Dangerous Charms

2018-03-17

武藤彩未「永遠と瞬間」

聖子のエピゴーネンがまたひとり自滅した。ただそれだけのことである。

可憐Girl'sとさくら学院を経てソロデビュー、しかもグループアイドルの副業ではなくソロ一本での再デビューということで、当初は松浦亜弥以来のソロアイドル誕生とけっこう鳴り物入りだった。
音楽系webメディアが続々取り上げ、異例のQUICK JAPAN大特集、SNSでは意識高い系ライターがこぞって賞賛、すわソロアイドルの時代か?と囁かれもしたものの、蓋を開けてみればネズミ一匹、結局はご本人の休業という形で幕を下ろし、そんな彼女を尻目に欅坂46を始め相変わらずAKBたちは元気いっぱい、NGT48STU48のデビューも続き、グループアイドルの牙城はますます大きくなっている。
(いつもは辛口なあの人とか有名なあの人とかが金でも貰ったのかよってくらいの絶賛ムードだったなぁ…)

休業報道に対して「やっぱり今はソロでやるのは難しい時代だ」という反応が多かったが、そんなことはない。ソロアイドルになれないまま潰れたに過ぎないのだ。

だって、シングルもフルアルバムも出さずにミニアルバム2枚出しただけで終了って、いくら何でもショボすぎる。肝心かなめの作品がこんなに弱々しいなんて、力入れる方向を完全に間違えていたとしか思えない。
80年代アイドル意識するなら、シングルは年3枚、フルアルバムは年2枚出すくらいの根性は見せてもらいたい(そのうえ年末に企画アルバムとかだしてたぞ、昔のアイドルは)。

たとえミニアルバムでも作品が凄ければいいが、これが何とも言えない無味無臭J-POPで彼女をどういうアイドルにしたいのかが見えて来ないのだ。
アイドルをやるためにアイドルをなぞっているだけで、武藤彩未アイドルにしようという周りの愛情をあまり感じない出来栄えである。
作曲がすべて本間昭光というのも、ポルノつながりで依頼しただけというアミューズのやっつけ感があるし、エレクトロなアレンジもさすがに食傷気味で制作費ケチっただけにしか思えない。どうせミニアルバムなら、全部違う作家に書かせた方が面白いだろうに。
だいたい全曲エレクトロアレンジにするなら曲もダンスミュージックにすりゃいいのに、歌謡曲エレクトロアレンジ乗せたら安っぽくなるだけだって。
握手会などの接触イベントやらずに売るなら、まずは楽曲で勝負しなきゃダメだろ。それこそ松田聖子のようにね。何故そこは真似しなかったのか。

それは松田聖子を「ちょっと歌の上手いぶりっこ乙女チックアイドル」くらいにしか理解していない大人たちによる安易なアイドルごっこが失敗するという、今まで何度となく繰り返されてきた悲劇である。

そもそもプレデビューからして不穏だった。80年代アイドルのカバーミニアルバム「DNA1980」を2枚って…それくらい1枚にまとめろというのもあるけど、何でアイドルカバーなの。アイドルの物真似を売るんじゃなくて武藤彩未を売ってくれよ。これじゃアミューズのノスタル爺たちによる懐かしのアイドルごっこでしょ。
(実際このCDが発売されたライブレポを読んだ限りでは、演出も含めて80年代アイドルのキレイなトレースをやらされているに過ぎない感じがした)
その内容も松田聖子チェリーブラッサムとか、完全に負け試合だろ。聖子本人が歌いたくなかったというほどあまりアイドルポップスでないこの曲をよりによって選ぶとは…。しかも青い珊瑚礁まである。これは公開処刑か?河合奈保子?もうやめてあげて。
でも斉藤由貴なら上手くやれるかなと思ってたけど、悲しみよこんにちはの弾けるようなサビの譜割りを無感情に処理してしまったので白けてしまった。オリジナルよりテンション低くしてどうする。
(修正で生気がなくなってしまった可能性もあるが)
こちらのアレンジは大物に頼んで生演奏にしているのはいいけど、それならなんで本人の曲は安いデジポップにしたの?謎である。

そして、ここで彼女は枷をはめられた。聖子や奈保子や今日子などの錚々たる80年代アイドルと比較され、自分の作品で膨大なアーカイブに挑まねばならないというとんでもなく重たい枷だ。
これは彼女ひとりで解決できる問題ではなく、どれだけアミューズが自覚的に作品づくりをしてくれるかが鍵なのだが、結果は知っての通り。
そりゃ辞めたくもなるだろう。
アミューズアイドルなんか作れないから。
ベビメタもPerfumeも、現場の人たちが好き勝手した結果それが面白いとブレイクしただけで、アミューズの手柄ではない。

衣装もダサかった。Perfumeもたまに着せられる、包装用紙のようなテカテカヒラヒラした安っぽい素材の衣装や、聖子も明菜も早い段階で着なくなったカマトトぶった衣装なんて、女性ファンは興味持ちませんよ。
AKBはあれだけの人数の衣装のために衣装部門を分社化させ徹底管理、女性クリエイターが集結して質よし(時には生地から特注するほどに)、センスよし、安っぽさゼロの衣装を毎回作ってますぞ。

そして武藤さん本人も「10代のうちに武道館」「(坂本龍馬のように)アイドルシーンの革命児になる」「ジャンヌ・ダルクのように革命者になりたい」「松田聖子さんのように歌い継がれるような人になりたい」
などと次々にビッグマウスを連発していた割には、あまり特徴のない声だ。屋台骨が頼りない。確かにボーカルはキレイで丁寧だけどそのぶんスケールが小さくまとまっちゃってて、これで中途半端に聖子のキャンディボイスを意識した歌い方しちゃったら、おしまいだろう。
それならもう聖子のCD聴いた方が早い。

あとライブの動画を見ていると、CDとは違ってロック寄りのアプローチをしているのに気づいた。これも間違いだろ。これなら藍井エイルAimerLiSA水樹奈々などのアニソン歌姫の方がはるかに声に合ってるし歌唱力も上である。
アイドルDVDを見て勉強するというのも非常にマズい行為だ。中森明菜のように根っからのミーハー体質ならフィードバックに繋がるが、根が真面目だと思われる彼女では、愚直なまでに昔のアイドルっぽいものをなぞることしかできなかったのではないか。

結局ライブのハコも大きくならず、躍進で重要な女性ファンも掴めないまま、可憐やさ学から引っ張ってきたファンだけの祭典で終わってしまった「革命」だったのだ。
これは決してソロアイドルゆえの失敗ではなく、単にアミューズが下手くそだった、そして武藤さんの器もそこまで大きくなかったというだけの話である。
ソロアイドルで改めて売りたいなら、さ学オタ切り捨てる覚悟が必要なのだが、そんな勇気は持てなかったようだ。工藤静香という先人がいるにもかかわらず。

現在のグループアイドルにも付け入る隙はある。アイドル=歌って踊ることが前提となりすぎていたり、音圧ギュウギュウで聴き疲れする音作りだったり、ポジティブ一辺倒でかえって気が滅入るような躁病ポップスだったり。
例えばAKBGなんて持ち歌だけは膨大にあるけれど、曲を雑に詰め込んだものばかりでまともなオリジナルアルバムが存在しないし、あの秋元の作詞なので情緒のカケラもない。
つまり、これらは全て80年代アイドルから失われた要素。

なのに、他でも聴ける量産型打ち込みポップスを歌わせたり、MIKIKOの振付けを継続してステージでひとり寂しくパフォーマンスさせたり、グループアイドルでやってることをひとりでやらせてしまったので、これで客が付くわけがない。

このことを理解できるような「大人」は、そういないのだろう。たいしてアイドルが好きでもない焦臭さい人たちが昔のアイドルを真似た何かを売ろうとするほど、寒々しい行為はないのだが。
最低限、聖子と明菜と薬師丸と今日子のオリジナルアルバムくらいは一通り聴いた上でアイドル商売を考えて欲しいものだ。

2018-01-28

女性だけの街


何故「女だけの街があればいいのに」に怒り狂うのか - コニアたちまじめなので

何故怒り狂うのかと言われましても、何故怒り狂ってると思い込むのかそれはこっちが聞きたい。
そもそもこの記事、自分側の主張では発端となったツイートのみを貼って、論敵側のツイートは複数のアカウントを貼り付けているのはおかしくないか?
この発端となったツイートがあそこまでバズったのはご本人のツイートだけでなく、それにリプ・空リプ等の形で枝葉をくっつけていったご自分サイドの思想の人たちが大勢いることを完全に無視している時点で、印象操作していると言われても仕方のない記事である。
いちいち的を外してて突っ込むのも疲れるが、まず男性が夜道を安心して歩けるヌルゲーを生きる連中と思われているのは心外。
男性だって外にいて犯罪被害を受けるリスクは高いのだ。警視庁のデータによると、犯罪被害者のうち被害者男性は被害者女性のなんと2倍である。
そしてアパルトヘイトと突っ込まれて違うもん!と仰ってることにもうひとつ。
女性たちによる身の安全の為という需要があったとしても、民族や性別で人を一カ所に囲って住まわせるのはどう取り繕っても「隔離」であり、憲法にも抵触するアパルトヘイト同等の行為なんですよ。マジョリティからマイノリティを切り離す構図に変わりはない。
じゃあ安心して暮らせるように女性差別をなくせ!と言われるだろうけど、残念ながらそれは難しいよねと言うしかない。日本で暮らせないなら海外のどこでも暮らせないからだ。
暮らせないこともないけど、それにはかなりの経済力が必要となってくるし、恐らく有色人種である以上、何からの疎外を食らう可能性の方が大きい。

それにしても理屈はいいからアタシタチの気持ちに全力で寄り添え!と言いたいならそれだけ書いとけばいいのに、いちいちロジカルに反論しようとするからボロボロである。

これも併せて読みたい。○○だけの街で安心・安全に住めたらなぁ…という気持ちそのものは誰にも否定できないだろう。
だがそれを無自覚に、合法的に現実にしたらこうなるのだ。日本よりも「進んだ」アメリカが見せてくれている。
“独立”する富裕層 ?アメリカ 深まる社会の分断? - NHK クローズアップ現代+
欧米で「地価の壁」によって合法的・私的に行われる人種隔離・格差の再生産 - Togetter

2017-12-28

中森明菜「BEST COLLECTION 〜LOVE SONGS & POP SONGS〜」

2012年7月11日リリース
2013年3月27日リリース(SACD)

中森明菜デビュー30周年記念としてリリースされたベストアルバム。
いや、ワーストアルバム。

「オリジナルのマルチ・チャンネル・マスター・テープから、すべての音素材を見直してブラッシュ・アップさせ、それらの音素材から、オリジナル楽曲の魅力を損なうことなく新たにミックス、再構築されたリメイク音源によるベスト」という売り文句。

全シングルA面と、B面曲とアルバム曲を少し足した2枚組。
初回限定盤のみ2500円というサービス価格、節目の年、明菜さん本人の不在、女装家の明菜ファンアピールによる再評価ムード、新聞広告を打つなどといった状況が重なり、ヒットとなったのだけれど…。

これはつまり、マスターテープをいじくるだけのリマスターではなく、その前のマルチトラックテープにまで遡ってミックスからやり直したリミックスアルバムである。
リマスターでどうにかできる範囲というのは限界があって、ほんとに音をよくするにはミックスからやり直すしかないという。ミュージシャンの側も、ベストアルバム収録時に古い曲を再ミックスしたり、リミックスアルバムを出したりして音を常に新しい状態にしている人がいる。
たとえばリチャード・カーペンターはそれで有名だし、日本でも山下達郎や、矢沢永吉や、福山雅治などが再ミックスをよく行っているし、最近ではビートルズリミックスされている。
だからリミックスをすることは別に構わない。むしろやって欲しかったのだけど、このアルバムはダメである。というか、許せない。
何故なら、オリジナルのニュアンスを徹底的に壊しているから。マルチ引っ張り出せたのでツマミをグチャグチャいじってみました、としか思えないくらい不自然なリミックスが施されている。どこが「オリジナル楽曲の魅力を損なうことなく」なのか。
まず音がでかすぎる。びっくりするほどの音圧で迫ってくる上に、ベースやバスドラが跳ねまくるし、その弊害で音の少ない部分では楽器やボーカルがやたら大きくなり、多い部分では演奏が淋しくなるという典型的な海苔波形CDになっていて曲のニュアンスも糞もない。
そして、全体的にスネアパーカッションの音を前に出しすぎてチャカポコした音ばかりが耳についてしまい、やはり曲のニュアンスも糞も以下略。
明菜さんのボーカルを前に出すことと、演奏をクリアにすることしか考慮してないので、曲として必要な加工や歌としての盛り上げ、盛り下げを無視したため、通して聴くとサビで一気にテンションが低下したように聞こえてしまい以下略。
逆にオリジナルの曲がどれだけ考えて作られているのか分かります。

耳の悪い年寄り向けに作ったとしか思えない、というか作った奴が耳の悪い年寄りばかりだったのではと疑いたくなるようなひたすら耳障りなリミックスで、いったい誰がどうしてこのような方向性にしてしまったのか大変疑問である。
なのにアマゾンカスタマーレビューが絶賛気味なのも疑問。オリジナルの音源聴いたことある人がこれ聴いて絶賛できるって、普段どういう環境で聴いているのか。
これを制作した人たちはカーペンターズSACDを1億回聴いて「ブラッシュアップとはこういうことだ」と学んで欲しいものです。

確かに一聴したら音が今までのリマスターとまるで違っていることは分かる。
楽器の音もそうだが、何よりボーカルのみずみずしさというか、際立ちが今のポップスっぽいなという感じはする。
音圧にごまかされている部分も大きいと思うが、そこを評価する人がいるのは分からなくもない。
それほど、このミックスでは明菜さんのボーカルを前に出すことを徹底している。
だが、こうして本当によかったのか?と思うところもある。早いうちからトラックダウンにも立ち会い、ボーカルの試行錯誤を重ねていた明菜さんの意図した音が、オリジナルの楽曲にあるミックスだと思うからである。

「スローモーション」
残響音の大きすぎるドラムで「何か違う」と思わせるオープニング。オリジナルではサビで効果的に配されたホーンが激しく自己主張してて台無し。
セカンド・ラブ」
痩せぎみなストリングスと乾いたバンドの音で残念な相乗効果になっている。そしてサビになると何故か奥に引っ込むストリングス
「目をとじて小旅行」
冒頭のダブボーカルが単独になっているのはよい。全体的に今っぽいアコースティックロックに近づけていると思う。比較的マシな部類。
「トワイライト」
これは「メモワール」バージョンのミックスで完成されたと思ってるので、オリジナルバージョン準拠のリミックスではスピーカーがおかしくなったような仕上がり。やっぱりストリングスの音が痩せてる。
「SAND BEIGE」
そこまで大きく変わってないので、存在価値すら感じない。元の曲のスケール感を存分に感じることができるミックスですね。
SOLITUDE
大きめのドラムを引っ込ませて欲しいなと思ってたらもっと出しやがった。
「ジプシー・クイーン」
ボーカルはリバーブを取り、ドラムはリバーブをかける。意味不明。シンセベースのワンワンした音が引きずり出されて雰囲気台無し。
「Fin」
これもボーカルのリバーブがないのが特徴。サビの音が寂しくて雰囲気台無し。
「駅」
元々小さい声で録音したのをムリヤリボリューム上げたせいでテープのヒスノイズが思いっきり目立ってしまっている。そして、それをオケの音量で隠そうとしている。アホ?
誰に何と言われようが、小さいボーカルは本人のこだわりなんだよ。
「Blonde」
イントロのキーボードの音が思いっきり引っ込んでて違和感。フレーズの間に流れるポンポンした音がでかすぎて違和感。
「難破船」
リバーブを外し、Aメロの音量を上げているのでタイナミズムが台無し。
「恋路」
何故この曲。囁き声の音量を上げているのでいたってフツーの歌謡曲に。
「al-mauj」
この頃になると、CDで売ること前提のミックスになるのでリミックスの必要性が薄く、あまり変わってない。盛り上がりのなくなったサビとか、中途半端に変えてあるからかえってすごい違和感。
「LIAR」
上に同じ。ボーカルを引っ張り出したくらいか。コーラスまで引っ張り出さなくても。
「乱火」
上に同じ。それにしても、どの曲でもサビの盛り上がり感が殺がれているのは何故。
「水に挿した花」
上に同じ。ひら歌でコーラスが引っ張り出されすぎて邪魔。
「忘れて…」
この曲、わざわざリミックスする必要ある?他にいい曲あるのに。
「少女A」
このアルバムを象徴するかのようなチャカポコ&ズンドコのマヌケっぷりが楽しめる曲。
「1/2の神話
元々のアレンジがちょっと変なので、そこまで変化は感じないけどサビのアクセントである「ブンッ」という効果音が控えめになったのが違和感。
「禁区」
元々のアレンジがおかしいのでどうにかすべき曲の筆頭。まあ、打ち込み部分は善戦したと思いますよ。でもアウトテイクのボーカルを引っ張り出したのは何故?
「北ウイング」
ポッポコポッポコうるさいよ。元々のアレンジの完成度が高いのでいじりようがない、このアルバムの方向性とは相性最悪の曲。疾走感も空気感何もかも台無しのリミックス
サザン・ウインド」
ブンブンブンブンうるさいよ。なんだこのシンセベースの耳障りなリミックスは。相変わらずサビで異様な盛り下がりを見せる。
十戒
挿し色として効果的に配されたキラキラ音やオケヒットやSEが引っ張り出されてものすごくマヌケになってしまった。小学生がふざけてエレクトーン弾いてるみたいなギャンギャンフィンフィンした音たちが素敵。
「飾りじゃないのよ涙は」
サビのボーカル加工が外されるとは思っていたが、定位がどっかに行っちゃうのは予想外だった。これならアルバムミックスの方がいい。
「ミ・アモーレ」
コトコトコトコトコトコトコトコト以下略。
「DESIRE」
サビの「ディザイア、ディザイア」のリフレインいらない。ベース音うるさすぎ。オリジナルのアレンジの意図を汲めなかったエンジニアがどうにか空間を埋めようとしたんだろうなぁ。
「LA BOHEME」
ロック感を強調させようという意図は分かる。アレンジ的にDESIREよりは成功している。Bメロの「あーりかー」で舌が巻いてしまう部分、修正で消してますね。
「危ないMON AMOUR」
これも当然ボーカルを前に出しているけど、比較的成功している部類。
ノンフィクションエクスタシー
あまりボーカルは引っ張り出されていない。それよりアレンジを聴いて欲しかったのか。
「Tango Noir
未聴だがスーパークラブミックスのアレンジに近づけてあるらしい。
この曲で重要なドラムも16分で刻むベースもあっさりした音に変わってしまったために疾走感台無し。サビのコーラスもいらない。
TATTOO
イントロのフレーズもドラムロールも小さくて違和感。
ていうか全体的にドラムロールが小さくされたのでジャズ感台無し。
サビのキラキラ音が空気を読まずに主張しているのでサビのカタルシス感台無し。ラストサビのシンセ聞こえないので以下略。
「I MISSED 'THE SHOCK'」
フレットレスベースが引っ込んでいるので台無し。抑制的なボーカルを盛り上げる気のないサビ部分が残念すぎる。
「Dear Friend」
サビで効果的な、空間の奥にあったストリングスがベッタリとくっついてて効果が殺がれている。
二人静
DESIREと同じく空間をあえて残したアレンジというのに耐えられなかったのか、ドラム音で埋めようとしているのが残念すぎる。


…と、このように頭から尻尾まで残念無念で埋められた2枚組でした。
比較的成功している曲を聴いてみると、ロック系・バンド系の方向性リミックスしたような感じがする。ただ、中森明菜ソングはあくまで歌謡曲だし、ワーナー後期の曲はフュージョン歌謡なのだ。
いらないけどもし「Stock」をリミックスしたら成功したかも知れない。

2017-12-04

中森明菜「AKINA BOX」SACD/CD Hybrid

中森明菜デビュー30周年記念として、2006年にリリースされたAKINA BOX(赤箱)から6年ぶりのCDボックスリリースとなった。

といっても2010年末から体調不良でご本人は休業中。30周年の新作リリースがままならない状況の中でのリリースなので、記念とはいえCDをSACDにしただけのアッサリした内容でのリリースとなった。
(…実はひと月前にとんでもない代物をリリースしているのだがそれは次へ)

内容は通常のCDだった赤箱をSACD/CDハイブリッド盤に、箱と冊子の色を青に変えた通称「青箱」。DISC18が特典ディスク「Seventeen」ではなく「BEST 掘廚砲覆辰討い襦

当初はたったそれだけの内容で、SACDといっても37000円から45000円に値上がり(バラだと2200円から3200円)しているし、何より赤箱の在庫が当時はアンコールプレスによりまだ存在していたので評判はそんなによくなかったと聞くが、SACDということで歌謡曲コレクターも手を出してこちらもすぐ売り切れ、赤箱とは逆にバラ売りのみ2014年にアンコールプレスされて、2016年くらいまではすぐ完売したベスト3作以外新品でAmazonから購入することが可能だった。一部作品は他ショッピングサイトにまだ在庫がある模様。
今ではこのマスターと同一音源かどうかは未確認だがハイレゾ配信されており、専用の機材を揃えないと再生できないSACDと違ってハイレゾ対応の携帯プレイヤーやCDレシーバー、コンポ等がそれより安価で購入できるし、何より2014年に廉価盤がリリースされてCD層の音源はそちらで聴けるので(ただし音圧が上げられているので完全に同一ではない)完全にコレクター向けとしての需要しかないものと思われる。

なお、こちらは赤箱とは違って通販限定商品と内容が共通のために通販用の品番はボックスの巻き帯に併記されているのみで、中身の品番は同一。バーコードは上からシール貼りされている。
DISC1〜17までは品番と歌詞カードのSACDの説明以外、赤箱と全く同一内容。
唯一「Cross My Palm」のみ、文字色が少し変わっている程度。
DISC18の「BEST 掘廚牢まわしき最初の非公式ベストであり、もうCDしかない時代のアルバムをムリヤリ紙ジャケにしただけでLP向けのリーフレットなど当然なく、縮小マジックもかけられないのでジャケットはカラーコピークオリティのお粗末なもの(非公式ベストの版下なんか残してないだろうしね)。
更に恐ろしいことに歌詞カードの中身までもコピーって………。そこは文字を打ち直すか他の通常歌詞カードに合わせなさいよ。元々写真の一枚もない質素なブックレットなんだから…。こんなクオリティで単品3200円とか出したくないなぁ。
LIARから二人静までのシングルを埋めるためには必要だったんだろうけど、これを入れるならいっそ「もう一人の明菜」も付け足してしまえばよかったのでは?B面の名曲群をリマスターで聴くには、とっくに売り切れたライノマスターかシングルボックスを入手するか配信しかない状況になっているので、非公式B面集「もう一人の明菜」にまだ需要があるという有り様である。
そしてまたしてもミニアルバム「SILENT LOVE」「MY BEST THANKS」「Wonder」はスルーされた。これらのリマスターは2014年まで待たねばならない。

2017-11-23

中森明菜「BEST」

オリジナル発売日:1986年4月1日

中森明菜、初のシングルコレクション。ベストアルバムとしては「BEST AKINA メモワール」に続く2枚目。
(Seventeenも内容としてはミニ・ベストと言える)
このアルバムも当初はメモワールと同じ構成、つまり「北ウイング」から「SOLITUDE」までのシングルA面と、アルバムから少しという内容になる予定だったが、結果的にはシングルコレクションとなった。
(正直言ってそっちの構成で聴いてみたかったような。ANNIVERSARY以降のアルバム曲にいいの多いから)
タイミングとしては「DESIRE」が2月にリリースされた直後だけあって、この時点で最大のヒットかつロングセラーアルバムとなった。

シングルコレクションとはいっても曲順に工夫が凝らしてあり、「SOLITUDE」をヘソにした対照的な割り振りがなされている。
SOLITUDE」を中心として、前半に清順ソング、後半にツッパリソング、ヘソの両脇に異国情緒ソングで固めるという面白い並びで、「スローモーション」で始まって「少女A」で締めるというのも何やら示唆的な感じ。

このアルバムからLPとCDが同時リリースされるようになったため、CDで聴かれることを考慮した可能性もあるのでは?それならLPとしてはムリのある曲数にも納得がいくから。

「スローモーション」
セカンド・ラブ」
「トワイライト」
「北ウイング」
サザン・ウインド」
ここまでは触れているので割愛。

「SAND BEIGE -砂漠へ-」
アルバム初収録。ミ・アモーレでリオでカーニバルに参加したかと思えば次は砂漠へ。異国を彷徨う姿はANNIVERSARYの頃から提示されてきたが、やはりラテン中近東あたりがいちばん似合う。
裏打ちメインのリズムと息継ぎのないサビ、これはもはやアイドルの為に書かれた曲ではない。
ちなみに「アナ・アーウィズ・アローホ」というアラビア語が出てくるけどこれだと男性形らしい。正しくは「アーウィザ」。

SOLITUDE
唐突に渋い曲。実は「D404ME」に収録予定だったものが明菜さんの意向でシングルA面に選ばれたという。同じタケカワユキヒデ作曲による「ピ・ア・ス」が「D404ME」でヘソの役割を担っているのは偶然か。「ミ・アモーレ」でレコ大確実だし「SAND BEIGE」もヒットしたんだから次は趣味に走らせてよね、という声が聞こえてきそうなこなさそうな。
これを出された当時のファンはびっくりしただろうな。それ以前の明菜とそれ以後の明菜への分水嶺となった曲かも知れない。この次のシングルが「DESIRE」なので、まだ「SAND BEIGE」で微かに残っていたアイドルとしての明菜に完全に別れを告げた曲。
同期アイドルはこれを出された時「もう敵わないな」と思ったとか何とか。
ただ、当時の声でこの曲を表現しきっていかたと言われたらまだかな、と思う。私は89年「EAST LIVE」での歌唱がいちばん好きです。

「ミ・アモーレ〔Meu amor é・・・〕」
シングルバージョンはアルバム初収録。
なんでリオのカーニバルでサンバなのと言われそうだが、実はデビューの早い段階から「Bon Voyage」「アバンチュール」「メランコリー・フェスタ」「地平線(ホライズン)」と、アルバム曲でじっくりと「ミ・アモーレ」に至るまでの前哨戦が行われていたのである。
いくら同じワーナーとはいえ、インストゥルメンタルがメインで歌謡曲作家ではない松岡直也氏に曲を書いてもらうという発想はどこから来たのだろうか。歌モノ作家としての実績は殆どないといっていい人だったのに。結果的に逆転ホームランとなったからよかったけれど…。
これは余計な話だが、「ミ」はスペイン語、「アモーレ」はイタリア語である。スペイン語なら「ミ・アモール」だし、イタリア語なら「ミオ・アモーレ」になるはず。
だが舞台となったブラジル公用語ポルトガル語。どういうことですかカンさん。
一応副題にポルトガル語が付いているけど「私の愛は…」と少し違う内容になっている。
ま、書いた後からツッコミが入ったものの思いっきりアモ〜レ〜って歌い上げちゃってるのでポルトガル語は副題としてくっつけざるを得なかったんだろうな。でも「ミオ」にしなかったのは勘違いか(あくまでも日本語からみた)語感を優先したのかは分からない。
ヒット曲にはよくあるエピソードである。

「飾りじゃないのよ涙は」
シングルバージョンはアルバム初収録。
やはり売野さん作詞のツッパリソングと比べたら世界観の構築が段違いだなと感じる。
中森明菜は「反」ではなく「非」であるという批評をした方がいるけど、まさにそれを体現したのがこの曲。

十戒(1984)」
「禁区」
「1/2の神話
「少女A」
これもとりあえず割愛。