いち在日朝鮮人kinchanのかなり不定期更新日記

2016-06-13

親父の背中に思う。

思うところがあって、今日は私の親父について書いてみようと思う。

私の親父は、偏差値にかけてどちらかと言うと真面目だと自認する私に言わせても、これほどの生真面目な人間はなかなかお目にかかれない、と思うほどの、堅物ともいえる真面目な人間である。曲がったことが嫌いで、時間や約束を守ることを自分にも他者にも厳密に課しながら、とにかく直向きに生きてきた人間である。

いまはもう70を過ぎたが、人一倍仕事に熱心で身体を削って生きてきたので、実年齢以上に年老いた姿、身重な身体になってしまった。学費の高い朝鮮学校に高校卒業まで通わせてくれ、次いでこれまた高い学費の私立大学にも通わせてくれた。それなのに私はその苦労に報いることなく、ろくに大学で勉強せず、日々バイトに明け暮れ女友達と遊び呆け、社会に出ても心配ばかりをかけてきた。まったくの親不孝者だと恥ずかしい気持ちになる。

いま私自身が親の立場になり、嫁と一人息子を養うようになってはじめて、親父の苦労の片鱗でも理解できたような気がするが、親父とのエピソードを顧みると、私の苦労など取るに足らないようなものだと、いま小さくなった親父の背中に、ある種の想いを馳せる機会も多くなってきた。

いくつかの親父とのエピソードを書いてみようと思う。



私の幼少期、親父はたびたび家族を野原や野山に連れ出してくれた。山の頂上を目指す道すがら、親父は野に生える草花の名前を息子らに教えたりして過ごすのだが、ある日、登山道の傍らから竹より細く葦にも似たような、自分らが住む都会ではお目にかからない植物の茎を見つけてきてポキっと折り、手際よく口で食んで皮を剥いては息子らに「食べてみろ」と与えるのである。噛むと酸っぱい味がする。確か親父はこの植物のことをスカンポと呼んだが、これ以外にも食べられる野草らをよく知っていて、親父は息子らに教えたり、与えたり、採って持ち帰ったりしたのだった。

またある日は、植物のツルや転がっている枝や石ころ、電気のコードなどを手際よく組み上げて、鳥を捕えられるワナを拵えて見せてくれた。親父が小枝のふもとに生米を蒔き、その小枝に鳥がとまるとワナが動いて鳥が捕えられるのだという。実際小枝を動かしてみると、曲げられていた木の幹が戻ろうと立ち上がる力とかを用いてワナが動き、カゴがその場に落ちてくる。手品かと思わせるような見事な技にワクワクした。残念ながら息子の目の前で獲物が掛ることはなかったが、親父はそのようなワナを作る術をいくつも知っていて、私を楽しませてくれた。

私は子供心に「アボジ(親父のこと)は色んな事を知っているなぁ」と感心したものだった。

これらは親父が幼い時、飢えを凌ぐために習得した「生きる知恵」だった。そのことが分かったのは、私がある程度大きくなって、親父の幼少期時代を知ったからだった。親父の幼少期は極貧の極みだったのだ。

祖父は両班の端くれで、23の山を持つと言われる程度の土地持ちだった。小作人に田を貸して悠々自適と暮らしていた。ところが、日本の植民地政策のひとつである土地収用策によって生活の糧たる土地を奪われてみるみる落ちぶれた。朝鮮での生きる術を失った祖父は、家族とともに生きるために日本海を渡った。敗戦間際の日本全体が暗い影を背負った時期に、親父は6番目の子供として、祖父の元に生まれ落ちた。貧乏子沢山の典型であった。ろくに学も腕もなかった祖父は、肉体労働の出稼ぎで各地を渡り歩き、家は家で極めて狭いところに大人数が肩を寄せ合い、生活はまったく話にならない。祖母は親父が未だ乳飲み子程度の時期に病に斃れ、祖父は家にはほとんど帰って来ない。親父はひもじさに耐えながら幼少期を育った。野に咲く花、草木、飛びまわる鳥や昆虫。親父はそれらの中で飢えを凌げるものを食みながら、必死に生き延びたのだった。

エピソードがある。家には風呂は無く、数日に一度、良心ある近所の日本人宅に戴きに行っていた。ある日、いつものように風呂を戴きに行くと、その家の食卓には刻んだ沢庵を盛った器が置いてあった。いつ終わるとも知れないひもじさと、目の前の沢庵欲しさの誘惑に堪えかね、親父はその一切れを盗み食いしようと口に運んだが、運悪く家人に見つかってしまう。家人は親父を盗人と罵った。「もうお前の家族に風呂はやらん」と。親父はそれを泣いて詫び、二度と人様に向かって恥ず様な真似はしないと決めたのだというが、同時に今でもそのときの沢庵の味が忘れられないのだと言う。「うまかった」と。

親父はそんな話を成長期の息子(私)に聞かせ、真面目で正直な人間になれと語るとともに、息子には自分のような苦労はさせたくないのだと、自分に言い聞かせるように語るのだった。いっぽうの私は、『まんが日本昔ばなし』を聞くような、リアリティを感じられない話題としてその場をやり過ごしていたような気がする。親の心子知らずを地で行くようなもので、まったく言葉が無い。

親父は、高校を出て早々、工場の下働きのような職を得て、一日も病気や怪我で休むことなく真面目に働き、少しづつ生活が安定していった。嫁(私の母)を迎え、(こんな私のような、であるが)子宝にも恵まれ、人並み以上の生活が送れるようにと、親父は必死だった。小さな家を買い、子供三人を大学まで出してやり、それぞれが身を立てられるようになるまで育て上げた。私らの家庭はこれまで生活保護の世話にもなったことは無いし、私は成長期にひもじさを覚えたこともない。贅沢ではないが、不自由のない暮らしを送らせてもらった。尊敬できる親父だ。



そんな親父は、朝鮮学校を出てそれなりに民族心が強い嫁(私の母)の影響もあったりで、朝鮮総連絡みの地域同胞の繋がりには付き合い程度に関わっていた。現在もなお韓国籍のままであり、おのれに取りついた民族的属性を忌避するような考えは持ち合わせていないようだ。なのに、職場には日本名で就職し、それでずっと通していた。職場の同僚が朝鮮学校に通う私に接触する可能性があるときは、「朝鮮学校に通っていると言うな」「俺のことをアボジと呼ぶな」と事前に釘を刺されたりと、自分が朝鮮人とバレないように神経を使っていた。

いっぽうの私といえば、朝鮮学校で学び、同年代の在日同士で語らう中で、朝鮮人であるという強い自覚を得た。親父から受け継ぎ、外国人登録に併記されていた通称も、自らの意思でわざわざ消除したりして、自分が朝鮮人であることを、忌避せず、受け入れ、それを晒すという生き方を、自らで選んできた。

親父は全ての社会生活を通称で行い、朝鮮人であることを隠しながら生きている。朝鮮人であることは悪いことでも恥ずかしいことでもないのに、である。

自分にも他者にも厳しく、真面目で直向きな親父が、本名を名乗らず、『嘘』をついている。

私は思春期特有の反骨心も手伝って、「朝鮮人として堂々と生きればえぇやないか」「なんでうちの表札は通名しかないんや、うちは金家ちゃうんか?」と思っていた。親父に養ってもらっているのに、こんな『いっちょまえ』なことを考えたりしていた。

いま大人になって振り返ってみたとき、その頃の自分が、如何に青臭く、浅はかだったのかと、本当に恥ずかしい気持ちになる。



在日二世である親父が就職をした1960年代は、いまより遥かに外国人に対する差別が激烈であった時代である。国民年金制度からは排除され、公団住宅にも入れない、就職差別・居住差別・結婚差別は当たり前の時代だ。朝鮮人であることを晒して、まともな就職先にありつくなど、とても考えられない時代だった。在日二世、ちょうど戦後間もなく生まれた世代に個人事業主が多いのはこのためだ。雇ってもらえないから興すしかなかったのだ。

この時代において、朝鮮人であることを晒す生き方など、食っていく・命を繋いでいくうえにおいては、何の役にも立たない。むしろ障害でしかない。出どころが悪ければ、自分が築き上げたものですら、一瞬にして崩れ去りかねない。この時代において、自らの民族性を晒す生き方など、多くのザイニチにとっては、『人並みに食う』『安心して生きる』が満足してはじめて追求できる、ただの戯言でしかなかったのだ。

親父もそのような背景の元、日本社会で、日本人たちの中で、生きるために『日本人』を選択した。日本人たちの中で朝鮮人として顕在化することが人間扱いされない世の中における、生きるための選択だったのだ。

かつての植民地支配によって内包した朝鮮人に、日本政府は満足な法的地位を与えず『二級国民』として扱い、終戦後には日本国籍を取り上げ、危険分子として排斥するなど、一貫して続く植民地主義のなかで、ザイニチは、その民族性を、ある時は晒し、またある時はひた隠しにし、という様々な選択を個々に重ね、激烈な差別の時代を生き抜いてきたのだ。生きるというのは理屈ではない。時にしたたかに、そして時に愚直に、やれることをやり、使えるものを使う。そのような様々な選択の中に、日本人名(通称)があったのだろう。戦前、創氏改名によって『日本人』を押し付けてきた象徴たる、屈辱にまみれた名前を、戦後もなお使い続けなければならなかったのには、「社会がそれを許さなかった」「社会に受け入れられるために使ってきた」という歴史的な潮流があったのだ。

1970年代以降、段々とそのような激烈な差別が解消され、日本社会の中でザイニチが朝鮮人として顕在化するという選択をしても、生存の危機に晒されないようにはなった。その背景には、国際化・グローバリゼーション・国際人権感覚の高まりと日本社会とが無縁で無くなったこともあるが、何よりも私の親世代と、それを支援してくれた多くの心ある日本人が、指紋押捺拒否や、居住差別・就職差別解消のための各種裁判闘争など、差別に抗い、一つひとつ解消してきた、という成果があったからに他ならない。

それを知らないでいた成長期の私は、しょうもない虚栄心を働かせて「朝鮮人として生きる」「通称を使うなんておかしい」などと息巻いていた。このことほど、いまから思えば身の程を知らないことは無い。先人が、『朝鮮人』として生きられなかった時代を、多くの選択を経ながら生き抜いてきて、一つひとつ権利を積み上げてきた結果、自分が『朝鮮人』として生きられるのであり、私は先人が築いた舞台で踊っているに過ぎなかったのだ。まったく恥ずかしいことこの上ない、と思う。



翻って、

ある講演会で在日の学者が言っていたことが頭に浮かんだ。おおよそこのような主旨だ。

「今の時代が、私が生きてきた中でいちばん苦しいのではないか、私たちに『死ね』『殺せ』と、何のてらいも無く言えるような時代に戻ってしまった。ジェノサイドが起こる前夜のような気がしてならない」

確かに、

日本で生まれた朝鮮人であるということ「だけ」で、知らない人間に死ねだ殺せだ言われる筋合いはまったく無い。それなのに、ネット上でそのような言説が失せた日は無い。しかも言っている側は、実に楽しそうに、である。『死ね』『殺せ』が気楽なエンターテインメントに化し、それに良心の呵責の欠片もない。そんな言葉が溢れかえる世の中になってしまった。政治の貧困さが、そのような言説を放置し、あるいは勢いを与えてさえいる(アリバイ作りのような法律は通ったが政権中枢の姿を見る限り私の評価が変わるわけではない)。

『死ね』『殺せ』を言っている側、攻撃している側、放置している側には、私や私の親父のような具体的な生活者としてのザイニチの人生が視界に入っているのだろうか?

私が、私の親父が、何故に死ななければならないのか、何故に殺されなければならないのか。私の、そして親父の、ささやかな人生を振り返った時、何故なのか、本当に、これっぽっちも想像がつかないのだ。

先に書いたように、人一倍苦労し、人一倍努力して、ようやく人並みの生活を手に入れた親父が、人並みに生きる手段として通名を使っていたことは、『死ね』『殺せ』という社会的制裁に値する行為なのだろうか?

朝鮮人として生きようにも生きられなかった社会の在り様、個人の自由や人格の領域でさえ朝鮮人であればいちゃもんをつけられる不寛容な社会の在り様を差し置いて、誰にも認められているはずの通り名の使用を、朝鮮人だから排撃の材料にする、人間の心の在り様とは、いったい何なのだろうか?

私は攻撃者に対する怒りと共に、親父の苦労に対する悲哀を覚えるのだ。



激烈な社会環境の中、様々な選択をしながら生き抜いてきた親父の背中を思う。

今日のように社会が堕ち、日々排撃される立場にまたもや置かれたことを、親父は言葉にせずとも心底憂いているのではないかと思う。

人間の宿命で親父も長くはないだろう。

ジェノサイド前夜のような今日の空気感が、薄雲が晴れるように無くなればいいのに、と思う。

ふーくんふーくん 2016/06/14 06:45 私自身、成人を迎えて数年が立ちますが、今頃に「生活をするということ」がものすごく大変であることに気が付きました。

働いたことがある人ならば、「たった1万円」を稼ぐのがどれほど大変なことか、日本人でさえも苦しむことなのに、kinchanさんのお父さまは、お祖父さまの系譜から「あの時代」を生き延び、そこで忍耐や生活を営む知恵を身に付け、激烈な差別社会のなか、日本人の何倍も努力を重ねてようやく「人並の生活」がおくれるということについて、私も自分自身の「甘さ」を深く恥じながら読ませていただきました。

在日コリアンの方々についても、「通名」を使ったり、使わなかったり、それぞれ千差万別の事情があると思いますが、いずれもその通底音としてある終わりなき『差別』にどう向き合うか、それぞれが悩み葛藤し、絶望もしながらそれでも「生き抜くんだ」という強烈な意志を貫き通した結果が、現在の在日コリアンの生活につながっているのだと思うと、深く頭が下がる思いです。

dattarakinchandattarakinchan 2016/06/16 23:01 ふーくんさん

最近ちょくちょくお越しいただきありがとうございます。
反差別系ブログが休眠しているところが多くて、私もそのうちの一人ですが、ふーくんさんのところもたまに見に行っておりますが、最近はお忙しいようですね。

私の親父のことは、いずれ書かなければならないと思っておりました。ふーくんさんも指摘するように、生活とは理屈ではなく、生活を折り合わせるために、自分のポリシーを封じることもままあるわけです。
最近でこそ通名か本名かという選択をできる程度のタメが持てますが、親父の世代以前は朝鮮人を語る=生活を投げだす、です。
その時代から連綿と使っている名前である、社会的存在感を伴った通名を、簡単に捨てる、というのも現実には厳しいわけです。

私のブログの最初のほうの稿で、そんなことを考慮せずに書き殴った駄文があり、それを補完すると言うか修正する意図で書いた稿でもあります。
早速読んでいただき感謝します。

ふーくんふーくん 2016/06/20 07:01 dattarakinchan さん

どうもご返信ありがとうございます。

私自身もこの「『生活』という魔物」との戦いで、自分のブログ更新がおろそかになりがちです(笑)(涙)

>最近でこそ通名か本名かという選択をできる程度のタメが持てますが、親父の世代以前は朝鮮人を語る=生活を投げだす、です。

私の友人の在日コリアンの祖父さまは、戦後間もなく東大を卒業し、日本最難関の国家資格である公認会計士でありましたが、「朝鮮人」というだけで日本の金融機関や銀行などことごとく落とされ、結果起業してサンゴンインになり、愛国資本家として活躍されましたが、どんなに能力があっても不合理な差別社会で生きること、それに付随する終わりなき苦悩や困窮を背負わされたことは、おそらくすべての在日コリアンの『宿命』でした。

このようなお話を聞いて、もし私が在日コリアンだったら、己の非力さや無能さを含めて、とても生きていける自信がありません。

まさとまさと 2016/07/06 07:09 そんな苦労して日本にいなくていいのに・・・。

差別云々言ってますが
差別が無い国ありますか?
移民はどの国でも差別に合いますよ?(強制連行の話はやめてくださいねw)日本人とて同じです
というか日本だから今の状態で済んでいると言えるでしょう

後、罵ってるのは日本人だけですか?
あなた方もネットで罵っているでしょう?
実際に行動に移して日本人を殺しているのは在日朝鮮人ではないですか
昔から朝鮮人は被害者の側面だけ強調するんですよね・・・。

rawan60rawan60 2016/07/06 13:26 >差別が無い国ありますか?

殺人の無い国も無いよ。
で、キミはひたすら殺人者の側を擁護しているわけだ。

>移民はどの国でも差別に合いますよ?

その差別を「殺人」を批判するのと同じように批判しているんだけど、殺人者もどきだから理解できないのか?

>(強制連行の話はやめてくださいねw)

何がおかしいのかな?バカだから?
植民地支配による「移民」は理解できるかな?

>あなた方もネットで罵っているでしょう?

ヘイトスピーカーのくせに罵られる覚悟も無いなんて、どんだけヘタレなんだ?
かあちゃんの陰に隠れて守ってもらわなきゃ罵倒もできないのかよ。
泣き言言うくらいならやめちまえ。

>実際に行動に移して日本人を殺しているのは在日朝鮮人ではないですか

じゃあ、なんで日本人は日本で生きていられるんだね?(笑

>昔から朝鮮人は被害者の側面だけ強調するんですよね・・・。

それはキミが加害者だからだな。
加害者は、自分が加害者として指摘されていることだけに集中して被害者を恨むんだよ。即ちストーカー犯罪者の心性。

くんたくんた 2016/07/06 15:23 rawan60、今日は随分荒いやん。
参議院選挙のボランティアで熱中症か?
でも、相変わらず、そのキレぶり、薄汚い元活動家の言動そのままだな。
7月10日20時に発作おきないように、今からポカリでも入れとけよ。

rawan60rawan60 2016/07/06 16:55 マヌケでろくでなしには丁度いいんだよ。

>薄汚い元活動家

会ったことも無いくせに見栄張るなよ(笑

くんたくんた 2016/07/07 14:05 見栄だって?オイオイ、どうしたらそんな言葉出てくるんや?
会った事ないのに見栄はるな?イミフだな。爆笑。
でも、爺やなんだから、、、くらいは想像つくぞ。
お得意の論点のすり替えも、もうちょっと上手くやらないと、お仲間から、寄る年波には勝てないなとおもわれるんやないか?

今週日曜日夜から、弱気になるなよ。

rawan60rawan60 2016/07/07 18:44 >お得意の論点のすり替えも

記事と無関係なわけのわからんコメントばかりしているマヌケが何言っているんだ(笑

>今週日曜日夜から、弱気になるなよ。

なんで?

まさか参院選で自民が大勝ちするから今からはしゃいでいるの?
キミらってとことんおめでたいな(笑
一体どうしたらそんなふうに周回遅れでお花畑脳の妄想依存でいられるのか不思議でならんよ。

http://sealdspost.com/archives/3704

くんたくんた 2016/07/08 17:10 諭してくれてありがとうなって思ったら、
よりによって、志位ルズかいな。転けたわ。

なんやウケ狙いかいな。

おっちゃんも、関西人やったら、もちっとちゃんと、落とし込みせいよ。
マニラ国に移住した方がええんやないか?
アイキーと。

IdentityIdentity 2016/07/24 21:34 >かつての植民地支配によって内包した朝鮮人に、日本政府は満足な法的地位を与えず

これですよ、我々日本人が嫌うのは、あなたがたの被害者根性。過去、植民地を持った宗主国でそんなことをした国はありますか?、あなたの先祖が受けた苦しみを、貴方が受けた訳でもないのに、その加害者の先祖を持った我々と政府に意味不明な怒りを抱く。

この国は、民主国家です。例え私の父、母が無残に殺され私がその犯人を死ぬほど恨もうが、その犯人が法の下で罪をつぐなったなら、その犯人の親戚、子孫を恨むことは許されません。行動にうつしたり、貴方方のようにジメジメ言うのは法に触れて私が罰せられます。

この国はあなたの国と違い、加害者は法の下で被害者と社会に償えばそれで終わりです。それが理解していただけないよなので、貴方方を"区別"するしかないですよね。

rawan60rawan60 2016/07/26 00:24 >過去、植民地を持った宗主国でそんなことをした国はありますか?

これですよ。
この加害者のための加害者による論理。我々が嫌うのは。

悪党がどれだけ悪いことをしたって、同じような悪党はいるし、罪を認めようとしない奴、償おうとしない奴はいくらでもいる。だから加害者にとってそこには罪悪なんて存在しないのだから、被害者は被害者意識を持つなってのは「現在のキミ」の価値観なんだよ。
我々は、その「植民地主義、やりたい放題あとは知らん」の価値観を否定しているんだよ。

>あなたの先祖が受けた苦しみを、貴方が受けた訳でもないのに、その加害者の先祖を持った我々と政府に意味不明な怒りを抱く。

あなたは、その「加害者の祖先」と同じ価値観、同じ人間観じゃないか、何言っているんだ?
で、そういう加害者の価値観でキミや政府が無反省に現実に行動し、政策実施していれば怒りを持つのは当然だろうに。何が「意味不明」なんだよ。

>例え私の父、母が無残に殺され私がその犯人を死ぬほど恨もうが、その犯人が法の下で罪をつぐなったなら、その犯人の親戚、子孫を恨むことは許されません。

とぼけたことを言ってはいかんよ。
誰がどんなふうに、どのような罪名のもとに罪を償い、その反省に基づいて是正したのか答えてごらん。
キミは、日本国家自らが、戦後ただの一度も(あるいは戦前の虐殺事件においても)戦争を総括し、戦争犯罪や加害を罪状として裁いたことなんてないということを知っているのかね?
そういう国家の姿勢や、それに連なる現在のあり様に対する批判を、個人の犯罪の「親戚、子孫を恨む」なんて言葉で捻じ曲げて自分勝手な被害者意識を持つなんて醜悪で姑息な真似は通用しないんだよ。

>行動にうつしたり、貴方方のようにジメジメ言うのは法に触れて私が罰せられます。

↑こんな幼稚な文章は書かなくてよろしい。

>それが理解していただけないよなので、貴方方を"区別"するしかないですよね。

当たり前だろうに。
差別主義者なんかと一緒にされては困ります。

いち通行人いち通行人 2016/07/26 23:33 rawan60様のコメントを世間一般人はどう感じるだろうか?かなしいかな、良い意味での韓国人イメージ最大限にアピールしているのでは。rawan60様にかぎらず自身の言霊の放つオーラに無頓着な人が多いような気がします。どんなに正論を放とうが、ネガティブな言霊にはハエがたかり虫がわきます。このブログでのやり取りを自身の子供や恋人に見せることが出来ますか?削除できない恐ろしさが有ります。

rawan60rawan60 2016/07/27 14:48 >rawan60様のコメントを世間一般人はどう感じるだろうか?

「世間一般」のことなんてあなたはどうやって知るのですか?
自分が思うことは自分の言葉として自分の責任において語りましょう。

>かなしいかな、良い意味での韓国人イメージ最大限にアピールしているのでは。

何が「かなしい」のでしょう?
あなたの持つ「韓国人のイメージ」って何ですか?

>rawan60様にかぎらず自身の言霊の放つオーラに無頓着な人が多いような気がします。

あなたは自分の書いたコメントの持つ意味をどう考えていますか?
こんなの↓

「どんなに正論を放とうが、ネガティブな言霊にはハエがたかり虫がわきます。」

なんですかこの意味不明なコメントは……

>このブログでのやり取りを自身の子供や恋人に見せることが出来ますか?

それ、恥ずかしいコメントを繰り返すヘイトスピーカーに対して私が書いていることだよ(笑

>削除できない恐ろしさが有ります。

「削除」できないのは、歴史的事実、差別の加害によって尊厳を踏みにじられた人たちが受けた心の傷。


あなたは自身の嫌悪感を一生懸命に羅列しているつもりなんだろうけど、そんな中身のない印象論はいくら書いても無駄で無意味。

そんなことにかまけるより、夏休みなんだろうから、世界的な名著といわれる本の一冊でも図書館で借りてきて読みなさい。

とおりすがりとおりすがり 2016/08/04 12:45 相模原事件のエントリ(2016-07-29)に対する本サイトのブコメを開いてみたら、他サイトの関連エントリとしてこんなのがありました。

http://n-knuckles.com/case/international/news000557.html

正直「どこまでホントかいな?」と思わせる部分もあるんですが、在日の典型像のひとつであるとは思います。
蛇足ですが、媒体が媒体だからなんでしょうけど、この記事に対するブコメがまたクズの寄せ集めの見本で胸クソでした。

無題無題 2016/09/10 08:00 絶対に正しいのは神様だけ〜
所詮。神様ごっこ。

rawan60rawan60 2016/09/10 12:36 「神様」の存在意義とは、その神様の意思・正義をくみ取る努力と実践を人間が不断なく行うことによって成立するのでしょうね。

少なくとも、人間自身の努力を放棄しながら、ご都合的に「神様」という言葉を利用することは「神様」への冒とくでしょうね。

正義正義 2016/09/15 08:49 こういう込め欄て すーぐに皆 喧嘩腰になって低俗になるんだよなぁ 子供じゃないんだから少しは感情を抑えてから、書き込みなさいよ 、、、

余裕をもっていきましょうよ 建設的にならんよ
自分と意見違うからっていちいち喧嘩腰になってたら荒れるに決まってるやん

政治的な意見や民族が多少 違うからって相手の全てを否定する勢いでムキにならなくても、、、

rawan60rawan60 2016/09/15 13:37 >こういう込め欄て すーぐに皆 喧嘩腰になって低俗になるんだよなぁ

批判自体は「喧嘩腰」でも「低俗」でもありませんよ。
誰のどんなコメントがどのように「喧嘩腰」で「低俗」なのか、具体例を何も示すことなく相手を難じる様を「感情的」で「喧嘩腰」と言うのじゃないかな。

>自分と意見違うからっていちいち喧嘩腰になってたら荒れるに決まってるやん

↑これもそう。
「意見の相違」では意味が通りません。
どのように「意見が違う」のか、批判されるべき点は何なのかということを無視して、単に「意見の違い」などという言葉を使っても、何も正当化されません。

>政治的な意見や民族が多少 違うからって相手の全てを否定する

そのとおりですね。
即ち多数派であろう意見が反映されている政治・社会体制に反対・反論することなく、その社会に変化や改革なんて起きえないのだから、政治的な意見や民族の差を全否定する差別思考は愚の骨頂ということです。

カンフーパンダカンフーパンダ 2016/10/16 17:40 日本に併合されてた時の朝鮮人は大変だったんだ、自分のの祖父母は中国人で満州に住んでたけど意外に日本軍になにかされた事もないし普通に暮らしてて土地も押収されてなかったな。中国共産党になってから山と土地は取られたらしいけどwおまけに祖母は共産党批判して投獄されたこともありますし。まあそれでも医者だったし他の人よりはるかにいい暮らししてたけど。当然ながら自分にも中国系の血は入ってるけど中国への帰属意識なんて微塵もないし国籍も日本で日本で育ってます。学校にも自分以外にも中国系の子供もいたけどもう中国語も話せない人だらけでしたね、自分はずっと話せるし聞き取れますけど。ブログ主さん純粋な朝鮮人なんですか?なら正直その強い帰属意識みたいのもわかるかもしれないですね。差別的なコメントありますし読むと心が痛みますね。祖父も元医者でプライドが高いのですがよく朝鮮人があーだこーだとか言って母親に注意されてますねw朝鮮民族も近くに住んでたし何かしらあったんでしょうね。ただジェノサイドは今の日本では起こりえないんじゃないですかね?今現在お隣の大国で民族浄化してる国はあるますけどねw長々と駄文申し訳ございませんでした

とおりすがりの在日とおりすがりの在日 2016/11/06 11:13 これ→http://togetter.com/li/1045114
在日一世でよく聞く話ですが、普遍的な現象なんだなと

ん?ん? 2017/02/22 00:42 土地収用政策を、勘違いしてますよね。
ソウル大学元教授の安さんなどが、朝鮮での、資料を、ほりおこし、詳細に調査してますので、調べてみましょう。
あなたのお父さんの家族は、白丁などを、奴隷労働させ、不当に得た利益で働かずに暮らしてた典型的パターンみたいですけど、日本の統治でそういうずるが極端には出来なくなった人の中で、資産運用などに失敗して貧乏になった、能力のなかった人たちの言い訳かと思います。
日本でも、士族階級で、能力のなかった人たちが、没落して、貧乏貴族になったり、爵位をうった人たちがいましたが、似たようなものでしょう。
どのみち、奴隷に労働させて自分たちは働かなかった事を恥ずかしいと思わないのもどうかと思います。
こんなはずじゃなかった、本当は金持ちで人を見下せる立場だったのに、とか、思ってます?そういう気持ちで日本を眺めてる限り、いつまでも日本人からは距離おかれるだけだと思います
不幸なのは日本人のせい。この考えから抜け出さない限り、いつまでも不幸ですよね

ヒマ人ヒマ人 2017/02/22 14:09 戦前〜戦後の農村が舞台の日本の歴史ドラマ見たことない? 小作農たちと彼らをこき使う地主一族との確執が定番設定でよく出てくるんだけど、それは「ずる」じゃないワケかwwwwww

rawan60rawan60 2017/02/22 18:54 >不当に得た利益で働かずに暮らしてた典型的パターンみたいですけど、

勝手な人物像を妄想して人の悪口を言う前提にする。

>日本の統治でそういうずるが極端には出来なくなった人の中で、資産運用などに失敗して貧乏になった、能力のなかった人たち

日本の統治=植民地主義によって強制的に奪うことには素知らぬ顔なのに、取り上げられた側を「ずる」に仕立てて侮辱するという盗人にも劣る思考。

>日本でも、士族階級で、能力のなかった人たちが、没落して、貧乏貴族になったり、爵位をうった人たちがいましたが、似たようなものでしょう。

薩長閥が強権をふるった明治政権との内戦で敗れて没落した士族をも「奴隷労働させ、不当に得た利益で働かず」、「そういうずるが極端には出来なくなった人」「資産運用などに失敗して貧乏になった、能力のなかった人」に位置付けてまで侮辱しなければいられない精神性。

>どのみち、奴隷に労働させて自分たちは働かなかった事を恥ずかしいと思わないのもどうかと思います。

自己紹介そのまま。

>そういう気持ちで日本を眺めてる限り、

自分の邪な発想で導き出してた自分自身の視点を非難する自爆芸。

>この考えから抜け出さない限り、いつまでも不幸ですよね

自分の邪で不幸な妄想癖を何とかすべき。

通りすがり通りすがり 2017/02/22 19:55 あーいやだいやだ、勝手に被害者面してることは棚にあげた、その被害者根性
成功していた同胞のことは見ない。貧乏だった日本人がいたことも無視、わるいのはみんな日本人のせい。ずっとそうやって人の性にしてるから嫌われる。

名無し名無し 2017/03/29 19:32 以前、コメントさせて頂いた者です。
ふとまた来てしまいました。最近韓国人の友人と会う機会があったからでもあります。何故同じ人間に酷い事が言えるのか。私は彼女の前で差別用語などとても言えません。このブログを開設なさって色々大変なこともああるでしょうが、どうかお身体をご自愛の上、頑張って下さい。

あと、アイコン?はご子息さまでしょうか?可愛いですね!

おもちおもち 2017/03/31 12:09 初めまして。
「在日韓国・朝鮮人について知るための資料集」というブログをやっている者です。
「在日の人達の個人ブログ集」というページから、リンクを貼らせていただきました。
http://zainitisannosiryou.seesaa.net/article/448569611.html
もしリンクしない方が良い場合は、お手数ですがブログ集の記事の下のコメント欄からお知らせください。
(コメントは承認後表示なので表示はしません)

dattarakinchandattarakinchan 2017/04/01 10:34 おもちさん

リンクはまったく問題ございません。ご自由にどうぞ。

たかたか 2017/09/27 22:53 在日のハーフです。この記事を読ませていただき、亡き祖父と母を思い出し、涙が出ました。

トシトシ 2017/11/21 23:37 生きるために必死で闘っていたお父様の姿勢も立派だし、ルーツに誇りを持った kinchan さんの生き様もかっこいいと思いました。軽薄に聞こえるかもしれませんが、おもしろかったです。偏見と悪意に満ちた人たちに負けないでください。
(52才・日本人)

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