「虹」吉本ばなな

 なぜこの本を読もうと思ったのかよくわからない。購入した後しばらく本棚に積み上げられていた。吉本ばななといえば「キッチン」が有名だ。あれほどシンプルに、人の心を吉本ばなならしく表現した一冊はないと思う。吉本ばななのその後の作品は、徐々に何かに蝕まれるかのように、複雑でありきたりなものになっていったように思う。この作品も読みにくい。なぜか読み進めるほどに、タヒチの自然の美しさが色あせるように感じる。自分がよいと思うものに対して、シンプルに賞賛の言葉を述べるのが彼女の最もすばらしい美徳だったではないかと、少しがっかりしてしまう。
 けれども、その本の中で私は懐かしく何かを思い出した。真剣に近寄ってしまうと自分が飲み込まれてしまうようなもの。その遠さは、自分が自分の主であることの証拠だと感じる。
 好きな本だとは思わないけれど、今の自分の状況にはそれなりにマッチした一冊だったらしい。