DNA。



俗世間からの
交わりを断って

隠遁生活を
始めた人の気持ちが

よくわかるわ。


などと思ったりしながら
今日も出勤中。


というわけで
おはようございます
(*^ー^*)


この間

国語学者
国語教師の間には

深くて暗い溝がある

言ってましたが。(笑)


国語の教科書に
徒然草」って載ってるじゃん?

あの兼好法師という人もね
なかなか面白い人
なんですよ。


古典とか言うとね

みんな
怖がったり
有り難がったりして

あんまり近寄らないけど(笑)

よく読んだら
あのおじさん
結構好き勝手書いてるからね。

まぁ
この話は前も
少ししたけど

私が中学生から高校生の頃
教科書に大体乗ってて

きっと誰もが
一度は目にしたことがある
有名な文章で

ひなびた里の風情のある
趣深い情景を

これでもかと
書いた挙げ句に

最後に蜜柑の木が
厳重に囲ってあるのを見て
「興ざめした」
みたいに書いてあるやつとかも

改めて読むと

めちゃくちゃだな
と思うんだよね(笑)

中学生の頃とかは
まず
「興ざめ」って言葉の意味も
よくわからないしね。

あ、
現代語訳で使われる「興ざめ」って言葉すら
よくわからないときに

あの文章読んでもね(笑)

まぁ
あの面白さは
わからないだろうな
と思う。

ぱっと見たときに
趣深い情景が素晴らしい
というところに
主眼があると
思いがちだけどね

いやー良い庭ですな
とか言ってて

最後に
でも蜜柑の木の囲いがね
ちょっと
残念かな

くらいの風に
だいたい習うんですけどね。

あのおじさんの
他の文章を読んでみるとね
たぶん違うのね。

むしろ
蜜柑の木を
すんげー厳重に囲っているヤツがいた(笑)

ってことが言いたくて

壮大なる前フリをね
長々としてるんです。

たぶん。


あの文章のね

前の部分で
話が弾んで

いやー
そうですなぁ

ある人は
感慨深く思ったりして

でも
最後に
「えっ」
ってなって

微妙な空気になる。

それを
わざとやってるんですね
兼好おじさんは。


でね
現代でもね
国語の教師とかはね

古典は
素晴らしいんですよ
云々言って

仰々しく
もののあはれ」とかを
語り出すんですけど

(私が中学生の頃の授業では
ちょっとした教訓みたいなことを
入れて話す人までいたな。)


書いた人のこととか
何でそんな風に書いてるのかとか

ちっとも
わかっちゃいないんです。

多分
国語の教科書とかもね

国語審議会とかがね
なんかよくわからない会議とかやって

結局
古典とかは
どっかの大学の国語学者か国文学者に

なんかいい文章を勧めてもらって
それを載せとけばいいや
とか

そういう流れになってたと
思うんですけど。


まぁ
多分どこそこの名誉教授とかに
頼んだんでしょうね。

その学者は
名誉教授とかだけあって

さすがに
文学を極めた方だったんだろうと
思います。


徒然草」の
あの段を勧めるとはね(笑)

まぁ

お前ら、これでも読んどけや

って
感じだったんだと
思うわ。


よく考えたら

超ウケるね(≧▽≦)


国語学者
国語教師の間には

深くて暗い溝がある(笑)


なので
兼好おじさんの
性格からし

岩清水八幡宮の話とかも

完全にジジイを
バカにしてるだけで

先達はあらまほしきことかな
(知ったかぶりしないでわからないことは
知ってる人に聞いた方がいいよね)
って言うのも

別に
教訓とかじゃなくて

嫌味ですからね。

そういうのを

めっちゃ言いたい放題言ってるのが
徒然草」です(笑)

「ひまノート」
ですからね。

タイトルからし
適当すぎる(笑)


よっぽど
貴族生活が
馬鹿馬鹿しくて
仕方がなかったんだと

思うわ(笑)


そんな兼好おじさんは

やっぱ
0歳前に死ぬのが
見苦しくなくていいよね

みたいなことも
若いときに書いてますが。

ええ。

おじさまは

40歳過ぎても
普通に生きておられました(笑)

そんなところも
兼好クオリティー


そんなわけで
私も
明日が
お誕生日なわけで。

明日は

俗世間から離れて

ゆっくり
一日を
過ごしたいものですな


思う

今日この頃であります
(^-^)


では
今日も1日
頑張りましょう。


またねー('ー')/~~