「アイドルすかんぴん」

前回の「ザ・ファイター」にも書いたフレーズですが【どんなに気持ち良い日曜日でも昼からダウナーな気分にさせてくれる番組】でお馴染みのフジテレビのドキュメンタリー「ザ・ノンフィクション」。先日の放送がスゴく面白かったので今日はその感想です。


アイドルを夢見る3人の女性。
19歳の時に福岡から上京してきた山下若菜さんは人を苛つかせるアイドル「イラドル」として活動しているが、26歳になって今でもなかなか芽が出ない。ノーギャラの仕事が多く、常に生活が苦しい。全財産が10,000円台。冷蔵庫がモノでいっぱいになった事の無いという状況。顔を売る為には文句言ってる場合じゃない。与えられたチャンスは全部逃がす訳にはいかない。ある日事務所の社長(この社長も元いた芸能プロダクションが解散してしまったため32歳ながら一から新たに芸能プロダクションを立ち上げたという侠気溢れる人)が「イメージDVDの発売」というビックチャンスを持ってきた。しかし、その仕事は肌の露出が多い内容だった...。
号泣する父親に手を振り新潟から出てきた久長あや那さんは現在18歳。半年後のデビューを目指して猛特訓中。しかし、いつまで立っても踊りが上達しない。社長からダイエットを厳命されているのだがどこ吹く風。他のメンバーもあきれ顔。年下のメンバーに踊りを教えてもらう始末。焦ったあや那さんは努力する代わりに「大手プロダクションに移籍したい」と社長に相談した...。
10年前、渋谷でスカウトされた愛葉るびさんはグラビアアイドルからAV女優に。「もっとたくさんの人が知ってくれれば良い」という思いからの賭け。果たして人気女優になったのだが、過労とストレスで病気になってしまいAVを引退。闘病生活は3年にも及んだ。将来を悲観して自殺未遂。アイドルとしてデビューしてから七年後の事だった。現在は女優として活動を再開しているがくる仕事は未だに脱ぐ仕事ばかり。そんな時に転機が訪れる。映画「体温」の主役。この作品で彼女は過去と決別する為に「ある選択」をする...。


日曜の昼にこれですよ!ザ・ノンフィクションの真骨頂を久々に観ましたよ!夢をかなえる為に不器用ながらただひたすらに頑張るっていう3人の姿は非常に美しく、好感を持って観る事ができました。
芸能界ってのは本当にヤクザな商売で、若者の「夢」や「やる気」を搾取して、気の良い人ばかりが酷い目に遭うという因果な世界ですよ。光が強く当たってる分、影の暗さが深いというかね。ノーギャラの仕事があるとか、他に移籍したらダメとか、一般社会では即アウトみたいな話が芸能プロダクションでは「当たり前」みたいな感じで一切の反省が無いってところがもはや恐怖。上原美優さんが亡くなったばかりのこのタイミングで観るにはちょっと痛々しかったです。


編集やナレーションも秀逸でした。特に山下若菜さんのパートは見事。「アイドル」の悲哀を全て押さえた作りになってましたよ。お世話になっているスタッフが自分の為に一生懸命考えてくれてるんだもの、「肌の露出が多いDVDに出演」っていう仕事に対して「NO」とは言えませんよ。でもお父さんやお母さんに見せられる作品なのか心配...。「肌の露出が多いDVD」の顔合わせの時の山下若菜さんの顔がすごい事になってました。人間、窮地に立たされるとああいう顔するんだね...っていうくらい悲壮感が漂ってました。

努めて明るくふるまっていた撮影日。
完パケを観てOKを出さなければいけないという決断。
発売記念イベントに手作りのステッカー(貧乏暮らしに更に鞭打って節約し、色ペンを買って作りました)を買ってくれたファンの皆さんに配ろうとするひたむきな姿勢。

お金を稼いでお母さんを幸せにしたいだけ、何も間違ってない、はず。

もうこの時点で正直涙腺は緩んでましたよ!
そしてDVD発売イベントの日。会場(その手のイベントでお馴染みのソフマップ)の後ろに母や姉の姿が。社長が家族を福岡から呼んでいたのだった。母の姿を見つけながら水着姿でいつもの「イラドル」として振る舞う山下若菜さん。お母さんはいつも味方だった...。号泣です!シチュエーションは映画「手紙」に近いかもね。もちろん社長が呼んだって事になってるけどさ、そんなの演出だって事はわかるけど、山下若菜さんが一生懸命「イラドル」を演じている姿を見ているお母さんの眼差しに涙を抑える事が出来ませんでした。


また、久長あや那さんや愛葉るびさんのパートも良かったです。
久長あや那さんは結局最後まで覇気が無く、事務所から契約解除を伝えられてしまうのですが、それでも東京に留まって今もアイドルを目指して一生懸命に頑張るという話になっていましたし、愛葉るびさんのパートも、オファーされた主演の映画で「脱ぐのを拒否する」という抵抗をみせており、苦しかった闘病生活を経て、過去から一歩進もうとする「瞬間」が映ってました。「誰かの人生に関われるような存在になりたい。」という愛葉るびさんの台詞がこのドキュメンタリーの核を担っていました。3人の名前はハッキリと覚えたし、今後も応援していきたい気分になりました。頑張れ!ちょう頑張れ!!少なくとも「AKB48のプロパガンダ映画」よりは見応えがあったよ。
多少の違和感(後述します)は感じつつも、このドキュメンタリーが3人にとって良縁のチャンスになるんじゃないかと思いましたよ。放送終了直後は。




さて、ここからがドキュメンタリー好きの見方ですよ。

放送終了直後、出演者の3人がブログやツイッターで感想をそれぞれ述べていました。
山下若菜さんは「イラドル」として活動してきたのにああいった弱い部分を見せて良かったのだろうか?と悩みつつ、ファンに感謝のコメントを残していましたが、久長あや那さんは「ダメな部分を強調されてしまってショックだった。正直放送して欲しくなかった。」と内容に不満を持っているようです。愛葉るびさんに至ってはtwitter上でこうコメントしています。

@aibarubyruby 結局、普通の映画や心霊の現場に散々来ておいて1年以上取材して使うのは脱いでるメインか…テレビってそんなもんなんだね。インタビュー協力してくれた友達もたくさんいたのに、我慢して取材受けなきゃよかった。

@aibarubyruby 取材したプロデューサーさんの言うこと信じてたのに使うって言ってたとこ何も使ってなくて…協力して楽しみにしてくれはみんなに本当に申し訳ない。涙が止まんない。なんか、人間不信…

@aibarubyruby 許せなくて悔しいのは番組に対してじゃなくて取材を担当していた人。セクハラも偉い人にもちくらず独りで我慢してたのに、あの嘘だらけの約束。

@aibarubyruby 番組の編集が自分の思ってたようじゃなかったから泣いてるんじゃない。blogではそういうコメントたくさんあったから辛かったし誤解されてま仕方ない書き方だったけど。これだけはタブーかも知れないけど言わせて下さい→

@aibarubyruby カメラ回ってない状態で二人きりのとき部屋に意味もなく居座ったり寝そべったり、『俺との子供を作ろうよ』『最終的に彼氏できて俺とかってオチは?』『籍を入れてみない?』とか、その他色々…それはセクハラにはあたりませんか。

@aibarubyruby そんな状況下で自然な取材や気持ちも話せず、誰にも言えなかったAVに出ることをきめた理由を打ち明けたのに、その件は無視だったり、ずっとずっと誰にも相談できない中悩み過ぎてストレスと闘ってきた1年半。それでも『オカルト女優として』活躍してることは描く、って

@aibarubyruby 編集に悪意があるとか思ってません。ただ、そのK氏に対しての裏切りの酷さに耐えられなくて泣きました。死にたいくらい。あれだけキレられたりセクハラ会話されたり、我慢して全て辞めたいくらい追い詰められた日々が、悲し過ぎる。本当に辛かった。

@aibarubyruby『脱ぎに脱いできた人生』って彼が考えたナレーション、1年も色んな仕事みてきて苦しいことも話したのに、それどういう意味ですか?そういうふうに思ってたんですか?って聞いたら、『…』。ノーコメントですか。セクハラ我慢せずちゃんと上の人に言っておけばよかった。。。

@aibarubyruby まぢ…消えたいくらい悲しい。全部はさすがに言えないから、ごめんなさい。本当にごめんなさい。吐き出せるとこだけ吐き出してごめんなさい。

@aibarubyruby 生きていける気力がもし戻ったら、もっともっと頑張って、折れない、負けない、わかってくれる、応援してくれる人に対する感謝を一生忘れない。本当にありがとうございます。


出演者から放送終了後にこういうコメントが出てくるってのはドキュメンタリーとしては大失敗。というか人づきあいとして大失敗だと思うよ。


作り手だって何も現状を悪くしてやろうなんて思ってこのドキュメンタリーを作ってる訳じゃないでしょう。お互いがお互いを利用しあって良い結果を出そうという事でこのドキュメンタリーは作られているはず。そこには信頼関係が一番重要。良い作品を作ろうという点では信頼関係というよりも「共犯関係」と言った方が良いかもしれないね。放送終了後のリアクションを観る限り、ちゃんと共犯関係が築けていたのは山下若菜さんだけだったんだろうね。


出演者にこういうようなコメントをさせてしまうのは出演したアイドル側のプロ意識云々の話ではなく、100%作り手が悪いです。単に「話し合いが圧倒的に足りなかった」という点だけ。でもその点というのはドキュメンタリーを撮るのに最も重要かつ丁寧に扱わなければいけない部分。ボクがこのドキュメンタリーを観て感じた「多少の違和感」ってのは、「芸能界っていうヤクザな世界に対して、作り手が何の疑問も持っていない」という事。結局作り手は本心では出演者の仲間では無かったって事だと思うよ。山下若菜さんに関してはそうだったかも知れないけど、久長あや那さんや愛葉るびさんに関しては「仲間」ではなく、単なる「素材」だったんでしょう。このドキュメンタリーの企画意図やカットした理由は、出演者を納得させるまでとことん話し合わなきゃいけないんだよ。
「アヒルの子」と「家族ケチャップ」の感想の時にも書いたけど、ドキュメンタリーを作るという事は「人の人生に徹底的に付き合う」という事だからね。作り方を間違ったら被写体も作り手も「死」に直結するものだという事を作り手は驕っていたんじゃないかな。出演者のリアクションを観る限り、放送当日まで完パケを見せてなかったんだろうね。放送で初見って冒険過ぎというか、いくらなんでも酷いと思うよ。内容は良かったのに、出演者に説明を怠ったという点ではドキュメンタリーを作る者として失格だし、放送してはいけないモノですよ。



繰り返しになってしまいますがドキュメンタリーの内容は素晴らしかったです。出演された3人の名前はハッキリ覚えましたしイヤな気分になりませんでした。いろいろあると思うけど本当に頑張って欲しい。ただ映像の中の世界として素晴らしかっただけで、結局作り手には出演者に対するリスペクトはなかったみたい。
つまりは作り手も「搾取する側」だったって事ですよ。例えば出演者を1人に絞って「こんなひどい仕打ちもまかり通る芸能界ってのはどうよ?」と、社会を批判的に見るテーマまで持って行けてたら傑作だったと思います。ドキュメンタリーを作りたいと思ってる人には後日談まで含めて覚えておくべきエピソードになったと思いますよ。とりあえず山下若菜さん、久長あや那さん、愛葉るびさんのお3方には頑張って欲しいと心の底から思いました。






※本文から漏れた感想

  • この作品を作った松木創さんという方はtwitter

@geneiza【お知らせ】私が構成・演出したドキュメンタリーが放送されます。地下アイドルたちの青春物語。一切変わった仕上がりになったと思います。フジテレビ5/15(日曜)14時〜 「ザ・ノンフィクション『アイドルすかんぴん』 語り:林原めぐみ 」 よろしければ。

と、おっしゃってましたが、毎週「ザ・ノンフィクション」を録画して観てるボクとしてはいつもの作りでしたよ。先週の「中華街かかあ天下7」も同じ構成。

  • 出演者の理解を得られなかったというドキュメンタリー作品は多いけど、たしか松江哲明監督の「童貞をプロデュース。」の1の方もそうだよね。あれもすげえ傑作なのにアングラの道を辿らざるを得なくなっちゃったね。
  • ああやってアイドルが一大決心した上でイメージDVDで作られてると思うと重いよね。ああいう肌の露出の多いイメージDVDって、今じゃ秋葉原ソフマップで最安300円で投げ売りされてるけど。
  • 「ザ・ファイター」でクリスチャン・ベールの兄貴が刑務所で体験した事がまさか現実に起こるとは!
  • ラスト、空っぽの冷蔵庫を観て苦笑いする山下若菜さんっていうカットが素晴らしかった。


※追記
その昔、宇多丸という徳の高いお坊様が「『夢』別名『呪い』」というありがたい説法を唱えておりましてな。改めてこの曲聴くとよりグッときました。