松田一輝『私立男塾』

私立男塾 1 (少年ビッグコミックス)

私立男塾 1 (少年ビッグコミックス)

連載:『少年ビッグコミック』(1981〜1983年)
単行本:小学館少年ビッグコミックス(1981〜1983年) 全8巻


 『ドッ硬連』や『ジャイアント』などの硬派な作風で知られる松田一輝が、『少年ビッグコミック』(現在の『ヤングサンデー』の前身)にて描いた作品。単行本は廃刊になって久しいが、現在は日本漫画学院のコミックターミナルにてWebコミック版を読むことが出来る(有料)。なお、後に宮下あきらがジャンプで連載した『魁!!男塾』とは一切関係無い。
 主人公は、幕末の鍋島藩の下級武士の家に生まれた少年・宮本大気。同藩の学問所である弘道館への進学塾として知られる「私立男塾」の一年生である彼が、同塾に教師として赴任した稀代の変人・藤丸鉄心との出会いを契機に、様々な異国の技術、言語、文化などを学びながら、自分の進むべき道を模索しつつ成長していく物語。
 幕末モノの王道と言うべき「侍と異国文明との交流」を描いた作品であり、一人の少年の冒険物語としては非常に完成度が高く、実在・架空を問わず登場人物達も実に魅力的である。ただ、歴史漫画としては時代考証が荒く、たとえば大気が吉田松陰と長州で会った直後に訪れた筈の京都に、既に近藤勇新選組が駐留しているなど、明らかに時代設定がおかしい箇所も多い。なので、「幕末っぽい異世界」が舞台の物語として読んだ方が、よりすんなりと作品世界に入り込めるかもしれない。
 本レビューにとって注目すべきは、第5巻に掲載されている「狭すぎる天守閣」というエピソードであり、ここでは鍋島藩の殿様が、異国のゲーム「テネス」で、坂本竜馬や大気に勝負を挑むという話が描かれている。ただし、竜馬や大気はルールを知らず、殿様も「羽根つきと同じじゃ」という程度の認識しか持たなかったため、一つのコート内に4対4で対峙し、ボールは毬を使い、唯一本物のテニスラケットを持っていた殿様以外は、はご板、障子、巨大しゃもじなど、各自が勝手に持ち寄った物で球を打ち返すなど、ひたすらカオスな勝負が展開されることになる。
 上記の通り、かなり滅茶苦茶なエピソードではあるのだが、初めてテニスと出会った日本人がどのようにそれを受容したのか、ということを想像した物語としては非常に面白い。テニス漫画としては異端中の異端だが、これはこれで十分に楽しめる内容と言えよう。