日本バレエ界の草創期を支えた舞踊家の小牧正英さんが肺炎で亡くなられました。ご冥福をおいのりいたします。
1911年生まれの小牧さんは、味噌・醤油・酢の醸造販売を生業とする比較的裕福な家庭で育ちました。1933年、21歳のときに芸術を志してパリに留学するべく大連からシベリア鉄道のただ乗りを試みますが、見つかってハルビンに残され、翌年ハルピン市音楽バレエ学校バレエ科に入学し、バレエを学びました。すごい経験をされているのですね。戦前らしい大きな話で驚きました。
1940年には上海のロシアン・バレエ団(バレエ・ルッス)に入団し、その後の同バレエ団の全作品に出演。終戦後の1946年に上海から帰国。同年8月、帝国劇場で22日間にわたって「白鳥の湖」が日本で初めて全幕上演され、それに出演するとともに演出と振り付けも担当しました。翌1947年に小牧バレエ団を結成し、多くの有能なダンサーを育て、「眠れる森の美女」「ペトルーシュカ」などの名作を全幕通して日本初演しました。また海外からダンサーを招くなど、日本バレエ界の国際化と発展にも寄与されました。
著書に『晴れた空に―舞踊家の汗の中から』など。伝記に『「白鳥の湖」伝説―小牧正英とバレエの時代』があります。
1957年には、江戸川乱歩原作による少年探偵団ものの映画「二十面相の復讐」「夜光の魔人」に、なんと怪人二十面相役で出演されたそうです。ダンサーらしい軽い身のこなしの怪盗だったのでしょうか。みてみたいですね。