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2009-02-18 高い壁と卵。

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f:id:dateo:20090218030947j:image:leftさて、僕はエルサレムにやって来ました。

ひとりの小説家として、ようするに・・・・・・嘘の紡ぎ手として、です。

小説家だけが嘘をつくわけじゃありません。政治家や(ごめんなさい、大統領閣下)外交官だって嘘をつきます。とはいえ、小説家がほかの人たちとはっきりちがう点があるのです。

僕たちの嘘は告発されることがありません・・・むしろ賞賛されます。より大きな嘘になればなるほど賞賛されるのです。

僕たちの嘘と彼らがつく嘘のちがいは、僕たちの嘘は真実をつまびらかにすることに役立つのです。真実をしっかりと捉えることはとても難しいので、僕たちはそれをフィクションの領域へ移しかえます。まずそのとっかかりとして、僕たちのどこに真実が潜んでいるかをはっきりさせなくてはいけないでしょう。

今日、僕は真実を語るつもりです。僕が嘘をつくことに携わらないのは、一年のうちのほんの数日だけ。今日はその一日です。

僕がこの賞を受けるかどうか照会されたとき、ガザでの紛争を理由に、ここへ来るべきではないと警告されました。イスラエルを訪問することは適切なのかどうか、片方の当事者を支持することになるのではないか、強大な軍事力によって、人々へ激しい苦痛を与えようとする国策を支持することにならないかどうか、自問しました。

僕は逡巡し、ここに来ることにしました。その理由のひとつは、あまりにも多くの人たちから授賞式へ出席しないように忠告を受けたことでした。

たいていの小説家と同様に、僕も他人からなにかを言われたら、その真逆のことをするのが好きなんです。小説家としての性分ですね。小説家は自分の目で見たことや自分の手で触れたものしか信用することができないんです。だから僕は自分の目で見ることを選びました。口を閉ざすことよりも、語ることを選んだのです。

強固で高い壁と、そこにぶつかればひとたまりもない一個の卵があったとしましょう。壁とは戦車、ロケット弾、白燐弾のことであり、それらによって撃たれ、潰され、焼かれた人たちが卵です。

僕が物語を書く時、いつも心に留めていることなのですが、壁がどんなに正しくて、卵のほうがどんなに間違っていたとしても、僕は卵の側に立っていたいのです。壁の側に立つ小説家の作品なんて、いったいどんな価値があるというのでしょうか。

それはなぜか?

僕たちは皆、独自の魂を内包したこわれやすい卵なのです。ひとりひとりが高い壁と対峙しています。壁とは、容易に受け入れがたい事をヒトビトに強いるシステムのことです。

僕が小説を書くとき、ひとつだけ目的があります。それはヒトビトが持っている神的な独自性を描き出すということです。独自性を満たし、システムが僕たちを絡めとってしまわないよう、僕は生や愛について物語を書くのです。それを読んだ人たちが笑ったり泣いたりしてくれるように。

僕たちは人類であり、ヒトであり、壊れやすい卵です。壁は僕たちが歯向かうにはあまりに高く、暗く、冷たすぎます。壁と闘えるほど、あたたかく強くなるためには、僕たちの魂を結集するほかありません。僕たちは僕たち自身が創りだしたシステムによってコントロールされたり、別のなにかに作りかえられてはいけないのです。

僕の本を読んでくれているイスラエルの人々・・・あなたたちに感謝します。僕たちが意義深いなにかを分かちあえていることを祈っています。僕がここにいるのは、あなたたちこそが最大の理由なのですから。

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昨日、DJミックスを作るかたわらで、ぼくはいくつかのニュース番組を録画しました。チャンネルを追っかけるたびに、あのヘベレケ大臣(もう"元"大臣だけどね)のツラをいちいち見なきゃいけないのには辟易したけれど(おかげで昨日のブログは面白く書けましたが)、ぼくの目的は村上春樹さんがイスラエルで出席した「エルサレム賞」の授賞式に関するニュース映像をできるかぎり見たいと思ったからでした。

お昼のニュースで短く伝えられたのを見かけたときは、不意打ちだったので録画できず、夕方の「スーパーニュース」、深夜の「報道ステーション」「NEWS23」「NEWS ZERO」・・・以上、四つの番組をエアチェック。NHKは七時台のニュースでも九時台のニュースでも取り上げませんでした。どうしてかな。*1

さておき。各ニュースとも平均2〜4分程度の扱いで、スピーチの抜粋はどこも似たような箇所。スピーチ全文をできるだけ詳しく起こしているサイトはないもんかと、あれこれ調べてみました。で、今日になっていくつかの・・・特に現地紙「Jerusalem Post」に掲載された抄録をもとにした、日本語訳もいくつか見つけることができました。上記のニュースでは流れたのに「Jerusalem Post」掲載の抄録から(おそらくは意図的に)抜け落ちた箇所があって、そういった部分をニュース映像から若干補足しつつ、ぼくの拙い英語力を駆使した抄訳を掲載したいな、と考えました。ぼくがほんとうに知りたいことや知りたかったことは、たいていそうして切り落とされた枝葉のかげに潜んでいることが多いので。

そのニュース映像も、もちろん編集がなされているため、どの脈絡にそうした箇所が挿入されていたのか、確認できない部分もあります。そういった意味でこれは完全な翻訳ではありません。あと、たとえば「Indivisual」のように、日本語へ置き換えるともどかしさを感じる単語もあり、その辺は「ヒトビト」とか「ヒト」といったような感じでごまかしてあります。こういう部分に正面から向き合ったら、たぶん大学に入り直さなきゃいけなくなっちゃうからね。

ちなみにぼくはこのスピーチが「政治的」だとはまったく思いません。政治的なスピーチの多くは、壁側の言葉によって紡がれるものだし、対してこれはとても個人的な・・・つまり、壁へ卵がぶつかっていくように語られているからこそ、響くものが大きかったのだと思います。感動した!ってシンプルに書けばいいのかもしれないけど、それもちょっと違う。こんな風に解釈した、とも書きたくない。ただ、彼があの場でどんなことを話したのかをできるかぎり正確に知りたくて、それを自分なりに訳してみたかった。ただ、それだけなのです。

今年は彼の書いた長編小説がひさびさに発表されるとのことで、手に取れる日をとても楽しみにしています。

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上のエントリーの(いささか野暮な)追記になりますが、ちょうどこれを訳している時、NHKがついてたんですね。流れてたのは「プロフェッショナル」。堀井不二夫さんという羽田空港の管制官が取り上げられてて、耳に入ったのはこんなナレーション。

日々の仕事の中で、堀井が今もっとも力を注いでいるのが、現場の雰囲気作りだ。 手が空いた時は、若いメンバーに気安く声をかけ、何か問題を抱えていないかさりげなく伺う。さらに、判断に迫られた時も、ことあるごとに部下たちに意見を聞く。 堀井は、リーダーがすべてを取り仕切るチームには、実はもろさがあると考える。それよりも、一人一人が自分で考え、リーダーを特別扱いしないことが、重大な事故を防ぐことにつながるという。

そういえば、これも昨日のニュースでやってたけど、ベネズエラの大統領は憲法を書き換えて、終身大統領になるそうです。あたりまえのことがあたりまえでなくなった時、壁はより高くなっていきます。それに比べれば、日本の壁はどんどん低く、弱々しいものになっていってるような気がします。対峙すべき壁が弱体化すれば、卵も殻を必要としなくなるのかな?

殻のない卵が孤立して暮らす国・・・それが今の日本という国の正確なイメージかもしれないね。


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古い友人であるDJの三谷昌平君が教えてくれた、イスラエルのフォークシンガーMatti Caspiが唄う「There it goes again」。オリジナルは76年発表のアルバムに収録されてるらしいんだけど、YouTubeで見つけた映像はなんだかとんでもないシロモノ・・・でも、楽曲は素晴らしいのです。

*1:滝川クリステルの「ニュースJAPAN」も。