USエアウェイズ1549便の奇跡

USエアウェイズ1549便がハドソン川に不時着したというニュースが、日本では16日金曜日朝のニュースで報じられ、同夜にはさらに詳しく報道された。写真はNew York Daily Newsより。

改めて、アメリカの叩き上げ一流パイロットの度量に驚いた。そこで、少し詳しく振り返ってみたい。

同便がニューヨークラガーディア空港の滑走路03を飛び立ったのが、2009年1月15日午後3時26分、そして7分後の33分に着水である。

まずラガーディア空港についてだが、ニューヨークにある3つの空港のうち最も小さな国内線用空港である。5キロ西にはマンハッタンがあるという好立地なため、日本の羽田空港のイメージが近い。空港の北はロングアイランド海峡の付け根に辺り、北東に同海峡が広がっている。また、北西10キロにティータボロ、50キロ北にはウェストチェスター空港がある。

1月15日の天候は晴れ、気温はマイナス5度、南南西(約200度)の方角から風速5ノット強(2メートル強)で、突風はわずかであった。上空3000フィート付近の気象は不明だが、地上では翌日にかけて気温の大きな低下は無く突風成分もわずかなため、寒波の到来などによって上空で強い風が吹いていなかったと推測される。

本来は風に向かって離陸することになるが、市街地では騒音問題等を考慮して、問題ない範囲で優先滑走路を使用することがある。南南西からの5ノット程度の風であれば、小型機でも追い風離陸可能なぐらいであり、官制の判断で03を使用したと思われる。ちなみにこれは鳥も例外ではなく、向かい風のほうが飛び立ちやすい。

これらのような状況と同機長の経験と知識によって、同フライトでも緊急時の対処が数十から百以上は用意されていたのではないだろうか。中でも経路上の不時着ポイントは事前によく調査しておかなければ大惨事になるのが必至であるが、ついつい怠けやすいところでもある。

今回地形などからまず考えられるのが、なぜ同機長が左へ旋回したかである。

北東にはロングアイランド海峡が広がっており、東へ旋回するのが妥当なように思われる。しかし海への不時着は、実は安全だとは言えず、クラッシュの確率が高い。波のせいである。船のように波に向かって進入しなければならない。しかし実際には干渉や風によって、波頭は幾重にも走っており、それを上空から見定めて進入するのはほぼ不可能である。

また、捜索救難の問題もある。今回不時着時には救難チームが到着してたというのは驚きだ。気温を考えた場合、救難にかかる時間も生存に関わる重要な要因だったと考えられる。

さらに、西にはティータボロ空港もある。19と24の滑走路は2000メートル以上あり十分な長さである。ただし、不時着の場合は実は空港は難しい。エンジンが全停止した場合、パイロットは直ちに滞空時間を最大にできる姿勢をとり、不時着場所を決定し、進入を開始する。この場合、その状態で到達可能な円内に空港があれば候補とはなるが、パワーを失った状態では高度をパワーとして使うので、進入パスを守るのが難しい。3000フィート少しでエンジン全停止だとすると、緊急姿勢での降下率が毎分500フィートだった場合、不時着まで6分である。進入から着陸ではフラップやギアを使用するので降下率は大きくなることを考慮すると、5分が妥当だろう。緊急姿勢での速度を180ノットとすると、毎分3マイル、5分で15マイルだ。

離陸直後、バードストライクでパワーを失い始める、なんとか緊急操作をして上昇を試みる。平均毎分1500フィートで上昇できたとして、それでも2分程度、距離にして4マイルから5マイル、高度3000フィートの地点が、グランドゼロだ。

もし以上のような条件だった場合、管制官の指示通りラガーディアに戻っても大丈夫だったのでは、という気がする。仮に降下率が毎分1000フィートでも3分滞空でき、2分あれば空港に戻れたのではないか。

しかし旋回というのは一つ見過ごせないポイントである。失速を避けるためにゆるやかな角度で旋回する必要があり、どうしても旋回半径が大きくなる。それを考えた場合、180度急旋回してラガーディアへ戻るのは危険すぎる。そうして旋回半径も考慮して現実的に進入経路を引くと、ティータボロまたはハドソン川になったと思われる。

さらにグランドゼロ、ラガーディアの北5マイル地点から左へ旋回すると、ちょうど西にティータボロ空港がある。距離にして8マイルぐらいだろう。しかしだ、滑走路は19と24、北東または南西から進入するには好都合だが、東からだと北または南に大きく迂回しなければならない。これは問題である。

ハドソン川隅田川とは違い、川幅が1キロを超えるような大河である。船などの障害物がないハドソン川を目にしたとき、準備と経験で導かれた方向に、実際に光がさしたのではないか。

万に一つの緊急事態に準備し、対処する。いかに飛行機の操縦が自動化されても、この途方も無い準備と経験、そこから生み出される度胸による行動は、パイロットという職業のすごさであり、パイロット自身が常に心がけるべきことだろう。

右旋回か左旋回

昨日このエントリーを書いたときにひとつ釈然としないことがあった。なぜ機長は左旋回したかである。乗員乗客の命も大事だが、地上の人々の命も同じである。旅客機が墜落するとどうなるか、あのテロが証明している。ハドソン川に船がたくさん浮かんでいたらどうしたのか?もし最悪のリスクを考えたら右旋回してロングアイランド海峡へ行くべきでなかったか。

実際ハドソン川のクルーズは数多くあり、百人超の大型遊覧船もある。

機長は安全運行の専門家だったという。実際に常日頃からはハドソン川を少し観察し、だいたいの様子を知らなかったら、恐らく右旋回を選んだのではないか。

大型遊覧船さえ避ければ、小型船は犠牲にしても乗員乗客の多くの命が助かる。

そう考えると、やはり奇跡的であったし、機長の決断には驚くばかりである。