Flight-test of darupen

         以下の意見は、私の私見を示したものであり、情報的なものに過ぎず、法律上の助言や意見を含んでいません。
         また、これらの見解は、いずれかの組織、法人、代理人又は依頼人の意見や意図を示すものではありません。
         さらに、私がいずれかの組織を代表し又は依頼人の代理人となる場合には、これらの見解と異なった見解を示すことがあり得ることを予め申し上げます。

2011-10-18

[] ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 東日本大震災復興支援チャリティコンサート

   サントリーホールで正午から一時間、という溜池山王地元限定みたいなコンサート。 プロはモーツァルトのP協・マーラーの歌曲・未完成。 モーツァルトは定期で日本の被災者に捧げる曲として演奏されたものだし、マーラーは死の影と神の救いがどこかに関係した曲、そして未完の交響曲。 これはまさに追悼プロだ。 モーツァルトは美しく繊細、マーラーは歌い手の深い思いが伝わってくる演奏だった。 そして未完成は昨日のブルックナーよりも大編成、だけど少しもうるさいところはなく響きは深く、最初の拍の頭をすりつぶした、これぞ俗に言う「ウィーン風」そのものの演奏。 勤め先は近所、だけど、時間の関係で結局は年休取って行って大満足、とても良かったです。  (この記事は25日にアップしました) 

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2011-10-17

darupen2011-10-17

[] クリストフ・エッシェンバッハ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団東京公演

 えぇっと思った。 ブルックナー第四番、エッシェンバッハは明らかに第三楽章は終わって第四楽章にすぐに飛び込む気だった。 キュッヒルも緊張感を持続して構える。 指揮者をずっと睨んでいる。 緊張が続いて、そして第四楽章のさざ波のような弦が出てくる、はずだった。 しかし、聴衆からは容赦ない楽章間の咳が…… エッシェンバッハタクトを下ろす。 キュッヒルが構えを解く。

 エッシェンバッハは結局、アンコールを準備していたにもかかわらず、やってくれなかった。 当然である。 コンサートでは、指揮者が絶体権限を持っている。 オケの団員も聴衆も彼に注目して然るべきである。 それを犯す、即ち、リスペクトしない聴衆に、感謝のサービスをするわけがない。

  このブログは悪口・批判は言わないポリシーだが、あれはあまりにも酷かったし、また、聴衆のマナーが悪かったことは書いておきたい。 ブルックナーの曲は全休止が多く、そこのところの響きがとてつもない楽しみ、そしてたぶん演奏の命なのだが、そこでは必ず咳・パンフを落とす・がさごそ等の雑音が入る。 ほんの少しの間なんだから我慢してくれ!!、と叫びたくなる。  

 演奏はとても良かった。 モーツァルトはだるぺん苦手なのだが、あんなに楽しいのは久しぶりだった。 ただ、ブルックナーをやった編成は少し小さかった。 翌日の未完成は同じぐらいの編成でやっていたから、やはり小さいんだろう。 それで頑張るから、どうしても「元気の良いブルックナー」になってしまう。 ウィーンフィルならもっと別の演奏も出来たように思うのだが。

 最後に一言。 ブルックナー第四番第四楽章の246小節から弦楽だけの強奏がある。 その音色の深さにウィーンフィルの底力を見たように思った。 

(この記事は25日にアップしました) 

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2011-10-04

darupen2011-10-04

[] アジアオーケストラウィーク2001 仙台フィルハーモニー管弦楽団

 めちゃくちゃ忙しくて、かなり遅れてしまいましたが、どうしても残しておきたかったので。

 いつも通勤で使うT駅にはコンサートのポスターがよく貼ってある。 そこで仙台フィル東京公演のを見かけた。 震災後、傷だらけで活動再開して東京公演にたどり着いたのか、をを、ショスタコ5番持ってくるのか、どれ、と思って行くことにした。

 オペラシティには早めに到着、まだがらがらだなぁ、でもチケット簡単にとれたし、やはりこのままがらがらなのかなぁ、と思いながら前の方に着席。 演目は、片岡良和・抜頭によるコンポジションベートーベンP協4番・ソロは仙台音コンを取った津田裕也、ショスタコ5番。 パンフ見て1曲目が宮城フィルの創設者の作品、と知る。 初心を思い出し、その上で未来に向かう意思を強く感じるプロだ。 ショスタコ震災後間もなく演奏された曲の一つでもあるし、ヴォルコフの証言等のいろいろの意見はあるが、こんなプロに非常にマッチする。 だがさて、演奏はどうだろうか。 地方オケは、その昔、札幌響を聞いて、あまり感心しなかったことがあり、お手並み拝見、と思っていたのは事実。

 しばらく微睡んでからさて開演前、立ち上がって振り返ったら、なんと95%アップの超満員にびっくり。 そういえば4月の支援コンサートは発売日即売り切れだったなぁ、と思い出した。 まだその気持ちは続いている、良いコンサートになりそうな予感がしてきた。

 オケはヴィオラが8本、それに応じた編成で、東京の大オケと較べると少し所帯が小さい。 これでコンマスヴィオラ首席が客演で入っているのだから、やはり地方オケは大変だなぁ、ショスタコ大丈夫かなぁ、とは本心。

 ところが一旦音が出ると「すごい!!」、とても気合いが入っている。 いや、驚きました。 一曲目は雅楽からの本歌取り、とてもおもしろいし勢いがある。 二曲目はピアノが繊細で良い演奏。 中には音がきれいでない、の評もあるみたいだが、そんなことは演奏の意図次第、以前、大野・ザグレブフィルを藤沢で聞いたときもそれを感じた。 そう言えばあの時もショスタコ5番だった。 

 そのショスタコ、ppでVnがロングトーン(??)を演奏しているところとか、特に第三楽章のラルゴから、なんとも荒涼とした風景が立ち上がる。 「これが彼らのリアルな音楽なのだ」。 そんな心象風景にはこの曲は実に合う。 最後の大合奏が希望の音楽のように鳴り響いて終了。 すごい。 ほんと、割れんばかりの拍手。 ホールが少し小さめなのだがそれがマッチしていたのか、響きを満喫できる、凄く良い演奏だった。

 そしてアンコールにはニムロッド、震災直後の尾高・読響でなんとも思いのこもった鎮魂の演奏を聴いたのと同曲。 これが、明るく軽い、将来への希望を感じさせる演奏。 仙台はまだ復興には遠い状態だと思うが、その中で生きている人々の前向きにありたい気持ちが出ていると強く感じました。

 うん、仙台フィル、やるじゃないか。 この時の演奏は東京、いや世界のオケに対抗できる素晴らしいものだったと思います。 とても満足し、勇気づけられました。 (この記事は10月15日にアップしました)

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2011-09-21

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[] ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 第1708回NHK交響楽団定期演奏会

ブロムシュテットって、ほんと真摯なんだなぁ」

 21日は東京台風が直撃、そんな日にサントリーホールで行われたブロムシュテット指揮・N響定期のことを。

開場時には交通機関がほとんど麻痺していて、「これは何人集まるかな」と思ったら、やはり1割程度の入り、あんながらがらのサントリーは初めてでした。

 演目は、未完成とブルックナー7番。 コンサートマスタードレスデンからの客演、そんながらがらだから、席は移動し放題、一階席10列目のコンサートマスターの正面・僕が思うに一番良い席で聞いてきました。

 一曲目の未完成、演奏が始まって「をを、なんとがっちりとした演奏だ!!」。 柔らかさとはほど遠い、ドイツ的・楷書の音が響く。 とても良い、但し中途半端な曲なのがよくわかる、普通の未完成とは別物の演奏。

 そして休息後のブルックナー、これはほんと素晴らしかった。 特に第二楽章、こんな思いのこもった深い演奏が聞けるとは。 サントリーホールがらがらなので、とても響くこともプラス。 N響も、ほんと上手いなぁ、演奏は基本的に地味なんだけど、その力がありありと。 そして冒頭の感慨に至った次第、たぶんブロムシュテットは曲の真価をむき出しにするような指揮をする人なんだなぁと思った。

 演奏後は、ちゃんと響きが消えてから、拍手拍手、一般参賀まで行きました。 その、若干よたよたと出てくるブロムシュテットを見て、「あぁ、年とって小さくなったなぁ。初めて見てから25年経ったかな?」と思ったら、感慨無量でした。 長身で、颯爽と袖から出てきて、端正なあっさりとした指揮をしていた頃は昔なんだなぁ。 来年もまた会いたいなぁ、と心から思いました。

(この記事は24日深夜にアップしました)

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2011-09-13

[]  判決一題

平成22(行ケ)10404 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成23年09月08日 知的財産高等裁判所 

 最近、裁判所で続けて負けてしまい、「もう勝てないのかな」なんてばかなことも考えたりしたのだが、やっと勝訴判決を頂くことができた。 ほっとしたのはほんとの話、とてもうれしかった、ちょいと弱気になっていたなぁ。

 事件は長い。 確か2007年から争い続けている。 この裁判が第三次の審決取消訴訟である。 そんな事件だから、判決文には重要な論点の判断がいくつか入っている。 審決取消訴訟は自判ができないので、何も無ければこれから特許庁に戻って無効審判の審理再開だし、相手方はまだ上告もできる。 そんなわけで判決の内容にはここでは触れない。 ご興味があったら一読ください。

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