1957年にデビューしたハワイアン・グループ「和田弘とマヒナスターズ」のオリジナルメンバー(当時22歳)で、リードボーカルを務めた三原さと志(本名: 小山田晃)さんが死去されました。三原さんは2003年に脳梗塞で倒れてリハビリ中でしたが、30日に容体が急変し、長男でミュージシャン「コーネリアス」こと小山田圭吾さんら家族に看取られて亡くなられたそうです。ご冥福をお祈りいたします。
マヒナスターズは、スチールギターの和田弘(2004年1月死去)さんを中心としてハワイアンのバンドとして1953年に結成されました。ハワイアン・バンドとしてはトップグループにあったマヒナスターズは、1957年のデビューにあたって当時流行していた都会派歌謡曲(フランク永井など)のサウンドを取り入れ、コーラス・グループとしてヒット曲を連発してムード歌謡という音楽ジャンルを定着させました。
とくに女性ボーカルを立てた曲が人気を博し、松尾和子「誰よりも君を愛す」(1960)で第2回日本レコード大賞を受賞。同じく松尾和子「お座敷小唄」(1964)は300万枚を超える大ヒットとなり、翌年の田代美代子「愛して愛して愛しちゃったのよ」もミリオンセラーを記録しました。1964年には4者競作となった「ウナ・セラ・ディ東京」もヒットさせ、全盛期を迎えました。
バンドはその後メンバー交代を繰り返し、三原さんも1981年にいったん脱退しましたがやがて復帰。1989年には全盛期のメンバーで再出発しましたが、2003年に三原さんが倒れ、2004年にリーダーの和田弘さんが死去。現在はボーカルの松平直樹さんと佐々木敢一さん(ファルセット、ウクレレ)を中心に活動されているそうです。
コーネリアスとして音楽活動をする長男で喪主を務めた小山田圭吾(37)は出棺前、「音楽は父にとってとても大切なもの。私が音楽に進んだのも父の影響です」と話すと会場からは、すすり泣きが漏れた。