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2016-09-24

ネタバレ注意 映画「聲の形」感想 その4 佐原・植野との再会編

字幕付き上映も見てきました。予想通り手話説明はないです(´_ゝ`)(知ってた)
字幕自体は聞き取れてれば必要ないですが、2回目の視聴は細かいところの演出も分かるようになるので良いですよ。
自分は2回目を見て、硝子との再会シーンで硝子が逃げ出す直前、百面相のようにいくつもの表情をしてることに気づきました(遅)
あと、原作でも分からなかった花火シーンの意義にもようやくたどり着きました。
あのシーン、花火だったから自殺を決めたのね。詳しくはそこまでたどり着いたら書きます(´_ゝ`)


いつも通り、未読の方はその1〜3を読んでからの方が分かりやすいと思います。長文注意。

ネタバレ注意 映画「聲の形」感想 その1 - つくってあそぼ
ネタバレ注意 映画「聲の形」感想 その2 - つくってあそぼ
ネタバレ注意 映画「聲の形」感想 その3 石田と西宮の再会編 - つくってあそぼ


2回目を見ていくつか気づいたことがあるので、本編に入る前に軽くその辺を。

「石田に誰かが話しかけるシーンで、キャラの後ろ姿しか見えず表情などが分からない」
という場面が時々出てきます。
(明確にこうなっている最初のシーンは、再会した西宮と会話しているシーンですね)

これも原作とは意図的に変えてある部分です。
映画は基本的に石田視点でまとめてあるので「石田と向かい合っているのにわざと表情が見えない構図にしている」のはかなり不自然なのですが、
おそらくこれは「見ている石田が表情を読み取れていない(読み取りたくない?)」ことの表現なのかなと思います。
場面によって多少ニュアンスが変わりますが、単純に気づいていないか、正面から顔を見られない気持ちか、顔のバッテンをつけたくないけれどその表情を理解することを放棄している?、辺りですね。
なお、演出の性質上、植野の後ろ姿がかなり多いです。今回の感想でも出てきます。


そんなわけで、ここからが今回の本編。

前回は硝子と橋の上で再会、ノートを落として云々(ここ忘れてましたね。PVで何度も見たのに)を終えたところまで。
なお、川に落としたノートをまた石田が拾ってくれたことは、「自分が諦めたものを何度でも石田が拾い上げてくれる」ことの象徴になります。
これがあったからこそ、別れ際に本来の笑顔で「またね」と言ったのでしょう。
ノートを落とすのはこれで終わりですが、しばらく後で同じような象徴的なシーンが出てきます。

その後は、弓弦が飛び降り写真をネット公開、それが原因で硝子と喧嘩して飛び出して、公園の遊具の中で石田に発見されることになります。
原作と多少流れが違いますが、重要な会話の内容はおおむね同じです。

一つだけ明確に違うのは、雨の中を抜け出した弓弦を石田が追いかけたシーンで、傘で弓弦の姿を隠しながら話す場面があります。
原作だと正面切って話していますが、あえて映画でこのような描写になったのは、
先程の「石田と向かい合っているのにわざと表情が見えない構図になっている」の裏パターンです。

石田が弓弦に表情を見せたくなかったし、弓弦の顔も見られなかったのは分かると思います。
ただ、このシーンで「側面から二人を見ていた視点から、わざわざ石田主観の視点に移動した」のは、
(作品全体を通して)不自然に顔を隠す、顔を見せない演出にはこのような意図があると明示するためなのでしょう。

その後、弓弦が傘を押し上げると抵抗なく顔が見える、というのも細かいながら興味深い点です。
「隠しているものを見るのは、ちゃんと見ようとすれば難しいことではない」ことをを示しているのでしょう。
もっとも、かなり先までそのようなシーンはないのですが。ありのままを見るのって難しい。


さて、弓弦シーンが終わり、ここからは佐原との再会。
佐原は尺調整の関係でかなり出番を削られて悲しみを背負ったキャラの一人です。
佐原は、硝子にとっては石田における永束のような「良いヤツ」です。
それだけではなく、永束ともまた立ち位置が違うので、気になる人はぜひ原作をお読み下さい。

石田は永束と一緒に、橋の上で硝子・弓弦と合流。
携帯を入手したのを機に、硝子の連絡先を聞こうと「誰か連絡先を知りたい人はいる?」と遠回しに言う石田。
友達なので普通に聞けば教えてくれるはずですが、連絡先を知りたい人と聞かれたら、会うどころか連絡も取れないという意味で佐原を上げるのは無理もないでしょう。石田はこうして会えていますから。
ここで佐原が出てきたのは、小6時代のクラスメートの中では比較的話しやすいこともあるでしょう。
硝子へのいじめとは直接関係なく、不登校に追い込んでしまったことを謝る意味もあります。

もっとも、ここで石田から佐原の連絡先を聞けるとは思っていません。
小6時代に連絡先を交換しているとは思えませんし、不登校になってからはさらに連絡先を知る機会は少ない。
あくまで、あえて連絡先を知りたい人を上げれば…くらいの気持ちです。

石田は少しがっかりしつつも、硝子が知りたいならと川井から佐原が通っている高校を聞き出し、硝子と共に直接会いに行きます。

硝子としては、ふと思いついて言っただけのことで、佐原の近況が分かっただけでなく、石田が直接会いに行くとは思っていなかったでしょう。
他の友達に連絡先を聞くまではありえますが、自分が会いたいわけでもないのに連絡先を聞くためにわざわざ会いに行く、という展開はさすがに想定外です。
友達とはいえ、永束ほどのビッグフレンドとまではいっていませんから。
いくら何でも、自分は何もしていないのに石田にそこまでさせるわけにはいかず、結果として硝子は一緒についていくことになります。

余談ですが、細かいところで、原作では電車から降りた後に、スタスタ進んでいく石田を硝子が一生懸命追いかける場面があります。
個人的にですが、後のとあるシーンの対比として、ここのシーンが残ってたら…と少し思っています。
夏休み中のシーンなので、おそらく意識して見返せば分かるかと思います。その辺は後ほど。

映画ではそのようなシーンはなく、駅のホームから改札に向かうエスカレーターで佐原と再会となります。
そこから最初は3人で話をしていましたが、久しぶりの再会となる硝子と佐原が喋り続け、置いてけぼりを食った石田は適当な理由をつけてその場を離れます。
(この時点で、佐原は石田が硝子をいじめていたことを知りません。不登校後の話なので)


石田が1人であてもなく街をブラブラ歩いていると、とある交差点でチラシ配りをしている少女と再会します。
黒髪ロングのツンデレ暴走系少女、植野直花の再登場です。

ここでは、石田は思いもしない再会に焦っていますが、植野側は石田に気づかなかったようにチラシ配りをするだけで終わります。
植野も石田には気づいているのですが、バイト中なのとこちらも思いがけない再会で動転したのか、気づかなかったことにしようとスルーします。
「学校が違うとはいえ、街中でたまたま知り合いが通りかかることはある」
植野も昔を気に病んでいるとはいえ、こんな急な再会では色んな意味で気持ちの整理もできません。

さて、チラシを受け取った石田は、佐原と同じように植野も、硝子と仲良くやっていた時期のように友達になれないか、と考えます。
ですが、それはかなり難しい話でもあります。
硝子が転校してきた当初こそ色々と硝子の世話を焼いていた植野ですが、それと同時に硝子に対して一番苛烈な態度も表していたからです。

石田もきっと自分のことであれば諦めていたでしょう。
ですが、もしも上手くいけば硝子に「自分が壊した本来あるべき形」を少しでも取り戻せるかも知れない。
そして、自分だけで動く分には何か被害があっても自分だけで済む。
もし失敗して自分と植野との関係が悪くなっても、もうすでにかなり気まずい関係なのだから。


そんなわけで、石田は植野のバイト先と思われる猫カフェにやってきたのだった。
ここからしばらく、植野視点から再会シーンを話していきます。

バイト先に突然現れた石田。
たしかに気づかない振りでチラシは渡したけれど、昔を考えるとそれだけで来るとは考えづらい。
たまたまチラシを貰っただけで猫カフェに来るほどの猫好きとも考えにくい。

要するに、石田は自分に会うためにわざわざやってきたのだ。
どうして急に会いに来たのかは分からないけれど、昔の知り合いとはいえバイト中に客と仕事と関係ない話をするのはまずい。
(原作から推測するに、そういうところは真面目そうな印象。硝子の世話もそうだった)

一緒にいるヤツは知らないけれど、中学以降にできた友人だろう。
できれば石田とは一対一で話したい。バイト以外の時間で。

…よし。ここは気づかれないように髪型とか変えて誤魔化そう。

デザイン科の本領を発揮して?無事にその場をやり過ごした植野は、
後日改めて下校中の石田にアタックをかけます。

しかし、植野は小6以降の石田のことをほとんど知りません。

石田がバイト先にやってきた理由も気になるけれど、「その場にいなかった」のにそんな話をいきなり切り出すのは明らかにおかしい。
昔とどう変わっているのか。今自分のことをどう思っているのか。まずはそこから確認しよう。

そこで植野は、軽い雑談ののち急な再会で混乱する石田に対して
「私のこと、嫌い?」
と問いかけます。

全編を通して植野はこういう面で非常に鋭く、自分の目的を果たすのに最適な言葉を見事に使いこなします。

過去のことを考慮すれば、ここで急に「好き」と返ってくることはまずあり得ない。
ハッキリ「嫌い」と返ってくれば、小6時代の石田からあまり変わっていないと分かり、なおかつ「バイト先に来たのは石田以外の用件があった」のだと推測できる。
嫌いな人物にカネと時間を使ってまでわざわざ会いに来る性格ではない。
「どちらでもない」等の答えであれば、昔の石田とはどこか変わり、内容によって昔のことをどれだけ気にしているかも予想できる。

そして、いきなりこの話題を振ることで、石田の本音を引き出しやすい環境も作っています。
急なことがあると上手く取り繕えないところは、出会った時の動揺で確認済み。
もし返答に時間がかかるようなら、そこにも何らかの理由が隠されているはず。
そこからあとの情報は、そこを確認してから確認していけば良い。

感想その2にて、小6時代の硝子の人間観察能力の話をしましたが、
植野も負けず劣らず観察力などが高く、硝子よりもさらに一歩深く見抜いてくるタイプです。
しかも、硝子のように観察するだけで終わらず、どんどん前に踏み込んでくるところがあります。
この発言の後も、植野のそういう強引で一種冷徹ともいえる面が表現されています。

石田の「まぁ、別に、何とも…」という煮え切らない回答から、
後者の「どこか変わってしまった」「昔のことは気にしているけれど、それで自分を嫌いになった様子ではなさそう」と判断します。
まぁ、石田が変わったとすれば、十中八九昔のことの影響だろう。
そうなると問題は、何がどう影響しているのか。
自分がその影響の中心でないのなら、残りの候補はおのずと絞られてきます。

そう考えているところに、ふと前方を見るとあの西宮の姿が。
当然、西宮は影響元として一番あやしい候補。この都合の良い偶然を使わない手はない。

そこで植野は、軽くカマかけをします。
「あの当時の自分が話していたような雰囲気」で、現在の西宮を軽くけなします。

これで石田が乗ってくるようなら、西宮は対象から外れたことになるので、
当時のことを愚痴り合いながら少しずつ探っていけば良い。
それ以外の反応なら、おそらく西宮に関係するものと分かるので、どこを気にしているのか探りながら、場合によっては西宮本人も巻き込んで…といったところでしょうか。

ですが、運の悪い?ことに、石田がプレゼントした猫のポーチをけなしたことが、石田の地雷を踏みます。
もちろん一つの可能性としては考えたでしょうが、二人の過去から想像するに、石田が硝子にプレゼントすることも、硝子がそれを受け取って使うことも考えにくい。
少し嫌な予感を覚えながらも、「どちらであっても効果的」であるが故に言ってしまったのでしょう。

そして結果は、植野にとって悪い方に出ます。
ここでの石田の返答を聞いた時点で、おおよそのところは理解したことでしょう。

ここで止めていればまだ穏便に終わったところですが、
重要なことをこんな曖昧な状態で止められる植野ではありません。
止まれないならどうするか。当然前に出ます。
結果どうなるかは薄々理解しながらも。

そして植野はにこやかに西宮に近づき、不意をついて補聴器を奪います。
石田が硝子に代わっていじめを受ける原因となった補聴器の件。
あの事件を利用して石田の最もきつい記憶をえぐり、「石田がどこまで本気なのか」を確認しに行きます。

もちろん補聴器を本当に壊す気はありません。石田が自分からやるなら別ですが。
石田が西宮をどう思っていて何をしてきたのか。
それを知るために最も手っ取り早い方法を取ったのです。

この時点で、石田が西宮補聴器を返すところまでは想定内。
ここで植野が急に笑い始めたのは、「石田の考える今の植野のイメージ」ならどういう行動を取るか、
その候補の中から「この後の展開を見て、演技だけでは誤魔化しきれない部分を誤魔化せそうな行動」として、あり得そうで石田に気づかれなさそうなものをチョイスした結果です。
西宮までごまかせるかどうかは未知数ですが、詳しい状況まではすぐに把握できないだろうと見越しての行動でもあります。
後から気づかれたとしても、「あの」西宮なら石田に全てを話すようなことはしないでしょう。


こうして植野は、半ば分かっていながら自分にとって最大級の地雷を踏んでしまいます。
西宮と和解しただけでなく、あの石田が「西宮のために手話を覚える」ほどに変わっていたのです。

この植野の爆笑シーンも、植野は後ろ姿のみで表情などは読み取れません。
ということは、石田には内心を悟られなかったということでしょう。
ただ、原作を見るまでもなく、このときの植野の様子が尋常ではないことは明白です。
(映画では明確に触れられていませんが、植野は小6の頃から石田のことが好きだったので、その気持ちは推して知るべし。詳しくは原作をお読み下さい)


台風のように全てをなぎ倒しながら植野が去ったあと、硝子は石田に「何を話していたの」と問いかけます。
植野が補聴器を持っていたので、硝子には会話が全く聞き取れない状態です。
補聴器を奪われたこと、それを石田に手渡していたことから昔のことが関係するのは連想できますが、
さすがにそれだけではあの異常な行動に説明がつきません。
おそらく「途中から泣いているのを無理やり誤魔化している」のも気づいたでしょう。

硝子としても、植野のことは「嫌いではないし自分を理解してくれる人かもしれない」し、
「何の意味もなくあんな行動を取るようには見えない」ので、
植野と石田の両方を心配してのことでしょう。

ですが、石田としても「西宮にしたいじめの話をしていた」とか「オレが西宮と無理して友達になったと思っている」なんてことを正直に話せる状態ではありません。
これは石田にしても禁忌の話題ですからね。
そんなわけで石田は何も話さずにごまかして帰宅します。

…こんな状況で、硝子が「そういうこと」だと気づかないほど鈍いはずがありません。

自分が起こしたことなのに、二人をフォローすらできない自分に自己嫌悪しながら、硝子の中にあるカウンターがまた一つ回るのでした。
(実際に硝子が起こしたかというと微妙ですが、詳しく聞けないのでそういうことにされます)


原作では、ここからまだ植野のターンが続きますが、その辺はカットされているので省略。
この後、色々問答したあとでもう一度石田に「わたしのこと嫌い?」と聞く時の植野は必見です。
こういうところの植野は本当に強いよ、うん(´_ゝ`)(植野のこういうところは好き。あと黒髪ロング)


というわけでその4はこの辺で。

映画だと、この直後に挟まる硝子の意味深なシーンがありますが、話の区切りとしては次に入れた方が収まりが良いので次回に(´_ゝ`)
一応原作もはない描写ですが、裏設定としてあったものを採用した形のようで。
(このあたりは公式ファンブック参照)


では、次回はポニテ硝子編。
映画版では表立って見えるほぼ唯一の恋愛要素です(´_ゝ`)
ポニテだけだと他より短いので、遊園地辺りまで入るかも。

2016-09-21

ネタバレ注意 映画「聲の形」感想 その3 石田と西宮の再会編

こっそりチタン芯の通販開始されてますが、そんなことより映画の感想だ!(´_ゝ`)(待て)

感想その1から読まないと分からないと思うので、未読の方はまずそちらからどうぞ。

ネタバレ注意 映画「聲の形」感想 その1 - つくってあそぼ
ネタバレ注意 映画「聲の形」感想 その2 - つくってあそぼ


そんなわけで、小6編が片付いたのでようやく高校時代に入れます(´_ゝ`)
硝子の性格や思考パターンは大体説明終わったので、ここからはもうちょっとテンポ良く行けると思います。


さて、高校生になった石田は学校では相変わらずボッチのまま、バイトやら何やらで補聴器代170万円を工面して、
文字通り決死の覚悟で硝子に会いに行きます。

そして、全力で逃げられます。そりゃそうだ。

この時の硝子は、突然のことで完全にパニックになっています。
原作では、しばらく追いかけっこしたところで石田が思いっきり転んで硝子が近寄ってくる流れですが、
映画では階段を登った廊下のところで、硝子がいきなりしゃがみ込んでやり過ごそうとします。
(状況が分からなくて混乱した時は動くよりもじっと待って様子を見るようなクセがあるので、その延長?)
石田も急なことで一瞬通り過ぎかけますが、すぐに気づいて話しかけます。

ここでの硝子は、大嫌い&いじめっ子の石田との再会なので相当警戒してます。
気持ちはあの取っ組み合いの大喧嘩をする直前に近いでしょうか。
あの時は突然突き飛ばされているので、状況も近いと言えば近い。

内心で臨戦態勢を整えていた硝子は、石田に捨てられ諦めてしまった昔の筆談ノートを手渡され、
さらに混乱したところに、友達になろうと「手話で」話しかけられた。


これまで小6以降の石田を見ている視聴者ならこの流れも分かりますが、
もちろん硝子はそんなこと全く知りません。

何がどうなってそうなるのか。もしかしたら何か裏があるんじゃないのか。
あのわずかな時間に、脳内に様々な疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消え、といったところでしょう。

でも、そんな混乱の極みにいても、一つだけ硝子にも分かることがあります。


目の前にいる石田は「自分と話をするために、わざわざ手話まで覚えて会いに来た」


手話を自然に覚えるというのは考えにくい。
聴覚障害者と交流がなければ、覚える必要どころかそういう機会すら皆無でしょう。
そして、そんな交流があるのかと言うと、確率的にはほぼないと言っていい。
(日本の聴覚障害者は人口の約0.3%で、硝子と出会った時点ですでにレアケース。昔の事件を考慮すれば、たとえ交流があっても普通覚えないでしょう)

さらに、自由自在に使えるほどではないけれど、簡単な会話ができる程度には手話を身につけている。
(昔硝子が使った私・あなた・友達の単語だけを覚えていたなら、忘れ物という単語は思い出せない)


そこで、硝子は考えます。


言っていることが本当かどうかは分からない。また何かするつもりかもしれない。
昔のことを考えれば、正直気分の良い相手でもない。

でも、自分に嫌がらせをするためだけに、この筆談ノートを何年もの間取っておくだろうか。
それに、ノートを渡すだけなら手話を覚える必要もない。
嫌がらせのために覚えるにしても、あまりに労力が見合わなさ過ぎる。
それこそ、この瞬間に暴力を振るうだけで事は済んでしまう。

…今の言葉を完全に信じることはできないけれど。
…今すぐに友達だ、なんて到底思えないけれど。
…過去を許すことも、忘れることもできないけれど。

…話をしてみよう。分からないことだらけだから、まず話をしてみよう。

私に、友達になろうと伝えるため。
それだけのために手話を覚えるほどに、
「話がしたい」と言ってくれているのだから。


本当のところは想像の域を出ません。
あの時「諦めた」筆談ノートを持ってきたことと合わせて、
もう一度だけ「仲良くなりたい」と思うことにしたのかも知れません。

何にしても、こうして微妙なすれ違いにお互いが気づかないまま、二人の関係が再び始まりました。

…これ、相手が硝子じゃなかったら間違いなくここで話が終わってるよね(´_ゝ`)(本音)

実際のところ、高校時代以降は「このキャラクターだから起きた出来事」が大半で、
聴覚障害やらいじめの話は、その出来事を決定的にするための増幅装置くらいの役割になっています。
結局のところ、障害もその人を表す一側面に過ぎないので、それだけが何かの原因になることなんてそうそうないです。

とはいえ、当の本人や、周りの人たちがそう考えるかは別問題。それもまたこの作品のテーマと繋がります。


続いて、永束との出会い・ポテトをタバコに見立てて友達論を語るシーン・弓弦に追い返されるシーンを飛ばして、
橋の上での二人の会話シーンから。

正直細かい会話の内容は忘れてしまったので、原作の会話にそって話していきます。省略されてても内容はほぼ同じだったはず。

ここで石田は「会いにに行こうと思っていたけれど、昔のことを思い出すから本当に会っていいのかわからなかった。友達と言えるかどうかも分からなくなって1人で落ち込んでいた」と言い、
それに対して硝子も「同じことを考えていた」と返します。

ですが、この時の二人の脳内にあったことは、大きな違いがあります。

石田は話した通り「昔あれだけいじめておいて、急に友達なんて言っていいのか。そんな資格ないだろう」ですが、
硝子の考えていたことは、
「(いじめられたことはひとまず置いて)私のせいで石田とみんなとの関係を壊してしまったのに、向こうから言ってきたとはいえ、私が友達と呼んでいいのだろうか。いつかまたあの時のようにひどいことを起こしてしまうのではないか」
のような内容です。

普通に考えれば、硝子が「昔のいじめの主犯」に対してそんなことまで気にすることはないでしょう。
本当にそんな風に考えるとしたら、一種の狂人と言っても良いと思います。

ですが、硝子は先日、友達になってみようと決めたのです。話をしてみようと決めたのです。
それはすなわち、「いじめの主犯」という色眼鏡を外そう、と決めたことでもあります。
暫定的ながら、硝子の中では「石田=友達」と定義し直されたのです。昔のことに由来する好悪はともかく。

しかし、自分の中では石田=友達と決めたとしても、硝子自身が石田の友達として関係して良いかどうかはまた別の話です。
石田が永束を友達と呼んで良いかどうか悩んでいるのと同じですね。
永束がいくらビックフレンドと呼んでも、石田は「友達同士」の関係に自信が持てないのです。
(永束の出会いが間に挟まったのはおそらくこのため)

そしてさらに、硝子はこれまで自分が関わってきた人たちをことごとく不幸にしてきた、という自虐意識があります。

石田とは、一度だけ友達として関係をやり直すと決めた。
でも、私は今まで友達にひどいことばかりしてきた。
まして、石田にはあれだけのひどいことをしてしまった。(石田からのいじめが直接の原因とはいえ、それも元を辿れば硝子のせいという考え)
今度もまた、同じようなひどいことをしてしまうのではないか。
そんな自分が、本当にこのまま石田と関わっていいのだろうか。会う資格がないのは私の方じゃないのか。

2度目の再会までの間、こんなことをずっと考え込んでいたのではないかと思います。

そんな悶々とした気持ちのなか、石田の打ち明け話を聞いて、

あぁ、石田も自分と同じようなことを考えていたんだ。
(昔のように危害を加えるつもりがないなら)そこまで心配しなくても良かったのに。

と、「嬉しく」思ったのでしょう。
石田の言葉を信じられるようになって、少し安心したのでしょう。

当然ながら、この時の石田は硝子のように「関係を続けたら硝子をまた不幸にするんじゃないか」なんて全く考えていません。
(またいじめるという選択肢は石田にはないので、石田視点からはそもそも起こりようがない)

このように、強い自責の念があるのは二人とも同じですが、中身はかなりの違いがあります。
ですが、その気持ちのすれ違いにはお互いに気づくことなく「お互いに同じことを考えていた」と少し安心します。

直後の弓弦の呟きの通り、硝子は本当にバカですね。大馬鹿です。


なお、今後もこのようなディスコミュニケーション(相互不理解)の場面はところどころで見られます。
というより、キャラクターがぶつかるところには必ずディスコミュニケーションがあります。
ぶつかった二人の間に、どのようなすれ違いが起きているのか。よく見返してみると色々な気付きがあると思います。


こうして、ようやく気持ちの上でも「友達」になれた二人。(石田はまだ分かってませんが)
ですが、この時点ではまだ心理的には友人Aくらいの立ち位置です。
ここから硝子がポニテになるまで、どのような心情の変化があるのか。

というわけで次回は、佐原・植野との再会。

このあたりから、原作から削ったエピソードが目立ってきます。
一度で全部は覚えられないので記憶との勝負…大きいところは覚えてますが、一部削ったところでは原作とゴッチャになるかも(´_ゝ`)


|ー`)。o○(…このペースだと、その10くらいまでかかるな…)

2016-09-18

ネタバレ注意 映画「聲の形」感想 その2 小6編

続きまして、聲の形感想その2です(´_ゝ`)
その1を読んでない方はまずそちらからお読み下さい。
ネタバレ注意 映画「聲の形」感想 その1 - つくってあそぼ


硝子のコミュニケーション不全とメンタリティの土台についてざっと話しましたが、
その2は「どうして硝子は他者とのコミュニケーションを続けようとしたのか」から。

小6時代の硝子は、まず筆談ノートで他者とのコミュニケーションを取ろうとしました。
声でコミュニケーションを取るのが難しいのは分かるかと思います。

終盤の硝子の夢(回想シーン)にありましたが、周りのみんなが硝子と同じような「声」で話しかけ、それに硝子も普通に聞こえているように答えるという、あのIfシーンです。
硝子にとってはあれが「自分が健常者だったとしたら」の世界です。

さて、もし自分があのシーンと同じように他人の声が聞こえるようになったとしたら、
お互いにストレスなく会話ができる自信のある方はどれほどいるでしょうか。

もちろん硝子の世界とイコールではありません。
(理想の世界なので実際はもっときつい)
硝子にとって声でコミュニケーションを取るということは、つまりはそういうことです。

そこで代理手段としての筆談が出てくるわけですが、
気づいた方もいるとは思いますが、実は硝子はそれ以前に一度(ないし何度か)失敗しています。

小6で転校してきたということは、当然それまでは別の学校で生活していたわけです。
そして、あの真新しい筆談ノートを見せるということは、それまでは筆談でのコミュニケーションはメインではなかったのでしょう。
以前から筆談も併用していたのでしょうが、できるだけ音声での会話をしようとしていたものと思います。

前の小学校で何が起きたのかは想像するしかありませんが、
おそらく作中と似たようなことが起きたのでしょう。
それまで使っていた、声でのコミュニケーションを諦めてしまう程度のことが起きたのでしょう。

声での意思疎通は無理だけれど、筆談ならまだマシ。
これでダメなら、普通の教室で一緒に生活することは無理だ、という点も含めての選択です。
(映画では明言されてなかったと思いますが、ろう教室がある学校なので転校してきたとの設定があります)

先ほど、硝子視点での声の世界について触れました。
健常者であればあの環境で会話をするのは非常に困難ですが、
硝子にとっては「あれが普通で当たり前のこと」なので、
あれで会話することはできないことではありません。

ただ、作中でもそうですが、100%完全に聞き取れるわけではありません。
(単語の読解もそうですが、そもそも音がいつもクリアに聞こえているわけではない)
会話が分からないから聞き返すケースが相当起こるでしょう。
そして、聞き返すたびにそれまでの会話のテンポが完全に崩れます。映画でも何度かありましたね。

ここで問題なのは「聞き返す硝子の言葉が相手に伝わらない」ケースです。
|-`).。oO(よく分からないけど、急に何を言ってるのこの子…)
こんな状況が日常のあちこちで起こるわけです。
そういう空気の変化は「言葉に出さなくても」非常に良く伝わります。

硝子としても、その場の空気や会話の流れを崩したいわけではありません。
だからといって、何を話しているか分からないまま何となく合わせるだけ、ということも難しい。
流しても問題ない会話と分かれば相槌を打っているだけで良いケースはありますが、
硝子にはまず「相槌を打って流していればいいのかどうか分からない」からです。
(そういう場合に硝子がどうすることにしたのかは、高校時代に入ってから少し触れます)


硝子が周囲の会話を聞き取ることは不可能ではない。
でも、硝子の声を周囲の人が聞き取るのは何かと問題が多い。

ではどうするか。

要するに、伝えたいことを「声を媒介として」伝えるところに問題があるわけです。
そこを、声ではなく文字で伝えれば、少なくとも内容の伝達ミスは格段に減ります。
もちろん会話のテンポは著しく落ちますが、それは声で会話する場合でも避けられません。
リスクとリターンを比べて筆談の方がマシだろう、という考えですね。

その辺のところは硝子も理解していて、筆談での会話も必要最小限に抑えています。
作中で硝子が筆談しようとしているシーン(メール除く)を数えてみれば分かると思います。

少し余談ですが、硝子はメールでは普通に会話ができています。
ツイッターやラインなどをやっていれば、そこでの会話は全くといっていいほど違和感はないでしょう。
音を介することにだけ障害があるだけで、それ以外は本当に普通の人と同じです。
むしろ、硝子の能力は障害を除けば平均値よりそこそこ優秀ではないかと思っています。

そういえば、全聾の人がツイッターを始めた際に、
「音の洪水という言葉がよくわからなかったけれど、ツイッターをやってみてこんな感じなのか、と初めて分かった気がする」
と話していたこともありました。もし興味があればそういうのを見てみるのも良いかと。


説明が長くなりましたが、そろそろ本題に戻りましょう。
硝子がこれまで何度も失敗してきて、それでもなぜ他者とのコミュニケーションを続けようとしたのか。
転校先には(母親から反対されていますが)ろう教室もあります。
わざわざ普通の教室で生活する必要はないです。
何より、硝子本人が転校先でも必死に努力して、今度こそ上手くやろうとしています。
補聴器を取り上げられて何個も壊されても、嫌がらせを受けても、まだコミュニケーションを取ろうとします。
補聴器は1個20〜40万くらいします。障害者手帳持ってるはずなので補助ありますが)

自分なら補聴器を壊された時点で諦めるでしょう。
メガネを壊されて何も見えないくらいにきついし、金銭的にも無理がある。
(すぐに同じものを用意できるものでもないですし)

どうしてそこまでしてコミュニケーションを取ろうとするのか。

理由は色々考えられますが、その最後のところで硝子の気持ちを支えていたものは、
「みんなと話がしたいから」
ただこれだけなんだと思います。

どうやっても不完全な会話しかできない。
いや、不完全な会話しかできないからこそ、ただ話がしたかった。
そして、みんなと一緒にくだらないことで笑ったりしたかった。

ただ大好きで、でも自分の手からこぼれ落ちそうになっているからこそ、
どうしてもそれを手放したくはなかった。諦めたくなかった。

そうでなければ、石田たちに嫌がらせを受け続けても、友達になろうとはしないでしょう。
そう。いじめを止めさせるのではなく、友達になろうとしたのはそういうことです。

もちろんいじめを受けていることは硝子も分かっています。
おそらく前の学校でも受けていたから。それで転校したから。

でも、いじめを受けている状態で硝子と関係を持ってくれる人は、
佐原のようなごく一部の例外か、いじめている連中しかいません。

その他大勢は、分かっていても近づこうとはしないでしょう。
可哀想と思っても、自分が巻き込まれるのは御免です。

硝子としても、離れて見ているだけの人を巻き込むことはできません。
佐原不登校になってしまった…いや、佐原不登校にしてしまったのですから。

でも、まだ諦めたくない。まだ自分にできることはある。

すると、もう選択肢は一つしかありません。
いじめている連中と何とかして話をして、友達になる。

普通はそんなこと無理だと諦めるでしょう。
いじめっ子たちに徹底的にやり返して、いじめを止めさせる方がまだ簡単かも知れません。
(実際にいじめを受けたことのある人はやり返すか逃げるかを選ぶと思います)

ですが、仮に力づくでいじめを止めさせたとしましょう。
当然、それなりに大事になって学校側から厳重注意されることでしょう。
周りで見ていた同級生たちも、いじめの最中よりはマシになったとしても、
そんな問題児と何の心配もなく友達になれるかと言われれば、難しいでしょう。

硝子にとっては、いじめを止めさせることが目的ではないのです。
その先にあるものが重要で、それだけを求めていたのです。

それまで何があっても一言も漏らさなかった硝子が、弓弦に死にたいと漏らしてしまうまでは。

硝子もついに耐えられなくなって、いじめの件を学校に伝えます。
そして、それからは一転して、石田がいじめの対象になります。
そして硝子は、石田へのいじめをできる範囲で助けようとします。

ここで、よく誤解されると思いますが、この時点で硝子は石田のことを好きなわけではありません。
これまでいじめの中心人物だったのですから、むしろ嫌いなくらいでしょう。
原作では、取っ組み合いの喧嘩の直前に、無理して愛想笑いを浮かべるくらいです。

ただ、硝子から見ると石田がいじめを受けているのは「自分がいたせい」なのです。
事実かどうかはさておき、そう思っていることでしょう。
その辺りは前回話した通りです。
自分がいなければ起きていなかったこと。硝子はそう考えるのです。

その時の石田の助けになれるのは、いじめを受けていた硝子だけというのもあります。
(石田を助けたからといって硝子までいじめの対象にすれば、いじめている側からすれば藪蛇ですからね)
本当に石田を好きだったとすれば表立って止めていたかも知れませんが、陰ながらで止めていたのはそういうことでしょう。
自分のせいだとは思っても、そこから石田を助けるほどの力は硝子にはないし、わざわざいじめを受けていた以上の困難を背負うつもりはない。
単なる小6の女の子で、聖人でもヒーローでもないですから。

そんなことをつゆ知らず、石田は硝子に対してキレて、取っ組み合いの大喧嘩となります。
(公式設定集によると、これで硝子は石田のことが嫌いになったそうな。そりゃそうだ)
そして、硝子は「普通のコミュニケーション」を諦めて転校し、小6時代は幕を下ろします。


…うん。幼少時代の石田は本当にひどいヤツだな(´_ゝ`)(真顔)


ようやく幼少期が終わりました。
今後必要な部分はあらかた説明終わったので、ここからは早いと思います。思いたい(´_ゝ`)(願望)


では、その3は高校時代の二人の再会から。その前にチタン芯の通販を開始する予定(´_ゝ`)

2016-09-17

ネタバレ注意 映画「聲の形」感想 その1

夏コミからはや一ヶ月が経ちましたね。
スペースまで来てくださった皆さん、ありがとうございました(´_ゝ`)

宣言していたチタン芯の通販ですが、この3連休のうちに追加する予定です。もう少しだけお待ち下さい。


…というのは置いといて、今回の本題へ(´_ゝ`)

本日公開となった、映画「聲の形」を早速視聴してきました。
映画『聲の形』公式サイト

今年に入ってから見たい映画が何作か続きましたが、個人的に見なければいけない作品の堂々トップが今回の聲の形でした。
理由はすぐ後に書きますが、読み切り掲載時から、心臓に抜けない釘を打ち込まれている作品なのです。
映画化に関しても、期待80%不安70%くらいの非常に複雑な気持ちで待ち続けてました。
散々悩んだ結果、結局は見るしかないと思ったので、見るなら初日の初上映回で、というアレ(´_ゝ`)


そんなわけで感想に入ります。
感想の中心は、ヒロインである西宮硝子に関するものになります。

ここからは内容に関するネタバレを含みますので、
映画・原作どちらも見ていない方はここで一旦お戻り下さい(´_ゝ`)
原作は数年前に完結してるし、映画版も本線はほぼ同じなので原作ネタバレは容赦なくいきます。
かなり長くなりますので、いくつかに分けて書きます。





では、感想に入る前の前置きとして、少しだけ自分の話を。

隠しているわけではありませんが、実は生まれつきの難聴持ちでして、
左耳が完全に聞こえず、右耳も健常者の下限ギリギリ程度に聞こえが悪い状態です。
今は健常者の範囲ですが、少しでも聞こえが悪くなれば障害者手帳を3級でもらえるラインですね(´_ゝ`)

「片耳が完全に聞こえない」というのは少し想像しづらいかも知れませんが、
ヘッドホンで聞こえない側の音だけを爆音で流したとして、
爆音を流している側で聞き取るよりも先に、骨伝導や漏れる音によって無音側の耳に先に聞こえてしまう、という感じでしょうか。
(聴力検査では120デシベルを超えた辺りで聞こえる側の耳に音や振動が届いてしまうので実質計測不能)

そんなわけで、聾者のヒロインである西宮硝子に近い環境にあるので、映画の感想もヒロイン視点に近いものが多くなります。ご了承下さい。
ちなみに、硝子は自分とは逆に左耳の方が多少聞こえが良いみたいですね。補聴器が両方→左のみになっているので。


前置きはこのくらいにして、感想に入りましょう(´_ゝ`)

まずは話の始まりとなる小6時代。この時に、聾によるコミュニケーション不全の原因のほとんどが表面化しています。
大体のところは話を見た人なら分かると思うので省略しますが、硝子の「あの声」に関してだけ説明しておきます。

原作では、小6時代の硝子は、どうしても必要な時(国語の授業の音読)以外はほぼ喋っていません。
どうして喋らないのか、は少し想像すれば分かるでしょう。将也がしたようにからかいのネタにされるか、気味悪がられるかのどちらかになるからです。

では、そこから一歩進んで「どうしてあんな声しか出せない」のか。
その答えは終盤で少し出てきますが、「あれが硝子が感じている『声』」だからです。

ろう者の話し方というと、テンプレート的にあのような発音も音程もグチャグチャの話し方になりますが、
あれはただ「他人の声を真似して、自分に聞こえたように声を出している」だけで、話している側はしごく真面目です。
というのも、聞こえが悪いと子音の区別がつかない、音が歪んで聞こえるため音程やアクセントも分からない、などがあるためです。
そしてその弊害は、他人の声でも自分の声でも同様に起こります。

つまり、「歪んで聞こえる他人の声」を聞いて、それを真似して「同じように歪んで聞こえる自分の声」で再現しようとした結果、ああなってしまうのです。
ダミ声フィルターを2回かけているようなものですね(´_ゝ`)
さらに言うと、正しい音をろう者に正確に伝える手段がない、ろう者も自分の声が他人にどう聞こえているか正確に聞き取ることができない、
ろう者普段から声を出さないことが多いので声帯の使い方がよく分からない(良い声の出し方が分からない)、などの要素もあります。

あと、空気伝導(他人の声)と骨伝導(自分の声)では聞こえ方も変わりますからね。
その辺は、自分の声を録音して聞いてみると分かると思います。音声配信なんかも同様(´_ゝ`)(自分の声が超低くてビビる勢)

この「健常者とろう者の声の聞こえ方・出し方が違うけれど、お互いにそれを正確に相手に伝えることができない」点は、
他者とのコミュニケーションにおいて様々な障壁を生み出します。
健常者側からすれば「あいつの声は変だ」で終わる話なのですが、
ろう者側からすると「よく分からないけれど、自分の声はみんなが話している声と違うらしい(でもどう直せばいいか分からない)」となります。

伝えたいことがあるのに、どうしたら相手にちゃんと伝わるのか分からない。伝えることができるかどうかも分からない。
ただ耳が聞こえないというだけなのですが、ことコミュニケーションに関しては多重の障壁が生まれる、という点はこの作品を語る上で重要な要素だと思います。
そしてもちろん、「伝えたいことがあるのに相手に伝えることができない」のは、健常者もろう者も関係なく人類共通の悩みという点も重要です。
特別なことではないけれど、解決するまでの障壁が少しだけ多い。
言ってしまえはただそれだけのことで、シンプルな問題だからこそ解決が難しい。


そろそろ話を戻して作中の幼少時代に。

上で話したようなことは、ろう者と関わりのなかった子供たちには当然分かるはずもありません。
それどころか、耳が聞こえないという感覚を想像することも難しいでしょう。

硝子は「自分が困っている」ことを周囲に伝えることはできます。
周囲の子供たちも、「硝子が困っていることを手助けする」ことはできます。

ですが、その日常のささいなコミュニケーションだけでも、お互いに相当な負担がかかります。
そして、周囲に多大な負担をかけてしまっていることは、硝子も十分理解しています。

なにせ、生まれてこのかた、そういう負担をかけなかった時はただの一度としてなかったから。
そういう負担をかけない方法は、他者とのコミュニケーションそのものを完全に捨てる以外にないから。
ほぼ健常者と同様の生活ができる自分でも、その辺のところは物心ついた時には変えようのない事実として理解していました。

「この耳さえ聞こえれば」「でも聞こえるようになることはあり得ない」
誰かに話しかけられるたび、その声が聞き取れないたび、否応なく現実を見せつけられていれば、
そんなどうしようもなさも受け入れる以外になくなります。

硝子がごめんなさいが口癖になり、愛想笑いを覚えるのもある種の必然です。
周囲にかけている負担に対して、それ以外にできることがないから。
周囲の負担をこれ以上減らすことはできない。耳が聞こえるようになんてならないから。

だからせめて、自分が壊しかけたその場の空気だけでも直したい。直せなくても壊れかけのまま維持だけでもできれば…
そして、自分にできるところでは、他の人以上にやらないといけない。でなければ自分がここにいる価値なんてない。
(母親からもそういう教育をされていますね。あれも悪い教育というわけではないですが…)

そんなどうしようもない必然に迫られれば、自分の感情なんて二の次三の次です。
たとえここで感情を爆発させたところで、周囲に負担をかけ続けるという問題は何一つ解決しないのだから。
それどころか、コミュニケーションを取る取らない以前に、自分の存在そのものが認められなくなってしまうから。

話は飛びますが、植野が観覧車の中で硝子に対して
「何かキツイことがあるとすぐにゴメンナサイと言って逃げる。あなたは私と話す気がないのよ!」
と言い放つシーンがありますが、硝子からすれば無茶苦茶言うな、という話です。
思っていることをそのまま話したとして、それが周囲にいる全ての人間に認められなければ、逆に全ての人間から排斥されかねない。
そして、その筆頭となりうるのが言い放った植野だから。
この時の植野は「硝子のことをある程度理解した上で嫌いだ」と言っているわけですからね。

植野が硝子のことを理解しているからこそ、硝子は植野をそう簡単に嫌いにはなれないし、だからこそ嫌われるのも分かっている。
「言いたいことはわかってるが、お前の態度が気に入らない」「言っても気に入らないし言わなくても気に入らない」
「だからコミュニケーション取るのはやめましょう。形だけ平和にしましょう」「でも私と話す気がないお前がムカつく」
そんな矛盾だらけのことを言われてもどうしようもないし、そもそも何を話しても植野がコミュニケーションを拒絶すれば終わりです。

少なくとも小6時代の硝子には、それを覆すだけの力はなかったでしょう。
自分の存在を周囲に認めてもらうだけでも精一杯です。そして、それすら数ヶ月維持することもできなかったわけですから。

そして、「他人に迷惑をかけずに、負担をかけずに生きていくことはできない」
この前提の上で、他者とのコミュニケーションを完全に捨てるとはどういうことか。

そうして、18年間積もり積もったその重圧が、終盤の花火の時の自殺シーンに繋がるわけです。


原作未読では分かりづらいとは思いますが、硝子の自殺願望は物心ついた頃からずっと心の中にあったでしょう。
言語を介するコミュニケーションのほぼ全てが、硝子にとってのストレスであり、自殺への道を舗装し続けている原因となるのですから。
何より、人道的・心理的な問題を除けば「硝子がいなくなれば実際に解決してしまう」問題なのです。
むしろ、あそこまで踏みとどまっていたことを賞賛しても良いことだと思っています。
もっとも、踏みとどまっていたが故に、あのタイミングで起きてしまったわけですが。


思っていたより長くなってしまったので、感想その2へ続きます。
その2は「それでも硝子が他者とのコミュニケーションを続けようとした理由」から。

なんかもう感想じゃないなこれ(´_ゝ`)(知ってた)

2016-08-06

【チタン芯】C90お品書き 三日目西g25b つくってあそぼ【艦これグッズ】

お久しぶりです(´_ゝ`)
色々あって、冬コミから何の告知もできず申し訳ありませんでした。

夏コミも無事当選してましたので、お品書きと当日のことを簡単に書いていこうかと。
まずはお品書きから。

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毎度分かりづらくて申し訳ないです(;´Д`)

ステンレス芯・アルミ芯 各7種類 500円
・ロング芯(ステンレス) +1mm〜+5mm 各7種類 1000円 (在庫少数)
ケッコンカッコカリ指輪 赤城加賀蒼龍飛龍龍驤鳳翔 各2000円(ケース付)
艦これネックレスチェーン 赤城加賀蒼龍飛龍龍驤鳳翔 各500円

ここまでは冬コミと同様。BOOTHの通販とも同じですね(´_ゝ`)

そして今回の新作は
チタン芯 7種類 500円
ネックレスチェーン 翔鶴・瑞鶴 各500円
です。

今回のネックレスチェーンはこんな感じになってます。

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ちなみに、五航戦ケッコンカッコカリ指輪は冬の予定です。
加工する機械の都合がつかなかったんや…(´_ゝ`)


そして、今回の新作であるチタン芯に関して。

チタン製なので軽くて硬いのは何となく分かるかと思います。いわゆる64チタンと呼ばれる合金です。
肝心の書き味ですが、7種類の加工のいずれも、サラサラした書き心地に仕上がっています。

抵抗感の強弱はステンレスより若干少なめですかね。
チタンの白(抵抗最大)が、ステンレスの黄色〜黒くらい…かな?(´_ゝ`)(使用する環境によります)

ステンレスだとツルツル滑り過ぎて…という方は一度お試し頂ければと思います。


ただし、チタン芯は材料の都合で数があまり多くありません。
具体的には合計160本くらい。

そこそこあるじゃん、と思うかも知れませんが、
いつものように7種類に加工して分けるので、1種類あたり20本前後です。
需要が高いものは多めに作りますが、30本は超えないと思います。売り切れ御免です。


次に値段に関してですが、今回の500円はC90限定の価格になります。

ぶっちゃけ原価割れスレスレなんですが、
つごう一年くらい作る作る詐欺していたこともありまして、
今回のみ500円で頒布する形にしました。
余談ですが、材料費がステンレスの10倍くらいしてます。チタンマジ高いよ!(´_ゝ`)(遠い目)

残ったらBOOTHにも並べますが、その際は1本1000円になる予定です。
自分で作ってるので加工費は抑えられても、材料費はどうしようもないんやな…(´_ゝ`)

再生産については…原価が原価なので考え中です。あらかた売り切れたら考えます。


頒布物の説明はこの辺にして、ここからは夏コミ当日の話をいくつか。

冬コミにつづいて、今回もタペストリーを作成しました。
前回は冬なのに夏っぽいとか、指輪が和風なのにドレスとか色々言われましたね…(´_ゝ`)

今回は五航戦コンビです。スペースを探す時の目安にどうぞ。↓こんな感じ

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当日の売り子さんですが、サークル主の自分がほぼ常駐しているのと、
アイマス音無小鳥さんコスの方が、艦これグッズ関係の頒布を手伝ってくれます。

彼氏いない歴=年齢のピヨちゃんの手からケッコンカッコカリ指輪を購入できるのは、
コミケ広しといえど間違いなくつくってあそぼだけ!(どうしてこうなった

だが、(ピヨちゃんの中の人は)男だ(´_ゝ`)(どうしてこうなった

別にネタに走ったわけではなく、売り子さんを探していたらたまたまこうなっただけです。
自分からネタ出しておいて何ですが、そういうネタであんまりいじり過ぎないであげて下さい。

そんなわけなので、もしかしたら当日アイマス本の委託が少数あるかも。


最後に注意事項なのですが、
当日、うちのサークルスペース周辺で
「あそこのサークル(つくってあそぼのこと)、詐欺なんですって」
のような、よく分からない噂を吹聴する方がいるかも知れません。
当人たちがそんなことを話していたと聞いたもので(´_ゝ`)

詐欺かどうかは、実際に来て見て買って下さった方が決める話ですし、
そもそも、うちの頒布物を何も買っていない(むしろ欲しいと言われたので無料で進呈した)人たちから
そんな事を言われる筋合いもないのですが、
もしそういう人を見かけたら、そのまま放っておいてあげて下さい。

噂自体はどうでもいいですが、万が一無関係の方にまで被害が出ると大変なので(´_ゝ`)
もし何か被害を受けた場合は、近くのスタッフに声をかけて下さい。

あと、そんな嫌がらせをして憂さ晴らしをしたいらしい当人たち。
もしこれを読んでいたら、損害賠償請求で通った額面、耳を揃えて払って下さい。


少し余談が過ぎましたが、今年の夏コミつくってあそぼをよろしくお願いしますm(_ _)m