から今秋にかけて森の作品が兵庫で続けて上演される。ひとつ目は社団法人 現代舞踊協会が主催する「スペシャル ダンス セレクション in ひょうご」(第31回記念現代舞踊フェスティバル)が8月21日(土)に兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで行われ、貞松・浜田バレエ団が参加して『羽の鎖』を上演する。2007年、2008年の同バレエ団公演「創作リサイタル」に続く上演だ。近年は、キリアンやオハッド・ナハリン、スタントン・ウェルチらの作品を踊りこなし躍進しているバレエ団であるが、上村未香、正木志保、竹中優花ら森作品に関しても何度も踊りこんできた同世代の優秀な芸術的センスを持った踊り手中心に3たび作品を輝かせるだろう。そして10月11日(月・祝)には、新作『冬の旅』が貞松・浜田バレエ団の創立45周年記念シリーズとして行われる「創作リサイタル22」(於:新神戸オリエンタル劇場)にて発表される。構成・演出・振付・美術を森が手掛けるもので、シューベルトの著名な歌曲集をハンス・ツェンダーが編曲したヴァージョンを用いた1時間半に及ぶ大作だ。ツェンダー編曲版というとノイマイヤー版(2001年初演)があまりにも有名である。森はかつてノイマイヤーのもとでも踊っているが、同作が初演されたころには同地を離れており、制作には参加していない。また、そもそもノイマイヤー版を観たことすらないという。森の『冬の旅』では、ひとりの若者の心象風景を4人が踊り分け、若者の影法師としてドップルゲンガーの2人を交えた6人を中心に物語が進行するとのこと。リハーサルは7月上旬からひと月あまりのハイペースで行われ、すでに振付は上がっている模様だ。10月の本番には森も来日し、自身もドッペゲンガー役で出演するが、そこで直前に最後の仕上げを行うのだろう。制作期間は限られていたが入念なプランニングと優秀なダンサーの感度の良さがあって充実したリハーサルとなったようだ。森×カンパニーの総力を結集した大作となるが成功を確信している。

※敬称略 なお森の略歴については森の公式HP等を参照した

『冬の旅』に向けての振付家インタビュー(貞松・浜田バレエ団公式ブログ)

http://ameblo.jp/shballet/entry-10612145083.html

Les Enfants Terribles~恐るべき子供たち~

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「ひかり、肖像」

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2010-02-03

[]Vol.1 矢内原美邦

2000年代のコンテンポラリー・ダンス シーンを牽引してきた代表的なアーティストのひとりとして挙げられるのが矢内原美邦(やないはら みくに)。1997年、ダンス、映像、衣装等の各分野で活躍するアーティストを集めたパフォーミング・アーツカンパニー「ニブロール」を結成し代表と振り付けを担当、現代美術や演劇シーンからも広く注目を集める存在です。2005 年には、個人プロジェクト「ミクニヤナイハラプロジェクト」を開始して劇作・演出を手がけ岸田國士戯曲賞最終候補に。ビデオアート作品、インスタレーション制作も手がけ、off nibroll 名義で映像の高橋啓祐とともに活動しています。

矢内原がダンスを始めたきっかけは、高校ダンス部に所属していた姉によって団員不足のため廃部にならないようにと入れられたためというのはよく知られたエピソード。1989年には大阪体育大学に入学、体育学科舞踊専攻第1期であり、創作ダンス部に所属して全国高校・大学コンクールにてNHK賞等を獲得するなど活躍します。卒業後は映像制作に進み、映像学校の仲間たちとニブロールを設立。『林ん家に行こう』(1998年)、『東京第一市営プール』(1999年)などを小スペースで発表し、大きく注目されたのが『駐車禁止』(2000年)でした。「ダンスセレクション2000」の参加作品で、私が最初に観た矢内原作品でもあります。ひたすらぶつかり、倒れ、跳ね、叫ぶ。鬱屈した感情を叩きつけるかのように。激しく衝突し咆哮する身体が痛切な痛みを感じさせながらもせつなさ寂しさがそこはかとなくあってグッとくる。リアルで切実な傑作でした。

『駐車禁止』やその路線をより突き詰め、かつスケールの大きな世界観を展開した『コーヒー』(2002年)などでは、矢内原の振り付けはおよそダンス的といわれるようなものではなく、矢内原のキャリアも含めて邪推すればあえて普通の意味でのダンスに距離を置いている印象でした。ダンサーではない人に踊らせることも多かったのも意図があってのことでしょう。映像や音響と身体表現が交錯し、過剰なまでの情報量あふれる舞台に「いま」をいやが応にも感じさせ若い世代の熱狂的な支持を受けます。ファッションショー『日の丸ノート』(2002年)、演劇公演『ノート(裏)』(2003年)、ダンス公演『ノートwith ATTACK THEATRE』(2003年)と同コンセプトを多角的に表現した「ノート」シリーズの総決算『NOTE』(2003年)、映像や衣装とのコラボレーションが奇跡的なまでにうまくいきニブロール/矢内原の独自の美的センスを極限まで突き詰めた『ドライフラワー』(2004年)、シンガポールや国内各地で上演された『no direction。』(2006年)を経てカンパニー創設10周年を記念して上演された大作『ロミオ OR ジュリエット』(2008年)は総決算にして新展開を見せました。何よりもダンスが前面に出てきたのです。

シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」をモチーフに現代を生きる我々が混迷する世界においてパトス的な感情のなかでしか生きえない様を鋭利に描いた作品ですが、従来のニブロール作品よりもダンスらしいダンスが増えたというか、きっちりと踊れる踊り手の強度ある表現が紛うことなき説得力を生んでいたのは確かでした。『駐車禁止』など初期作品のイメージからその児戯的とも評される身体性のみがやや過剰に論者等に取り上げられた観もありましたが、矢内原ほどダンスとは何であるかを意識的であれ無意識的であれ考えてきたアーティストもいないのでは。以下、『ロミオ OR ジュリエット』拙評からの引用です(「オン・ステージ新聞」2008年2月15日号)。

矢内原は高校時代からモダンダンスを学び受賞歴も誇るが初期の『駐車禁止』(2000年)『コーヒー』(2002年)等では踊れる出演者は用いず、反舞踊的な身体を追究していた。が、本作のリーフレットでは臆面もなくダンスへの愛を語っている。実際、今回は比較的踊れるメンバーも投入、アグレッシブな活躍をみせていた。矢内原にとってダンスとは何か。模索はまだ始まったばかりなのかもしれない

そう書いてから2年経ちますが、矢内原の新作『あーなったら、こうならない。』の報が入ってきました。それも「矢内原美邦 新作ダンス公演」と銘打たれて。ニブロール公演ではなく、矢内原の単独ディレクションというのが注目されます。そして、HP等における矢内原の抱負ですが“「ダンスとは何か?」 20年以上問い続けてきたけれど その答えはまだ出ない ダンスを信じて ありふれたダンスから遠く離れたところへ行かなくちゃならない”というもの。ダンスを愛し、ダンスを信じるがゆえに、さらなる高みへと挑戦を続ける矢内原。かつてトヨタコレオグラフィーアワードに出場した際、矢内原=ニブロール=映像等とのコラボレーションというイメージとは裏腹にシンプルな動きを突き詰めて振付けという定義そのものを揺らすような刺激的な作品を出していた際に確信しました。誰よりもダンスとは振付とはという問いに誠実に向き合っているアーティストだと。新作ダンス公演のほか、今年は秋に愛知トリエンナーレにてニブロール新作発表も予定。いま、もっとも見逃せないアーティストという称号に真にふさわしい存在でしょう。

公演予定

Red Brick Contemporary Dance File

矢内原美邦 新作ダンス公演

「あーなったら、こうならない。」

振付・演出:矢内原美邦

出演:カスヤマリコ 陽茂弥 橋本規靖 小山衣美 絹川明奈 永井美里

【日時】2010年

3月5日(金)20:00開演

3月6日(土)14:00開演/20:00開演

3月7日(日)14:00開演

※受付開始は開演の1時間前、開場は30分前

【会場】

横浜赤レンガ倉庫1号館3F ホール

【チケット】1月16日(土)一般発売

前売3,000円/学生2,500円/当日3,500円(全席自由席)

取り扱い:プリコグWEBショップ http://precog.shop-pro.jp/

公演関連情報

precogtube(映像・インタビュー等)

矢内原美邦×伊藤千枝(珍しいキノコ舞踊団)対談

関連LINK

ニブロール公式ホームページ

矢内原美邦の毎日が万歳ブログ

392mikumiku(ニブロールの映像豊富)

すばる文学カフェ ひと

ニブロール「コーヒー」

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